イザナミ【4】
「あと、一人か」
言った瞬間オレが向いている正面にある道路先の交差点で、紫の発光が落雷かの如く広がる。
ジュィィィィィィィン!!
マンションや高層ビルといった建物の向こう側、そこから来てる数十体の影に対応すべく遠くの大輝が影人化を果たしたようだった。
つまり影がすぐ近くまで来てることは、建築物といった遮蔽により視認できないはずの大輝にも分かっているわけだ。
「脳波……か。使い方次第では浄眼より便利、と」
さて、大輝の影人化。暴走しないで制御し切れるといいが。
今の内にもう一人の敵の居場所を把握して、命を離しておくか……。
左手拳を握り、命の周りで防御壁を担っていた『檻』の解除。
浄眼を用いて集中的に他の建物内などを索敵し始めて間もなく、何者かの『霊体術式』によるマナを感知する。
「まさか、星香――?」
言った瞬間だった。オレの背後の道路一帯で爆発が生じたのは――。
鳴り響く衝突音と燃え上がる灼熱が同時に背に押し寄せる。
「なに!?」
咄嗟に振り向くが、そこには何もない。具体的には先の衝撃で円状にひび割れた道路地面から炎が焚き上がるだけ。
すぐに上を見て気づいた――。マンションの上、その屋上にシュぺンサー・火花・クルスがいることに。
「最初に命の送迎車を狙った爆発の正体は、お前か」
*(シュぺンサー)
「……はずした……」
マンションの屋上、私は分かりやすく顔をしかめた。
縦に広がるメカニカルな弓を左手に持つ。右手のひらにボワっと炎を発生させ、サイキック――超能力で矢型に模っていく。
「どうした私? 怯んでるの? ……冗談じゃないわ。しっかりしなさいシュー」
私はインナーでもアドバンサーでもない。だけど、聖境の信徒として、聖女として、私は使命を全うする。そのため私はここにいる。
その「炎の矢」を機械アチェーリーの弓にセットし、弦を引く。
「次は、当てる」
弓型のオリジン武装『シャランガー』。私が今握っている機械仕掛けのアーチェリーはそう名付けれている。
弓とは思えないほどマナ適合率の高いメカニック性能を有している。スコープまで付属している。だから「オリジン武装」。
「すぅ……」
深呼吸をしてスコープを覗く。
銃でも、弓でも。狙撃をする上で、最も優先的かつ慎重に考慮すべきなのは発射初速・射出重量・抗力係数・重力・風の方角と風速。
更に言えば標高・高低差・気圧・湿度・気温、果てには緯度と方角、地球の自転によるコリオリの力まで計算に含める。
私は右耳に装着するインカムマイクにて告げる。
「星香、そっちの状況はどう?」
『……パーフェクト、オールグッド』
温容としているのに寂しそうな声。
「本当にもういいの?」
『うん……もう、いい。話す時間を、猶予をくれて、ありがとね。………今がチャンス。ファイヤ』
「了解」
『爆炎電矢』!!!
*
数分前。
シューが出した、オレのいた場所へ届いた遠距離の火炎攻撃。正体はよく分からないが、今はいい。
それより命を移動させ安全な場所に置くのが先決。お姫様抱っこして中道に入ろうとすると、その場で通行止めするように立ちはだかる影二体。上から降り落ちてくる。
「ストップストップ。ここから先は行かせないからね」
そう発せられたツンとした女子の声。それを聞き、第一に思ったこと。
それは、懐かしい。
高さ二十メートルほどの店の屋上に、彼女はいた。
「久しぶりだな倉橋星香」
「なんでフルネーム?」
首を傾げる星香。
身長はあまり伸びていないな。だいたい目測で160くらいか。
細い手足に貧弱そうな首。藍色の髪。左だけ前髪が長く片目が隠れるのも何も変わっていない。中学以来だが鮮明に覚えている。
「でも安心した。急に軍に入ったり、よく分からない人だったけど………ってあれ? 高校生で軍に入れるわけないか? 何を言ってるんだ私……」
その含蓄あるセリフを受け、オレは自然と顎が力み、強く噛んだ。
中途半端に洗脳記憶が解けたのか。だから術式だけ使える、って感じだと有難い。
「でも相変わらずクールボーイだね、統也は。表情一つ変えてくれないや」
「どうでもいい。そこをどけ」
言ってる間に四方を影によって完全に囲まれた。
軽く確認すると、正面二体、正面以外の方角に三体づつ、計11体。
「どかないよ。けど、もしこの子たちを倒せたら、通れるかもね?」
コイツらがただの影だったなら何の問題もなかった。コイツらがたとえB級影人だろうとA級影人だろうと。むしろそうだったならどれだけ良かっただろうか。
「霊体術式『幻霊憑依』。肉体的に弱った有機体、生物死体のなどに霊体のマナを直接付与する禁能。いわゆるアンデッド操作の術式」
影は通常生きてる判定かと思ったが、生物学的には生命瀬戸際でも、異能物理の解釈では死体、ということなのか。
「さすが統也だね。でもさ、私なぜかあなたに関する記憶に齟齬があるんだよね? なんでか知らない? 心当たりない?」
オレはすっと目を逸らす。
「仮に知っていたら、どうするつもりだ?」
「どうする、とかじゃなくて普通に教えてくれる?」
「それで交渉になってるとでも?」
「交渉? そんなのしてない」
そうだった。星香は霊素を扱う天才で、何より天然だった。
「別に、お前に恨みはない。だが、星香が命を殺すのに加担すると言うなら、オレは一切手加減しない。……手を汚す覚悟だ」
「なんで?」
少し怒ったように、思いつめたように俯き、聞いてくる。
知っていた。昔、落ちこぼれとして有名だったオレをなぜか好きでいてくれたことは。
「なんで……」
「……何がだ?」
「なんで命さんにそこまでするの? どうして?」
それに対してしばらく無視していると、星香が何かに気付いたような素振り見せる。そして自分のインカムマイクに触れ、言った。
「……パーフェクト、オールグッド」
誰かと通信してる? 増援を呼ぶ気か?
これ以上大事にすると面倒だ。
「うん……もう、いい。話す時間を、猶予をくれて、ありがとね。………今がチャンス。……ファイヤ」
それが合図だったと気付くのは約零秒後。
瞬間――まるで直線的な流れ星のように、紅焔のそれが襲ってくる。
高密度の火炎により構成されていた炎熱の矢。シューのいる左上から接近してくる神速の炎色物体。
それは、紅炎の一矢。
バシィィィィィィン!!!!!
オレは視覚による座標で右上に青い『檻』を展開。炎の矢の進行を防いで見せた。
「この速さでも駄目なの……?」
困惑交じりに独り言を言う星香。
「――なら!!」
矢が『檻』の障壁にぶつかった直後、周りの影が「今だ」と言わんばかりにこちらへ攻撃を仕掛けてくる。
「グラァァァァ!!」
うしろの影はナイフを持ってるのもいる。長身の武器を持ってないのが不幸中の幸いか。
目の前の影は言わば「A-」――CSSの次に強い。
影が『霊体術式』で強化された、一般的な「霊」としての動きを見せる。簡単に言うと霊体憑依を受けた影は「移動速度の向上」「マナ性能の反射神経」を得る。何より星香が自分の意思で自由自在に操作できるため、イレギュラーな動作を取る。
そしてもう一つ。これは相手というよりオレに関係しているのだが浄眼で流体的なマナの動作予測が不可能になる。
浄眼はこの世在らざるモノは全て視認できる。たとえばマナ・霊体、その全て。
しかし、霊体に支配された影人の流体的マナを感知するのは不可能。揺らぐ霊体物質から派生する変則的すぎる影の動きは予測できない。
通常異能者などが放出するマナはとても規則的で、上級者であればあるほど読みやすい。
そのためコンマ数秒後の動作予測が可能となっている。ミクロなマナ解析を可能とする浄眼では難しくないのだ。
それが霊体憑依系には通用しない。なぜなら、霊体自体が霊素という常に揺らぐ情報体物質により構築されているからだ。
右上の檻解除後、命を床にそっと下ろし、『檻』で囲む。
瞬間、前触れを最小限にし真後ろへ振り返り、その方向にいた影三体へ向かって右手のマフラーを横切らせる。
「はぁぁっ――――」
背後にいた三体のうち、二体にはその青き一閃を当てる。かわすのに成功した一体は瞬時に二度バク転して奥へ下がる。
四つん這いで赤い眼光を向けて威嚇してくる。
「ガァァァァァァァーーーーーーー!!!」
「ちっ」
だが二体の核はしっかりと捉えた。霊体術式で操作下に置けるのは生きた影だけ。
パリンッ、パリン。
普段通りその二体の影はその場でプラチナダストとして蒸発する。
「グアァァァァッ!!」
次に右から来る二体と左から来る三体。さらにうしろからもさっきの一体。
『檻』で自身を完全に囲い行う防御は一見強そうに見える。だがその場しのぎでやるには危険。
良さそうに見えても場所を限定しているため『檻』から出る際に集中砲火を食らう。
檻の発散で一帯を……いや、駄目だ。この至近距離では命を巻き込む恐れがある。
刹那の間、マシンガンのような勢いで思考を回す。
かといってマフラーの攻撃中にシューからの――――はっ――。
そうだ、上は――。
見ると、紅炎の矢が再び放たれていた。
『檻』の展開は―――駄目だ。間に合わない。




