イザナミ【3】
「空間発散―――『青玉』」
次の瞬間、両サイドに盾として空中存在する青い障壁が薄く発光、強い衝撃波を外側へ発生させた。あり得ないほどの空間状態の拡散。
右へ、左へ、それぞれオレを中心点として強く強く吹き飛ばされる。さっきまでうしろにいた右の女は、吹き飛ばされ怯む。包帯男は両足を道路に引きずりながらも構える。
だが致命傷は受けていなかった。
「命を案じたせいで無意識に手加減した、か。オレもチキンだな」
俯き、お姫様抱っこされる命を見ながら独り言を言うと。
「えめえ! 今、何をした!」
「さあな。オレはあんたみたいに優しくないんでな。自分の技の詳細を開示したりしない」
「そうかよ!!!」
簡単な理屈、そもそも『檻』とは空間を制御する異能。
両サイドにいた女、包帯男から防御するための障壁……これは「空間」という三次元を局所的に「内」と「外」の二つに分割している。それが『檻』の空間固定。
局所的な物理解釈として、内と外、というより表裏、と表現されるその『檻』の外側と内側は全く別の空間領域として分けられている。
先程まで両サイドで盾として運用していたそれぞれ二つの『檻』の式、その外側のみを空間発散式に変更。対象を発散「青玉」の衝撃波で吹きとばす。
何も難しいことじゃない。
「命、少し寝ててくれるか」
道路上に自分の制服ブレザーをしき、そこに命を寝かせる。
そうして立方体にした『檻』で囲む。いわゆる「監禁」だが閉じ込めるというより外的衝撃などから守るため。
彼女には傷一つ付けさせない。
「さて」
もう一人敵の女がいたはずだが、現在隠密漂で隠れているな。……賢明だ。おそらくそいつは結構賢い。
すぐに攻撃してこないのは……非戦闘員系なのか。他の意図か。
浄眼でも、隠密漂に古式術式を混ぜ込まれると本格的に読み取れなくなる。明確に気配だけは感じるんだが。方向までは……。
「包帯男」
オレは右の女から振り返り、左の男の方に向き直った。
「てめ……まさか俺のことか?」
「この場で包帯をしてる奴が他に居るのか?」
「てめえぇ……」
睨んでくるが怯まず話しかける。
「さっき、命の中に日本神話の女神がいるって言ってたな? あれはどういう意味だ?」
「なっ――、善! おまえ話したのか!」
聞くと包帯男が何かを答えるより先に、背後の敵女性がオレ越しに包帯男へそう言った。
聞く限り、包帯男は「善」というらしい。やってることは悪だが。
「さっきの不意打ちで殺せると思ったんだよ」
「だからっておまえ――! 言っていいことと悪いことがあるだろ! しかも一番ヤバい奴に知られた。おまえ何してくれてんだ!」
「まぁいいだろ天王寺、どうせ結果は同じなんだから。……殺すんだから」
「コイツだけは別格だと、星香やシャルロットが言ってたろ! おまえ招集のとき、一体何の話を聞いていた!」
「そんなん言われなくてもわかってる。思ったより少し強かっただけじゃねーか」
そう言って、ゆっくりと牽制しつつ包帯男こと善は天王寺と呼ばれた女性と合流する。オレも少しずつ命から離れ、考える。
シャルロットだと? ……身寄りのないアイツはセシリア・ホワイトの付き人をやっていると聞いていたが。
そうか、セシリア自体が「聖境」を信仰していれば、可能性は……しかもセシリアは悪人ではない。裏稼業以外だけの認知なら問題視されない。
そして、星香。アイツ、インナーだったのか。そんな話は聞いていないが、そう言えばここ数年会ってなかった。
一応、星香、シャルロットとは古い知り合い。中学の同級生、といった感じ。
そんな時、大輝が叫んできた。
「おい統也! なんか反対側から影の脳波を感じる! それも数十体いるぞ!」
なに? ……いや、確かに接近してるな。
すぐさま浄眼で確認を取った。
大輝のやつ。影同士の脳波交信、練習さえしてないのに日に日に感覚さえてきてる? 脳波感知能力が向上してる?
「大輝、自己判断の影人化を許可する」
遠目でよく見えないがおそらく、「本気か?」とオレが正気の沙汰じゃないと思っているに違いない。
「いいんだな!!」
そう叫んでくる大輝は半ばやけくそに見えた。
「ああ」
その時、
「ちっ……てめえ、ぜってえ殺す!!」
懲りていないようで包帯男、善とかいったか、そいつが目にも留まらぬ速さで剣を振ってくる。
こちらは青を帯びたマフラーの斬撃で返す。ぶつかるマナの熱い火花。
相手はまるで脳死でとつってくる。防がれると思っていないのか、こんなに遅い斬撃を繰り返し仕掛けてくる。
瞬発的な動作で距離を取ったり、マフラーの斬撃で防いだりといった定石の行動で全ての不規則かつ予測不能な剣さばきに対応していく。
「あんた、そんな戦法でオレを殺すとかよく言えたな」
「あ゛!!! 黙れゴミが!!」
接近戦における機動力やフットワークなら瑠璃の方が何倍も上。速度は男性な分、瑠璃より速いが、浄眼の動体視力では十分追える次元の速さ。
旬さんなどを相手にすると、そもそもどこへ飛んだのかさえ分からないからな。それと比べると大したことない。
「あんたらの目的はなんだ? 話せば死んでやってもいいぞ?」
「ふざけるなよ! クソ野郎がぁ! 舐めやがって!!」
その後もヒットアンドアウェイを繰り返す。
斬撃し続けて分かったが、この剣……特殊なマナが編み込まれているため決定的な攻撃もあまり意味がない。
おそらくマナやその集合体エネルギーを乱す作用。この男の特殊な皮膚と同じ類か。
先程から『檻』の空間断裂が起こらない。
だが、『檻』という空間の支配下にある空間の収束体『蒼玉』なら、そう簡単に乱せないはず――。
「私もいるんだぞ!!」
後ろから直線的な突撃。茶色髪のポニーテル女が、刃の黒いナイフを突き立ててくる。
「来るなら黙って来い」
彼女が右手で持っているナイフは長身で、どちらかというと両刃の短剣に近い。
これもまた特殊なマナが含まれている。――が、マナ供給部、身体とその結合部――すなわち持ち手部分においてマナの流動的な変化が見れる。つまりこれは、武器が予め備えていた能力ではなくマナの術式。
個人固有のマナ作用が現象に直接的に干渉したり、マナ自体に特殊な能力が含まれる場合を異能界では『マナ術式』と呼んだりする。
反対にマナを明白な原動力、燃料として使用する異能の術式は単に『術式』。
この天王寺とかいう女は間違いなく前者。
マナ性の毒物――というか毒性のあるマナ術式。おそらく異能者にとっては有害な代物。触れればどうなるか分からない。
「は!」
回れ右の動きでマフラーを後ろへ回し横一線で斬った。
突撃していた彼女はまずいと思ったのか防御にまわり、ナイフを床と垂直に構える。ナイフはオレのマフラーによる空間断裂を受け「パリンッ」と割れ、落ちる。
「くっ、鋼鉄のナイフだぞ!? ……バケモノが!!」
天王寺は言いつつ体勢を強制的に崩し、身体を大きくのけ反らせることでマフラー先の斬撃をかわす。
一方丁度左から来ていた善には『檻』の障壁展開で進路を塞ぐ。視認できないので、手を広げて空中に置く、青い正方形。
そこへ剣を突き立て、衝突することで火花が大きく広がったのだけは感知した。
そのまま右の女の腹部をマナで強化した右脚で横蹴りする。鋭くも速い一蹴り。それで思いっ切り蹴り飛ばす。
「くはっっ――!!!」
赤い血を吐き、吹き飛ぶ女。建物のガラスを突き破り奥へ入っていく。
感覚としてはあばらを何本かやったか。
「天王寺――!」
吠える善は注意散漫になった様子。
この瞬間を待っていた。この機会を逃す手はない。オレは左の青い障壁を瞬時に解除し、手のひらを向ける――。
工程を省略した雑な式組の『蒼玉』――それを狙い定め、放出。
鮮血がアスファルトに散らばるのと同時、善の身体中心――心臓部を貫通した新幹線のような蒼い球は、衝撃波と共に凄まじい速度で空間を収束しながら直進していった――。
「かはっ――!!」
大量の血を口から零しながら、床にゆっくりと倒れていく、崩れ落ちていく善をオレは冷たい目で見た。
――青く冷めた眼で――。
「オレの命に触れるからこうなる」
何故か湧いてきた命への独占欲を押し殺し、言った。
「あと、一人か」




