イザナミ【2】
*
「……最高司祭からの指示だ。悪く思うなよ」
包帯男にそう言われ、背筋が凍るような何かを感じ、ゾッとする。
その瞬刻、世界が急激にスローに感じる。全てがゆっくりのモーションとして目に映る。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……。
でも分かってる。私は分かってる。
だから、大丈夫、大丈夫、大丈夫。
統也、早く来て。
来てくれてるのは、知ってる。知ってるんだよ統也。
統也は私の王子様だもんね?
どうしてだろう。
今はこんなに近くに感じる。統也が凄い速さで近づいてくるのが分かる。反響探知みたいに。電波みたいに。伝わってくる。
実はこの間統也の家に言った時、これを言えなかった。本当は統也に教えておこうと思ってたんだけど。
私、統也が近くに来てくれた時だけ―――――統也の位置が明確に分かるの。感じるの。
上手く説明できないけど、彼の位置が電波みたいなもので確かに感じる。学校でも、この壁の向こうに居るとか、物理的な遮蔽を越えて感知できてしまうんだ。
大きなステージ上で沢山の人を見てきた。沢山のイケメン芸能人にも会ってきた。それでも。この世界でたった一人、統也だけ。――まるで私と統也だけが見えない切れない糸で繋がれている様に。
これが運命じゃないと言うなら、運命なんて言葉、私は信じない。
だから、知ってる。
統也は私を助けに来てくれてる、って。
凄い怖いけど、必ず来てくれる。
*
半壊した車のすぐ横、道路上でうつ伏せの命。その場で屈み、剣先を今に落とす白いローブの男。その二人を遠目に確認する。
あの敵は体格的におそらく男。
だがそれだけじゃない。他にもここから視認不可の仲間がいるな……二人か。奥の建物で見張りをしてる奴と、少し手前で見張りをしてる奴。ソイツらは女か。
さすがに二人だけで見張りは無理があったか、偶然オレ達は索敵の穴が開いていた箇所を通過できた。
それに「人除け結界」まで張っているのか。道理で一般人が少ない。
あと……なんだ?
こちらから見て左の方に……「影」の気配? どうしてこんな街中に?
面倒だな……。
「大輝、お前はそこに居ろ」
「へいへい。おうせのままに」
大輝はここに待機させる。
最初の問題は……。
あまりに遠い距離、おそらく100メートルほど離れている命と敵の二人に接近しなければならない。一瞬で。
おそらく残り、推定約0.2秒――。
それで命は刺される。
異界術「瞬速」で40メートルほど飛ばし、そのあと空間座標の収束「瞬身」に任せて60メートルの空間を収束させる。
その一連の動作に合わせて首に巻いていたマフラーを手に取り、『檻』を付与し、ばっと広げた直後、横にスライドする。刀のように。
青き一閃。全ては一瞬の出来事。
「なにっ―――――!!?」
命を串刺しにしようとしていた白い敵は、素早い回転の動きでその場から回避し、二度のバク転を用いオレとの距離を取る。
「てめぇ、誰だ!!?」
開口一番がそれか。
鋭い目つきを向けてきた。正面で向かい合って気付いたが、白い宗教衣装の中、全身が包帯で巻かれている。
しかもただの包帯じゃないな。呪詛による特殊封印の類か。
肩にある聖境の青いマークに、白い衣装。間違いない。
「そう言うあんたは聖境教会の犬か?」
「あ゛!?」
眼を飛ばしてくるだけだった。
「統也くん、やっぱり来てくれたんだね……」
「やっぱり?」
安心しきった顔で謎発言をする命。
オレの立つ下、路上で辛そうだったので、オレは素早く屈み、うつ伏せを仰向け状態にし、お姫様抱っこすることで持ち上げる。
持ち上げると分かった。命の筋肉がほとんど動いてない。おそらく相当な脳震盪。
「命、大丈夫だったか? 何もされてないか?」
「うーん、少し身体触られた」
「それは、どうしてだ?」
「知らない。けど、脚触られて……怖かった」
そう言ってオレの元で涙を滲ませる。オレの制服ブレザーにしがみついてくる。
まあ、お姫様抱っこをしている関係上、言い訳できないほど右腕全体が彼女の太ももに触れているが、これは問題ないらしい。
「もう大丈夫だ」
「うん……ありが…………と――」
安心したのか、するりと流れるように眠りにつく命。
彼女が気絶したのを確認し、オレはすぐさま浄眼の視覚による座標を使い、右にある半壊した送迎車を青い『檻』の立方体で囲む。急ぎめで。
閉じ込めた瞬間―――隣、青い檻の内部が物凄い爆音と共にガソリン爆発する。轟く爆音と檻内で広がる火炎。
爆発の治まり次第その『檻』を解除し、徐々に歩いていき、敵へ向かって全身する。命をお姫様抱っこしたまま。
「あんた、最初の斬撃をどうやって受けた?」
気になっていたことを敵に尋ねるが。
「あ? 斬撃? そもそもそんなマフラーで身体を切れるわけねえだろ。何言ってんだお前。恐ろしく速いかと思えば馬鹿発言。よく分かんない奴だな」
コイツ、気付いてないのか? だとしたらどうやって斬撃を?
この男、最初のオレの接近の際、確実にマフラーによる空間断裂を受け、食らった。回避したように見えたが、切り付けを受けたはず。
しかし結果、空間による亀裂はなく、切断を受けなかった。
こんなことは初めてだ。
コイツ、一体何をした――――?
「あんた、名前は?」
「俺が答えると思ってんのか?」
浄眼で見た感じ、マナが放散されたように見えた。
マナを一定の出力で集め、術式という式を組む。そこで異能という技が発動する流れが普通。
オレのマフラーに付与された『檻』も同様。空間を切り裂く式を、マナで編んだエネルギーで織り込むイメージ。
しかし、ヤツに触れた瞬間、編んだエネルギーが放散され、マナに分解された。
分子が原子に分立されたような現象が起こった。
マナ次元は原子レベルの緻密な領域で編まれる。それを浄眼による視認で分析可能にし、その空間を分解する技「第一術式・解」というのを持ってる。
それはマナで編まれた領域空間を分解する技だが、この男はマナで編まれた領域を乱し、放散させた。
メカニズムは別物だが結果がよく似ている。
「あんたの異能、マナで構築した情報次元を攪乱するようだな」
「は? てめえ、どうしてそれをっ!? ……てか異能じゃねーよ。そういう病気だ。皮膚のな」
瞠目後、少し落ち着いて言ってくる。
皮膚の病気? 異能体質の一種、鈴音の雷電乖離みたいな感じか。
いや、真実を語っているという保証はどこにもない。
ただの心理誘導の可能性もある。
「まあどうでもいいが。それより他の仲間をここに呼んでおいたほうがいい」
言うとあからさまに顔しかめる敵。と言ってもしかめる表情は包帯で隠れているため、そういう雰囲気というだけ。
「仲間? 何のことだ?」
「しらばっくれるつもりか? 接近対象の監視役が残り二人居るだろ。ここに呼べ」
言った直後、明らかに動揺する相手。その動揺ぶりは包帯越しでも分かるほど。
「てめえ……ただ速いだけってわけじゃなさそうだな。なるほど、さっきからの心眼……原因はその青い眼か。その眼で見れば、なんでもお見通しっつーわけだ」
オレの両目――青い眼、すなわち浄眼と目を合わせてくる。
おそらくコイツ、先程からの会話内容などを加味すると、そこまで異能に関して詳しくない。
聖境教会の人員なのは間違いないところを見るに、特殊委員会の戦闘員。
「だが、あんたの皮膚で起こっている現象を見切れなかった」
「俺はこの皮膚のせいで異能もろくに使えない。マナを激しく乱す体質。身体中から外へ放出するマナの流れが異常でこうなってるんだとよ」
「わざわざ教えてくれてありがとな」
まあ、実はなんとなく分かってはいた。
思っていると――。
「ああ、今気づいた。最高司祭が言ってた脅威の名瀬一族ってお前のことか」
オレは頭にはてなを浮かべた。
脅威?
「何の話だ?」
「これからはお前も狙われるって話だよ。まぁ、もう『さよなら』だから、そんなこれからは来ないけどな」
それを無視して話しかける。
「一つ分かったことがある。お前らが命を狙うのはどっかの勢力……そうだな、雹理勢力などといったどこかに買収されたからではない。聖境教会自体の意志で活動している。つまりなんだ、命がそんなに大事なのか?」
よく分からないが。
お姫様抱っこされる、安らかに目を瞑る彼女を一瞬見やった。
「そうだぜ。簡単に言うとその命って女子には“イザナミ”って女神がある宝石を介して眠ってる。『伊邪那美命』って奴だ。知ってるだろ、日本神話の女神。もっとも、今から死ぬお前が知っても意味ないけどな」
オレを今から確実に殺せると思っているだろう口調。死ぬ人間に何を教えても問題ないと考えている。
瑠璃とかより、こういう相手の方が心理的に誘導しやすい。
「じゃあな、マフラーボーイ」
そう言って剣を持っている方とは反対の手を振ってくる。バイバイと言いたげ。
オレは静かに目を瞑り、深呼吸をする。
「お前ら、名瀬を舐めすぎだ―――」
瞬間、オレはうしろを振り返る――。
しっかりと浄眼で見て『檻』の座標を定めた――。
直後、一メートルほどうしろ、瞬時に展開される青い空間固定の正方形。空間に浮き出る。
そこに謎のナイフを突き立ててくる「ポニーテールの茶色髪」の女が見えた。ソイツも聖境の白い宗教的制服を着ていた。もちろん顔は見たことない。
「な――――――この男!!」
檻とナイフから発生したマナの衝突による火花発光を受け、先程まで会話していた包帯の男も焦ったか高速でこちらへ接近してくる。さっきの場所から。
そっち方向にも素早く振り返り、浄眼で見ることで『檻』の防御を展開する。同じく正方形で。
同様に剣と檻が激しい勢いで触れ合い、そこから飛び散るマナの火花。
つまりオレの左右、両サイドが『檻』の正方形により二人の攻撃を受け止めた状態。
「てめえ!!!!」
焦る様子で叫んでくる包帯の男。
建物などの遮蔽物が多い中、女が付けた隠密漂により気配を消し、背後からの奇襲……悪くない作戦だった。
ただ―――。
「―――相手が悪かった」
今のオレは命をお姫様抱っこしているため、両手が塞がれている。つまり小回りの利くコンパクトな接近戦には向かない。相手もそれは分かっているだろう。
ただ、それならこちらはリーチを有利に持っていけばいいだけ。
オレは浄眼で空間を視認するだけで『檻』蒼の座標を定められる。
そしてその場で命を両手に抱えたまま―――告げた。
「空間発散『青玉』」




