新学校
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オレはあれから数日かけて新幹線を使い、山を越え、そして海を越えて、本州から北海道にたどり着き、札幌に到着し今に至る。
現在の札幌市の様子は形容するならば、旧日本首都である〝東京〟の雰囲気に似ているといえるだろう。
そもそも北日本国(旧日本)の首都は東京から札幌へと変化しているのだから、それも当然と言える。
そんな中、オレは立ち止まりとある校門の目の前で学校を見上げているところだった。
校門には「札幌国立秀成高等学校」と刻み込まれた表札がある。
周りには春風に乗った桜の花びらが舞い、春を感じる景色が広がっていた。
(ここが今から通う高校になるのか……)
オレは軽く気持ちを整えておく。
瞼を閉じ、周りの環境を感じつつ、耳を澄ますと、目の前の高校からチャイムが鳴る。
これは予鈴というやつか……。
それにしても早すぎるよな。もしかしたら部活用か、もしくは他の何かで7時に鳴るチャイムが存在するのかもしれないな。
まだ早い時間帯だからか、周囲を見渡しても数人の生徒がチラホラ歩いている姿が見えるだけだ。人口密度が低いとでも説明しようか。
オレはリュックを右肩に下げて、校門を抜け、校内に入ろうとする。
そのときだった。
ドンっと、急に後ろから衝突……を食らいそうになったので、オレは素早くそこから離れ、走って迫ってきた人物をかわす。
咄嗟に振り向き、後方を確認するが—————。
「あっ……。きゃ!」
そこにいたのは………ただの女子生徒……だった。
彼女が着ていたブレザーの制服から、この学校の生徒のものだろうと判断できた。
どうやら急いでいたようで、前方不注意になりオレと衝突しそうになった、というわけらしい。
彼女はそのままバランスを崩し、その場に倒れそうになる。
無視することもできるが、彼女をかわしたのは他でもないオレだからな。
オレは素早く左手を伸ばし彼女の体を片手で支える。
「えっ」
どうやら彼女は自分の今の状態が理解できず、困惑するとともにオレが支えていることに驚いているようだ。
彼女は眼鏡をかけており、ポニーテールといわれる髪型を模していた。顔立ちも整っているし、顔つきも凛々しい感じといった普通の一般女子生徒だ。
体つきから察するに、一般人以上の運動能力が予想される。俗にいう、運動神経がいいというやつだ。
「大丈夫か?」
オレは彼女にそれだけ問う。
「……王子……? あ、いや、いえ、あ、はい。大丈夫です。それより、ごめんなさい! 今、ものすごく急いでて、ぶつかりそうになってしまって………あ、そういえばあたし急いでるんだった」
(ぶつかりそうになったのは分かるが……王子?)
彼女は自分で話しながら急いでることに気付き、しっかりオレに深々(ふかぶか)と頭を下げた後に、そのまま駆け足でどこかへ向かった。
「王子って何!? あたし何言ってんだろう……BLの読みすぎだ……」
走っていく彼女から微かにそう呟いているのが聞こえてくる。
なんだったんだ? あれは。
彼女は通常のリュックの他にも大きめのスポーツバッグを肩にぶら下げていた。おそらく運動系の部活か何かだろうと思われるが、オレには関係のない話だ。
それにしても、王子……か。
何故だか分からないけれど、オレはこの「王子」という響きに魅入られた。
いや……正確には、「王子と呼ばれること」自体に強い魅力を感じ、心を奪われた。
そんなことを考えているとき、突然体中から甘いような香りが漂い始めた。
オレはこの匂いがなんとなく気持ち悪く感じたため、自分から漂うその匂いから逃げるように校内に入る。
そのまま進んで玄関に近づいたころだった。
オレは立ち止まる。
これは……………!?
なぜここに。
なぜこんなところに?
誰かの差し金。いや、違うな……。
偶然だというのか。
オレはある特異物を見つけてしまう。
それは現在進行形で校内にある、いや。いると言った方がいいか。
オレにとっては懐かしいとも呼べるものだ。
今でもネオンサインが不気味なほどカラフルな街並み、その光を浴びられなかった陰のある一角。それらすべてを昨日のことのように思い出すことが出来る。
あれから三年は経つというのか。
随分と時の流れとは早いものだな。
まだ影による被害や遺族たちの悔しさの念を残していた、活気があるとは言い難い街なみ。とても栄えているとは言い難い街なみ。
IWに暮らしている誰もが「影」を憎み、「影」により失ったものを嘆いた。
今でさえ、青の境界の外のことを想像するだけでゾッとすると話す住民もたくさんいるくらいだ。現在OWは影たちがうろついている無法地帯とされているのだから、無理もない。
だがそんなことはどうでもいい。
オレはふと思い出す。
あの夜に、あの夏の日に。
その中で嗅いだ甘い匂いを。それはまるで、さっき自分の体から嗅いだ香りのよう。
そして彼女の揺れる黒髪を。
「……命がいるのか」




