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日常


  

  *



 次の日のこと。

 オレは特に変わりない朝を迎えた。

 普段通りの日常、というやつだ。


 オレの今居る学校「秀成高校」はいわゆる進学校。

 境界内――IW――の北日本国における面積は言わずと東北地方一部と北海道のみ。かつてあった関東関西などは見る影もない。それは仕方がない事。「影」または「影人」と呼ばれる人型バケモノに汚染された外の世界では人類は脆かった。純粋に(せい)を謳歌できない。

 そんな北日本国の大部分領土は現段階では北海道が占める。

 その現在、遷都した首都「札幌」で設立された国立の進学校・札幌国立秀成高校。


 異能とは本来無関係の、なんの変哲もない進学校。



 ―――のはずなんだが。



「クルス? あー、知ってっよ。シューのことだろ? 赤髪ツインテールだから染めてんじゃないの、校則違反じゃないのってことで一時期有名になってた。結構校内での知名度は高いと思うぞ?」

「そうか」


 くせ毛でクルンと毛先がカールしている黒髪の男子、黒羽大輝が登校中にこちらに向け言った。

 やはりその人は「シュー」と呼ばれているらしい。里緒も昨日に同様のことを述べていたのを思い出す。

 本名はシュペンサー・火花(ひばな)・クルス。


 独特の「火花(ひばな)」というミドルネームといい、赤い色素といい……劫火(ごうか)一族の近縁か?


 劫火一族とは雷電(らいでん)一族のように唯一その属性を従えたという先祖時代の異能家系列始祖。

 (くだん)の場合は「燃焼」という化学現象における異能を我が物にした一族。  


「ちなみにその女子生徒の目的は知ってるのか?」

「まーな……。どうせ俺の監視、だろ?」

「正解だ」

「そんな事だろうと思ってたよ」


 我慢の限界を超える呆れを放出したのか、大輝は深い()め息を()いた。


 大輝の監視。それは当たり前のこと。大輝は他人からすれば「影」という怪物に変化できる化け物の(うつわ)。それを野放しにするほど異能士協会も馬鹿ではないだろう。

 一応オレが(おさ)めた審議でその全権が伏見勢力に委ねられはしたが、聖境教会、日輪、代行者といった他ベースの監視は自由。特段実害がなければ問題もない。


「最初は分かんなかったよ。でもさ、二か月前調査に出た時……ってか訓練してたときからかな? 色んな色に髪染めてる人多いなって思ってリカに聞いてみたんだ。そしたら案の定、そういう色素特異性の体質だっていうから」


 異能性色素特異症候群。英称、オッドカラーシンドローム。通称、オッドカラー。


「そうだ。ほとんどがその色素の異常を持って生まれてくる。三宮(さんぐう)と名瀬はそれがないがな」

「みたいだな。統也の髪、黒いもんな」

「そういうことだ」


 話題を回帰するとつまり大輝は、髪の色が黒以外――すなわち異能者の可能性――と結びつけるようになったわけだ。

 それでシュペンサー・火花・クルスについても曖昧ながら考察できたと。

 

「それより(みこと)の護衛、手伝ってくれるよな?」

「あー、その話な。……別に学校にいる間はこっそり見守るくらいは出来るけど」

「それで構わない」


 隣を歩く大輝。矛星(ステラ)という組織において彼もまたオレと同じ懲戒処分中。

 当然の帰結。オレ達は互いに別の何かのために矛星(ステラ)(おきて)、任務とその優先順位を放棄した。

 オレは里緒の救助のため最優先任務の放棄。大輝はその場の感情に任せて規定違反かつ無断で影人化した。


「それより、あれから体調はどうだ? 影人化の後遺症、その他諸々」


 当時ダークテリトリー調査後、本部で目を覚ました大輝は何度も嘔吐を繰り返した。

 真昼などの死去による精神的なダメージも、影人化から由来する肉体的なダメージも、どちらにしろあったのだろう。


「流石に二か月経ったからもう大丈夫だよ。珍しく俺のこと心配してくれてんのか? ありがとな?」

「いや別に」


 言うと、イタズラモードに入る大輝。


「お前はツンデレかよ~」


 オレの脇腹を肘でつついてくる。


「ツンデレ? オレのツンデレなんて、どこに需要がある? あれは里緒がやるから可愛いんだ」

「里緒? ……いやいやいや、待てよ。今、統也お前……あの里緒がツンデレって言ったのか?」

「ああ、そうだが」

「それはおかしいだろ」


 緊迫した雰囲気で揺るがない目線を向けてきた。


「何がだ」


 面倒だがこの茶番に付き合ってあげた。


「どう見たらあれがツンデレになるというんだ? 教えてくれ。俺には分かんねーよ。里緒のどこがツンデレなのか」

「は? いや普通にオレにはツンデレに見えるが」

「それはおかしって。俺にはツンツンツンツンツンツン()()、だ。……でもな? よーく考えてみろ? それはもはやただの『ツン』だ」

「意味不明だが、オレには()()デレデレデレデレくらいな感じだぞ。いつもデレデレ甘えてくる」

「なんだよそれ羨ましいな。どこのラブコメだよ」



 まあ、朝っぱらからこれだけふざけれれば「元気」と言えるだろう。

 コイツの体調は問題なさそうだな。オレの心遣いも(むな)しく終わった。



 そして秀成高校――――本来普通の進学校のはずが、霞流里緒に二ノ沢楓、黒羽大輝、シュペンサー・火花・クルス、自分。

 異能関係者祭りのとてつもなく異常な学校なのだ。






 だがもっと異常なことにオレが気付いていれば―――。




 きっと世界は、オレの選択は。違ったのかもしれない。





   *



 そのまま学校に到着すると三年C組の教室内にて。オレは前ドア通過、窓際の自席へ向かう。すると。


「お、お、おはよう統也君!」


 右隣の席から(ひか)えめながら、それでいて大きめの声で割石(わりいし)芽衣子(めいこ)が挨拶をくれる。

 触りたくなるような柔らかそうな髪質のボブ。さらさらといよりふさふさしている。


「ああ、おはよ芽衣子」


 明らかに「勇気を出して頑張って挨拶しました」と彼女の態度や仕草が()(ぐち)していた。

 現に挨拶後に達成感を満たすかのような安心ゆえの一息をする。


「ふぅー」


 (たま)に、忘れた教科書などを借りるときに会話を交える程度で、それ以外の深い人間的繋がりはない人物。

 しかしこの学校の席替えシステムは風変りで、変更したくなければ無理に変える必要がない。クラスも将来の職業選択などに変化がなければ変わることは少ない。

 故に芽衣子とは理系クラスとして二年から同じクラスの同じ席。相も変わらず一年間並んで授業を受けてきた。いやでも仲良くなる。

 里緒や雪華らと同じ理系女子で、成績は結構いい。無所属無個性だが、ある意味控えめな部分が目立つ個性ともいえる。


 あと、割と勘違いされやすいのだがオレは別にコミュ障というわけではない。単純に言葉の反応や相手に対するリアクションが薄く、さらにはほぼ表情が動かないだけであって会話も苦手とは思っていない。

 努力はしているのだが、オレの感情が動くことはやはり少ない。


「俺もいんのに統也だけに挨拶、これが顔面格差か。なんて残酷な世界」


 隣でふざける大輝。空想の涙目で空を仰ぐ。

 こいつ慣れたら結構ギャグいく性格なんだな。初めて知った。(こう)とはまた別のおふざけ。


「あっごめん! わざとじゃっ……」

「ほら、芽衣子が本気にするからやめろ」

「あ、すまんすまん。今の全部演技だから気にすんなよー」


 そう言い残し自分の席である教室内最後列(さいこうれつ)の席へ向かった。


 大輝。影人化後もリカに愛され、リカとイチャついてたからな。

 里緒曰く大輝とリカの二人、昨日はこっそり夜の営みをしていたらしい。リカが大輝を家に連れ込むのを、雪華が目撃したとかなんとか。

 それでこのご機嫌なのかは知らんが、おそらく無関係ではないだろう。


 そんな、大輝がご機嫌な理由についての考察中に芽衣子が着席しつつ言いかけてくる。


「統也君……その……今日もよろしくね」

「え?」


 今日もよろしく、とはいったん意味不明ではあるか。朝に隣の席の人に向かってこのセリフを言う高校生が世界にあとどれくらい居るだろう。


「あっ……えっと今のは違くてっ……そのっ、そのっ」


 一人で勝手に慌てる芽衣子だが、また(こう)が余計な与太話(よたばなし)を吹き込んだな?

 あいついつも芽衣子で遊んで楽しそうにしているからな。


 


 キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。




 鳴る予鈴。つまり八時半。


「――おっはよース!!!」


 はいはい来た来た。


「お、統也ー、今日もマフラー決まってんね!!」


 キランと音が鳴りそうなほど歯を輝かせる。

 そう。東川(ひがしかわ)(こう)だ。


「なんだー、芽衣子と統也何話してんだよ。俺にも教えてくれー」

「ううん、なんでもないよ。統也君と大輝君が今日一緒に登校してて珍しいなーって思ったくらいで……」


 相変わらずの控えめでそう言った。


「ふーん」


 釈然としない顔で(こう)は大輝の方を向いた。


「大輝と統也が……ね。お前ら仲良かったっけ? ……ま、いっか」  



  *



 統也が一時限目の前にトイレへ向かった。

 その隙を狙い、東川香はもどかしい芽衣子に向け口を開いた。


「統也に想い伝えなくていいんかー?」

「えっ……どうしてっ?」


 オウム返しの芽衣子。


「どうしても何も統也のこと好きなら好きって言わないと。あいつな、すげー頭いいけど馬鹿な所もあってさ、結構鈍感なんだよ」

「うん。それはなんとなく分かる……」

「なんでかは知らんけど、自分を好いてくれるはずがないって思考が(かせ)になってて自分を好いてる存在に気付かない。自己肯定感が皆無。……馬鹿だよな統也。あんなにカッコよくてなんでもできる男、なかなかいねーのに。俺から見ても羨ましいぜ」


 普段から統也と共に過ごしているため(ねた)んだりすることはないが、それでも統也を(うらや)むことはあった。

 

「統也君って自己肯定感、低いの? 意外……」

「だろー?」

「うん、もっと自信に満ち溢れてるかと思ったよ」

「すぐ自分を否定するし、結構卑屈だし。かなりのネガティブ野郎だぞ? 皮肉だよな。あいつはさ、周りから見ても色々(つよ)すぎて、弱点がないって思われてる。それが『弱点』なんだよ」


 周りは気づけない。統也が自分を否定し続けていることに。心の支えを欲しがっていることに。誰かに強く肯定してほしいと思っているのに。

 それでも香は彼の一人の友達として、自らの存在価値を問いたいのだと統也の心情を理解していた。


「ソコつけば、芽衣子もいい線行くかも?」

「ううん、私はいい。彼にとって迷惑になることはしたくない……」


 芽衣子はそう答えた。


「何が迷惑なんだよ」

「だって統也君、そもそも三大美女の皆と仲いいし……私なんか敵わないよ。私がそこで自分の想いを伝えたって意味ない……と思うな」


 ま、そりゃそうかもな、と香は思ったが口にはしない。ただでさえ最近へこんでいる芽衣子のメンタルをこれ以上壊すわけにはいかないからだ。


「ま、頑張れー」




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