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『青』



「いや……その……私は……統也くんに会いに……」

「いやだから、どうしてあんたが統也の家知ってんの?」


 少し歯切れが悪い(みこと)に対し、心なしか食って掛かる里緒。


 玄関。目の前で、対面する二人。里緒と(みこと)

 両者さらさらの黒髪ロング。


 何の因果か黒髪ロングはオレの好み(タイプ)、などと一切この場において関係ないことを考えていた時。


「統也くんが前に、困ったときは家に来ていいって言ってくれたから」


 そう答えた(みこと)。嘘はついてない。うん、嘘はついてないんだよな。

 ただ、今ここでそれを明言されると面倒事になる。そんな予感が脳裏をかすめた。


「は? ……ちょっと、とーうーやー???」


 里緒は言いながらゆっくりと振り返り、こちらの顔を見てくる。いわゆるジト目で。


「いや、別に悪いことは言ってないだろ」

「家に来ていいって、悪くない?? ほんとに?」

「と、思うが」

「男女が一つ屋根の下、(みこと)さんにどんな不純なことをするつもりだったわけ?」


 相変わらずのジト目で接近してくる里緒だが。


「いや、さっきオレらも同じ状況だっただろ」

「そうなんだけどさー」


 背景にいる(みこと)の瞼がピクリと反応した。明らかに、里緒を家にあげたことを気にしている様子。


「まあ、折角オレの家まで来たんだ。……取りあえず入ったらどうだ?」


 オレは(かかと)まで納めず靴を履き、ドアを大きく開け、(みこと)に言った。



  *



 そうしてオレのリビングには仁王立ちした里緒と、食卓テーブル前の椅子に座る(みこと)


「里緒、お前は帰るんじゃなかったのか?」

「いやいや、統也と(みこと)さんを二人にはできないって」

「お前は親か」


 そうツッコんでいる最中。


「二人、仲いいんだね……」


 いつになく寂しそうに(みこと)は言った。それに対し、容赦なく――。


「そりゃ仲いいよ。さっきだって一緒にご飯食べたし」


 羨ましいでしょ? と顔が主張している、得意げな里緒。


「あっそ。私、前に統也くんと夜道で抱き合った」


 それに対抗するべくか、(みこと)も負けずに言い放つ。珍しく若干怒っているようにも見える。


「へ、へぇ……ま、普通でしょ。あたしだって数時間前、統也に抱き着いた。背中から」

「だから何? それくらい普通だよ。私なんか統也くんにお姫様抱っこされたんだから! 他にも……」

「それ、前に聞いたし。てかあんた、アイドルのくせに統也に振り向いてもらえないの? かわいそ」


 その煽り発言を聞き、(みこと)は赤面しながら思いっ切りに頬を膨らます。


「統也くーん! この人、失礼!!」


 こちらを見ながら、里緒を指差す。

 指差すのも失礼だぞ、と言いたいが言える雰囲気ではない。


「お前ら、そんなに言い合って何になる?」

「当人の統也くんがそれを言うのはおかしいかもね?」


 真顔の(みこと)にマジレスされてしまう。 


「統也はあたしのだから」


 と里緒。


「ううん、統也くんは私のだからね」


 これは、治まりそうにない。


 早く静まってくれ。

 こんなオレ(クズ)を取り合うことに、意味なんかない。


「あたしのだっつってんでしょ!」

「私のだよ」


 一生治まらない謎の水掛け論。本当に謎すぎる。

 第一にオレは誰のものでもない。


「私の統也くんに今後勝手に抱き着かないでくれる?」

「それはこっちのセリフ、あたしの統也に近づかないで。……アイドルって忙しいんでしょ? なら、その仕事してればいいじゃん。この間もテレビ出てたね? (みこと)さん結構歌うまいじゃん」

「それは仕事だからね」


 しまいには関係ない話に派生する始末。


「有名なアイドルだからってアド取れると思った? 残念、あたしは統也とパートナーやってもう一年も経ったし」

「……アイドルになったのは………確かに、統也くんに認められたかったからだけど……」


 いや、普通に初耳なんだが。


「認められる? 統也はそんなんじゃ認めてくんないよ。あたし、(みこと)さんより統也のこと知ってるみたいだね」


 それは異能関連においてだろ。

 正直言うほど差もない。

 喜んでいいのか(みこと)もオレについて詳しいからな。


「統也くんは私の事嫌いなの?」


 急にこちらを向き尋ねてくる(みこと)


「なわけないだろ」


 即答してやるとニッコリ破顔の(みこと)。全てが滲み出た二ヤけ。


「んふふ」


 そのまま幸せそうに両手で頬杖をつく。

 一方里緒は拗ねる。


「むっ……じゃあ、あたしは? 嫌い? 好き?」

「嫌い、仮にもそんなことあると思うのか?」


 言ってみると今度は里緒がエッヘンと満足そうに腕を組む。


「でもダメ。もっとはっきりじゃないと。好きか嫌いかの二択、どっちかで答えて。じゃないと許さないからね」

「消去法で考慮すると『好き』になるか」


 言うと、また拗ねる里緒。「消去法」がお気に()さない様子。

 謎に(みこと)も拗ねる。

 両者ふくれっ面を見せる。


 なんだ? じゃあなんて答えれば正解なんだ?

 

 回答となる解答。オレには難しすぎる。

 連立偏微分方程式を解くほうがよっぽど楽だ。




 結局、(みこと)がどうしてオレの家に来たのかは分からなかった。


 それと、この意味のない水掛け論は、のち30分ほど続いた。



  *



 同時刻。一方その頃。聖境教会聖堂。

 信徒共同体の拠点である講堂。「青の境界」を模したと思われる青いガラスに包まれた建物。いわゆる礼拝堂のような宗教施設。


「―――全ては九神の導きのままに」

「「「全ては九神の導きのままに」」」


 講堂内横三列に並ぶ信者、その中心の神父、彼に続き、数名の信徒たちが反復する典礼。

 ここに集まっているのは例外なく聖境教会幹部の者達だ。

 そんな中口を開く最高司祭「柳沢(やなぎさわ)」。薄暗く、彼の顔は明視出来ない。

 ただ、熟年の男と推定される声質を持っていた。

 

「今日ここに集まってもらったのは他でもない。森嶋命、彼女の抹消及び起源宝石(ターコイズ)の奪取。その初作戦における狙撃手が撃退された件について」


 最高司祭「柳沢」が言うと、さっそく手を上げる信徒の一人。


「許可する。述べろ」

「その担当狙撃手が謎の勢力から何等(なんら)かの攻撃を受け、半死状態ながらも最後に遺言を残しています。『青いバリアを展開するマフラーをした異能者が、生徒の中にいる』と」

「ん? “青いバリア”だって……?」


 聖境教会最高司祭「柳沢」の尋常じゃないほど驚く言動を受け、疑問符を浮かべる信徒。


「どうかなさいました?」

「いや……まさか……もしや……あの男か……」

「あの男、と言いますと?」


 

「―――名瀬、統也」



 柳沢は一人口元を緩めた。抑えられない興奮を表情に移した。


「名瀬? 御三家名瀬の人物だと言うのですか?」

「そうだ」


 信徒は柳沢の言葉をにわかには信じられないといった様子。 


「犬も歩けば棒にあたる。名瀬統也、やっと見つけた……」


 柳沢は心の底から、素晴らしい、と思っていた。その喜びに酔うほど。


「しかし、こんな場所にいたのか……? いやそうか、もしや……伏見旬、あいつの仕業だな?」

 

 と自問自答。


「何の話か分かりかねますがそれはあり得ないのでは……? 名瀬家の異能『檻』は()()バリアを展開する固有能力と聞きました。担当した狙撃手の最期の報告によればバリアは青色」


 信徒のそのセリフに対し、フンと鼻で笑う。

 柳沢はこの場で唯一の有識者として悦に入った。


「それは……お前たち、新参の聖境信者はそう思っているだろうな。お前たちは知らない。闇の世界を、影の秩序を正した“本当の神”を、光を。その十二の神の中、唯一にして最強の起源の王、原初。その『王』―――『00』を。私は彼が、この安寧なる世界を形作った青い光を出すその瞬間に立ち会った。絢爛にも煌めく青。私はそれを確かにこの目で……見たのだ」


 興奮気味に語る柳沢の饒舌は止まらなかった。


「なる、ほど……?」

「王権一族、純白の英雄エミリア・ホワイト、その金髪の美女の両眼に備えられた『()』。その深くも神妙な青い瞳に魅入られた時、私は思った。彼女こそが“王”であると。だが、それは一瞬にして塗り替えられた。四年前、彼の、名瀬統也のその青い瞳を見た時確信したのだ。彼こそが本物の王であったと。……その感動、その興奮が今、目の前にある!! ついに見つけた。あの旬が、かつてギアだったエミリア・ホワイトの最強たる眼、その後継を見逃すはずがない。何周期かで御三家に現れる特異的な浄眼の次世代。そう……そうなのだ。その、次世代の王こそがあの男、その男子」


 一気にまくしたてる柳沢。信徒もここまで興奮状態の彼を見るのは初めてだった。


「上機嫌の所非常に申し上げにくいのですが、我々の任務形式については……? 目標・森嶋命をどうするべきですか……」

「君は何を言っている? ()()に決まっているだろ。そのまま森嶋命を持てる全力を()って始末しろ。必ず殺せ。何がなんでも、だ。そうすれば(おの)ずと彼は真の『王』になる。そして私はあの時の“青い輝き”をもう一度見れるのだ。私はただ、アレが見たいだけなんだ。……その時を気長に待とうじゃないか」

「――分かりました。森嶋命の抹消及び起源宝石(ターコイズ)の奪取について、作戦を続行します。作戦遂行における障害は全て排除で構いませんね?」

「無論」


 柳沢は異様かつ不敵な笑みを残した。


「下の者にも伝えておきます。では………青の境界が永劫不朽となりますよう、祈祷を」


「「「祈祷を」」」




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