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始動

~秀成高校生徒クラス一覧~


三年A組「森嶋命、木下栞」

三年B組「霞流里緒、シュペンサー・火花(ひばな)・クルス」

三年C組「名瀬統也、東川香、黒羽大輝、割石芽衣子」

三年D組「宮野陸斗」



  *

 


 数十分後、16時40分。オレは借りているマンションの自室に里緒を連れていた。

 玲奈に(みこと)の警護を増やすよう指示の電話を入れたあと、電車に乗り、里緒と二人で帰宅した。帰宅と言うか、里緒はオレの家に訪れた。

 作戦会議、といえばいいか……そういった話し合いをするためだった。


 正直(みこと)を狙う存在が増えたのは状況的には最悪と言わざるを得ない。

 三宮勢力、雹理勢力、そして聖境教会。なぜこうも(みこと)ばかりを追う存在が多いのか。

 オレ達で(みこと)を守ると一口に言っても、こうもアンチ勢力が多いとなると単純な保護さえ容易ではない。


 加えて……。

 九神とはいえ、(みこと)を優先的に狙うのには何か意図があるはず。

 確かにオレや翠蘭も九神の使徒であるのは紛れもない事実。『不死』『再構築』でそれぞれ権能を持つと仮定すれば全てに納得がいく。

 しかし、オレらとて(みこと)ほど頻繁に狙われたりはしない。


 だとすると……(みこと)は使徒の中でもさらに特別な存在なのか?


 内容が錯綜してきた。

 一端考えるのをやめるか。



「おじゃましまーす」


 ドアを開け自室前の玄関に入ると。里緒は初めてオレの部屋の領域に入るなり、いきなり言い出す。


「あ……統也の匂い」


 里緒は一足先にリビングへと足を運ぶ。


「オレの匂い? そんなのあるのか?」

「え、あるよ」


 里緒曰くオレ独特の匂いがあるらしい。


「自分では全く分からないが」

「そうなんだね。てか、部屋めっちゃひろ! こんなに広いのに一人暮らし?」


 リビング内を見渡す。


「2LDKだ。まあ、名瀬家本家から秀成に通うわけにいかないからな。この借りた部屋で暮らしている」

「実家釧路だもんね」


 去年、里緒は釧路にある名瀬本家にお邪魔しているため、オレの一人暮らしの経緯をよく理解できるだろう。釧路から札幌への通学は容易ではない。

 リビングに入ったあとオレは制服ブレザーを脱ぎ、ワイシャツ姿になる。

 里緒も適当にリュックをその辺の床に置く。

 それを尻目にキッチンへ向かった。


「お茶入れるから少し待っててくれるか?」

「はいはーい」



  *



 リビングに戻る。

 冷えたお茶が注がれたガラスコップを二つ、キッチンから運び、一般的な食卓テーブルに置く。

 オレの背後付近、里緒は手を後ろで組み、リビングをうろついていた。悠々とリビング内部を物色、もとい、観察していた。


 面白い物なんて何もないがな。

 オレの戦闘スタイルからして「呪具」という呪詛を付与した武器もあまり使用しない手前、異能関係の代物も少ない。


「適当に座ってて良かったのに」


 コップを置いたテーブルに備え付けてある二つの椅子の片方に視線を送る。


「そお?」

「ああ」


 すると―――。


 どういうわけか背後から歩み寄ってきた里緒はオレの背中に手をあて密着してきた。横顔を背面に当てる感じで。

 彼女の色々柔らかい感触が背にあたる。

 ワイシャツ越しに彼女の温もりを感じた。


「びっくりした?」

「もう慣れた」

「なんだ」


 プライベート空間であるため他人から見られる心配はない。

 ギアと二人の空間。安心感のような心地良さは確かにあった。それは認めざるを得ない。

 一年間共に戦闘し、共に活動してきた人物。

 信頼、愛着、依存、どれにも似た感情は無数に存在した。

 彼女も同じ感覚を得ていると分かるこの微妙な距離感、空気感。


「統也ってさ……」


 そして彼女はオレのマフラーに触れた。里緒から貰った黒いマフラーに。

 里緒からしたら自分がプレゼントした物。

 一年間ずっと身に付けているため、よく見ると(ほつ)れていたりしてるが適宜自ら修正している。


(みこと)さんのこと、詳しいんだね」


 里緒はいきなりそう言いだす。背中を確認することは叶わないので当然どんな顔で言っているかも分からない。


「急だな。まあ、色々事情があるんだ」

「狙われる理由とか?」


 それに頷く。まだその話をしていなかった。


「マナに依拠する特殊な宝石が(みこと)の体内に入ってておそらく敵はそれを欲しがっている」

「……宝石……? そうなんだ。そんなのあるんだ。意味不明だけど、統也みたいな強い人の方が意味不明だし、今更か」


 謎の納得をする里緒。(みこと)については興味がないようで全体的に流す。

 さらに強くオレの背に密着してくる。

 もうツッコむのも、この行動をやめさせるもの面倒になった。


 いや、違うな。


 正直言うと、やめさせたくない。ずっと君にこうしていてほしい。背中にくっついていてほしい。

 そんな風に言ったら、オレはどうなるのだろうか。里緒に気持ち悪いと言われるか。


 そんな訳の分からない思考を振り切るためオレは軽く首を振る。


「それより相手の刺客(しかく)、聖境教会の人物だった」


 ――『聖境(せいきょう)教会』――。四年ほど前からIWに布教された宗教で「青の境界」を「(せい)なる(さかい)」として畏敬し崇める信仰集団。「青の境界」に祈りを捧げ、その信仰心で境界内世界(インナーワールド)の安寧を願っているらしい。

 以前黒羽大輝の生殺審議にて「IWの権力者」として出席していた宗教団体でもある。

 面倒なのは四年前、突然世界全体からの支持率を上げ、急速に権力を拡大した宗教であること。キリスト教、イスラム教、仏教に並ぶ宗教へと化した。

 アウターワールド(OW)という汚染された外界を塞ぐ永久境界「青の境界」。インナーワールド(IW)はあれのおかげで安寧を保っている。それはもはや神。崇めるのは普通の流れ、という事なのか。……宗教誕生のメカニズムについては詳しくないが。


 そして聖境教会、一般人向けには「青の境界」を崇めるだけの宗教に見えるが一方で、その実態は異能世界におけるIWのコネを可能な限り取得している恐ろしく厄介な宗教。権力だけを無駄に持っているから一番面倒だ。

 さらに、教義は統一されていても目的、理念が多岐にわたるため、単に「聖境教会」と言ってもどの派閥からの刺客かさえ推定できない。……簡易に述べるならキリスト教のカトリック、プロテスタントと宗派が分かれているのと同じ。


「聖境教会? クルスじゃん」


 訳知り顔の里緒が言ったその人物。どこかで聞いたことがあるような無いような。


「クルス?」

「うん、うちのクラスにいるシュペンサー・火花(ひばな)・クルスって女子生徒。いつも周りからは『シュー』って呼ばれてる ……あれ? 統也にも報告したよね? 黒羽大輝の追加監視役として聖境教会から送られてきた聖女だけど、中央異学にも通ってたからてっきり統也も把握してるかと思った」

「いや、悪いが別に興味ない生徒のことは一々覚えていない。それどころか名前を覚えること自体苦手なんだ」

「名前覚えるの苦手って……ふっ……何それ、変なの。めっちゃ統也らしいけど」

 

 軽く笑ったような小さな反応が背中から伝達される。


「じゃあ、そいつか。(みこと)の情報を学校外部へ流したのは。特に聖境教会」

「かな? わかんないけど。可能性はあるんじゃない?」


 だとしたら敵。そんなのと里緒は同じクラスなのか。

 でも、オレは当然そいつを知らない。里緒のクラスということは三年B組。

 ツテとなる知り合いなんかいないしな。


「里緒、その女子生徒と仲良くないのか?」

「逆に聞くけど、あたしが他人と仲いいとでも?」


 誇らし気に言う里緒だが、全く自慢できる要素ではない。


「はぁ……」

「ごめんごめん! ため息つかないでよー。なんなら仲良くなって情報引き出そうか?」

「そんなことできるのか?」

「統也のためならやるけど?」


 そう言ってオレの腹筋辺りにまで手を回してくる里緒。

 ちょっと調子に乗り始めたな。

 やってることはギア同士というより恋人同士の言動。


「じゃあ頼めるか?」

「オッケー。……でもあたしが統也と仲いいのバレてるし、警戒はされてるかも」

「まあ、それは仕方ない。いずれにせよ注意はしておいた方がいいな」



  *



 18時30分頃。自室にて手作りの料理を里緒に振舞う。

 手作りと言ってもただのタラコパスタだが。

 食卓テーブル、二人で向かい合い、これからの活動について話し合う。


「――そうだね、これからはあたしと統也の二人体制で(みこと)さんを守る。可能ならそれでいいと思うよ。玲奈さんに許可貰って、あたし達も(みこと)さんの護衛に参加するとか」


 打ち明けるとそれ以外方法がない。

 (みこと)、アイドルとして有名になりすぎた今、どこかで隔離的な保護も不可能。


「統也も矛星(ステラ)の懲罰処分受けてる最中だし、やることないでしょ? あたしも統也のギア、連帯責任で処分食らってるし」

「ああ、すまないな」


 二か月前のダークテリトリー調査、その帰還後オレが矛星(ステラ)から何かしらの懲戒処分を受けるのは火を見るより明らかだった。

 実際、矛星(ステラ)側からの処分は「四か月の活動停止」と「一時的な除隊」として決定した。

 理由は単純。

 女影を一度は捕獲したもののその継続という重大要素を含む任務を放棄し、身勝手な行動をして一人の隊員、里緒の助けに向かった。列記とした違反、不正な行動であり隊の秩序を乱す行為。

 当然の報いだと思っている。

 二ノ沢紅葉(もみじ)のオレへ送る蔑んだ視線は今でも鮮明に思い出せる。

 まるで「君には失望した」と言わんばかりの病んだ視線を。

 だが、後悔はしていない。


 オレは正面の、パスタを頬張る里緒を見る。


 オレにとっては。君がいれば、それでいい。君が生きてれば、それでいい。

 役柄の汚点を残しても後悔はない。




 ダークテリトリー調査後、病室で目を覚ました里緒。洪水のように流れる彼女の涙をふと思い出した。


―――「ごめんっ………うっ……あたしのせいで……真昼が……みんなが……」


 そう言ってベッドの上で泣きじゃくる。


「別にお前のせいじゃない」

「でも……あたしのせいで女影に逃げられたって……」

「それもお前のせいじゃない。オレが勝手に判断して勝手にやったことだ」

「でもっ……」




「ん? どうかしたー?」


 里緒を見つめているとそれに気が付いた彼女は首を傾げる。


「いや、なんでもない」

「えーなに? 気になるんですけど? もしかしてタラコが顔についてるとか??」

「そうかもな」

「えーウソー、まじー?」


 オレは笑いそうになるの堪えた。



  *



 19時10分頃。里緒、帰宅。


「それじゃ、今日はありがと」


 玄関で靴を履く里緒。オレは無言で頷いた。


「じゃあね」

「ああ」


 里緒はそのまま見送るオレを見た。すると少し目線を下げる。思いつめたような面持ち。


「あたし、もっと強くなるから……」


 なんだ、そんなことか。


「今度『波導術式』の稽古つけてやる」


 言うと、目に見えて表情がパッと明るくなる。


「え、ほんと?」

「位相の調節、指向性の制御が上手くなったら、な?」

「うんうん、やるやる!」


 ほんとか? こいつ。


「空間上の波動出力密に操作できれば波を押し出す伝播系の破壊攻撃も編み出せるようになる。まずはその強度の差異、異方性といったミクロ的な波の極性をどうにかしないと……。マナコントロールの制御だけで抑制できれば楽なんだが、里緒は……」

「できないんでしょ! はいはい、ごめんなさいね、なんもできなくて!!」


 プイと横を向く。


 いや、実を言うとそれが出来るが、()()教えない。

 おそらく教えると両方できなくなる。異能もアレも。

 演算領域が基準値を大幅に超えて振り分けられるって、ある意味面倒なことなんだと改めて実感した。


「演算係数q>1」いわゆる“演算係数1()え”『超越演算者(アベレージオーバー)』―――まさかこんな所にオレの妹、白愛と同じ才能を持った人物がいるとは思わなんだ。


 一年ほど前のゴールデンウィーク。初めて出会って、彼女の戦闘を見てすぐに気付いた。

 この黒髪セミロングの女子。彼女は、普通じゃないと。彼女ならオレのギアになれる、と。

 明らかに天才的な波動演算規模。あり得ないほど高レベルな現象干渉力。

 単なる『(ふるえ)』異能領域を超えた「波動の(ふるえ)」―――波動振―――パルスブレイク。

 この人をギアにしたいと思った最大の理由だった。

 今はそんなこと関係なく彼女を大切に思っているが、当初のオレは随分冷めていたからな。

 彼女をある種の“道具”にしようとしていた。

 


 里緒、君はダークテリトリーで一度死にかけてもいる。

 覚悟がないとオレと一緒にやっていくなんて無理。

 彼女も理解はしているはず。楽観もしていない。

 常に高みを目指し「術式」の精度を上げる訓練をしている。結果、既にA級異能士くらいの実力はある。オレが認める。

 だが、不足点も存在する。

 例を挙げるならまず里緒には「防御系スキル」がない。これは異能界では()()()

 異能の戦闘で一番欠かせない要素と言っても過言ではない技術――『防御』――。里緒はそれができない。

 本人も気付いてはいるだろう。彼女の俊敏な戦闘スタイル「風のように接近して風のように引く」――つまり接近中、防御手段がないからその後()()

 防御ができない自覚があるからこんな戦闘スタイルを選び取っている。

 

 単なる波動を体に纏うことによる利点もないため防御にはならない。そもそも体に何かを纏う系の技は演算練度が最低限S級異能士くらいないと使いこなせない。

 たとえば瑠璃(るり)の炎霊化。たとえば鈴音の雷電乖離(スパーク)

 失礼かもしれないが、あれらは普通の人間じゃない。異能演算が上手すぎる。通常異能者の範疇を大きく超える。

 特に鈴音、彼女はそれを無意識に処理する体質。もはや、いい意味で論外。


 第一、里緒の持つ演算の才能とは方面が異なる。

 分かりやすく例えるなら、里緒は“両手利き”で、瑠璃や鈴音は“極めた右手”といった感じ。



「まあそのうち防御も考えるか」

「うんそうだね、あたし防御苦手だから……。そう考えると『檻』って強いよね。世界最強の防御って言われてるわけだし」

「世界最強と云われてても別に無敵ってわけじゃない。隣の芝生は青く見える。会得に苦労したんだ。オレのレベルまで『檻』を扱えるようになるのに、通常は20年を要す。言いたいこと、分かるだろ?」


 オレは別に、凛のように異能の才に溢れていたわけでも、旬のようにマナコントロールのセンスがあったわけでもない。

 ただ、「名瀬」という血統に恵まれ、「伏見旬」という師匠に恵まれ、「雷電凛」という環境に恵まれていた。

 そして何故か――旬曰くオレの母の影響らしいが――生まれた頃からマナ保有量が世界でトップレベルだった。


 それだけ。


「人生ない物ねだりだなぁ……」

「確かにな、それは否定しない」

「うん………それじゃ、時間遅くなったしそろそろ帰るね。お邪魔しました」

「ああ、また明日」


 そう言って、玄関で立ち話をしていたオレ達はその終止符を打った。

 そのままスタイル抜群の里緒はドアに手をかけ、開こうとした、その瞬間―――。





 ピンポーン。





 ん? インターホン? こんな時間に?


 すると向こうから聞こえてくる、里緒とは別の聞きなれた女子の声。


「統也……いる? 仕事中抜け出して会いに来ちゃった。――って、これドア開いてる……??」



 そうして開かれるドアの向こう側から顔を出した女子―――。



「え!?」



 その場で振り向いた里緒も流石に声をあげる。

 相手も困惑の色を浮かべる。


「霞流さん!? どうしてここに?」


 その言葉に対し、眉間にしわを寄せて里緒は言い放った。


「それはこっちのセリフ。(みこと)さんこそ、なんで統也の家に来たわけ?」

 



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