懸賞【2】
こちらへ近づてくる。接近してくる黒い小さな物体。
神速で、一直線、こちらへ。
「え、統也!? これって弾丸―――!!」
そう、正解。
もっと言えばマンションビルの13階から24階層付近からこちらへ接近してきている、狙撃手により放たれた弾丸。
標的はオレら。いや、正確にはオレオンリー?
しかも相手、相当慣れている。位置取りが完璧なのを見るにおそらくプロだ。
あのマンションの射角と高さからなら基本的にこの学校のどこへも狙撃できるポジション。シンプルに上手いな。誰の差し金だ?
弾丸や銃の詳しい種別などは静止している状態じゃないと判別できないが……。
考えている間、特にオレと里緒がいるこの場所に向け一直線上に進行してくる弾丸を浄眼が捉える。
マッハの黒い塊。それ即ち音速。即ち衝突時の撃力は激しい衝撃波を生む。
バジィィィィン―――――――!!!!
オレの『檻』と弾丸が衝突したと明確に分かった瞬間だった。言い逃れできないほど明らかな爆音が鳴る。
「きゃぁぁぁぁ!? なに!?」
言ったのは里緒ではなく周りの女子生徒の一人。
「なんだ今の音は!!」
他の男子生徒も同じく。
オレに抱かれている里緒は戦闘に慣れているせいかこの音を受けても言うほど驚かないが、一方周囲の生徒は男女問わず恐怖や不安を表情に浮かべ、驚愕する。
まあ無理もないか。いきなり衝突音が鳴れば誰でも驚く。
コツン。
空間に展開した透明な『檻』を解除後、弾丸がコンクリに落ちる。
「これって……!」
「里緒、悠長に話している暇はない。少し物陰に入る」
狙撃手の前でみすみす標的の姿を晒し続けるのはさすがに愚行。
言いながら素早く学校内に戻る。ついてくる里緒。
玄関にて。身体を屈ませる二人。
「ここまでくればいったんは安全だね……。でもあれって、明らかに弾丸だよね? しかも統也を狙って……!?」
少し焦ったように訊いてくる。
対するオレは少しも焦ってはいない。だが驚きはしている。狙ったのが自分である、という点に。
「いや、里緒。もしかしたらここも安全とは言い難いかもしれない。物陰に隠れているが極端に意味はない」
「え? それってどういうこと?」
「相手の弾丸、最後の方に若干軌道が曲がった。もしこちらを狙っていたなら弾道が上を向き過ぎだ。簡単に言うと、最後の方に弾道が上へずれたんだ」
「え?」
「一応直線的ではあったから、最後の方無理やり軌道を曲げようとして失敗したか。おそらくオレの『檻』をかわそうとした……って感じだと思うが」
さしずめ気流を変化させる異能か、あるいは薬莢内の火力を変更する異能。
だとしたらこの室内にいてもあまり意味はない。弾丸を曲げて操作できるなら。
「でも、じゃあなんですぐにもう一回攻撃してこないの? 弾道を曲げれる異能、そんなの聞いたことないけど、仮にあったとしてそれを使えばすぐさまこの場所まで狙って攻撃できるんじゃないの?」
確かに、里緒の言う通り。
「……統也以外の他人を巻き込むのを恐れてる、とか?」
「可能性はあるが……」
いや、そうか。あまりに複雑な弾道操作は不可能とみた。それか、空間把握は不可能なため難渋しているか。
「どちらにせよ、オレを狙ってきたことだけは確かだな」
「確かに……。どうするの、統也。あたしは統也に従う」
「どうするもこうするも倒すしか選択肢はない。スナイパーに命を狙われた状態では家に帰宅できない」
「そうだね……。あたしは何をすればいい?」
「取りあえずは何もしなくていい」
言うと、しなった植物のように分かりやすくガッカリする里緒。
「オレについていてくれるだけ里緒は役立つ。オレを信じてくれ」
多分里緒は自分にできることがないから指示がないと思っているんだろうが、実はそうではない。
単純に相手の真意が不鮮明なまま行動するには早すぎる。早急過ぎる判断は危険、ということ。
「初めに目的を探る」
前を向きつつ億劫な気持ちを抑え、ある人の場所へ向かおうと立ち上がった。
「統也、前言ってたよね。『碧い閃光』がいた時。自分はこれから危険な領域に入るから引くなら今のうちだって」
そんなこと言ったな。里緒を異能の世界情勢に巻き込みたくはなかったから。
「最初は意味分かんなかった。でも、今なら分かる。統也と一緒に世界の真実に迫るってことは、それにあだなす存在と衝突するのは当たり前。それは確かに統也が言うようにあたしには未知の世界。危険の連続」
珍しく真剣な口調。その声色には覚悟が宿る。
「……でもね、あたしは統也とずっと一緒に居たい。統也のギアとして生きていきたい。そのためなら怖いものはないんだ。不思議と恐怖が消えていく。だから今も、実は全く怖くない」
オレはあえて里緒を見ない。
「そうか」
「うん」
それがお前の覚悟なんだな? オレと共に歩んでいく、という恐ろしい道。その覚悟。
「それは、オレを信じてくれるってことでいいのか?」
背後で座ったままの里緒。どうやら分かってくれたようだ。そのまま立ち上がりオレの隣に立つ。
「……うん。信じる」
そう言ってくれる。
オレは里緒、お前に何度も救われてる。精神面において、実はオレは結構、他人に救われてばかりなのだ。
そう自覚すると珍しく自然に表情が緩んだ。
「ありがとう、里緒」
微笑みつつ隣の里緒をチラ見する。ここで初めて彼女を見た。160cmでオレより少し下の彼女を。
「統也って、ほんとズルい。反則」
顔を赤らめる里緒は両手を自分の胸に当て、それだけ言ってきた。一瞬顔を背けたのち、臨戦中とは思えない可憐な笑みを見せてくる。その笑顔は「やり返しだ」と告げていた。
可愛いとは思ったが、意味は分からなかった。
*
オレと里緒はそのまま一階、二階と階段を尋常じゃない速度で上がっていく。
「もう一つ気付いたことがある」
オレは少し後ろで走る里緒へ告げた。
「ん、何?」
「相手は十中八九オレを狙っているのに、学校ごと爆破しなかった。つまり、そうなると困るってことだ」
「困る? 何が? 統也を殺せればそれで満足なんじゃないの?」
後ろの里緒の顔は見えないが顔をしかめている気がする。
でもそのくらいしか考えられない。
つまり、目的はオレじゃない? いや……。
そもそも今回の相手はオレの命を狙ってきた。しかしこんな弾丸で殺せると思っていたのか?
不自然だよな。
オレをこんなもので殺せるなら、旬さんのように懸賞金にかけられたりしない。まあ、ここではかけられていないが。
そう、実はかつてのオレには懸賞がかけられていた。
――「空間を支配する恐れのあるダブルゼロ『00』――『王』に続き、ゼロツー『02』が懸賞に入った。噂では万物を弾く『赤鬼』だと聞いているが……」
かつてのオリジン軍部役員の声が想起される。
この「ダブルゼロ」というのがオレ。「ゼロツー」の正体は結局誰か分からなかった。
おそらくかつてのオレはIWでの命と同じ状況。彼女も懸賞金の類を掛けられ、現在もなお捕獲に大金がベットされている。
以前敵が「命を差し出せば一生遊べる大金が手に入る」と述べていたらしい。これはおそらく懸賞金のこと。
だから当時のオレは抵抗なく「彼女と自分が似てる」と思ったのかもしれない。境遇が。
「とにかく確認したいことがある」
「分かった……」
里緒は謎の自己解決でオレの思考を検討している様子―――。
そんな中、あっという間に四階の教室が広がる廊下に着く。
オレは少し歩く。里緒もゆっくりついてくる。
そこで生徒に囲まれる目的の人物―――「命」を見つける。
「居た」
命は放課後にも集まる生徒の対応を継続していた。
仕事が休みの学校の日はいつもアレ。想像だが命自身相当に疲れるだろう。
そう思っていると、命がこちらをチラリと見るのが遠目にも分かった。
「こんなどさくさの中、よくオレ単体に気がついたな」
一体どんな観察力やら。
「目的って命さん……??」
「ああ、そうだが……」
はてなを浮かべる里緒。
当然だ。里緒は彼女が九神の中の「使徒」という存在の一人だと知らない。狙われていることも話していない。
「位置関係をずらし過ぎた。おかげで見失った」
「見失った? 敵を?」
里緒の問いに無口のまま黙って頷いた。
そのまま周囲を見渡す。青い瞳で。
「どこだ……? どこにいる?」
周囲と言っても500m以上離れた位置を探っている。加えて高層ビルは腐るほど並んでいる。よって、さっきみたいに色濃く殺気を出してくれないとすぐさま見つかるとは限らない。
ひたすらに探し続ける。
数秒後。
「あそこか」
そうして見つけた―――命のいる廊下の奥、教室の奥、さらに広がる数多の高層ビルの中、その『マンション内』―――。
そこで黒光りするスナイパーライフルを構える男。白色主体の宗教衣装を着ていた。
あれは―――『聖境教会』の制服?
聖境教会。四年ほど前からIWに布教された宗教で「青の境界」を畏敬し崇める信仰集団。
そして命のいるこの廊下、その真下が北口玄関。つまりオレらが先程帰宅しようとしていた玄関。
「やはりか」
「え……何がやはりなの?」
「少し待って。あとで全部話す」
「……分かった」
隣に居た里緒だが、オレがこれから何かをすると悟って素早くオレの背中側に寄る。
賢い判断だ。伊達にオレのギアをしているわけではない。
その間も廊下で立ったまま、オレは正面を向き続ける。透視した視界はしっかりと敵を捕捉していた。
「ふぅ……」
オレは目を瞑りつつ息を吐き、両手を制服ポケットに突っ込む。
集中するためだ。
本来『檻』の座標は感覚的に手のひらで定めることが多い。ただし「浄眼」発動中は座標の展開を、感覚的かつ抽象的ではなく具体的かつ正確に成し得る。
結果、手のひらで座標を定める必要もなく見るだけでいい。
こちらから命を挟み―――学校の外に向けて『檻』の座標を展開する。
「ん?」
背後で里緒が何かに気付く。
慣れればこの「座標」くらい見えずともなんとなく察知できるようになる。その理屈で里緒は学校の外壁より数メートル奥に展開したオレの「座標」に気が付いたのだろう。
ただ里緒にも行動の意味は分からないはず。
オレはポケットに手を入れた状態で静かに目を開けた―――。
そして命のいる廊下、そのさらに向こう側、学校の敷地外に大きめの『檻』を展開する。25平方メートルの『檻』を―――。
もちろん展開の際は不可視化を付与して生徒からは視認できないようにした。
バジィィィン―――――――――!!!!
出現した透明の『檻』とこちらに来た弾丸が衝突した。
爆音が鳴り、一瞬その場は騒然となる。命もびっくりしただろう。
「え! なに今の!!」
「なんの音!?」
「爆発……!?」
そう騒ぐ廊下の生徒ら。
時を移さずオレは階段へと踵を返し、今度は屋上へ向かった。
*
「ここからならよく見えるな」
屋上、オレは爽快的な風に当たりながら柵のある端まで歩いた。
マンションにいる聖境教会の男を浄眼で捉える。かなり遠い。
「ちょっと!? ここからなら相手からもよく見えちゃうんですけど!?」
里緒からそう言われている最中にも銃弾が飛んでくる。
もちろんオレは目の前に『檻』の障壁を展開。
バジィィィィィィン―――――!!!
今度は不可視化もしない通常の『檻』の壁に銃弾がぶつかる。落ちる弾丸。
コツン。
屋上なら誰にも見られないからな。少なくとも生徒には目撃されない。
不可視化は一個の『檻』に付与するだけでも空間断裂が乱れやすい。簡単に言うと『檻』の防御力がダウンする。
そこまでして透明化した『檻』で攻撃を防ぐメリットもないため普段は滅多にやらない。
「相手も懲りないね……『檻』で防がれるって分かんないの?」
この里緒の疑問は尋常な思考。
オレと出会って、対峙し、戦闘してきた奴はみんな必ず同じ行動を取る。
意味のない物理攻撃と分かっていてそれを繰り返すのだ。
今回の相手もその一種だが、少し違うともいえる。
「実は、分かってないんだ。オレが誰かさえ分かってないかもしれない」
告げると。
「え……? マジでどゆこと? 相手は統也を狙ってるんでしょ? 統也相手にはそんな物理攻撃じゃ効かない。基本全て『檻』の障壁展開『空間断裂』で防ぎきっちゃう。正直常識だけど」
そりゃオレのギアである里緒からしたら常識だろうが。
そもそも―――。
「相手はオレを狙ってきたわけじゃなかった。だから『檻』で防がれるなんて想定していなかったんだ」
「ん!? どゆこと?」
再び音速の銃弾が飛んでくる。しかし、マナで強化してあるといえただの弾丸。
絶対防御『檻』の前に意味などない。基本的に『衣』『檻』以外の攻撃は防御できる。
バジィィィン――――!!!
コツン。
さらにもう一回。
バジィィィン――――!!!
これの繰り返し。
「そもそも相手の狙撃手。異能持ちではあるが、弾道変化の異能じゃなかった。オレが勝手にそう思っただけだ」
「でも、統也を狙った弾が少し上を向いたんでしょ? 軌道が変化したわけじゃないってことは……普通に外しちゃったってこと?」
「いや、第一相手はオレを狙ったわけじゃなく、上の階に居た命を狙ってたんだ。軌道的にオレを狙っていると想定した場合、直線的に近似はされるが上を向いていた、というだけ。……相手の異能は弾丸威力をマナで強化する単純明快なものだった」
遠距離への直線は、その着地点の少しの差で現れる二つの直線を近似してしまう。
だからオレへの軌道だと勘違いした。それが少し上を向いていたので弾道をずらせる異能を所持していると解釈したが、そもそも弾道は上の階の命に向いていた。
そこから前提理論が破局していた。
「――ってことは初めから狙いは森嶋命さん? ……でもなんで? 有名なアイドルだから?」
「全部あとで説明する」
釈然としない顔で里緒はなんとか頷いた。
「さて、そろそろ反撃するか」
正面の『檻』を解除し、オレは後ろ脚、前脚とすり足で構える。
収束式――――。
そうして右手を開く。そこに具現する青いオーラは極限まで収束を受ける。
「うわ、凄い……」
謎の称賛をくれる里緒。確かに里緒は初めて見るかもな。
そんな中でも右手へ収束していく濃い蒼。野球ボールほどのサイズの球。
空間から一か所へ集中するブラックホールのような、竜巻の中心のような青い反応。
「でも反撃? 相手は500m以上離れてるんでしょ? その青いのでどうにかできるの?」
「できる。……弾丸はこっちにもある」
青い弾丸が。
――――『蒼玉』
放つ。
撃ち込まれる弾丸のような一撃。
吸い込みとして空間を歪ませていく蒼い球。
敵のいるマンションへ凄まじい速度で直進していく。
距離など関係ない。空間を吸い込みつつ直進したという結果だけを残す収束体。
約500メートル先まで放たれた。
それは有無を言わせず高層マンションに直撃した。
他の住人に被害が出ないようマンション内前後をしっかりと確認したので大丈夫だろう。
マンションのガラスといった外装損傷の損害額はあとで名瀬家に無理やり払わせれば解決。
「統也ってほんと凄すぎ……。あれでやったの……?」
「多分な」
いったんは解決。
ただ、一件落着とはいかない。
聖境教会か……。思ったより厄介なのが命を狙い始めたな。
何となく分かる。
この先は、確実に荒れる。
「杞憂に終わるといいが」
オレは自分の瞳をブルーから通常のダークブラウンに戻した。




