懸賞
*
あれから二か月という時が過ぎた。
――『ダークテリトリー調査』――。
とりわけ「多大なる損害を与え、何の成果も得られない調査活動」として凍結されてから、オレ達矛星は影人の生態、習性について調査するのが主体の組織へと変わった。
別日に捕獲していた一般的な影、それらの実験的調査など。
この二か月、特に忙しいわけでもなくオレは普通に高校にも通っていた。
*
6月中旬。秀成高校にて。
北海道という北の地域とはいえ、寒さより暖かさが強調されていく季節。少しだけジメジメとした感覚が昼休憩のこの時間帯の廊下に広がる。
そこには群がる生徒。男女問わず学校の廊下に一転集中。
「ミコちゃん応援してます!! 頑張ってください!!」
「ありがとー!」
そう笑顔を振りまく命。大量の生徒に囲まれ、昼休みどころではない、か。
「この間のナインナイン見ました!! めっちゃ可愛かったです!!」
「うわーありがと~」
ナインナインとはテレビ番組の名称だろうか。オレはそういうのに疎く、とてもじゃないが何の話か理解できない。ある意味情弱なのだ。
「ミコさん、僕にサインください! お願します!!」
「う~ん、事務所通さないとダメかな~」
今度の男子生徒にも完璧な笑顔で対応していく命。ここまで有名人になれば、おそらく慣れてはいるんだろう。対処が迅速かつ上手い。
すると遠くでそれを見ていた三人組のうち一人が伸びをする。
「はぁ~ぁ。随分と変わり果てたね、うちらー」
やれやれと、そう言うのは木下栞。
「ん、何がだよ」
反応するオレの隣に居た香。いつも通りの短髪で涼しそうではある。
そう。三人組とはオレ、栞、東川香のこと。
「前まで常に四人一緒にいたでしょ。いっぱい出かけてたのに」
要は命とオレ、香、栞、の四人と言いたいらしい。
まあだが仕方ないことでもある。命は正真正銘のアイドル。最近は特にブームで忙しいのがオレのような素人目にも分かる。
「それはしょうがないよなー。有名になればなるほど、こうなるのは分かってたことだ」
香もオレと同じような思考らしく、無理やりにでも納得しているようだ。
それにしても。
オレは、遠くで大勢の生徒に囲まれ話しかけられてる命の様子を眺めた。
森嶋命、彼女は「九神」の一人―――。
で、さらに身体に何かしらの「宝石」が入っているらしい。
オレのダイヤモンドや凛のサファイアみたいなものだろうか。今はそうとしか言えない。
オレの内部にあるこの宝石。当時旬さんからは“聖遺物の一種”だと聞いていたが、どうも怪しい。
そして凛の他、生まれつき「純白の瞳」を持っていたディアナにも宝石の類「真珠」が入っていた。
考えるべきことが多い。
そもそもディアナの出生も謎。ホワイト一族が何故あんな辺鄙な街で暮らしていたのか気にせず生きてきた。
だがこう考えてみると疑問の多い話だ。
オレ、ディアナ、凛、旬さんはなぜか隠れるように田舎で暮らしていた。慎ましくもあまり目立たないように。
両親が他界したオレにとって旬さんが親で、凛とディアナは兄弟のようなものだった。ただその現状を受け入れた。
当時のオレは色々な不自然さに対し、そこまで疑問を抱かなかった。
だが、田舎で暮らすこと、それにも何か意図があったのか?
おかげで雷電一族迫害の最高潮の時、凛は雷鳴村に居なかったため助かったわけだが……。
いや、どれも今考えるべきことではないか。
現時点で注目すべきなのは「命が近いうちに女影らやその他から襲撃される可能性がある」ということ。
神崎雫が最後改心し、教えてくれた。おそらく嘘は言っていないだろう。最期の「あのセリフ」からも、偽りを述べていないと伝わってきた。
命の護衛には伏見玲奈率いる伏見家が総出で行っている。
その上で狙われた回数は全8回。すべて「三宮勢力」すなわち瑠璃、拓真らによるものだったらしい。
だが雫曰く、今回は違う。女影ら雹理勢力、その他が動くと言っていた。
これは想像以上にまずいか。
オレの想定はいつも甘い。とにかく甘いのだ。
かなり深く想定したつもりでも、被害はそのさらに上を行くことが多い。
舞や刀果、真昼。……数え切れないほど。
大は小を兼ねる。やっておいて損はないだろうが命のうなじには呪印というマーキングも施してある。
いざとなれば命の位置情報はこの浄眼を通じてすぐさま特定できる。
―――とするなら……。
玲奈のボディーガードをやっていた時期があったが命のボディガードをやるのもありかもな。
そんなことを考えていると急に、二ヤついた栞がオレの肩をつつく。メガネのブリッジを支えながら。
「ねえねえ、とーや、何考えてるのさ」
「ん? いや別に……。ぼーっとしてただけだ」
そう言って誤魔化すも、一年ほどの付き合いだ。流石にオレの常とう手段などバレバレ。
けど、やっと話しかけてくれた。
「ウソだぁ~、命の方見てたでしょ」
「……」
真顔を提示し、それに答えないでいると。
「え……なんか言ってよ。うちだけ盛り上がったみたいじゃん!」
「香、この人をどうにかしてくれ」
香の方を見て助けを求めるも。
「嫌だよ。誰がそんな尻軽の相手を」
「ちょ! それ言すぎ!! 流石に傷付いた!!」
尻軽は心外だったのか栞は思いっ切り香を叩くが、香は適当に受け流す。
「はいはい、悪かった悪かった」
割といつもの光景だ。
だが。妙だった。
ほんの少し。本当に少しの差だ。
おそらく観察力のかなり優れている人間でなければ気付けない僅かな差。
オレには見えた。明確な壁を。オレとの間にある精神の壁を。境界線を。
透明な境界を。
*
数分後、オレは栞を人気の少ない一階廊下の端に呼び出した。
「で……何、とーや? うちと話したいことって」
初めからオレと話す気があるのか疑問を抱くほど目が合わない。
「いや。栞、最近オレのこと避けてないか? 気のせいならそれでいいんだが」
言うとほんの少しだけ目線を合わせてきた。そんな気がした。
だがすぐにそっぽを見る。
「さっき話しかけたじゃん」
「だがあれ以外はほとんどなかった。むしろさっき久しぶりに話しかけられて驚いたくらいだ」
「ふぅーーーーん」
黙っていると、不意に開口した栞。
「たとえばさ、うちが統也のこと嫌いだったらどうするの?」
若干のしかめっ面、面接官のような顔で、いきなり訊いてくる。
「ん? それはどういう意味だ? オレのことが嫌いなのか?」
「だーかーら、仮にそうだとしたら、とーや結構ヤバいこと聞いてきてるって話。だってそうでしょ。嫌われてる相手に嫌いですかって聞くの、だいぶ無神経というか……」
「まあ言いたいことは分かる」
「うん、でしょ。だからそういう質問やめなよ。……結論から言うとうちはとーやのこと嫌いじゃないし避けてない、つもり……だけど」
最後の方歯切れが悪くなる栞を見るに、何かしらの理由は存在するらしい。だが、それが何かは教えてくれない。もしくは栞本人も自覚していないのかもしれない。
すると急に訳の分からないことを聞いてくる。
「とーや、命のこと好き?」
それは突然の質問。前の文脈とはなんな脈絡もない意味不明な問い。
しかし答えることは至難ではなかった。
「おそらく恋愛感情はないが、大切な存在だ。そう言えば分かるか?」
「あーね。そーゆー感じね……」
言ってさらに俯く。
訳が分からない。
「結局何が言いたかったんだ?」
「うーんと、とーやって好きな人いる? って話」
「いや、いない」
オレは迷わず即答する。
「そっか、じゃあ分かんないか。……もしさ、敵国に好きな人がいたら、とーやはどうする?」
「は?」
さっきから意味不明だ。
「敵国に、ずっと好きだった人がいて、しかもその好きな相手はまだ、敵の大将、つまりこちら側の大将が誰か気付いてない」
「ちょっと何を言っているのか分からない」
「戦争ってさ、首謀者が誰か明確に分かんないことが多いでしょ? だからその首謀者の好きな人が相手側の首謀者だったら、って話」
状況にもよるが好きであることを諦めるかもしれない。
オレは戦闘自体が好きではないが、生まれてからすぐにそういう訓練を受けて育った。戦闘を優先してしまうかもな。
「その質問に何の意味がある?」
自分のマフラーに触れつつ眉をひそめる。
「とーやってすぐ『意味』とか『理由』とか気にするよね。多分とーや自身がそれで動いてるからなんだろうけどさ」
いつものお調子者、という雰囲気がまるでない今日の栞。全体的に変だ。
「お前、何かあったのか? 今日は様子が変だぞ。相談くらいいくらでも乗るが」
「ううん、大丈夫。ちょっと最近バスケで忙しくてさ。色々詰め込んでるのかも。なんかごめんね」
「それはいいんだが」
*
放課後。掃除も終わり、今から本当に帰宅する、という時間帯。
「統也、迎えに来たよ」
そう言ってオレの教室「三年C組」前を陣取っていたのは霞流里緒。綺麗な佇まいで、長い髪を片方の耳にかけている。
相変わらず制服姿がよく似合う。
「待たせたな」
「ううん、全然」
そう会話している間。少し遠くで。
「あークソォォォ! 羨ましいぃぃぃ!!」
「どうやってあの『霞の女王』とお近づきになったんだあのマフラー野郎!!」
と、周りの男子生徒からは疎まれる始末。
「うわー、統也凄い睨まれてるじゃん……」
いや、お前のせいだよ。と言いたいがそう言うわけにもいかないのが難しい。
「まあ、ああいうのは無視してそのまま帰るぞ」
オレは足早にその場から離れる。
「あ、うん!」
言って里緒はオレのあとを急いで追ってくる。
しかしなぜか後ろを向いたままの里緒。
背後の何かを気にしている?
「あれ……?」
さらにそう声に出す。表情も少し曇る。
「どうかしたのか?」
「いや……多分気のせいだと思う」
前に向き直る彼女。
「そうか?」
「うん」
オレは気になり里緒の視線の先を、先程まで里緒が見ていたであろう場所を確認してみると、それは教室内、香の席だった。
というより今もその席に香が着席していて後ろの席の人と談笑している最中。
なぜ香?
「お前、香と知り合いなのか?」
「え、誰それ知らないけど」
「東川香だ」
「うん、いや別にフルネームで言われても知らない人は知らないよ?」
「お前がさっき意味深に視線を送ってた男子いるだろ? アイツがそうだ」
言うと少し楽しそうな表情になりニヤニヤし始める里緒。
「な~に~? ヤキモチ?」
「なわけないだろ」
ピシャリと言うと少し残念そうに口を膨らませる。
「なーんだ」
「だが……香がどうかしたのか?」
「うーん? あー、あのね……少しどっかで見たことあるなって思ったんだけど、一年くらい前に? けどま、そりゃ同じ学校だし顔くらい見たことあるかーってなって自己解決した」
「なるほど。けど、そう言えば前に香が里緒の紹介してたぞ?」
それは陸斗とバスケをしたとき。その試合終わりのことだったか。
「紹介?」
「ああ、体育でバスケのときだ」
「あー、あの時ね。陸斗いて最悪だったの覚えてる。あたしまじでアイツに興味ないのに、めっちゃコクってきて、ちょーしつこかった」
「そうなのか?」
その辺の話は知らないが。
「うん、『俺が守ってやるー』とか『里緒を独占していたいー』とか言ってたけど、あんたに守られたくなんかないっての! だいたい陸斗よりあたしの方が強いに決まってるし。……そういうわけだから……統也があたしを守ってね? 陸斗と違って、統也はずっとあたしを独占してていいから………なんて」
地味に恥じらいながらも言うが。
そういうわけとはどういうわけだ?
「オレに守られるほど弱くないだろ」
「分かんないよ? あたし結構弱いから……この間だって統也が助けに来てくれなきゃあたし……」
里緒が力なくそこまで言った時だった。
丁度玄関から外へ出た瞬間。
ん―――――?
その場で歩みを止め、硬直し、目を見開いた。
おそらくオレはこの場で唯一、微かな殺気を見逃さなかった。
「なんだ?」
言うと。
「えっ――――何が?」
オレの異常な様相を察知し、困惑する里緒。
「いや」
秒で両目にマナを溜め、浄眼を発動する。
スッと素早くその方角を見る。オレの黒髪が揺れるほど速く首を動かし、特定の位置を見た。
右斜め後ろ、しかも上。はるか遠く。
「ビルの何階だ、あれは?」
そのままその方向に向き直ると。
「えっ……瞳が青く……? ……統也!?」
里緒は周りの生徒にバレないよう、静かに慌てふためく。
一般の学校でオレがいきなり浄眼の発動。さすがに里緒も理解が追い付かない様子で周囲を見渡す。
「緊急事態だ」
オレは左隣の里緒を力の限り強く引き寄せ、左手に収める。
「きゃっ……なになに!?」
里緒は意味も分からずオレの胸に両手をあて、こちらの顔を上目に見てくるだけ。
密接距離で向かい合う二人。しかも抱き合っている。
周囲にいる生徒の視点、傍から見ればかなり痛いカップルに見えるかもしれない。
「500m級の狙撃、スナイパーか。だが腕は大したことないな。いや、その代わり異能持ちってとこか」
「え、ちょっと、何の話? てか異能……とか学校で言っちゃっていいの?」
それに応答せず、右の手のひらを斜め上へ向け、言った。
「里緒、オレから離れるな」
「んん?」
檻「蒼」―――展開。
オレは正面に正方形の『檻』障壁を展開、一般生徒から見えないように少し不可視化を付与しているが、おそらく感覚の鋭い生徒には気づかれてしまうか。
いずれにせよそんなに時間がない。
こちらへ近づてくる。接近してくる黒い小さな物体。
神速で、一直線、こちらへ。
「え、統也!? これって弾丸―――!!」
バジィィィィン―――――――!!!!




