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Beyond the cage【2】



  *





 2022年4月8日――――。



 静名真昼、凪瀬柳、神崎雫。以上三名は任務戦闘の末、哀憫の死を遂げた――――。





  ◇◇◇



 同日時。一方その頃。とある和式家屋の庭にて。

 その場に居るのは伏見旬、天霧茜の二名のみ。

 普段通り黒マスクを装着した旬に茜。共に黒いスーツを着ていた。


「ほい!」


 旬が勢いよくナイフを茜に向け投げつける。鋭くも速い。一般人ならば到底避けることのできない速さ。

 特級異能者という最高峰の枠組みであっても、かわすことは容易ではないだろう。


 しかし―――。


 そのナイフが数センチ先に来ても茜本人のクールな目付きと、表情筋は一切動じなかった。彼女の赤い目線がそのままナイフを捉えるだけ。

 


 バチィィィィィッ!!!



 投擲された黒光りするナイフ、それが茜を襲うが、寸前の所で強烈に方向反転される。もっと言えば単に反発力。

 茜の持つ赤い電気のクーロン斥力によって―――弾かれた。

 そして床に落下。


 彼女の長くてさらさらの黒髪が反動でわずかに浮くが、それだけ。


「やっと成功か―――。これで“脳への電気的負荷”による虚数術式の常時(アンド)自動発動が可能。結構時間かかったな」


 旬は言う。「完全な虚数術式」について。

 別名『複素(ふくそ)術式』。別名が付いているがその正体は“虚数術式を完全な状態で再現”しているというだけ。


 通例虚数術式使用者は極稀。

 その上で普通に発動できる虚数術式はどれも半ば“不完全な状態”で、完全とは言い難い。

 なぜなら虚数術式も第零術式同様、普通の人間脳では演算が難しいため使用中脳に負担がかかる。

 完全な発動はそれこそ脳細胞を傷付けるだけ。



 しかし――――この世にはそれを克服した猛者(もさ)がいる。



 そう、この場に居る二人。天霧茜と伏見旬。

 特級異能者であり共に裏では世界を脅かすほどの戦略級戦闘員として名をも馳せる二人。


 天霧茜。彼女は電気負荷による脳の虚数域演算部を強制稼動させることで実現。

 ――身体中の皮膚から一定距離以内に存在するもの全てを、茜の意思に関係なく赤い電気により強制的に弾き出すことが可能。


 伏見旬。彼は負数出力(イザナミ)によるエネルギー逆転で時間反転させ、脳細胞を常に再生させることで実現。

 ――マイナス領域「虚数空間」とイザナミの掌握。



 両者この世で唯一、―――『複素術式』を手にした。



「本来『複素術式』って使うと絶対脳みそ壊れちゃうからさ。茜みたいに連結する脳演算部を無視して、虚数域部分だけ稼働させるとか結構(うらや)ましんだよね」

「そう? 私からしたら『再生』できる方がよっぽど羨ましいけど」


 そう発言する茜は「皮肉?」と顔が告げていた。いつものクールな顔で。


「再生と言えば、統也……アイツ結局『権能』が『再生術式』寄りだった。一年ほど前、最後に見た時はマナを構築して情報体を構成、物質的な枠を補いつつ傷などを回復、って感じ。―――『再構築』ってとこか」

「……それで完全な虚数術式を?」


 もしやと思い訊く茜。

 するとビンゴ、と旬は表情で語った。


「うん、まあね。常時的に細胞の再生ができるのであれば可能性は……」


 意味深に言いながら旬はマスクを付け直した。


 ま、無理か。アイツ(たか)が一回の生体再構築にマナ消費半分だし。と内心思いながら。


「それより茜のその技。反動とかないの?」

「うん、ない。電荷放出の制御コントロールが難しいかなって思うくらい。私の固有電子『δ』は反発性能が高いから術式効果範囲の選別が厄介。けど、その制御で疲れるとかはもうない」


 斥力・電荷正転、同符号強制の固有電子『δ(デルタ)』―――これが茜の操る赤電。


 一方。

 引力・電荷逆転、異符号強制の固有電子『λ(ラムダ)』―――これが雷電凛の扱う青電だった。


 それぞれの虚数術式。

 しかし、凛はまだその演算に達していなかった。

 成功しているのは茜だけ。



 虚数域の特殊性質―――『虚数術式』。

 精度、能力値を上げると「複素術式」といわれる“虚構の現実化”。


 虚数術式は一般世界における「IQ200」みたいなもの。訓練、練習による会得は一応可能だが、一種の才能のようなものであり、異能の才が顕著に現れる子供の頃はこの能力を持ってるために、見えないものが見えたり感じたりすることがある。


 一般世界においても「IQ200」なんてそうそういない。

 そもそもIQ、知能指数とは数的推理、空間把握、さらにクレペリン検査、適性試験といった知能テストを受け、算出された100基準の数値。

 それが二倍率の200は相当な高数値。


 それの異能演算バージョンが旬の「イザナミ」や統也の「勿忘(ワスレナ)」。茜の「δ(デルタ)」など。そう考えると分かりやすい。


 仮想的な原則、性質、法則、自然界に存在している科学的な式や法則に反する事象、原則、性質、それらを仮想原理的に強制する能力域。

 想像上の複素数と同じく、想像上の概念として虚構を現実にできる。異能能力域の拡張。虚数世界の作業を現実である実数世界へ強制する術式。



「いいねー。これで茜も常に無敵防御なわけだ? 俺とオソロじゃん」


 彼はなんでも吸い込む黒いエネルギーを持っている。そう――旬は“別のエネルギーを吸い取る反応”のエネルギーを持っているのだ。いわば現出する「簡易ブラックホール」というわけ。

 そのことを茜も当然知っている。


「私の場合は波で構成された物理攻撃以外なら、という条件付きだけど。しかも弾くだけ」

「名前とかは決めたの? 虚数術式・虚電拡張『δ』って名前長いでしょ。なんかもっと短い名前付けよ。コンパクトで分かりやすい、インパクトの強い名前。後世に伝えられるようにさ。……一応技とかは開発者が直接命名できる仕組みだろ?」


「さぁ……分からない。そういうのは特に決めてないけど」


 言われた茜は少しの間考える。数秒間だけ。


「『反転』」

「却下!! 断固却下!!」


 茜の言葉の瞬間、旬は即返答した。しかも凄い強調。


「ぜーったい駄目!! 『反転』って言ったら黒羽(くろばね)玄亥(げんい)思い出すからやめろ。ただでさえ、ネメとかいう人物にその紫紺石渡ったのにさー」

 

 色々あり、旬は『反転』という異能を毛嫌いしていたのだ。


「そう。じゃあ雷電一族の乖離する技――“雷電乖離”とかがいいんじゃない? ま、適当なんだけど」


 茜は本当に適当に案を出した。



 のちにこれが本当にこの技の名称となる。

 


「へー即席にしては結構ネーミングセンスあるじゃん、あかねー」

「そう?」

「うん。で、当て字で『スパーク』とかかっこいいじゃん。それにしなよ。俺も今思いついたけど」


 なぜそんなにもホイホイと案が思い浮かぶのか、と茜は思った。

 おそらく多数の技をこの世に生み出してきた人間だからだろう。


「別に名前なんてどうでもいいのだけどね」

「つれないなー」


 そう言ったあと黙っていた、茜。

 茜は全く別のことを考えていた。

 そう、統也のこと。


 ダークテリトリー調査に向かったと言うが、どうもきな臭い。


 そんな思考を巡らす不安そうな顔の茜を旬は少し上から見つめた。

 今までの能天気な雰囲気から一変して真面目な顔を作る旬。彼は見かね口を開いた。


統也(アイツ)が心配か?」

「え……いや別に。心配じゃないけど」

「ほんとかー? 変に強がんなよ。アイツ確か今、ダークテリトリーにいるんだっけ?」

「うん」


「アイツ、紅葉(もみじ)と仲良く探検隊やってんのかなー」


 と旬は独り言を漏らす。


「けど統也なら上手くやるだろうし、心配はしてない。信じてるから」


 茜の言葉に鼻で対応する旬。


「プッ」

「そこ笑うとこ?」

「いや、お前らいい夫婦になるよ」

「何言ってんの。ほんと調子のいい人」


 けど茜は少し嬉しかった。


「いやいやマジだって。昔からすれ違いが多い二人だが、見てて楽しいからな。やっぱお前らは揃ってないと俺としても面白くなんだよ。……かつての美音、惟司の二人と同じでな」


 言いながら去っていく旬。



 茜は知っていた。

 昔、伏見旬は超美人の名瀬美音――旧姓『森嶋(もりしま)美音(みおと)』という人物に恋をしていたと。

 その美音さんは名瀬惟司と結ばれ、杏子、統也、白愛の三人を産んだ。

 美音さんは旬ではなく惟司を選んだそう。詳しいことは知らないけど。

 いわゆる三角関係で負けた。

 その時期、青春時代。旬は初めて敗北を二度知ったという。



 黒羽玄亥の『反転』と、森嶋美音との『恋』に。


 

 しかし旬にとって、それが最初で最後の敗北となった―――。 



 少なくとも今のところは。




いつもお読みいただきありがとうございます。モチベにしてます。


さて、この話の内容。ちょっとおかしいですね。特に「雷電乖離」の話。


もう気付いてる人もいるのかな? 分かんないけど。


気付いてる人いたらシンプル凄い。

一応、紐解けるよう作中文章にヒントはいくらでもありますが(笑)。


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