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ダークテリトリー調査「最期」


 すると異常なまでに睨んでくる雫。その鋭くも怪しい眼光はもはや自分こそが裏切り者であると自白していた。

 もう、誤魔化すのは諦めたようだ。


「あーあ、バレちゃった。……名瀬統也、うちね、あんたが嫌いなの。自分が強いって勘違いしてるクソ野郎が世界で一番嫌い。雹理とかもそう。自分が一番だと思ってる。まじクソキモイ。でも名瀬くんの場合は実際強いから腹立つ。しかも心理的な要素も抜け目がない。さらに先のことまで想定してるあたりがよりキモイ。ほんと厄介。だから……より腹立つの」


 ねっちこい声で、普段見ない魔性の目付きが表れていた。 


「そうか。それは悪かった」


 オレは青い右手を前に向けたまま、ただただ静かにそう答えた。


「え……待ってどういうこと? 雫さん……? 嘘だよね? 何かの冗談かな……」


 物凄い複雑な面持ちの雪華は筆舌に尽くしがたい複数感情を抱いていると分かる。疑念、不安など。


「冗談? 全部真実だよ。もうめんどいめんどい。いい人のフリとか疲れんだわ。正直名瀬くんに勘づかれた時点で終わってたよね。リカっていう嘘発見器がある限り」


 ついに本性をあらわした。

 椎名リカを物のように扱う言い方が不服だったようで、雪華は眉をひそめる。


 オレはすぐさま、雫の周りに青い『檻』の障壁を展開し、それを収束させ監禁しようと試みるが。


「ふっ!」


 雫は思いの(ほか)素早い動きでバク転し回避する。


「お前、戦闘系の動きができないって自己紹介は嘘だったのか?」

「え、うちそんな自己紹介したっけ? もう覚えてないし」

「そうか。まあなんでもいいが」


 オレは言った瞬間、足にマナを溜め「瞬速」を使用し彼女との間合いを詰める。

 雫の目の前に来ると、瞬時に外したマフラーを横に振るが―――。


「さすが速いね。うちも『定位』系の異能なかったら反応できないわ」


 結構安々とバク転でかわす雫。スタイル抜群の身体で華麗に回転する。


 そういうことか。

 空間という三次元の対象情報を「視覚」による伝達より早く察知できる系統異能(だいろっかん)「定位」があれば、体性反射に任せて接近攻撃をかわせるというわけか。

 改めて評価すると「定位識覚」という異能、存外面倒だな。

 そう考えれば早い攻撃でゴリ押すオレの系統はあまり意味がない。


「なんだ、お前まともに戦闘できるんだな。正直、雪華より強いだろ?」

「さあね~。戦ってみないと分かんないじゃんそれは」

「は、よく言うよ」


 オレは言った瞬間、もう一回間合いを詰めに行くと、目付きが闇になっている彼女は『呪爆札』という札を一体にばらまく。その目はかつて皆が知る隊のアイドルのものではなかった。


「爆破術『業火爆散』!!!」

 

 雫の声と共に、広がる烈火の爆散。 


「っぶね」


 オレはバックステップで慌てて一気に下がる。迅速な対応で雪華の元へ。


 呪爆札? ということはコイツ、本当は呪具士か。


 爆破をかわすと同時に雪華に掛かる爆風と火炎を、目の前に青い障壁を展開して防ぐ。



 バジン――――!!!!



「きゃっ……!」

「大丈夫か?」


 脇にいる雪華をチラ見すると。


「うん……大丈夫……。けど……それより……雫さんは本当に内通者なの? まだ、悪ノリしてるとかいう可能性はないの?」

「……残念だが」

「そんな……」


 オレの真面目な表情を見て悟ったか、雪華は残念そうに俯く。


「ごめんね、雪華ちゃん。でももうバレちゃったから。この一番めんどそうな男に」

「めんどそうで悪かったな」


 目の前の檻を解除しつつ少し前へ出る。

 体術メインの近接戦闘は継続する。

 そのまま走って正面の雫に向け、マフラーを振りかぶる。そうして彼女の出方を見る。

 すると。

 大股ステップで三歩さがった雫は、オレ達の頭上に大量の札を投げ捨てる。バラバラと広がり落ちる。まるで接近したオレを寄せつけないように空中に広げる札。


「爆破術『瀑布(ばくふ)』!!」


 今度は札から溢れるように、あり得ないくらいの水が降ってくる。まるで雨の強化。

 水をマナで凝縮し、封印する札か。


 また面倒な(モノ)を。


 オレは頭上に、伸ばした右手を広げ、大きめの『檻』――「蒼」障壁を展開する。その障壁をドーム状にしたため、水が脇へ流れていく。


「まだまだ!!」


 雫は再び、札を投げつけてくる。

 今度は――――鈴音や凛に似たマナフィーリングが浄眼で見える―――つまり、電気系か。


 なら――――。


「雪華、防御系を頼む」


 後ろへ言いかける。


「え、あ、うん! 任せて! 氷霜術式――――『嵐冰』!!!」


 そうして目の前、バラバラと広がる札を防ぐように現れた氷の壁。


「爆破術『雷爆』!!」


 瞬間、氷にぶつかる電気の爆発。雷のような音が鳴った。

 ジリジリと音を立てるが氷の壁が電気により進行されることはない。


 この技……以前、旧秋田で鈴音が使っていた技と同じやつか……いや、そんなはずは……。


 とにもかくにも氷には自由電子がない。そのため液体の水とは異なり、仮に氷の中に電気を帯びたイオンが存在していたとしても電気伝導は少ない。

 だから氷を展開させた。防御のために。


 良くも悪くもオレの『檻』は電気と親和性が高いからな。


「はぁ……氷で電気を防御、か。……相変わらず反則だよね~その浄眼()。全部事前にどんな技を出そうとしてるのかバレる。うちの技……てかもう気付いてるのかな?」


 雫が吹っ切れた様子で口にする。

 異能『(ほむら)』の「業火爆散」、水を操作する系統異能の「瀑布」、異能『(イカズチ)』の「雷爆」。


「まさかお前、他人の第二級異能をその札に封じ込めれるのか? 特に爆発系」

「お、せいか~い! いいでしょうちの札」

「いや、別に」

「は? 名瀬くんキモ。自分が強いからってさ。―――ほい!!」


 言いつつ苦無(クナイ)を投げてくる。今度はそれに札が巻きつけてあった。

 最初と同じく『焔』爆発系のマナが見えた。

 さすがに障壁防御だけじゃ雪華を守り切れない。


「はっ――――!」


 オレはそのクナイの進行を『檻』の小さめの壁で塞き止め、四方上下も障壁を追加し、クナイを監禁する。すべては一瞬のこと。


「爆破術『業火――――」

「――――収束式」


 雫の技発動より早く右手を握り、空間ごと押し潰す。


「『蒼玉』」


 空間を歪ませ、捻じれさせるほどの青い収束。空間が青い光のままにその吸い込み反応で緊縮していく。クナイは空間の収束に潰され、跡形もなくなる。


「うわ~、その収束系『術式』――卑怯じゃない?」 



 そろそろ紅葉達が集合する頃だろう。

 神崎雫、思ったよりちょこまかと面倒な奴だ。


 もう面倒なのは懲りた。



「黙れ、裏切者」


 瞬身(ブリンク)で風のような接近を果たしたあと、雫の首を右手で鷲掴みにする。もう容赦は要らない。


「ぐぁっ―――!!」


 『瞬身(ブリンク)』――さすがにこの速さにはついてこれないよな。

 しかし瞬身(ブリンク)もまったくインターバルが無い技ではない。一度の空間収束でかなりのマナも消費する。たとえ世界トップレベルのマナ保有者とはいえ、だ。


 そのまま強めに握り、意識を持っていく。首を絞めることで、首周りを圧迫して息ができないようにする。首を絞める場所は頸動脈であり、喉仏の両側面にある血管。そうすると、頸動脈の血流が止まり、脳に酸素が行き渡らなくなる。


「っん゛!!」


 精一杯抵抗してくる雫。

 オレは雫の首を掴んだまま、左手で奥に立方体の『檻』(かご)を展開し、扉を開けるイメージで手前の障壁一枚だけを一時的に消す。


「大人しく捕まれ」


 そこの中に放り込む。

 そうして『檻』の扉を閉じた。


「かはっ! かはっ!!」


 咳込む神崎雫を完全に監禁した。『檻』の中で彼女は座り、気にせずこちらを睨んでくる。


「やっぱ勝てないか……。名瀬家の最高傑作……流石に強い……」


 オレはそのセリフを無視したまま、このあとどうしようか悩んでいた。


「……名瀬くんさ、うちがなんか情報を話すと思ってる? もしそう思ってるなら大間違いだから。うちはなんも喋んないよ」

「だとしても、お前は真昼を悪用した」

「あっそ。あんた知らないと思うから言っとくけど、真昼にはほんとに死んでほしくなかった。そこにいる雪華のお父さん―――雹理(ひょうり)がうちとのその約束破ったの。ほんと最悪だよね……」

「仮にそれが事実だとしたら、お前の人生は悲しいな」


 思ったことを素で言い放つと、物申したいことがあるらしく顔をしかめた。


「は? あんたにうちの人生の何が分かんの? 知ったかしないでくれる? キモいから」


 この女は、全く自分の行動限度、度合いを理解してない。

 真昼が危険な沼に居るなら雫が守ることもできたはず。事前に危険性を認知しているかしていないかでは天と地ほどの差がある。

 つまり、雫が自分の選択で真昼を見捨てた、とも言える。


「オレといる時も真昼はよくお前の話をしていた。将来、お前がアイドルになることを信じて隣を歩みたいと、彼女は言っていた。そんな真昼はオレも好きだった。元気で屈託のない接し方、実直な性格に、周りを明るくするムードを持っていた。そんな善人はこの世に中々いない。お前はその真昼を捨てた。諦めた。なんのためにかは知らない。だが、お前が見捨てた真昼という人物はお前を幸せにしたかもしれない」


 さらに表情を険しくする雫。何か思う所があったのか考え込む仕草の後。


「……名瀬くん、あのさぁ! さっきから聞いてたらいい加減なことばかり。ふざけないでくれる? うちの何が分かんの!? 分かんないでしょ!!」


 そうだな。確かにこいつのことや境遇なんて知らないし、知りたくもない。興味もない。


「いや、なんでもない。小さな幸せにさえ気づけない奴が、本当の幸せなんて掴めるはずがないんだよ。だからお前は永遠に不幸って話だ。そういう生き方を進んで選んでいる限りな」

「何? 説教? キモイ」

「逆ギレするあたり図星か?」


 言うと、怒り心頭という目付きで睨んでくる。


「あんた、最低な性格してる。なんでモテるのか分かんない」


 その言葉を無視してオレは方向転換し、リカ達をこの場に呼ぼうと歩み始めたが――――。


 この時オレはあることを思い出し、行動する。


 そう――――大事なことを。


 振り返り、もう一度雫の前に立ち、『檻』に小さめの穴を開け、そこから()()()()()を投げる。赤と黄色が交わる星マークの。

 不機嫌風味のしかめっ面で雫は()()をキャッチする。


「これ誰の?」

「裏を見れば分かる」


 組織内では言わずと知れた矛星(ステラ)を象徴するバッジだ。本来胸に付ける物で現にオレもつけているし、雫もつけている。サイズは大きくエンブレムのような役割もある。


 オレの発言を受け雫は迷いなくバッジの裏側を見た。



「え」



 瞬間、ここからでもわかるほど雫の反応は訪れた。


「オレは別に善人じゃない。だから教えてやる。真昼はこの腐った異能世界にとっては優しすぎた。異能関係の仕事も古式異能士も彼女に向いているとは思えない。結局、だから死んだ。それは事実だ」


 だが。


「でも、そんなこととは無関係に、真昼はお前が大好きだったんだ。(しょう)に合ってないって分かっていても同じ仕事をしていたいって思うくらいにお前を愛していたし、尊敬してた。きっと、他の誰よりもな」


 凪瀬柳、静名真昼、神崎雫は他の異能士学校の卒業生同期だと聞いた。

 浄眼で読み取れる気配感覚が正しければ今は、もう雫しか生きていないが。


 雫は目に涙を浮かべた。溢れそうなほど。零れそうなほど。


「雹理側で動いててても、お前だって本当は真昼が好きだったんだろ? 大切だったんだろ? そんなにその雹理側の『任務』が大事だったのか? 真昼より?」


 


「名瀬くん…………もう…………何も……言わないで……」




 そのまま大粒の涙をこぼしていく。もうその流れが止まることはなかった。

 オレが投げたバッジ―――それは生前の真昼が胸につけていたバッジだった。真昼の遺体を確認した時に回収しておいた。


 そして、バッジの裏には雫と真昼が二人でとったと思われるツーショットのプリクラとかいう物が貼ってあった。

 そこに居た二人は至福の時、という顔をしていた。もう何もいらない、と主張していた。

 ――――そういう風にオレには見えた。


 両手を床について前かがみになり、あたかも吐くような格好で泣き続けた。

 それからもずっと。



  *



「―――じゃあいいよ……。名瀬くんに、うちらの任務、目的だけ教えてあげる。雹理側が何をしたかったのかを」



  *


 

 雪華をこの場から離れさせることを条件にオレはその内容をすべて、雫から聞き終えた。



 簡単に言えば、最初に潜入していた『糸影』『女影』は()()。ネメがはじめから彼らと共に陣形に潜入していなかった理由がここで分かった。

 ネメは、矛星(ステラ)に秘蔵庫に保管されていた六番紫紺石『(ふるえ)』を奪取するのが真の目的。精鋭がここ、ダークテリトリーの調査に派遣されている最中。矛星(ステラ)本部は手薄になる。

 ネメはいとも簡単に六番紫紺石を回収できたそうだ。


 六番紫紺石『(ふるえ)』はオレが以前倒した波動を操る影人のもの。


 あわよくば大輝を回収できればいいな、くらいな感じだったらしい。




 そう―――真の目的は『本部にある六番紫紺石の奪取』だった。



 

 その際、本部にいた精鋭も片づけられているだろうとのこと。ネメがここに来て大輝を取りに来たという事は、そういうこと。



「聞き方はおかしいが―――いいのか? そんなことを暴露して」


 訊くと檻の内部で苦笑いする雫。


「うん、いい。……どうせ数秒後、うちは死ぬからさ」

「は?」

「うちの内臓にあるんだよね。雹理が仕掛けた『霜』の遠隔作動式の爆弾みたいな感じのが。もうすぐうちは用済みになる。すぐに殺される」


 なんだと?


「なぜ先にそれを言わない?」

「もうどうでもいいかなって思って。さっきさ、名瀬くん言ってたでしょ。小さな幸せにさえ気づけない人間が、本当の幸せなんて掴めないって。今更だけど、滑稽に見えるかもだけど、物凄い図星だったんだ。意味のない人生だった……ほんと。最初はさ、父のためにアイドルになりたいだけだったんだ。……でも、そこからすべてが狂った。四年前のあの日から……」


 四年前……影人が発生した時期か。


「うちは、ただアイドルになりたいって独り善がりな欲求と、父という影人をただ一人人間に戻せればそれで良かった、そう思ってた。けど、そのためには多すぎる犠牲が必要だったの。その事実にあの頃のうちは気づくことも出来なかった。ごめんね名瀬くん、意味わかんないよね。あは……」


 自嘲気味に言う雫だが、急にしおらしくなった。おそらく死に際の追い込まれ心理。最期、人は急に悟ったような態度を取り始めるケースがある。

 つまり、これから死ぬのは本当なのだろう。

 そして何より、彼女自身の信念が変化した。皮肉なことに、今更。


「真昼を失った時思ったんだ。ああ、これは(ばつ)なんだって。うちがくだらない理由のために世界を敵に回した罪に対する罰なんだって……。なんでか、結構簡単に受け入れちゃった。諦めちゃった……」

「神崎、お前は他に何を知ってる? 話せ。お前は確かに数分前までは最悪だった。だがお前は気づけた。自分の過ちに、行いの間違いに。お前はまだやり直せる」

「いいや、無理だよ。こんな醜悪な存在。……やっと分かった。真昼と生きてけば、多分幸せだったんだ。宝石でアイドルなったって、多くの犠牲で父を人間に戻したって意味なんかない。もっと早く気付けばよかった……。うちは悪魔と契約してしまったから。白夜雹理、あいつと…」


 その時。『檻』の内部にいる雫の身体のいたる所から無数の赤い水晶が浮き出てくる。出血と共に。


「ん? なんだ?」



 ピキピキピキ!!!



 出現のたびに出血する。その度に雫は言葉にならない声で悶えた。


「あ゛……」


「これは……まさか」


 発動を続けていた浄眼でその赤い水晶を見る。

 この赤いマナ水晶……白夜一族異能『(しも)』の「赫水晶(かくすいしょう)」で間違いない。

 ――『人間や動物の血液を結晶化させる能力』――雹理の固有能力、特殊変化「赫血(かっけつ)」。


「はは…………ほらね?」


 雫は晴れた苦笑いのまま口から赤い液体を吐く。「ほらね、抹消の細工されてたでしょ?」の意味らしい。


「名瀬くん……うちに真昼を思い出させてくれてありがとね」

「ん? いや、オレは何もしてない」

「何もしたよ。最後の最後、うちは少しはマシになれたのかなって……」


 口内から血を垂らしながら話し続ける。その様子は見るに堪えない。だが――。


「神崎、もしまだ知ってることがあるなら教えてほしい」

「知ってること……いっぱいあるよ」

「なんでもいい。教えてくれるか」

「うん、いいよ……最後に……一つだけ……」


 息も絶え絶えになりながら体中から赤い結晶を発生させつつ言った。檻の内部の床が血塗れになる。


「ん? なんだ?」

「名瀬くん、森嶋(みこと)ってアイドル知ってる?」

「ああ、知っているが。なんなら知り合いだ」

「うわ、まじ……? でも……なら気を付けた方がいいよ。その子、近いうちにしお……女影って言った方がいいか……とかに狙われる。きげ……ゲホゲホッ! ……宝石が入ってて……体にね……それで……カハッ!」


 あり得ないほど大量の血を口から地面に吐く。それでも頑張って喋る雫。


「罪滅ぼしのつもりはない……。けど……森嶋命。彼女を助けてあげて……。彼女は宝石でアイドルになったんじゃない。今はそう思えるから。きっと努力の結果だったって。ただの嫉妬心でしかなかった……」


 宝石でアイドルになった? 何の話だ?

 疑問に思ったが。


 そのとき彼女は青い檻の中、意味不明な笑みを浮かべた。悲しそうとも楽しそうとも幸せそうとも取れる妙な笑みを。

 オレはこれと類似する笑みを周りで、人生で一度も目撃したことがなかった。


 一応マナ作用緩和のために檻の展開を継続している。

 本来なら「赫血」の能力で即死だが、なんとか耐えている状況。

 雫の死は変えようのない。臨終。


「……このくっきり浮かび上がる孤独感と虚無感……。でもなぜかすべてが気持ちい。これが……『死』なんだね………。ああ……なんか、真昼が迎えに来てくれた………。こんなクズなうちを………迎えに………」


 言って空を仰ぐ。青い空を見つめる。


「うちはずっと意味も分からないで非道な任務をこなしてきた。雹理の元で……。人もいっぱい殺した……。世界のことなんかどうでもよくて………。ただ自分が良ければそれでいいって……。父を人間に戻して、アイドルになれば幸せになれるんだって………。……でも違った。……もっと簡単で単純だった……」


 そう言ってもう一度、目に涙を溜めこむ。感情が心という壁を破って漏れ出しているかのようだった。

 湛えていたであろう涙が頬を伝った。


「幸せは、いつもそばに居たんだね………」


 真昼、雫は最後、ちゃんと気付いたぞ。お前の大切さに。真昼という親友の存在に。大きさに。


 徐々に神崎の声が遠くなっていく。

 もちろん物理的に離れているわけではない。

 


「……名瀬くん………森嶋みこと……あのアイドルを……守ってほしい………」

「ああ、言われなくてもそうするつもりだ」


 言うが、まるでこちらの声は聞こえていない様子。既に聴覚は消失しているのかもしれない。



「……最強のあんたなら、きっとできる…………。うちね……実は知ってるんだ………。ほんとは……『青の境界』は…………」



 そこで止まる、言葉と声。


 言いながら雫は()った。話している途中、静かに眠った。

 座っていた彼女が瞬間急な脱力と共に力なく前に倒れる。急いで檻を解除し、倒れる彼女を支える。


 ドサ。


 支えている手で確認するが、心音はもちろん消えていた。さらに虚しくも(むご)い状態として身体中から赤い水晶が飛び出ていた。



 彼女がしたことは許されることじゃない。でも。最後にその罪に気付けた。情報を最低限渡してくれた。


 だからサービスだ。


 それに答えてやる。



「ああ、そうだ」





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