ダークテリトリー調査「人狼」
*(雫)
現在。廃墟の建物内部。起源『不死』を持つ翠蘭、『王』を持つ統也、雪華、リカ、気絶した里緒から、離れる。
トイレに行くといって離れてきたのだ。
うちは今、片手にスマホを持ち、こみ上げてくる怒りを抑えていた。
「―――どうなってるのよ!! 約束と違うでしょ!! 真昼には手を出さないでっていったよね!? ほんと何してんの!!」
『さぁ……それはネメに聞いてほしいね。私に言われても困る。少なくとも私の指示ではないよ』
あの色男……。
「……あり得ない。最低な気分だよ……」
『雫、君の気持ちは分るが抑えてくれるとこちらとしてもありがたい。そして、君にはまだやるべきことがあるんじゃないのかな?』
「………分かってる」
ああもう。またこれだ。
何かを諦めるこの感じ。
うちの人生はこればっかり。
諦める事しかしてこなかった。
でも、それをやめたくて。そのための道を選んだ。
それが今の自分。
最後に父を人間に戻して、アイドルになる。
そうしてうちは正しい自分になれる。やっと報われるのだ。
そんな病んだ思考の中、突然ともいえるタイミングで後ろから声が近づいてくる。落ち着いたイメージの男の。
今はこの男の声をむしろ聴きたくないとさえ思っていたのに。
きも。最悪。
まじで気分悪い……。
「神崎、ちょっといいか? 少し二人だけで話がしたいんだ」
そ。
名瀬統也だ――――。
*
「二人で話? 一体何を話すの~」
いつも通りの口調で話す神崎雫だが、明らかに緊張し、こちらを警戒しているのが分かる。
彼女は言いながらスマホをしまった。
「神崎、本当はオレが何を話すのか、分かってるんだろ?」
「……え、う~ん……普通に分かんないけどー?」
このキャラが演技なのかどうかは知らないが結構不愉快だ。全てを悟った今のオレにとっては。
「別にお前が嫌いなわけじゃない。だが、見過ごせない事実もある」
オレは真顔で、雫の顔を直視したままゆっくりと述べる。
「ん~、何の話ー?」
「――――お前が矛星の内通者なんだろ?」
瞬間、彼女の眉毛がピクリと動いた。
「お前がちゃんと罪を受け入れて償うと言うならオレは何もしない」
「ちょちょちょっ……ちょっと待って……うちが内通者? そんなわけなくない?」
あり得ないよ、といいたそうな顔を作る雫。オレは続ける。
「考えてみれば、二ノ沢紅葉が想定していた作戦、ダークテリトリーにCSSを閉じ込め、逃げれなくするという計画は『紅葉本人』と『お前』しか知らない話だった。それを雹理側の勢力が知っているという事は紅葉自身かお前が内通者である他ない。そもそも、な」
「え、待ってよ! そんな暴論な!」
慌てて言う雫。オレはその目を見た。
当然オレにはリカのようにウソを見抜くことはできない。そんな能力も感覚もない。
でも、ここにリカを呼べば、雫のウソはあたかも自然の摂理のごとく見抜かれる。
そこで雫は良からなぬ事を考えるかもしれない。手段は知らないが自害して情報抹消などいくらでも選択肢はありそうなものだ。
「どこが暴論なんだ、神崎? 前提として紅葉、彼女は、矛星内部に侵入していたCSSの襲撃によってどこかの隊が潰れることは知っていた。その上で『ダークテリトリーと街の間にある半永久結界』と『青の境界』でCSSを閉じ込め、追い込む作戦だった。なのにヤツらは何故か当然の如く逃げの算段を用意していた。これはもう確定だ。雹理側はオレや仲間にさえ伝えなかった紅葉の計画を知っていた、としか考えられない。そしてそれを予め知っていたのは紅葉とお前、神崎だけだ」
「……いいやでもさ、相手がそれを逆手に取った可能性もあるじゃん?」
取り繕い言う雫だが。ボロが出たな。
「神崎……逆手に取ったということは、お前らは初めから何か違う目的があったんだな?」
「えっ?」
雫は目を見張る。
「だってそういう事だろ? オレは初めから大輝の回収が目的だとばかり思っていた。だがネメは最後、オレから逃げるように当たり前に去っていった。大輝が目的ならもっと回収に執着する素振りがないとおかしいんだ。分かるか? つまりお前たちは、大輝の奪取が目的で潜入しているCSS、そう思っている紅葉を逆手に取り、何か別のことをした。そういうことだな?」
眉間にしわを寄せる雫はツインテールを揺らす。
「……でも……うちは、内通者じゃない!」
すると。
「おかしいな……統也と雫さんどこ行ったのかな……」
向こう側、瓦礫や壊れた支柱や障害物の奥から白夜雪華の声が耳に届いた。
おそらくしばらく帰ってこないオレ達を心配したのだろう。そろそろ帰還時。ここに紅葉らも収集される。
「神崎、ここにリカが来ればお前の発言内容が嘘であると簡単に判別される。言っている意味が分かるな? もう一度言う。お前が内通者なんだろ?」
「……だから……違うってば……! うちじゃ……ない。そもそも名瀬くんだって一方的に可能性の話ばっかりしてるでしょ。うちが内通者であるという明確で疑いようもない証拠はあるの? ないよね? 確証のないことで人を裏切者呼ばわりするのは酷いんじゃない? 名瀬くんらしくない」
「リカが来れば決着はつく。それでいいんだな?」
「別にうちは嘘ついてないし、それでいいけど」
脅しめいた発言を送るが、雫は気にしないと語る。
しかし明らかに焦っている本能レベルの無意識な仕草が目立つ。
「あ、いた統也と雫さん。そろそろ本部に帰るよ……。いったん帰還だってさ」
活力を失った水色主体の雪華が疲れ切った表情で手招きしてくる。
「うん帰ろ帰ろ……」
同じく活力を失くした風に言う雫。
その時、オレは言った。なんの躊躇もせず。
「雪華、神崎に近付くな」
「ん……? どゆこと?」
雪華は帰還用の車の方向へ歩いていたが、すぐさま振り返った。オレのガチトーンの言動に多少戸惑いを見せる。
「ちょっと!? 統也……?」
その雫を無視する。
「そのままの意味だ。神崎に近付くのは危険。何故なら内通者の正体が神崎だからだ」
雪華は疲れてるのに、と言う顔でオレと目を合わせる。
「え、ちょ……統也それ本気で言ってるのかな?」
雪華も動揺の色を見せた。
「ああ」
この際に至っても雫はまだ言い逃れできると考えているのか被害者面をしている。
「もしそうなら珍しく的外れかも」
雪華も雫の味方をするような言い方。
「当たり前だよ」
賛同する雫。
「そもそも私たちは雫さんと一緒に被害にあった。あのネメとかいう影人の被害に。大体……真昼と雫は親友なんだよ? 真昼の亡骸を見た時の雫さんの顔は未だに覚えている。その顔に何を浮かべてたと思う? ……『絶望』だよ。それなのに、その真昼殺害に加担する影人側の裏切者? そんなわけないと思うな」
雪華らしくなく一気にまくしたてる。おそらく疲れが出ているんだろう。
「そうだよ。うちだって好きだった真昼を殺されて、許せないんだよ。あのネメとかいう影人!」
雫は右手拳を強く握り、感情高まった様子で吐き捨てる。
「神崎、演技はよせ」
分かっていたので言うと、雪華も我慢の限界だったのかオレの態度に怒鳴る。
「ねぇ統也! いい加減にしてよ! もう仲間を裏切者扱いしないで! 統也が怪しいって思ったならそうなのかもしんない。けど雫さんは違うよ。こんなに味方に貢献してくれる敵がいる? いるわけない。………正直、統也がさっき私の元に駆けつけてくれた時はすっごい嬉しかった。自分でも信じられないくらい嬉しくて、絶望が一気に希望に変わった。みんな九死に一生を得て、安堵してた。そんな今、作戦は失敗、死者も大勢出ている……これ以上何を失えばいいって言うのかな!」
その雪華の気持ちはよく分かる。これ以上心身ともに消耗し、削り取られたくない。その気前も理解はできる。
しかし、オレはここで心を雷電にして言わなくちゃいけない。
「じゃあ神崎、お前に聞くが――――真昼に一体どんな結界を張らせたんだ?」
「えっ―――――――」
雫は情けない声を上げ、瞠目後、激しく泳ぐ目線。
「お前、女影がオレの元へ特攻をしてくる前、静名真昼に『あとで結界を張ってもらうからね』と言っていたな? だが実際敵は用意に侵入してきた。ネメも同様だ。結界は確かに張ったんだろ? さて、お前は真昼にどんな結界を張らせたんだ?」
声を大にして訊くと。
「あれ……? 確かに……」
言う雪華。
そのあと雫が。
「それは……えっと……」
「侵入阻害系じゃないよな? 実際に敵の侵入を許していたのだから。だが真昼は確実に何か高度な結界術を周辺に展開していた。さて、なんの結界だったんだろうな」
オレはあえて煽るように言う。もう終わりだ。言い逃れできない。
「えっと……それは……真昼に委任していたから……」
「ふざけるな。お前だろ? 結界を張れと真昼に命令したのは」
「それはそうなんだけど、どんな結界術を使うかは真昼に任せたの! だから何を使ったかは知らないの! ほんとだよ!」
雪華もさすがに不自然さに気付き、雫へ疑いの目を持ち始めた様子。
「いや、オレが知ってる。『桜迷子』だろ? しかも逃げる用の。手札さえ持ってればその対象の認知を阻害できる古式術式、そんなの真昼が持ってるわけない。たしかに真昼は疑う余地のない一流古式異能士。さすがだった。オレの浄眼でも見抜けないほど精巧に、そして緻密な結界だった。だが……『術式』については知らないはずなんだ。そして、真昼へ結界についての命令、言及をしたのは唯一お前だけだ」
何者かが結界の術式を静名真昼に教えた。真昼は『術式』という技術がどんなものか、もっと言うならマナ情報体構成、物体作用性能、術式効果範囲について知らない。
ただ優れた技術だ、くらいは思っただろう。
もしそれが信頼できない人物からの提供技術なら、真昼も拒んだだろう。
しかし真昼本人の親友からの提供なら話は全く異なる。
凄い、いいね、となり、信用して使っただろう。詳細も知らずに。優れた技術であるとだけ分かって。
そして、真昼の結界について言及した人物は、再三言うが一人しかいない。
「神崎雫、オレは今すぐにお前を監禁する。それでいいんだな?」
爛々なままに青く青く揺らめくオーラ、そのエネルギー集合体を帯びる右手を開き、前へ突き出す。雫に向け、座標を定める。
空間の揺れと共に広がる青い空間。
オレ唯一の青い『檻』―――「蒼」を。
かつての味方に向けた。




