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青の境界 ~世界に六人しか存在しない特級異能者の一人、実力を隠し暗躍する~  作者: 蒼アオイ
第一章 プロローグ「二つに分かたれた世界で」
17/293

進藤という異能士

 

  *


「感謝されることなんか何もない。この女の子がやらなくて、俺が倒せるはずだったんだ」


 悔しそうにそう述べた彼は、進藤と名乗った()()し異能士だった。

 彼の茶髪の髪は(さわ)やかにカットされており、黒いスーツを着ていた。他人が見ればイケメンと言われるであろう顔立ちをしている。進藤はそんな好青年だった。年齢は大体オレと同じかそれ以上といったところだろう。

 まあ、オレはあんまりこいつが好きではないが、それはオレの意見に過ぎない。


 ちなみに髪は茶髪だが、決して染めたわけではないだろう。

 もともと異能力者は、髪や目などの色に異常が現れることが多く、髪が多少変色したり、瞳の色が微かに黒色以外になることがあると知られている。

 この現象は異能性(いのうせい)色素(しきそ)特異(とくい)症候群 (オッドカラーシンドローム)、通称オッドカラーと呼ばれている。


 あまり関係ない話だが、オレが鈴音さんを異能力者であると疑った最初のきっかけは彼女の瞳が若干(じゃっかん)赤みがかっていたことだった。

 この「赤い瞳」というのは雷電一族特有の特徴だった。


 だがそれにしては……。

 先ほどオレが屈んで鈴音さんの瞳を片目だけ近くでのぞいたとき、彼女の瞳の赤色は随分と薄かった。

 雷電一族も瞳が真っ赤というわけではない。どちらかというと深紅(しんく)色。それは凛を見て知っている。

 だが、それにしても鈴音さんの瞳は黒色が強かった。

 気のせいで通すには無理があるほどに。


 まさか……。いや……まさかな。

 オレはとんでもないことを思いつくが、その思考をいったん止める。


 ちなみに参考までに言っておくが、オレの透視できる眼は能力として青く光るのであって、オッドカラーの影響ではない。

 オレの家系は、黒髪に黒い瞳で、一般人と何ら変わらない。


「倒せるはずも何も、お前が倒したんだ。そういうことにしてくれ。いいな?」


「でも……」

 彼はどうやら葛藤しているようだった。

 オレは次のような(むね)の頼みごとをしていた。「彼女は起きた際、使った異能の影響で記憶を失っているだろうから、混乱させないために、この中の6人の影を倒したのは進藤、お前だということにしてくれ」と。


 遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。

 爆発が起こってから数十分経っているのだから当然のことといえる。

 なんなら少し遅いほどだ。

 言わずもがな、異能士(いのうし)協会(きょうかい)(*)でもマナ反応の検知により、異能を使用していた形跡が確認されているだろう。(*異能士協会……異能士達が所属する組織。協会に登録することで異能士として資格を認められる。どういう意図で誰が設立したのかは不明)


 この段階でオレが異能を無許可で使用したと公表されるわけにはいかない。

 その点、こいつ、進藤は何の問題もない。

 法律的にはこいつはD級異能士として認められている。


 異能士の階級制度はS級からD級まで存在し、S級異能士が世界に20人未満とされる特級クラス。

 D級が駆け出しで、要は影の討伐資格のみ与えられた異能士のことだ。

 補足するなら、世界に数少ないS級異能士は北日本(きたにほん)(こく)(きゅう)日本)にも一人だけ存在する。

 ちなみにその人物は…………いや、関係ない話か。

 異能士は公的には知られていない職業。警察だったとしても異能士や影人の生き残りの存在をはっきり認識している人はそう多くはないだろう。

 「青の境界」の中、IWでも影の生き残りが潜伏し暗躍していること。それを始末、討伐するために異能士という職業がある事。

 これらは一部の政府関係者のみが知る案件であり、世界では秘匿事項とされている。


 その点、進藤(しんどう)が隠れ蓑になってくれるのなら本望(ほんもう)だ。

 彼も6人の影を倒したという手柄(てがら)を立てられる。良いことずくめだろう。

 見たところ進藤自身、ある程度の実力者だろうと分かるレベルなので協会側から疑われることもないだろう。

 あの状況下において、たった一人で影を6人討伐するというのはかなり不自然だろうが、まあ何とかなるさ。


 進藤曰(いわ)く、異能の気配がしたため、ここに訪れたという。

 ただの爆発ではないと確信した彼は中に入り込んだ。

 中に入ると、そこには影の気配があったため、それらを倒し、駆け出し異界士として一つ目の成果にしようとしていた。

 だが、さらに奥へ進んだら、すでに影が紫紺(しこん)(せき)(ヴァイオレットクリスタル)を残して討伐された状況だったという。

 そこにオレと横になる鈴音がいた、というわけだ。


 紫紺(しこん)(せき)とは、影が完全に(ころ)された際に生じるクリスタルの一種だ。紫色に輝いていて、その色合いや濃さを調べると影の強さや性質が詳しく分かるとされている。

 これを売れば、お金に変換できるという仕組みで異能士は生計を立てている。

 また、紫紺石の鑑定で金を稼ぐ紫紺石鑑定士までいる。


「あんたが6人の影を倒した、いいな?」

 オレは念を押す。


「本当にそれでいいのか。本当は9人とも、この子が倒したんだろう?」

 進藤は横になっている鈴音さんを見ながらそう訊いてくる。

 形だけでも、こう言いたいようだな。男の意地(いじ)だろうか。

 本当は喉から手が出るほど欲しい手柄(てがら)だろうにな。


「さっき言ったろ。この子は目覚めたときに異能の影響で記憶障害がある。お前が倒したってことにしなければ、誰が影を討伐したのかって話になってしまう」


 無論(むろん)嘘だ。記憶障害なんてものがなくても、鈴音さんは誰かが6人の影を仕留めたことを認識しているかもしれない。たとえ意識が遠くとも、視界や音声はしばらく知覚できていたはずだ。 

 言うまでもないが6人はオレが倒しておいた。


(一応、9人中3人は正真正銘、鈴音さんが討伐したんだけどな)


 パトカーや消防車、救急車のサイレンの音が徐々に近づいてくる。


 まずいな。そろそろここを離れなければ、警察がこの一帯を包囲するだろう。

 そうなればここからの離脱は容易ではない。


「それは……そうかもしれないが」

 進藤はまだ納得がいっていないようだった。


「すまない。オレは急いでるんだ」

 オレは彼に構わず、ここからを去ろうとするが、彼がオレを引き留める。


「待ってくれ!」

 呼び止められ、オレは走り出していた足を止める。


「なんだ?」

 オレは振り返らず彼の話を聞く。


「お前、名前はなんていうんだ?」

 この際、名前は言わなくても何とかなるだろう。


「さあな」


「教えてくれない……か」


「もう行っていいか?」


「いや。まだ聞きたいことがある」


「まだ何か?」

 ここでオレは振り返り、進藤を見る。


「お前も異能士なのか?」

 進藤は少し強めの目つきでオレを(にら)む。


「オレはあんたの思ってるような異能士ではない。異界術士(いかいじゅつし)だ」


「異界術士……? そうか。なるほど。理解した」


「満足してくれたか?」

 オレはそう問いかけた後、返答も聞かずにその場から走って離脱する。

 その直後、警察や異能士関係者が工事中だった病院の中へ突入した音が聞こえてきた。


(間一髪か。かなり危なかったな……)


 オレはその場を離れながらこめかみに流れる汗を拭きとり、うなじにあるチューニレイダーの反応を確かめる。


「K……。ちゃんと聞こえてたか?」


『うん。聞こえてた。あなたも悪趣味なところがあるのね』


「いや、どこがだよ」


『だってさっき統也が異界術士って言ってた。あなたが異界術士だったら世界は崩壊するでしょうね』


「別に崩壊はしないだろうし、悪趣味ではないと思うけどな」

 オレの正体が異能士だと悟られたくなかったが、異能について知っているとなれば、異能士か鑑定士、代行者、もしくは異界術士がそれに該当するだろう。


 才能が必要となる異能力とは大きく異なり、力の増強やスピードの取得など、主に肉体強化が可能とされている異界術。これを使用し影と戦闘する部隊である境界部隊の隊員たちが異界術士とされている人たちだ。

 彼らのほとんどは異能という才能に恵まれず、それでも影と戦いたいという願いを持った者たちだ。


『誰が異能の才能に恵まれてないって?』


「耳が痛い話だな」


『そういうこと。それが悪趣味な理由ね。……それより、鈴音さんは大丈夫だったの?』


「ああ、ギリギリだったことは認めるが、命に別状はないだろう。彼女自身、死を覚悟してたみたいだがな」

 オレは振り返って、煙の立ち込める現場の方を見る。


『そう……。でも助かってよかったね』

 本当に助かって良かったと思っているのか怪しくなるほど冷静な口調で彼女は言う。


「ああ。初めは優性だったが、どうやら奥の六人の存在に気付いていないようだったからな。奥の奴らが現れてからは劣勢になってしまったわけだが……。それにしても……」


『……』


 彼女のシフト(*)は異常だった。(*シフト……異能士界隈での力尽きる瞬間のことを示す)


『何か気になるの?』


「一つだけな。彼女の実力と魔……じゃなかった、マナ保有量なら確実に残りの六人もやれたはずだ」


『……そうなの?』

 Kは驚いているというより、確認をするように訊いてきた。


「多分な。少なくともあんなに手が切り傷で(おお)われるまで異能を酷使しなければ勝てないほど鈴音さんは弱くない」


『でも実際……』


「そうなんだ。そこが問題なんだ」

 オレはKが喋るのを遮る。


「鈴音さんはある時から急にふらつき始めた。おそらくめまいか()(くら)みの類だろう」


『急に?』


「ああ。急にだ。だがこれは普通におかしな話だ。そもそも戦闘開始から彼女は相当の余裕があったはずだ」


『余裕……? 話を聞く限りそうは思えないけど』


「そうだ。だが、実際には二人目、三人目を討伐しようとした時から焦り始めていた様子だった。マナがどうこうというより、時間を気にして焦っているように見えた」


『時間? 用事があったとかじゃない?』

 彼女は冗談でそんなことを述べるが、この一言によりオレは昨日の夜の鈴音さんの様子を思い出す。

 彼女は何やら用事に追われ、急いでいる様子だった。

 用事があるから早く帰らなければいけないと、時計を何度も見ていたシーンを想起する。

 あれが用事ではなく別の理由で急いでいたのだとしたら……。


 いや。

 オレは思考を止める。

 今ここでロジックを()ねても真実が出るわけではない。


「……それより彼女はどうして雷電、つまり自分と同じ苗字の人を探していたのか、それを聞く機会がなかった。それだけは心残(こころのこ)りだ」


 彼女が小坂だと偽名を使ったことに関しては、オレは何も言うつもりはない。

 オレも雷電一族ならば、そうするだろうし、現にオレは有名すぎるその家名を隠すために、成瀬という偽名まで使っていた。お相子(あいこ)(さま)だろう。

 つまり互いに真実の(せい)は語らなかったというわけだ。


『そう。確かに気になるところではあるね。けれど、エレクトロンコンケスティングの持ち主は一人しか検知されなかった。どっちみち、凛さんを含めたとしても雷電はこの世に二人しかいないことになるよ』


「じゃあ、彼女の探していた雷電ってやつは一体何者なんだ?」


『それは……。少なくとも今となっては、鈴音さんのみぞ知るってところだね。正直私には見当もつかないよ』


「それは……そうだな」


 さらにオレは鈴音さんのことであることが気になった。


「今、凛はディアナのところにいるはずだ。ちょっと凛に聞きたいことがある。あとで仲立(なかだ)(にん)を利用してもいいから聞いといてくれないか?」


 オレは鈴音さんが、よく分からない電気状のバリアを展開していたこと。そのような技があるなら、それはどんなものなのかを凛に聞いてほしいと頼んでおいた。

 この世で電気系の異能を扱える、もう一人の人間に聞くのが手っ取り早い。


 特に意味もないが、オレはマフラーを巻き直すことにした。


『そろそろ時間になるけど』

 時間とはチューニレイダーの制限時間のことだろう。


「わかった。それとK、最後に聞いていいか?」


『ん?』


「電気系統の異能力が雷電一族の専売特許だってことをどれだけの数の人間が知ってるんだ?」


『おそらく「正しい異能についての知識」がなければ、そのことは理解できないと思う。それに異能の科学技術が発達して色々な分野に分かれ、基礎的な部分での限界が解明されたのは実質10年間のことだから』


 なるほど。そういうことか。


「よく分かった。教えてくれてありがとう。つまり電気異能力者=雷電一族と結びつける人は少なくともIW内では、ほとんどいないんだな?」


『そうなるかな。例外はいるだろうけど……』

 まあ、それは仕方がないことだ。


 例外……な。

 御三家(ごさんけ)の人間は少なくとも知っているだろうからな。

 そう考えれば、オレがこのことを知らなかったのは相当まずかったってことか。


「だが、その例外も、仮に雷電の存在を知ったとして、一切(いっさい)手出(てだ)しは出来ないだろう」


『不可侵条約?』


「ああ」

 雷電晴馬。皮肉な話だが、あんたが最後に残したものは、今ここで一族を救うぞ。

 良かったな、凛。お前の父は偉大だったかもしれないぞ。


「彼女とは近いうちに会えそうだな」

 彼女というのは鈴音さんのことを指している。


『なんでそんな言い方なの? 少し引くけど』


「いや、引くなよ。別に引くような言い方してないだろ?」


『知らない。少しは自分で考えたら?』

 彼女はぶっきらぼうにそう言う。

 何だよ、(まった)く。

 Kと話す回数が増えてから急速に仲が縮まっていくのを感じる。これはいいことなのか。悪いことなのか。

 そんなことを考えていた。

 

 だが、この時のオレは気づかなかった。

 これからオレたちに一体どんな運命が待っているのか。

 オレたちがいったい何者なのか。

 鈴音はいったい誰を探していたのか。

 その重要性に、オレは気づけなかった。


 そしてオレたち全員が愚かだったことを。

 この時すでにオレたちの歯車は狂いだしていたことに……。

 オレはもっと早く気付くべきだったんだ。 


 オレはチューニレイダーの電源を落とし、青く染まる青の境界を背に一歩を踏み出していた。


ここで、2章「二つに分かたれた世界」は終了です。

ここまで読んでくれたかた、お疲れ様です。

次からは新章に入っていきます。


主人公がこの先どうしていくのか。どうなっていくのか。乞うご期待。


続きが見たいと感じてくださった方がいれば、高評価、ブックマークなど是非お願いします。


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