神崎雫の独白
スタスタ……スタースタイル。伏見玲奈、森嶋命(森島ミコ)が所属する事務所。
*
この世に平等なんてない。
すべてが理不尽から始まり、理不尽で終わる。
こんな希望のない世界で。生きる意味を、価値を見つけようとあがく。
それが「人間の在り方」だとうちの父は言った。
大好きだった父が。
五歳のうち。
―――「しずくね~、アイドルになりたいの!」
「そうかー雫はアイドルになりたいのか~! いいぞいいぞ! お金のことは任せとけー! 父さん頑張っちゃうからな!」
「おかね? しずく分かんない」
「そうだな~、雫は気にせず全て父さんに任せない!」
10歳のうち。
―――「父さん! 雫、スタスタのオーディション一次通ったよ!!」
「おー!!!! よくやった雫!!!」
「えへへへ」
父に頭を撫でられた。その日はそれだけで全てが報われた気がした。
12歳のうち。
―――「父さん、うち、また二次で落ちちゃった」
「うーん、そうかー、まぁまぁ気にするな。機会はまだあるさ!」
「うん……ありがと……」
14歳のうち。
―――「父さん、もう、ダメなのかな……」
「どうした雫? そんなに落ち込んで」
「うち、また二次落ちたの……」
「そ、そうか……」
その日の夜だった。
荒れる母と父の声を聞き、目覚めたうちは襖の隙間から明かりのついた居間を見た。
母が言った。
「広樹さん、そろそろ雫を甘やかすのはやめて……アイドルになんて誰でもなれるわけじゃないの……。この家のローンもまだあるんだし、『青の境界』設立後の国内は不景気……お金は無限じゃない。お願いだから雫に変な夢を持たせるのはやめて」
「変な夢だと!? 雫はいつもいつもあんなに頑張ってる! いつか必ず二次を通過してみせるさ! 今に見てろ、雫はアイドルになれる!!」
「だから、それが無駄なお金と無駄な時間だと言っているのよ! アイドルなんか諦めさせて現実を教えるべきよ。そうだわ、学習塾に行かせるべきなのよ」
「変な夢? 無駄な時間だと!? 全力で向き合い、必死に、そして前向きに努力してる姿が無駄なわけないだろ!?」
「アイドルなんて努力すればなれるという簡単なものじゃないの。極端な話、歌が下手で歌手は無理。ブスでアイドルは無理なのよ。現実を見せるべきだわ」
「歌も下手じゃないし、雫はあんなに可愛いじゃないか!」
「じゃあなに!? あの伏見玲奈に『歌』っていう仕事で勝てるとでも!? 最近出てきた森島ミコというアイドルも『可愛い笑顔』を標語に名声を上げつつある。まだ中学生なのに、よ!? 才能ある人間はこの世にいくらでもいる。それに努力だけで対抗するなんて馬鹿げているのよ!」
「馬鹿げているだと!? じゃあ雫の7年間の努力が無駄だったって言いたいのか!?」
「ええ!! そうよ!! 無駄だったのよ!!」
こっから先の両親の会話は覚えていない。
ただうちは布団にうずくまり泣いた。何が悲しいのかも分からず。ただただ夜もすがら泣き続けた。ずっとずっと。
15歳の時―――。
父と母は死んだ―――。
いや、正確には人間としての父が死んだ。母はその「人間として死んだ父」に殺された。
―――「ということは、全ての影人の元は人間ってこと!?」
当時うちは激しく動揺した。
「まぁ、そうなるのかな? ゾンビのように彷徨う亡霊ってところだね」
優雅に喋る水色髪の色男。隣にうちと同い年くらいの男女と後ろに目を瞑った女子がいた。合計四人。
「そう……」
「雫ちゃん、驚かないんだね」
「驚きたくても、実際、父が……」
頷く男。
「私はね、家族が影人になってしまった子供や行き場のない人を保護しているんだよ。その代わり私に協力してもらってるんだ。……本来、人の一般影人化は人目の少ないところでランダムに起きる―――通称『影の病』。だから、認知されにくい独り身とかが無知性の影人へ変化しやすいんだ。だが稀にいる。君の父みたいなのがね」
その日の数時間後。
―――「父さん、もういいよ……。今までありがとう。うちを最後まで信じてくれてありがとう。でも……もうアイドルは諦めるよ」
うちは半ば独り言で、古式異能『呪詛』で封印された「ある男性型影人」の前で強く言った。
その諦めの決意は異能「定位識覚」を使う道。
自分に妙な三次元を把握する能力がある事には気付いていた。第二級異能までは基本、血統だけど、第三級異能と呼ばれる感覚系の第六感はマナの整合的に偶発的に普通の家庭に生まれることもあるみたい。
うちはそれだった。
そうして決めた。―――異能士といしての、いや、異能者としての道。
マナという変な原動力物質でコーティングされた鎖にぐるぐる巻きにされ、身動きが取れないようになっていた男性型「影人」――もとい――「父」に言ったのだった。
実はこの時知ったのだ。つまり三年前、私は既に知っていたのだ。影人の正体が人間である、と。
だって父が影人になったのだから。
だけど。希望はあった。
父を人間に戻す方法は、有るという。
その水色髪の色男が言うには「特別紫紺石」か「起源宝石」という特殊ジュエルが存在していて、そのどちらかを体内に取り込み引き継げば、晴れて父は人間に戻る、ということらしい。
そう、森嶋命。うちが嫌いで嫌いで仕方のない人物。才能だけでアイドルになった人物。一瞬で一次二次を通過した人物。笑っているだけで万事うまくいく人物。
水色髪の男は言った。
「命という少女。彼女は起源「魅了」から派生する何かしらの権能を持つ存在。けどね、ただそれだけなんだ。『起源』とはその人の“特性”――“シグニチャー”みたいなイメージでいいかな? 生き方であり、性質であり、人生の方向性なんだ。その人の“象徴”と言ってもいい」
「つまり……ミコは異能とは全く別の、その『起源』という方向補正の力のおかげでアイドルになれたってこと?」
だとしたら、うちの8年は本当になんだったのだろうか。
「そうなるね。しかも彼女はまだ助走段階。いずれ世界に名を馳せるアイドルになるだろう。『起源』とは世界の理を司る、マナによる『現象の不都合』『エネルギーの均衡崩壊』、それらの帳尻合わせのためのシステム」
そんな話、どうでも良かった。
「雫ちゃんにはこれから、それらの九神から起源宝石を奪取するための作戦に入ってもらうよ。今不可侵な起源『歌』『空』、そして『雷』の表裏の二つは無視。居場所を特定可能なのは『魅了』『不死』『王』。あとは行方不明。一応、魅了がターコイズ・トルコ石、不死が宝石言葉通りエメラルド・翡翠。王が不屈のダイヤモンド。全てで12個あり、誕生石になぞら―――」
「―――分かりました。その作戦に参加します。そして全力を尽くします」
起源の話なんてなんでもいい。もう飽きた。
「そうか、いい子だね」
さぁ。うちがいい子かは分かんない。ま、そりゃあんたにとっては都合のいい子かもね。
けど、すべてがどうでもいいだけなんだ。ほんとは。
「ただ、条件があります」
静かに言い放った。
「条件? 何かな雫ちゃん?」
一瞬男が顔に緊張を走らせる。
「うちの父を人間に戻すことと、起源『魅了』の起源宝石をうちにください」
言うと数秒沈黙する男。何を考えているか分からないアクアブルーの瞳。
流石に欲張りすぎたかな……。
そう思っていると。
「ふっ……なんだ、そんなことか」
男は笑った。その色気ある凶暴な笑みが少し怖かった。
揺れる水色の髪。こんな日本人は普通いないと、今更に思った。
「もちろんさ、約束するよ」
「そうですか。ありがとうございます。なら、怪しいあなたについていきます」
うちは惰性で承諾した。
「ただし、起源宝石を引き抜くとは――すなわち使徒の死を意味する。簡単に言ってしまえば、九神である人間は自身の宝石を完全に抜かれると――死ぬ。つまり君は人殺しに加担することになるけど、いいのかな?」
彼はその微笑みを継続したまま告げた―――。
「はい。構いませんよ。全ては理不尽に打ち勝つためです」
最近、投稿が遅れてごめんなさい。
確定で見てくれている人がいるので何とかモチベを保ち書いている感じです(笑)。といっても全然まだまだ続くんですがこの話。
正直結構きつい感じで書いてますが、最後まで書きたいなとは思ってます。「青の境界」最後のセリフが凄いとプロからも評価されたほどなんでね。
早く伏見旬を暴れさせたい、統也を暴れさせたいと思っていても、まだ敵を倒しちゃいけない段階なので……。
一応次の章がストレスの最大頂点で、おそらく読みたくなくなるくらいな最悪展開を用意してますが。その後、統也無双、茜などもバンバン出てくるかなと言った感じです。
長々とすいません。
つまり、何が言いたいか。
頑張ります。
そしていつも読んでくれている方、本当にありがとうがとうございます。




