ダークテリトリー調査「到着」
*
オレと翠蘭は、ネメがいるであろう戦場に辿り着いた―――。
激しく燃え上がる炎のままに暴れる大輝と、ほぼ動かない、鈴音のような不動を貫くネメ。
遠目にも二人が戦闘しているのが分かった。
しかし――。
「戦闘しているといより、大輝が一方的にマナを消費しているだけだな」
「ええ、あの様子では大輝さんの影人化、もうじき解けます。ですが……妙ですね」
「オレもそう思った。同じ内容を考えているかは分からないが」
「ネメさんの目的は糸影と女影の保護。時間がない彼女にとってこんな所で油を売ってる暇はあるんでしょうか」
「さあ……分からない。考えても分からない事を思考している暇はこっちにもない。取りあえず呪詛『隠密漂』でヤツに近寄る。脳波交信でオレたちが向かっていることはネメにバレているだろうが、タイミングは隠せる」
「了解です」
要は、女影の前でネメの所へ向かうという意味の話をしている以上、脳波による思念の伝達で成せる会話、それで情報が洩れているだろうということ。
隠密漂という気配を殺す呪詛を体に付与し、里緒の元へ向かった。ヘアピンのマナで繋がる彼女の元へ。
*
「統也ぁぁぁぁーーーーーーー!!!」
オレは、そう叫ぶ雪華の背後へ瞬身で飛び、彼女の肩を抱く。ふらついていたので仕方なく右手で彼女を支える。
「雪華。そんなに叫ばなくてもここに居る」
耳元で言うと。
「へ?」
疲れ切った顔で、拍子抜けした声と共に振り返る雪華は意味が分からないという表情をしていた。
瞬間、大輝とネメの間に降り注ぐ三本のエネルギー剣。緑を光らせ、地面に鋭く刺さる。翠蘭が出したものだ。
「え? 統也と委員長!?」
「は、どうして? 女影捕獲任務は?」
リカと雫も意味の分からなさに耐えられず驚く。
時を同じくしてオレは青い檻を展開していき大輝を監禁する。
檻は本来三つまで展開可能だが、諸事情でオレの場合二つまでしか展開できない。つまり演算的にはギリギリ。
「統也……!? どうしてここにいるの?」
動揺を隠せない顔で聞いてるくる雪華を無視し、血だらけで横たわる里緒と真昼を浄眼で見る。
瞳を青めて、見る。
そうか。マナの気配で分かってはいたが、やはり……。
「すまない真昼」
この子はもう無理だ。完全に死んでいる。心臓が動いてない。
里緒の方は腹部損傷に大量出血。でもそれだけっぽい。
里緒は何故か腹部を怪我しやすいな。
だが―――――間に合った。
良かった。君が生きててくれて。
里緒の生体情報――確認。有機構築材料――決定。
DNA情報――複製。生体細胞――復元。
全工程完了。
発動――――『再構築』。
「え!? 里緒ちゃんの怪我が……治っていく? なにこれ……どうなってるの?」
この「再構築」について知っている人間は極めて限られているからな。
オレはそれも無視してネメの方を向き、数歩進む。同じく隣を並んで歩いてくる翠蘭。
すると正面からネメが。
「マフラーに青い瞳……初めまして名瀬統也くん。私はネメ。……あなたにずっとお会いしてみたかった」
そう告げてくる両目を瞑った低身長の女子影人。
コイツが例の―――「ネメ」か。
「冗談だろ。オレはお前に会いたくなかった」
言い放つと獰猛な笑みでこちらを見てくる。
「それは至極残念です」
「どうでもいい。それよりお前、こんなところで休んでていいのか? 時間、ないんだろ?」
顎を突き上げ煽るように尋ねる。言いながらマフラーを外し、構える。
「し……女影から聞きました。あなた方がこちらへ向かってくれたおかげで時間に余裕が出来たのです。ご理解いただけますかね? この理屈。……前もって、私の邪魔をする存在はほとんど消しました。問題は糸影の保護ですが……紅葉さん……あの人、詰めを誤りましたよね。異能『糸』を発動する糸影には統也さんを担当させるべきでした。異能には相性というものがありますから」
確かに「御三家・三つ巴の原理」によれば『糸』の弱点は『檻』。だから「糸影」の弱点は「オレ」。
だがそんなこと、紅葉は分かっていたはず。
そしてコイツが今言っている内容―――。
オレ達が女影の拘束・監禁を中止したため、助けに行く必要が無くなったというわけ。
それは分かるが、糸影の方は放置なのか? ネメの行動的に、糸影の加勢に行くようには見えない。……つまりそうか、逃げの算段が付いてるんだな。
だとしたらコイツ、こんな所で何してる? まさか本当に油を売ってるわけではないだろう。
オレはゆっくりと首を動かし、檻の内部にいる大輝を見た。
そうか……大輝を回収しにきたのか。でも……だとしたらなんでさっさと回収しない。
大輝が影人化して暴走中だったとは言え、ネメなら容易にそれを達成できるようにも感じる。
「お前、なんでさっさと大輝を回収しなかった? オレがこの場へ来る前に、手短に回収を完了することもできたはずだ。違うか?」
何か深い理由があると思ったのだが。
「……さて、何故なのでしょうか。自分でも至極不思議に思います。多分、あなたに会ってみたいという単純な欲求が強すぎて、自分の信条に反した行動を取ってしまったのでしょう」
コイツ、何言ってるんだ?
「本来であれば早急に黒羽くんを回収してそれで終わりだったのですが、あなたがここへ近付いていると女影から聞きまして」
「よく分からないが一応言っておく。お前、オレの里緒をこんなにしておいて……覚悟はできてるんだろうな?」
「あらあら、空間の王様も堪らず激昂ですか。しかし今のあなたは弱い。わたくし、知ってるんです。他の人が近くにいると、あなたは弱くなる」
これはこれで面倒だ。
確かにオレは他人が近くにいる状況では本気を出せない。空間ごと他を巻き込むからだ。
「たかが影人が。調子に乗るなよ」
オレは、檻の中で暴れる大輝を尻目に瞬身でネメの元へ移動する。
「はや――!」
ネメは驚く。オレの速さに。
オレは檻を付与した青く光るマフラーで斬撃を繰り出す。鋭く一線。かわせない神速で。
ほぼ絶対的に「攻撃を跳ね返す」ヤツにとっては、ことさら意味はないのだろう。
ただ感覚を知りたい。どういう風に跳ね返すのか。それを浄眼で確認しておきたい。
振ったマフラーが彼女に触れる手前、急激ともいえるタイミングで方向反転するマフラー。
カキィィィィィン。
そう―――こっちの斬撃が跳ね返った。
次にネメは眼前の空間をデコピンするような動作でその場にあるであろう空気を跳ね返し、空気弾をこちらにぶつけてくる。
オレは瞬時に瞬身を使い、瞬間的に翠蘭の元へ後退回避。両手を前に突きだし追ってくる空気弾を『檻』の障壁一枚目の前に展開、防御する。
空気弾が檻に衝突したと同時、あたりを衝撃波が襲う。荒れ狂う激しい爆風。
「んんん! 凄い衝撃……」
雪華が言う。
「おいおいお前ら……人間の領分で戦闘しろよ……人外どもが。速すぎて何も見えねー」
リカは半ば文句を垂れる。しかしあまり元気がない。
おそらく原因は大輝。
見かねて言う。
「安心しろリカ。大輝はもう大丈夫だ」
「は?」
青い檻の中で壁を攻撃し続けていた大輝が力尽きたか、体から大量の光蒸気を上げながら倒れ込むのが見えた。
まあ、どっちみち大輝の影人化は解ける。そういう風に『檻』に細工した。
「……その話か。……ありがとな、統也」
リカもオレにならい『檻』の内部の大輝を恐る恐るといった雰囲気でチラ見する。
人間に戻り、肌が正常色に戻っていく大輝の様子が見えることだろう。
オレはネメから視線を外さず話す。
「な? 問題ないだろ? 『檻』を通過する太陽光を弄って、それで大輝の影人化を解いた」
「ん……よく分かんないけど、ありがと……。大輝を助けてくれて……」
「ああ」
それより。
「翠蘭」
オレは左隣の彼女へ呼びかける。
「あ、はい。どうかしました?」
「リカ達をそこにある廃墟に退避させてくれるか。頼んだぞ」
その辺の大きめのビルを指差す。
「……それは分かりましたが、どうするつもりなんです? ネメ相手に……」
「少しやり合ってくるだけだ」
それだけ言う。
現在のオレはどんな顔をしているだろう。
真昼を殺され、隊が崩壊しかかけていて、裏の任務――「影人捕獲」も失敗しようとしている。
そんな今、最後に足掻けること。
「なるほど……たとえ無意味と分かっていても、完全に無に帰するのは避けたいのですね。分かりました。でも、気を付けてくださいよ」
「ああ。まあ何とかなるだろ。―――『反転』―――この浄眼で見た感じ、どんな異能かはほぼ分かった。対抗できるかは別問題だが」
翠蘭はそれを聞き、少し驚いたような顔を作った。
実を言うならネメの異能『反転』を、浄眼による解析で完全に看破していた。どんな原理かも理解した。
「まあ……痛み分けくらいにはしてやる。そうだろ―――? ネメ―――――」
言った瞬間、オレは空間の収束「瞬身」で、遠めに居た彼女との間合いを詰め、マフラーの斬撃を加える。
「はっ――――はや!!」
目を瞑ったまま驚く彼女は下がりながらも急ぎ『反転』を体に展開した。その様子がマナを視認することでよく見えた。
彼女は、空間を切り裂くマフラーをその『反転』原理により跳ね返してくるが。オレはすぐさま彼女の腹を渾身の力で蹴り上げ、空へ吹き飛ばす。
「かはっ!!」
明確に吐血するネメは、凄まじい勢いで空中に飛ばされ詳細も知らないビルの屋上で何とか着地する。
「ああ……やっぱりお前、同時に二度は反転できないんだろ? もしくは数秒間のインターバルがある」
「な――――いつの間に後ろに??」
オレは瞬間的に屋上へ移動し、彼女の背後から話しかけていた。
「さあな」
『蒼玉』
ネメの背中。ゼロ距離にて放つ収束する青い球―――――。
無数の青い光波に、空間を吸収する藍―――――。
だが流石に反転されてオレ達の後ろの方へ跳ね返る。
なるほど、背後からの攻撃も反転できるのか。
ネメは素早く振り向きながら、数度のステップのあとバク転して下がる。
蒼玉の攻撃はというと、カキンと跳ね返り、そうして背後にある建物にぶつかった。当然建物の壁は破壊され、大きな穴が開く。
爆風と衝撃波。伝播する衝突の波により、隣接する建物の窓ガラスさえ割れていく。
「凄い破壊力。アレの反転に失敗し、直に攻撃を受けるとどうなるのです?」
「さあ……死ぬんじゃないのか?」
「……どういう意味で仰ってます?」
明らかにネメが動揺しているのが分かる。
「そのままの意味だ。それよりいいのか? オレが蹴った部分の内蔵を修復しなくても。表面を再生したってあんまり意味ないだろ。痩せ我慢すんなよ」
浄眼で見えているのだ。コイツが至急、さっきオレが与えた腹蹴りの損傷を自己再生能力で修復していると。
冷や汗をかいているのも分かる。
「……はは……派手な余興ですね」
苦笑いを浮かべ、苦し紛れに述べてくる。
「お前、調子乗ってると死ぬぞ?」
マフラーを手に取り斬撃する。反転されつつも繰り返し攻撃を仕掛ける。
へえ、さっきは油断していただけか。インターバルと呼べるほど『反転』における発動間隔は無い。
それに。とりわけ謎なのは、コイツ目を瞑っているのに対象を認識できている。
瞼があっても視界が通ってるのか。
いや……特殊な目を持っているか、それとも脳波による反響定位か。大体そんな感じだろう。
「つまり? 何が仰りたいのです?」
「お前の異能は既に見破った」
その時、繰り返していたマフラー斬撃を一回、強めに反転してくる。その反作用でオレから適切な距離を取るネメ。
屋上の風が気持ちいい。などとオレは考えていた。
「本当かは知りませんが初めてです。こんなにも早くわたくしの異能原理に気が付いたのは。おそらく……エミリア・ホワイト以来」
「エミリア以来?」
故人エミリア・ホワイト。オレと同じく『権能』と『異能』の二つを有する女性で、異能王家一族「ホワイト」の中の栄光。
異能『光』を使いこなし、オレと同じ眼――『浄眼』を持ち、旬さんと唯一渡り合えた存在。
―――「あの人」は本物の伝説級異能者。
「何の話かは知らないが、驕るなよ? お前はただ『近づいてくるベクトルを反対方向にしているだけ』―――『ベクトル反転』……逆ベクトル化ってとこか。もっと言うなら近づく方向を正に仮定、攻撃というベクトルにマイナスをかけて反転、結果的に跳ね返しているだけ。そういう虚数域の異能、『虚数術式』なんだろ?」
浄眼で分かることはここまで。
「恐れ入ります統也さん、わたくしの『逆術式』の説明……概ね正解。見ただけでそれが分かるのですから、本当に恐ろしい限りです。……しかしながらクールな人物と聞いていたので意外とも思っています。今日はよく喋るのですね」
「オレは割とお喋りだ」
こちらが言うと彼女は微笑んで、なんらかのマナ操作をする。そんな様子が浄眼に映る。
彼女の体内のマナが不穏に作動したのだ。
ん? なんだこのマナの挙動。
「お前、何してる? そのマナの操作、異能発動じゃないな。何をする気だ?」
彼女はそれに答えず気味悪く笑った。人を殺した罪を、一ミリも反省していなさそうな顔で。
「……あなたと会えて楽しかったです。また今度殺し合いましょう。……ですが今日のところは、そろそろお別れの時間です。次に会うときはあなたを殺せるようになってから来ますよ。というよりその時、あなたは『全てを失う』でしょう。それをお忘れなきを」
コイツ、何言ってるんだ?
「そもそも……そう安々と逃がすと思うのか?」
「……あなたにとっては残念でしょうが、私は確実に逃げることが出来ます……ので。さよなら、です」
この自信満々な言い方、コイツも逃げの手段は持ってるのか。
そう思った瞬間、ネメは指をパチンと鳴らす。それと同時、目の前から瞬間的に彼女の姿が消える。謎に舞い上がる桜の花びらと共に。
「マナで構成された花弁の幻影?」
……『桜迷子』か。
割と逃げるのが上手だな。
でも、最後の。これはネメの能力じゃない。
さっきのは『桜迷子』という呪詛の能力。桜の花びらが散る特殊な領域結界で、一定の人間から対象の認識を完全に阻害できる。ただし予め展開しておく結界の詳細設定が非常に複雑で、一流の古式異能士にしか展開できない。
原理的には「桜が舞い散る幻覚を見せ、それに認識を誘導」。簡略的に言ってしまえばミスディレクションのセオリー。
だが一つ、これで分かったことがある。
当然のようにネメには逃げられた。
まあ、元から逃げの画策があるとは思ってた。無策でここへ来るにはあまりにも暴挙。オレを倒せるとも思っていないだろう。ただの遊びと時間稼ぎって感じだった。
ネメが撤退したということは女影と糸影も、だろう。
しかし―――。こうもあっさり逃げられるとは思っていなかった。
何故なら、こんな風に『桜迷子』の結界が張られているなどとはオレも想定していなかったからだ。
というよりオレの眼でも見抜けないような精密な隠密まで付与した『桜迷子』の結界。
こんなことが出来るのは、オレが知る限り一人しかいなかった。
信じたくないが、矛星内部の内通者の正体が―――誰か分かった。
―――――だ。




