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ダークテリトリー調査「選択」




  *



 現在オレは女影(めかげ)を完全監禁した『檻』へ歩いていく。隣からは遅れて翠蘭がついてくる。

 青い立方体に囲まれ成す(すべ)のない女影は、身体に開いた大きな穴を再生中だった。プラチナダストという光の蒸気を傷口から上げながら。


 ここまで身体に穴が開いていても内部の紫紺石が破壊されないということは位置を腰辺りに変更しているんだろうな。

 こういう風に紫紺石(じゃくてん)の位置をずらせるのが知性影人(コイツら)の強みだ。


「さて、女影(コイツ)をどうするか」

「どうするか……というと?」


 独り言に反応する翠蘭。


「オレが即席発動するこの『檻』は基本維持力に欠ける。理由は察してくれ。()()()』の性能維持に演算能力を全振りしているせいだ」

「はいはいなるほど……そういうことですか。だから杏子さんや白愛(はくあ)さんより通常『檻』の展開時間が短いのですね。やっと納得のいく理屈を知れました」

「ああ」


 納得の声を上げてはみたが。


「というか翠蘭、オレの妹・白愛のことを知ってるのか?」

「ええ。妹だとは知りませんでした。ただ白愛さんは名瀬一族の超越演算者(アベレージオーバー)ですよね。里緒さんと同じ」

「……そこまで知って―――。翠蘭、お前本当に何者なんだ?」

「さあ………」


 そう言ってそっぽを向いたかと思うと、神妙な面持ちを見せる。


「私は、異能という不思議な力をこの世から消し去りたい、しがない先祖です」


 何の話か分からないが、話の方向を逸らすのも一級、ということにしておこう。


「まあいい、話を戻す。オレの檻のことが理解できれば言いたいこともおのずと理解できるだろ」

「……はい。女影を監禁しているこの檻の展開を持続するには術式で細工するか他の用途が必要、という話ですね?」


 流石翠蘭。ほとんど説明しなくても詳細まできっちりと内容を理解してくれる。まるで茜と会話しているようなレベルだ。

 茜もオレの思考的概念をよく心得ているからな。

 ふとなんで茜のような赤の他人がオレにあそこまで親身になってくれるのか、という疑念を抱いたが無視する。

 こういう風に(たま)に茜が脳裏によぎることがあるがこの心理現象は一体なんだろうか。


 まあ今は目先のことに集中しよう。


「以前統也さんが言ってましたよね。『エネルギー保存則の観点から継続的な檻の展開は難しい』と。例外があるとしても『封獄』だけだと」

「そうだ。つまりオレの檻は通常約30分で半強制的に解除される。蒼煉(そうれん)監禁『封獄(ふうごく)』という術式があって、それで半日閉じ込めることも出来るが、それをやると今度この場で半日中過ごすことが確定する。不可能ではないが結構難儀な状態だ」

「なるほど、困りましたね。少し考えますか」


 彼女は右のシニヨンを弄る。シニヨンとは頭にある「お団子」のこと。

 おそらくこれが翠蘭の癖なのだろう。


「今すぐにでも女影(コイツ)を尋問したいが、そのためにはリカが()る。彼女が居ないと言ってることが嘘か本当か分からないからだ」

「ええ、ですね。それにマナ音声だと彼女(リカ)の『虚実の識(ライリーアイ)』が通用するかも分かりませんので、女影を人間に戻す必要があります」


 ここで一つの疑問を投げてみる。翠蘭なら知っていそうだしな。


「影人になってるヤツを人間へ強制的に戻す方法があったりするのか?」

「まぁ、無くはないですが……」


 若干歯切れが悪くなる。


「それはどうやるんだ?」


 数秒沈黙後。されど数秒。



「―――朝日(あさひ)です」



 翠蘭は真面目な顔でそう一言答える。


 ん?


「朝日?」

「ええ、端的に言いうと“黎明”の時間帯に()()()()が必要なんです。本来影人化は、単純な『時間制限』か『自身の形態解除』という形式でしか影人化が解けません。しかし一つだけ例外があります。それは()()()()()()()()です。太陽から出るマナ光を特別に強く照射する日の出、その時間帯の太陽光で影人化の強制解除ができます」


 ……そうだったのか。

 以前玲奈と女影を追っていた時、あと一歩ヤツを捕まえれなかったという事があった。

 巨大なマナ水晶を地面から顕現させ、それで正面を防いだ際に逃走したわけだが、あの時彼女は人間に戻り、街の人間に混じることでオレの浄眼()を掻い潜った。

 しかしヤツは意図的に影人化を解除したのではなく、朝日を浴びて人間へ戻っただけだった、ということになる。

 要はあの時女影(コイツ)は相当追い込まれていた。朝日を受けて人間に戻るタイムリミット目の前だったのだから。

 人間の姿を見られる一歩手前だったのだから。


「やはり詳しいな翠蘭。CSS(シーズ)四体を葬っただけはある。以後CSS(シーズ)博士と呼称する」

「誉め言葉として受け取っておきます」


 黙って頷くと。


「ですが……CSS博士はやめてくださいね」



 彼女が言ったその時だった。




 ジュィィィィィィィィーーーーーーーーン!!!!!




 遠くで紫色の怒涛発光が見えた。瞬間的なフラッシュのあと、数度煌めくようなイメージで。

 落雷のような轟音と共に。激しく地響きが。



「なに? 紫の発光?」


 しかも結構近い? 陣形中央内か。


「統也さん、あれは……まさか――――――」


 この瞬間オレと翠蘭は検討の末同じ結論に至ったのだろう。

 数秒後、同時に言う。


「――大輝か」

「――大輝さんでは?」


 だがどういうことだ……。一体何があった? 


「しかもあの方向……里緒と真昼が担当しているエリアじゃないのか」

「そうです。それは間違いありません」


 時を移さずオレは浄眼を発動し、里緒と真昼がいる方を透視する。練習による成果か透視有効距離が延び、かなりの遠距離でも視認できるようになった。

 だから結構な遠くでも状況が()えるわけだが―――――。


「ちっ……」


 ―――クソが。

 オレにとって忌々しい状況が見えた。

 舌打ち後そのまま里緒と真昼のいる方向へ走りだす。翠蘭からしたら意味の分からない突然の行動だろう。

 


 しかし。



 ボワッ―――――――パシュン!



 オレの行く手を阻むように、緑の(ころも)エネルギーが中国剣状に変形後、廃墟道路に刺さる。

 第二定格出力「魂霊(こんれい)」のマナエネルギー。エメラルドグリーンに輝く剣が。


「どこへ行くのです?」


 背中に問いかけてくる翠蘭の声は心なしかいつもより少し刺々しかった。


「オレは今すぐに行かなきゃいけない場所がある」

「統也さんが向かおうとしているそちらは里緒さんと真昼さんがいる方角ですよね? 今私達の任務は女影を確実に捕らえること。違うんですか?」

「いや、違わない。だがオレにはその任務より大切なものがある。そのためならオレは左側部隊員の犠牲さえ無駄にする」


 言うと目付きを強める翠蘭。彼女にしては少し、いや、かなり珍しい目力。あまり見せることのない表情。

 緑の強い、眼光。

 どういうわけか翠蘭は不意に里緒と真昼の担当エリアを見る。


「……向こうで何かあったんですか?」

「ああ、静名真昼が死んだ。そして里緒が瀕死だ。多分あと数十分で死ぬ」

「えっ………」

 

 これにはさすがに驚く様子を見せる。


「それだけじゃない。大輝が影人化している上に、見たことない未登録のCSS(シーズ)、おそらくネメがいる。このままでは大輝を失う可能性がある」

「ネメ? そうですか……やはり来ましたか。なら確かに……そうですね。失うかも知れません。ですが私達は女影の捕獲が任務。里緒さんたちは担当の任務に失敗した。ただそれだけです」


 この翠蘭らしくない発言で分かったことがある。

 何故か翠蘭は女影を相当捕獲したいらしい。何故かは分からない。影人という存在を捕まえたいだけなのかもしれない。目的は不明。よく分からない。

 だが確実に女影を(とら)えたがっている。そこに何か大きな執着があるようにさえ見える。

 そもそも過去の彼女がCSS(シーズ)を四体も始末した理由、経緯を知らない。単に襲われたのか、何か別の契機で戦ったのか、それさえも不明。


 だがその翠蘭も私情。ならばオレも私情。


「悪いな翠蘭、オレは行く」

 

 そう言って走りだそうとすると。


「駄目です――」


 翠蘭のその声が聞こえたと同時、数十本にのぼるエメラルドのエネルギー剣が一気に降り注ぎ、オレの行く手を阻んだ。直後地面に刺さる。


「統也さんあなた、今自分が何をしようとしているのか理解していますか? ……あなたがこの場を離れれば女影を監禁する檻の維持は容易ではないでしょう。訳せば―――()()()()()()()。『封獄』の術式細工をすればしたで、今度はダークテリトリーでの半日滞在が決定する。それは難しいでしょう。でも不可能ではありません。それに、他にも方法はありますよね。今あなたにできる最善は30分おきに檻を代わる代わる展開して女影を逃がさないことです。―――違いますか?」


「違わないな」


 オレは静かに、冷淡に答える。


「私は何か間違ったことを言っているでしょうか?」

「いや言ってない。何も間違っていないだろう」


 言いながら檻の内部にいる女影を見る。既に身体が全修復していた。


 だが本当に珍しい。こういう荒れた翠蘭は。

 いつもは穏やかな性格の、物腰が柔らかい女性だからだ。


「ならその身勝手な行動を止めてもらえませんか、統也さん。今すぐに引き返してください。確かに里緒さんは特異的で優秀な人材です。特にこの先の未来、必ず役立つ存在になるかもしれません。それは私にも分かります。ですが諦めてください。この局面、女影を捕まえる方が幾分も重要です」

「いや、どっちにしろオレは『封獄』を使わない。だから同じことだ。女影は諦める」

「はい……?」

「オレが『律』という技で使ったマナが()()()()。この状態でもし『封獄』を使えばもう()()()()消費、すなわち合計でマナ保有量の()()()()を消費する。その時点で里緒を救えなくなる。何故なら『再構築』を使用するためにはオレの体内マナ半分が必要だからだ」

「統也さん……?」


 なんでだろうか――。

 その理由となる根幹が不確かなままオレは今行動している。

 翠蘭の語っていることは何も間違っていない。今の弱った翠蘭一人で現在の、能力を上げた女影を抑えるのは厳しいだろう。正論。至極正しく、至極真っ当な話。


 オレもその『正論』という理論に従い生きてきた。それを捻じ曲げず生きてきた。


 でも。


 オレは。里緒を死なせたくない。

 今。心の底からそう思っている。

 それは翠蘭が言うように正論ではない。明らかにおかしい。

 だが―――もう周りの人が死ぬのは見たくない。たとえインナーでも。

 里緒は絶対にオレが守る。


「―――オレは行く。矛星(ステラ)としての任務を放棄して里緒を助けに行くことを身勝手な行為、無責任だと言うなら、オレは生涯ずっと無責任でいい」


 さらに眉間にしわを寄せる翠蘭が尋ねてくる。


「いいんですか本当に。……後悔しませんか?」



  *



 数か月前、オレの誕生日――12月12日。午後7時頃、オレは里緒と札駅近辺へ出かけていたのだ。


―――「あたしね。統也と異能訓練してるとき、帰りにショッピングするとき、話してるとき、隣を歩いてもらってるとき、触れてもらってるとき………全部が幸せなんだ。ちょっと怖いくらいに」


 はにかみつつも可愛らしい微笑みでオレの手を勝手に取り、勝手に繋ぐ。

 瞬間柔らかい手のひらとその温もりをオレの手が感じ取る。ごつごつした男の手とは違い全体的に滑らかな手を。

 これだけで男としての理性が揺らぐ。人間とは不思議だ。


 一時期はこの里緒の「勝手に手を繋ぐ」行為を止めさせていたが、もう面倒になり流されるままになった。「ギアだからいいじゃん」というのが彼女の言い分だが果たしてそうなのか。


 恋愛とは原理的に変わっていて、相手を避けようと行動すればするほど追われてしまう。

 オレたちに当てはめれば。里緒はいつのまにか積極的にオレにこういう行為をしてくるようになった。


「でも統也最近、アイドルの森嶋さんと仲いいでしょ。あたし知ってるんだ。ほんとに最悪。あーーーーー!!」


 訳の分からない叫び声をあげる。


「そうか? 今まで通りだと思うぞ」

「ウソだ!」


 里緒はそう言ってプイとする。「ふんっ」といいそうな感じで。


「はたから見たらオレたち恋人に見えるのか」

「え?」


 話を変えようと聞いてみると、びっくりしたように隣からこちらを覗き込んでくる里緒。


「だってそうだろ。手を繋いでクリスマス時期に夜道を歩く。普通の人が見たらカップルに見えるんじゃないのか」

「う、うん……そうだけど……統也がそういうこと言うの、というか統也からそういうこと言うのチョー意外」

「ん、そうか?」

「うん、だって統也から言われるなんて思わないじゃん。……統也があたしの恋人………んふ」


 そこまで言うと何故か突然幸せそうに二ヤけ始める里緒。急に上機嫌になる。

 本当に分かりやすい。

 だが彼女はこれが可愛いのだ。


「嬉しいのか」


 一言訊くと。


「べ、別に何も嬉しくないし!」


 なるほど。これが俗にいうツンデレとかいう生き物なのか。なるほど可愛い。


「じゃあなんで幸せそうなんだ?」

「それは……だって……嬉しいじゃん。……って何言わせてんの! ずるいよ統也! もういい! 嫌い!」

「嫌いなのか?」

「……って言うのは嘘で……」


 恥ずかしそうにそっぽを向き言葉を訂正する。


「お前面白いな」

「むー!!!」


 そう言っていつものふくれっ面を見せた。



  *



 何故こんな時に思い出す。里緒との思い出を。


 まあ関係ない。

 女影か、里緒か。

 答えはもう決まっている。



「ああ、後悔はしない。これから里緒を助けに行く。あいつが死ぬ世界が正義だと言うなら、オレは喜んで悪になる。オレにとってあいつは、かけがえのない存在(ギア)なんだ。絶対に死なせない」


 一方的にオレの意見を聞く翠蘭は両目を瞑り、開けるという仕草をする。


「もしかしたらオレはこれで矛星(ステラ)を追い出されるかもしれない。懲罰、もしくは死刑になるかもしれない。だがもういい」

「決意は、固いんですか」

「ああ。オレを止めたいなら……力ずくで止めてみろ、という話になるが」

「いえ結構です。今の私では百負けますし、だいたいそんな無駄に時間を使えません」


 若干呆れ顔でため息を吐く。


「はぁ……分かりました、私も行きます。統也さんが行くなら、私も同行しますよ」

「いや、別に無理はしなくていい。『鳥居封印』とか使えないのか? もし使えるなら女影を少しの間封じ込めるだろ」

「弱体化した今の私にはできませんよ。加えて言うなら私一人がこの場に残っても、いずれネメが来るなら同じこと。戦力は分散しないほうがいいですよね?」

「そうだな」

「それに―――」


 言って翠蘭は静かに綺麗な挙措でオレの方に歩いてくる。ゆっくりと。そして、立ち止まる。

 そうして向かい合うオレと翠蘭。

 いつかもこうやって見つめ合った。その瞳を。ただ見つめ合った。

 その時は美しい翡翠の瞳だと思っただけだったが。

 今は少し違う。


「統也さん、あなたの選択を信じてみます」


「ありがとう翠蘭」


 


 そうして女影を横目にオレは翠蘭と共に里緒、雪華らのいる現場に足早に向かった。




 命拾いしたな女影。



 もしかしたらすべて雹理の作戦の可能性もあるが―――。 



 だとしたらオレは―――。




「鳥居封印」

……「炎霊」の高密度マナエネルギーで対象を包み、最後に鳥居状の「魂霊」で封印する技。しかしながら出力するエネルギー密度が極めて高く、使用の際相当の体内マナを消費するため伏見の人間でも扱える割合は少ない。

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