ダークテリトリー調査「約束」
*(大輝)
真昼と里緒が倒れる現場にて。雪華、リカ、俺、雫はその場に立ち尽くす。意味もあるのかないのか分からずその場につっ立っている。
え――――――なんだこれ? 感じた事のない脳波?
すると―――。
「―――あらあら……戻ってきて正解でしたね」
唐突―――。
神出鬼没で、前触れのない突然の出来事。聞いたことのない、優しい女子のような声が聞こえてきた。
「えっ―――――――誰!?」
リカはすぐさまその異様な声に反応し振り返る。
「っ―――――――!?」
雪華も焦るように反応する。薄水色の髪を揺らしながら反射で素早く振り返り、右脚を地面に叩きつける。
「第三氷霜術式『氷瀑』!!」
そうして出現する氷の結晶が逆氷柱状に床を這い、展開される。まるで氷の川のよう。その「優しい女子のような声」の主まで一直線に展開していく。
遅れて俺も振り向き、斜め後ろ、声がした方向を見る。
そこには―――――全身黒い肌である女子姿のバケモノが佇んでいた。ショートヘアの髪と瞑っている両目がよく目立つ低身長のバケモノが。
気味の悪い宗教的衣装をまとい、足音のならない歩みで徐々にこちら側へ近寄ってくる。
「……? 氷の展開方向が一律で正確ですね………なるほど『術式』ですか」
敵の女子影人は言いながら寸前で雪華の氷を塞き止め、反対方向――つまりはこちら側に氷を向け、止める。
まるで氷の展開が相手の身体に触れる寸前で逆方向になったように見えた。
「氷瀑が跳ね返った!? そんな馬鹿な! あなた……影人なのは分かるけど、何者!!」
雪華は水晶眼で睨み、威嚇を続けるがそれを無視するような相手。
「その特殊変形・氷の異能『霜』における『術式』はどこで覚えたのですか? 雹理様から?」
普通に喋っている影人は雪華に尋ねる。
「そんなこと教えるわけないでしょう?」
「そうですか……残念です。ですがもっと残念なのはあなたを殺せない事です。何故ならばあなたは雹理様の娘の一人」
「だから私を殺すなってあの男が言ったのかな?」
いつになくトゲトゲしている雪華が不愛想に聞くと。
「あの男、などと言うのはお止めなさい。仮にもあなたを創った父ですよね? 雹理様は」
「ふざけないで。私は、父がその辺の異能適性のある女と寝て作った、望まれない子ですけど? そんな壊滅的な家族状況でどう感謝しろって言うのかな?」
「そうですね……たとえばあなたが今息をしているのは雹理様があなたを創ったからです。仮に望んでいなくても。……そうですよね?」
敵の影人と雪華がそんな会話を繰り広げる中、俺はどうしてか全てを他人事として聞いていた。
雫は緊急事態の信号を、腕に付けている時計型通信機から誰かへ送っている。おそらく二ノ沢紅葉へと送っている。
リカは少しずつ後ずさりし、敵の女子影人と距離を取る。
そんな全体様子を平静に見れる。ただの出来事として受け入れられる。
そう―――――真昼の死よりは受け入れらるからだろうと思う。
俺は正面にいる女子影人を見る。ゆっくりと。
何故なんだろう。俺は今、全然怖くない。
これが……正面のこいつが影人だと明確に分かっている。これが世界を破滅に追い込んだ怪物の一種だとも知っている。
それでも何も怖くない。恐怖という言葉の「きの字」さえない。
自分自身がこの怪物と同じ存在だからなんか?
いいや違うだろーな。
「私達を襲えっていうのも、あの男の指示?」
と女子影人に聞く雪華。
「さあさあどうでしょう、少しは自分でお考えになっては? すぐに答えを求めないでください」
「真昼と里緒をこんなにしたのは……あなたなんでしょう?」
「誰ですかその人たちは? マヒルとリオ? ああ……そこに倒れている二人の女子さん達ですか? それならそうですね、攻撃してきたのでやむを得ず対処しました」
やっぱりこいつだったんだ、俺はそう納得していた。怒りを体に充填させながら。
「どうして……こんな――」
「どうしてって……? ですから攻撃されたのでやり返したのです。人間もよくやるでしょう――報復――という愚行。そうして愚かな『戦争』という同族同士の争いを繰り返し起こすのです。やった、やられたを理由に永遠と。本当に理解しがたい、気持ちの悪い生き物です」
いやいやお前もだろ。お前も本体は人間だろ。
こいつは人間を断罪する神にでもなった気分なのか?
その方が百倍気持ち悪い。
「それに、この世がより良くなるためのただの慈善活動とも取れます。要らない人間二人を世界から間引いたのですからね。……といっても霞流家の波動女子はまだ息があるようですが」
は―――? 間引き? 慈善活動? ―――こいつ、何言ってんだ?
「そして真昼と里緒の二人を無力化してこの場で待ち伏せしてた? ……いや違うよね? この場に戻って来た、引き返してきたって風に見える。目的は何かな?」
「ですからすぐに答えを求めようとしないでください白夜雪華さん。少しは考えてからものを言いましょう。せっかちなところは少しも雹理様に似てませんね」
この、女子姿の低身長影人、何様なんだ? さっきから全部上から目線。人を平然と殺しておいて。
ガチで気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
膨れあがっていくどす黒い感情。
「こいつを殺したい――――――――」
気づいた時にはそう口走っていた。
「え……大輝……?」
不安の混じった声で訊いてくるリカ。しかし俺はリカを見ない。
駄目だ。頭が上手く回んない。
殺意が身体中を巻く不思議な感覚。
死体となって横たわっている静名真昼を見てみる。その行為に特別な意味がなくても。
*
―――彼女は優しかった。
一週間ほど前のこと。矛星座学教室の掃除中、俺が不本意ながら影人化を成功させてしまった昼頃の事件。
そのとき大鎌を持った真昼に攻撃されかけたが、統也がマフラーで止めてくれた、その後のことだ。
―――「ごめん、私ずっとあなたが敵なんじゃないかって思ってて……ずっと疑ってた……」
正面で謝る真昼。申し訳なさそうな顔を隠すことなくこちらへ向ける。
「いやいいよ。仕方のない事だとも思うから」
雫さんが身体を再検査をしてくれたおかげで、俺の言ってる言葉が事実だと認められ、故意に影人化したわけではないと理解してもらえたのだ。
「ありがとう……そう言ってくれると少し楽になる。……でも普通思わないでしょ。心臓部に内蔵される紫紺石にほうきの先端が食い込んで、結果物理的刺激が送られた―――なんて」
「うん……確かに」
俺は俺なりに納得した口調で言ったつもりだったけど。
「いや、やっぱりそれも言い訳だね。私が悪いよ。全部全部」
「え……そんなことは……な――」
「――あるよ。結局統也みたいに冷静になれなかった。統也はきちんと大局を見据えてた。でも私の方は……怯えてたんだと思う。大輝、あなたに。影人化できるというあなたの存在に」
そう言って目線を逸らす真昼は続けて喋る。
俺はそれを黙って聞いた。
「でも、もう分かったよ。頑張ってあなたを仲間だと信じるから。仲間だと思えるようにするから――って変な言い方だね……でも必ずあなたを信じたいって今はそう思うから」
言うと、思いっ切りに笑う真昼は逸らしていた目線を俺の目に合わせる。
「だから大輝も……私を仲間だと思ってほしい」
「うん」
いいなこういうの。嫌いじゃない感じだ。
俺は学校でも適当に陽キャの群れに入るばかりで自分が特別だなんて思う暇はなかった。あんまり自主体で考えたことがなかった。
それでも今は俺のために色々苦悩してくれている真昼がいる。リカがいる。統也がいる。里緒がいる。みんながいる。
「約束だよ? ―――影人化は最高戦力の統也の前でだけ許可する。そして最終手段―――って」
真昼は言いながら右手小指を俺の方へ出す。明らかに「指切りげんまん」のポーズ。
恥ずかしかったけど俺も右手の小指を出し、彼女の小指と絡めた。
そうして指切りげんまんをした。
「分かった約束するよ。俺は必ずその約束を守る」
「うん! 信じてるからね」
首を傾げながら微笑む真昼が言った―――――。
*
そうして現在の俺は右手の小指を眺める。彼女と、真昼と繋いだ、約束した小指を。
「ごめん真昼。その約束は――――――やっぱり守れない」
折角雪華が俺を逃がすための時間稼ぎとして敵の影人と話を続かせていた。
どうせやつの狙いは俺。そんなこと知ってた。分かってた。
ここにいる全員が知っていることだった。
つまり俺が逃げるための時間を稼いでいた雪華。
だけどごめん。
俺は心臓部に手を当て、そのまま一歩また一歩と相手の女子影人へと近づいていく。黒い肌、低身長、瞑った両目、ショートヘア。人間なら普通の容姿なんだろな。そんな相手に近寄っていく。
「――ちょっ!? 大輝?」
俺が歩き出したのを見て、慌てるリカ。可愛いなこんな時でも俺の彼女は。
「待って……! 何をする気!? 大輝……真昼との約束忘れたの!?」
ここまで黙っていた雫さえも慌てふためく。
だが全て外部からの声。
たまに聞こえてくる幼馴染・陽子の声とは違う。俺の脳内に記憶や曖昧な概念として流れる内部からの声。
俺の精神に縛られた陽子が言う。俺の精神に入り交じっている陽子が言う。
――――「いいよ大輝……成れ。影人に。そしてアイツを殺れ。殺せ。殺しまくれ。……私に全てを預けろ。マナのコントロールは私がやっから……な?」
そう聞こえてくる。
なんだろ。この陽子の声は俺の創作物、妄想や幻想ではなく、彼女の一部の思考が俺の脳内に潜んでいるような感覚。
現実の俺は道路上、徐々に歩く速度を上げ、走り出す。胸に手を当てて。
もうどうでもいい。
今はただただお前が気持ち悪いよ。ネメ。
なぜ彼女の名前を知っているんだろう。分からない。
いつかこいつを見た。人間姿のネメを見た。幼馴染・陽子の記憶を通して夢で見た。音芽という名前の女子。
今それを思い出した。こいつの名前は『ネメ』だ。
そうか、俺の胸の中にある紫紺石の所持者だった陽子の親友だったんだな。お前は。
その記憶を思い出した。唐突に閃きのような映像感が脳裏に焼き付く。
「どうでもいいけどなぁ!!」
ギリシア神話に出てくる、人間の分をわきまえぬ思い上がった言動に対する神の怒りと罰を擬人化したとされる女神―――――『ネメシス』ってか?
そんなんいたよな?
「ふざけるなよ気持ちわりぃ!!! お前は神でもなんでもない!! ただの殺人鬼だ!!!」
俺は心臓部―――紫紺石のある部位を力の限り右手で押す。肋骨がボキッっと折れるほど強く押し込む。
ジュイィィィィィィィィィィーーーーーーーン!!!!!!




