ダークテリトリー調査「ネメ」
*
約40分前の一方その頃。右側部隊後方。功刀舞花。
アタシがしばらく仕事である影人殲滅と中央への侵入妨害を目的として作戦行動を取っている最中だった。
「――――はい!? なんですの? もう一度言ってもらえます?」
「……いやね……だから、うちの隊も他の隊もいつの間にか音信不通。何故か全員と連絡が取れない。右側隊員だけなんだけど……」
「意味が分かりませんわ。上司に失礼な一言と存じますが、自分で何を言っているか分かっていますの?」
「……わ、分かってる」
しどろもどろ、おどおどと言う女性の上司隊員。
「つまりなんです? 私達ははぐれた、と? そう仰りたいのですの?」
「違う! 他のみんな全員がはぐれたのであって私たちははぐれてない。事実、配置もずれてない。つまり私達は間違ってない。けど……影人討伐に向かった他の分隊と右側部隊全域的に音信不通なの」
「それはつまり――――――」
その瞬間―――――アタシの妖精眼に感じる不穏。
キモイ感覚。虫酸が走るような不快。
そのくらい薄気味悪い感じ。
なにこれ………なんですの?
すぐさまその不穏な感覚の方向を見た。パッと。それは一種の脊髄反射に近い本能的な反応だった。
「―――随分と人間を片付けたのに。まだいらっしゃりますか。相変わらず数だけは多い種です」
言うなら、そう―――「優しそうな」あまりにも普通すぎるその女子の声が余計にアタシにとっては不快感へと変わる。
同時―――目の前の黒い怪物は消え―――隣から何かが噴き出る音。
プシャアァァァァァァァァァァァ!!!!!
「は………????」
アタシは―――ただただ目を見張る。
「どうかしましたか?」
どうかしましたか、と。その声を発している真っ黒い肌に両目を瞑る女子が、後ろへ高速移動したのだと理解しても、私は瞠目を止めれなかった。
上司がいたであろうアタシの隣で鳴った「噴き出る音」が何か、見ずとも状況を即座に理解し、その「目を瞑る影人」と適切な距離を取る。確実に。素早く。
直後いずこに落下する生首。―――さっきまで会話していた、ほんの数秒前まで話していた女性上司の首だった。噴き出ている鮮血と共に落下した。
その残酷な現実から目を逸らし、振り返る。そうして標的を凝視した―――。
黒い肌と瞑られた両目。ショート髪、低身長に女性的身体。知らない外見。おそらく未登録のCSS!!
―――そのまま“力場の魔眼”を発動する。右目が「赤紫」、左目が「緑」の瞳へ変色。それで睨みつける。
アタシの魔眼では“固有重力の流れ”のようなモノが見える。それを念動的に、かつ座標的概念で操作できる。
するとどういうわけか喋り出すその「目を瞑った影人」。低身長ながらこちらへ歩きつつ口を開く。
「その灰色の髪に、左右非対称の“力場の魔眼”。そうですか……あなたが功刀家の“異質”ですか。大変面倒な方を相手にしてしまったようですね、わたくしも」
「あなた、普通に会話できるのもそうだけど、喋れるのね。影人なのに」
余裕がなくなりお嬢様口調を演技する精神的余地もなくなった。
「ええ。喋るのは人間の特権、ですか? それならば申し訳ございません。しかし、イルカもよく海中で会話を繰り広げますよ?」
などと悠々と語る。まるでこちらを警戒していない素振り? でもそんなわけない。
この影人、マイペースで何がしたいのか分からない。現状とのギャップも相乗して余計に。
「あなた達、影人の目的は何?」
「目的、ですか?」
「ええ」
頷くと少し考えこむような仕草をする。けど、やはり目は開かれない。
「さぁ……この内側世界に生息する人類の皆殺し? そうですね、形式上人類の滅亡となるのでしょうか」
「形式上も何も人類絶滅を意味するでしょ」
すると意味ありげに気味の悪い微笑みを見せる。直観的に獰猛な笑みだなと思う。
「そうですね」
とだけ言う。
それにしてもこの影人、どうやって空間を把握しているの?
通常視界での外部認識ではないはず。目を閉じているのだからそれは難しい。
取りあえず、様子見―――――!!!
そう思いながら赤紫の右目にマナを溜め、異能『重力制御』――「G」を発動する。
手加減なし、思いっ切り影人の座標に重力負荷をかける。
が―――。
カキィィィィィン!!!!
「はっ―――――!? 重力が跳ね返った?」
いや―――――――。
「いきなり攻撃……失礼ですね、といいたいですがわたくしもあなたのお仲間さんを瞬殺してしまったので人のことは言えませんね。加えて鏖殺ですしね」
今、確実に「万有引力」であるべき重力が「万有斥力」へと変わった。そうして重力の負荷となるはずの加重攻撃が跳ね返った。上を向いた。
アタシは“重力の流れ”を観測できるからこそ分かった。気付けた。
万有引力が地面へ向かう下の力「重力」なら、万有斥力は上空へ向かう上の力「反重力」。
いやでも……そんなはずは!?
「そのお顔……もう気付いたのですか。これだから仮でも虚数域に達しそうな人は嫌いなのです。加えて観測もお上手」
「虚数域……? 虚構の能力のこと?」
知らないけど多分そんな感じ。
一応そういう異能の禁止文献を読んだことがある。本当は処分される研究らしいけど、功刀家の書斎、棚の奥に隠してあった。
「あらあら、無知からの的確な推測……お見事です。流石は異学第二位。実力もそれ相応というわけですか。異能の才だけが秀逸というわけではないのですね」
「異学での成績を知ってるってことは、学長だった白夜雹理の仲間。やっぱりあなた、異能を持ったCSS。そして持っている異能はさしずめ『跳ね返す何か』」
「……そうかもしれませんね。けれど別に知られて困る内容ではないので。それに……あなたの事も詳細に存じていますよ。左右非対称の重力性を制する魔女。……普通の功刀家はあなたの右目のような『赤紫色の瞳』を両目に持つことで重力的負荷「重力」を積算する作用を手に入れます。要するにそうして『万有引力―――重力』を操作できるのです」
だから功刀家は基本、赤紫の瞳という話。
この女子のような影人、詳しい。とにかく詳しい。
何故か功刀家の秘匿情報までもを当然のように知っている。
続ける影人。
「―――しかし極々稀に濃い緑『萌葱色の瞳』を両目にもつ功刀一族も現れる。千年単位でしか産まれない格別なレアケース。その存在は『万有斥力―――反重力』を操作し物体を浮かせたり、空を飛べたりしたという。あの伝説、空飛ぶ伏見旬のように―――」
この影人、どうしてこんなに詳しいの? 信じられないほどの正しい知識。しかも例外なく、功刀家内での秘匿情報。
でも。正しい知識ね。
「―――その中でも功刀舞花。あなたはその『赤紫』と『萌葱』の両方を片目ずつに有して生まれた仙才鬼才。重力と反重力をそれぞれ操作可能な怪物」
全てバレている――――。
駄目だ。この影人とやったら確実に死ぬ。
もう分かるわ。もう確実に死にますわ。
アタシは焦りに焦って一周回り、口調が戻った始末。
「怪物なんて言い方、無礼じゃないの? アタシはこれでもJKよ」
精一杯澄ましたフリを実行するが、おそらくこの戦慄。恐怖感、怯えているのを見抜かれている。
アタシも冷や汗をかきながら後ずさりする。
正直この影人に勝てるビジョンが見えない。
おそらく浮かせようと反重力を使っても跳ね返る。
何をしているのか具体的なことは何も分からない。けど確実に全て跳ね返る。重力が跳ね返った時、それを実感した。
この影人には勝てない―――と
今までの人生で重力の負荷を跳ね返せたのは小坂鈴音さんとこの影人だけ。
そんな支離滅裂な思考を色々と巡らせていると。
「――――ですが、功刀舞花さん、あなたは殺しません。仮虚数域を持ったあなたは実数域「重力制御」だけでなく仮の虚数域「反重力制御」をも有している。わたくし、そういった正負の諸刃を持ってる方は苦手なのです。虚数域とは負の数要素主体の『虚構』。それを有している人間はわたくしの“唯一の弱点”ですから。たとえば、名瀬統也。たとえば伏見旬」
「名瀬統也? なぜ彼が今出てくるの? というか伏見旬? 彼はもう死んだ。世界を救った英雄として死んだのですわ」
三年前から舞舞はずっと伏見旬について『ある疑問』を抱いていた。
聴いた私には理解のできない話だったし、思考頭脳のずば抜けて優れていた舞舞にしか想定できないような奇想天外な疑問。けれど今それとこれは関係ない……はず。
「確かにそうですね。ここでは」
再び見せる、奥に闇を隠したような奇妙な笑み。
「それに……アタシを殺さない? どうしてですの? 他の右側隊員とは連絡ができず音信不通と聞いた。ということは……あなたが全て殺したんでしょう? アタシが居た右側の隊員を、アタシ以外全員、一人残らず。……そうなんですわよね?」
結界士を含む左部隊は壊滅。アタシのいる右もこのCSSにより壊滅。
つまり「詰み」。
「まったく仰る通りです。しかし。先ほども言いましたがあなたは“正負の諸刃”を持っている。簡単に言うとあたくしには言うほど時間がないのです、悲しいことに……。現在、少し急ぎめの用が立て込んでいてですね、あなたの相手をしている時間はないのです。二人を早く助けに行かないとでして。……ですが安心してください。またの機会に必ず殺してあげます」
「……っ!」
「それではまた――」
影人はそのまま屋根上に飛び、隊陣形中央方向へ向かった。
瞬間、一気に脱力する全身。胸をなでおろす。
一応……助かった? けどこの先どうする?
取りあえず、名瀬統也に通信しないといけないですわね。中央へとんでもないCSSが向かったと。
考えながら歩き、数メートル先にある上司の死体のもとへ。
手合わせ黙祷を捧げる。
この時、アタシは決意した。
さっきの影人というあの「恐怖対象」が、名を提示してまで恐れた名瀬統也という存在。伏見旬と並ぶほどということなのかは分からないですわ。
それでも。
「アタシ、名瀬統也の味方になりますわ」




