ダークテリトリー調査「糸影」
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40分前。中央部隊の南東側。二ノ沢紅葉、風間蓮、凪瀬柳の三人。
名瀬統也の報告によればCSSは向こうから出迎えてくれるらしい。既に統也、翠蘭は女影と交戦中と雫から情報を貰っていた。
「本当に糸影来るんすか?」
訝しんだ様子でマスクを下す凪瀬柳。
「来るか来ないか、そこの真偽はこの際大した問題ではないのだ。来ると仮定し対策することが重要だからな」
相変わらずハンサムな19歳、風間蓮が言う。
この男の赤みがかった黒髪も私は結構気に入っている。
ま、いい男とまでは言えないが。私の視点から「いい男」というのは一人しかいなのだからね。
―――名瀬統也。名瀬家の最高傑作。異能界の鬼才。時空間を支配する王。
しかも御三家の人間でも特異的に発現する特殊な眼の才能「浄眼」を持つ。ある種の宿命のようなものだが、旬はどうやら自らのギアだった人物「エミリア・ホワイト」の力を統也に委ねたようだ。
以前見たように統也も発動の際には瞳が青くなっているようだが、歴代の「浄眼持ち」異能者はそのほとんどが常に青い瞳を維持していた。つまり彼はまだ未熟。
前浄眼保持者のエミリアは「白い光」を持つのに瞳が青かったしね。伏見は本来衣の色が目の色と等しくなるから。
「ま、なんでもいい。とにかく早く作戦を終わらせる」
私が真面目風味の声で言うと風間が。
「何か別の考えが?」
「ん?」
私のクリーム色の髪をかき上げながら訊くが。
「いえ、何かを焦っている様に見えたので」
相変わらず鋭い男だな風間蓮。統也や翠蘭以前に彼も結構観察力に長けていたか。
「ああ、事実焦っているのさ。CSS向こうから来たらしいけど……つまり相手は私の計画に薄々気付いていたことになる。向こうから出迎えてくるということはそういうことさ。本来は黒羽くんに影人化してもらって訓練通り脳波信号を送る。黒羽くんの居場所を明確にし、CSSを誘う。そういう手筈だった。……だが……クッソ。なんでか私の計画がバレてた。なのにここまで私の策に乗せられたフリをした。……きしょいな」
私は小さなストレスから親指の爪を噛む。
「ちょっと待ってください。女影と糸影は全部分かってて精鋭の中に飛び込んだってことですか?」
「そういうことになるのかな。わざわざそんなことする理由がないが……『捕獲されるだけだから死にはしない』みたいなことを雹理に吹き込まれたのか。それとも私たちに勝てると思っているのか……」
どちらにせよきしょいな。
私はアイツらを罠に嵌め、確実に捕獲するために右側にいた結界士を見殺しにした。ただダークテリトリーに誘うためだけに。
そうして屍を踏み台にし、私はこの状況を作っている。
それだけに見合う成果がないのなら私はただ徒に隊員を死なせただけという事になる。
女影、糸影は分かっていて私の策のレールに乗り、そうしてここへ来る。
一体、何を考えている?
「――――来ました。……糸影です」
すると真剣な目、殺気立っている風間が一言。堂々と正面から、廃墟の奥から歩いて向かってくる糸影を直視。
「へっ! 俺ら相手に真正面から来るなんてアホか」
と凪瀬が馬鹿にしたように軽く言う。
いや、考えるべきは、こんなに堂々と真正面から来た―――すなわちその行動に意味があるか、それだけの行動をしても問題ないと踏んでいるか、という部分。
短髪の黒髪に真っ黒い身体、赤い瞳の男性型。
糸影がこちら付近に近づくにつれ、歩む速度を上げる。
「来るぞ!」
風間蓮の掛け声で一気に殺伐とした雰囲気が一帯を纏う。
彼は右片手を左手で押さえ、炎を展開する。メラメラと熱気を上げる、完全燃焼で青みがかっている火炎を手に、風間は構える。
一方糸影は歩む速度を速めていき、いつのまにか走ってきていた。その右手にはプラチナダストと共に上がる大きめの変形手、大剣。
「思う存分歪ませてやる」
言うと同時――――私は特殊マナを含む右手を道路地面に打ち付ける。瞬間広がるオレンジっぽい「歪み」。それが地面越しに伝達していき糸影の座標を襲う。
下から糸影を食う歪みの衝撃。空間を歪みに巻き込まれた糸影は左腕と右脚を潰される。出血と共に。
ギュイィィィィィン!!!
立ち込める煙。
「おいおいまじか。すげえな紅葉さん」
横で感激する柳。
このくらい普通さ、と普段の私なら言っていただろう。
しかし。
「――――いや、まだだ!!」
煙の中立ち上がる影を視認する。文字通り「影」を。
……なんだ!? 再生能力が報告より速い? 既に左腕、右脚を再生しただと!?
「柳、出し惜しみしている暇はない! 幻術を展開して!」
「りょーかい!」
ノリ良く返事する柳はそのまま、異能「幻」由来の『煙霧』を発動する。
「――――夢煙幻想」
突然広がる霧の領域。
肉眼ではっきりと明視できる最大距離である「視程」を遮る現象。代表的なものにある霧、靄、霞、雪、煙霧、黄砂を利用して繰り出す幻術。
今回は柳のマナを空気中水蒸気に含ませそれを霧として展開し、相手を惑わす幻覚を見せる技。
今、糸影は幻術の中。麻薬のような幻覚作用を持つ柳のマナを吸い込んだ糸影はもう不自由。
この「夢煙幻想」の利点は「味方には無効」「相手には有効」という風に対象を選別できる点。
ただし――――効果時間が約3分。
「今だ! やれ!」
柳のその声を聞いた風間、両手に異能『焔』の炎を従える。
「――――――火炎烈葬!!」
高出力、巨大な炎の渦を玉にして放出する。
――糸影にぶつけるが。
「―――なんだ!?」
その瞬間、私でさえ狼狽えた。
幻術に掛けられ動きを制限されているはずの糸影はどうしてか動いていたからだ――――。




