ダークテリトリー調査「監禁」
*
戦闘開始から数十分後。翠蘭、オレ、女影。
「さて、そろそろ終わらせたいが」
正面の女影の触手によるうねり、高速動作を観察して言う。
「そうですね。……ですがこのままでは埒が明きませんよ。一生拮抗状態。ここまで女影が強くなっているとは思いもしませんでした」
「ああ」
事実異界術「瞬速」を使用した高速接近は何度か試したがただの近接戦闘へと化した。
つまり以前の女影は、疲労していた関係上あまり思うような速度が出せなかっただけなのかもしれない。
それにかなり仕上がっている水晶顕現の能力『霜』も厄介だ。ここまで制限なく水晶を出せる場所での戦闘は明らかにこちらが不利。
どこから水晶を出すかが不明だからだ。オレは浄眼でマナの流れを読めるからいいとしても、翠蘭にはそれが出来ない。
しかも―――。
「翠蘭、気付いているか? 女影の周りに微細な針状の結晶が空中浮遊している。見えないほど小さい結晶だ。おそらく緻密なマナ操作で作り上げた水晶、それを空中に排出している。マナの細工、術式を含んでいて、触れると幾分か膨張するらしい。最初マフラーと触手が触れた時それが起こった」
「水晶の熱膨張係数、でしょうか?」
「その類いかもな」
「……どうするんです?」
「接近はできる。一瞬で決着を付ければ、という条件下でな」
だが、あまりここで力を使いたくない。その理由は明確に存在した。
なぜなら――。
「それに問題、というか謎行動がある」
「ええ、それには私も気が付いていました。明らか、あからさまに時間稼ぎをしていますよね女影。そもそも以前二度負けている統也さん相手に戦闘を仕掛けて来るのも不自然でした。何か意味があるのでは?」
「おそらくな……。だが、時間を稼いでも利点はないはず。奴らにとっては時間を消費すればするほど、人間へ戻るまでの時間が近づく」
「確かに。では……何かを待っている?」
「可能性は二つ。時間をかけて奴らに何か利点があるか、増援を待っているか、のどちらかだ」
「私は後者にかけます。言われてみればこの場に『ネメ』が来てません。彼女、異能『反転』というすべてを跳ね返す能力を持つ異常者です。結界効果も反転するので意味を成しません。故にダークテリトリー、ここへの侵入も容易いと想定できます」
「反転?」
聞いたことないな。
「そういう異能の特別紫紺石を継承した人物なんです、ネメは」
「特別紫紺石ってのは体内に入れたヤツに出る『異能』で区分されるのか?」
「ええ。一番紫紺石が『糸』、六番紫紺石が『振』、十番『霜』、十二番『反転』のように、四年前までは12個あったんです」
「なるほど。その紫紺石さえあれば次に新しい適合者を探して、そいつにその異能を継承させれる、って仕組みか」
「その通りです。ネメの特別紫紺石、十二番は『反転』。以前の所有者は旬が討伐したと聞きましたが、倒した直後、紫紺石を回収されたのでしょう。されなかった三個はあちら側で保管しているでしょうが……」
今ここで、実はその三つの特別紫紺石は何者かに奪われたと言いたいが、この場では口にすべきではないと判断した。
「二ノ沢とオレの隊員だけでそのネメを討伐できるのか?」
「空間に干渉できる統也さんや私の遺伝子を強く継いだ伏見旬以外、彼女を倒せる可能性は皆無」
この話から旬さんの言っていたことは事実っぽいな。
何やら攻撃を跳ね返すらしいが。そんなことが異能で可能なのか。
それに、ここまで余談に走っても、声が聞こえていないであろう距離、奥の建物前にいる女影は仕掛けてくる素振りがない。
やはり時間稼ぎが目的だな。
「分かった。なら早めに女影を捕まえる。ネメとかいう増援が来る可能性があるなら来る前にアイツを檻に入れる」
浄眼を発動した青い瞳でヤツを睨む。強い眼光で、殺気を押し出す。
「翠蘭、異能力は残ってるか? もしまだ余力があると言うなら防御を頼みたい」
「防御?」
「ああ、一度接近戦で試したことがある。………やはり殺す方が楽なんだがな。そうもいかないだろ」
「致し方ないですね。了解しました」
翠蘭のセリフと同時、何を思ったか女影はオレの居場所の地面で逆さ水晶を顕現する。おそらく足から地中へマナを流すことでこういった操作も出来るのだろう。
ガッ―――――バキバキバキ!!!!
「くっ――――」
オレは素早くジャンプすることでそれを避けると、女影は空中のオレを追いかけるてくるように速く伸びた触手を。
「大丈夫。そのまま行ってください」
静かに告げた翠蘭。
瞬間、エメラルドグリーンのエネルギー剣が空中で舞い、その長い触手を激しくぶった切る。
広がる鮮血。
「………!」
すげえな伏見の始祖。シンプルに格が違う衣異能者。ただの第二出力「魂霊」なのに、ここまで玲奈や瑠璃と一線を画すのか。
「これなら安心だな。背中は任せたぞ、翠蘭」
言ったその時、その瞬間、オレは上から空間座標の収束「瞬身」を使用し女影へ接近する。
「“あ――――”」
慌てて体勢を崩す女影。
オレはそのままマフラーを切りつける。見えないような速さの青い斬撃を繰り出す。空中の結晶ごと空間を含め切り裂く。
バシンーーーー!!
女影は体を水晶で硬化し斬撃が入った肩部分をガードした。その水晶と青の檻エネルギーを纏うマフラーが衝突した。
「相変わらずそのマナ水晶、特殊クリスタルだけは硬いな」
言ってる最中、鋭い直線攻撃で触手が伸びてくる。殺気むんむんで。
それを素早くバク転しかわすと、その触手と反対の手――負傷を再生した、オレから見て左の手――を鞭のようにしならせ斬撃を。
速い―――――!! かわせない速度ではないが―――。
それを翠蘭が出した、緑のエネルギーで構築される剣二本が、オレの左でクロスして盾となり防ぐ。触手斬撃の進行を阻止する。
横目にその様子を見た後。
「そろそろ面倒なんだ。覚悟しろ女影。間違っても死ぬなよ」
今はあまり力を使い切りたくない。念ためだ。なんとなくこれで終わりじゃない気がするから。
オレはここで完全に消耗するわけにはいかない。体内の保有マナも温存しておきたい。
だから――――オレの体感時間で2秒だ。
2秒間だけこの世の時間を停止させる――――。
「とは言っても、お前には聞きたいことがある。まあ――――手加減してやる」
檻「蒼」
第零術式―――――――――。
――――――――――『律』
その刹那、訪れる静寂。訪れる白黒の世界。光波ですら正しく観測できない世界。
宇宙で不変の最速―――光速度へ極限的に近づけた時間感覚。
相対性理論から由来する第ゼロ術式。自分以外の周りの「時間の流れ」を限りなくゼロに近づける。
しかしオレの身体を自由に動かせるわけではない。そんなアニメや漫画のような都合のいい技ではない。
身体中で体感する独特の感覚。本来時間の停止した世界で身体は一切動かせない。
空間という牢獄に囚われているかのよう。
しかし術式を自分に掛けることで自分の体内ポテンシャルを変更する。
浄眼で正確に測定し、0.000000000000000000001mだけ手元を動かす。
それだけでいい。光速度で動くという事は運動エネルギーの「1/2mv²」の「v=約30万km/s」。一秒間で地球七周半可能なほどの速度では好き勝手動けない。
そんな世界「律空間」で普通に動けば、圧倒的速度と常軌を逸した空気抵抗で自身を砕いてしまう。
第ゼロという多重難解な術式の過重負荷で脳が壊れる以前に、身体がもたないというわけだ。
体感二秒後。
ドゴォォォォォォォーーーーーーーン!!!!!!!!!
「え――――――」
世界の色彩が視覚で取り戻されると同時。背後、素で驚く翠蘭の声を、おそらく初めて聞けた。
とにかく意味が分からないなのだろう。気付いた時には目の前から数百メートル吹き飛ばされた女影。
前触れや兆候もなし。感覚にしてゼロ秒後、建物なども関係なく彼方へ飛ばされたのだから。
この状況を理解できる者は、虚数域の衣・イザナミの「エネルギー逆転」を持つ旬さんだけ。
「これは………統也さん? この技は、いえ……そもそもこれは、技ですか……? 今、何を……」
「ああ、あとで話す。……まあ、オレに逆らうとこうなるって話だ」
オレは瞳を蒼める。女影が身体に大きな穴を開けながらも生きていることを確認し、その座標で立方体の『檻』を展開する。
それで。ヤツを確実に檻へ入れた。
女影――――――監禁完了。
*
中央部隊のエリア、前&右側。静名真昼、霞流里緒。
「ええええ!? 今の音何!? 爆発?」
真昼が赤い大鎌「死神の鎌」を回しつつ影人の胴体を横断。その後振り返る真昼。
「向こうって統也と女影が戦っているエリアじゃないの? 統也、大丈夫かな……」
あたしは少し心配になる。
「名瀬強いから……あの人なら大丈夫だと思うけど……私の結界術もあることだしね」
「そうだね……。統也はあたしの最強のギア。きっと大丈夫」
そうだよね。真昼の言う通り。あの統也が負けるわけない。
だからあたしの心配なんて彼にとっては要らないお世話。邪魔なだけ。
うん、今は目の前の影人に集中しなきゃ。
あとは統也を信じなきゃ。
「でもあたし達、一体どれくらいの影人を討伐したんだろ」
「さぁ……分からない。でも普通なら百万円くらい儲かる仕事だよね」
真昼は言いながら表情を緩めたけど、目の前に影人が見えた次の時には真剣なものへ変わる。
「確かに。じゃんじゃん仕事くるし」
言ってるそばからあたしの前にも影人一体が現れる。廃墟の影に居るけど低身長なのは遠目にも分かる。
が―――――――。
「え? なに……!?」
この違和感……気持ち悪い?
「ん、里緒ちゃんどうかした?」
「いや……多分気のせい……だと思う」
「そう?」
真昼はそのまま別の影人の方へ向かって行く。彼女とは分散したが、緊急事態は紫外線照射爆弾で影人の動きを封じ。合流する手はず。
それにしても……気のせい……だよね。
このあたしの正面に現れた、女性のような男性のようなよく分からない影人―――鑑真のように両目を瞑ったままの影人。
背の丈が低く小柄。ボブより短いショートの黒髪で、十代くらいの女性のような曲線を持つ身体。胸は小さいけど多分女性。そして変な宗教のような黒い衣装を着ている。
違和感の正体。この影人……足音が一切聞こえなかった?
いや―――――。
関係ない。
「潰すだけ」
正面の、155センチくらいの身長のそいつに向け、あたしは間髪入れずに『波導術式』を両手に展開する。
統也に教えてもらった異能の最先端。
手から発動する無限個のサイン波。それらを重ね合わせ、高出力の波動を空間ごと押し、衝突させる技。
現段階における私が成せる、最大威力の一撃。
「波導術式『無限正弦波』!!!」
よし―――――――当たる!!
そう思った時。
瞬間だった。
あたしは口から激しく吐血していた。
「かはっ!!!」
眼前に広がる真っ赤な液体。
なに……!!
どういう……こと!?
徐々に視界が暗くなっていく。意識が吸い取られていく。なんでなんでなんでなんでなんで!!
意味わかんない………あたしに………なにが…………。
「とう…………や」
錯乱した脳内、酸素と血の足りない脳内。あたしの意識が失われる直前、自分の出した強烈な波動が跳ね返ってきたことだけは理解し終わった。




