君影草
*
次の日。
札幌市内にある、とある異能病院。窓が開放され、風によりなびく白いカーテン。そんな病棟にある一室。
ピッ、ピッと生命維持装置の心電図から音が響く部屋内。
オレは純白の医療ベッドに横たわり綺麗に眠っている雷電鈴音の美顔を見つめる。
重度の昏睡状態でもその見た目は清潔。黒髪ツインテールは直り、白髪のストレートで横になっていた。
「何気にオレたちは高三になるのか」
そう独り言を言ったあと。
「なあ鈴音、オレはこのまま『―――――』を隠してていいと思うか?」
鈴音の所有物だったというチューニレイダーを手に握っていた。
つまりは彼女も「アドバンサー」だった可能性がある。その上で何かを企み、裏で動いていた。
それでもダイヤデータに名が載ってないという事実は尋常ではない。長寿の翠蘭はともかく鈴音はそのアーカイブに記載されていなければならない。
「はぁ……」
手に握っている鈴音のチューニングデバイスを見る。
それにしてもこのデバイス……現代のオリジン技術で産出されるチューニレイダーより機能が明細化している。少なくともオレのチューニングデバイスよりも優れている。
意識リンギングや神経系デバイス。本来、こんなオレの浄眼でも読み取れないほど難解な仕組みじゃない。
そう思いながら反対の手で鈴音の頬に優しく触れる。
「鈴音……オレには何故か君が他人だとは思えないんだ。……でも同時に果てしなく遠い存在な気もする」
「………」
もちろん眠る雷電の姫からの返答はない。赤く綺麗な瞳も開かれことはない。
オレの母、名瀬美音に少し似ている唇も動くことはない。
こうして見ると横顔は凛そっくりだ。案外凛の親戚だったりしてな。
「……実はオレ、昨日の卒業式で矛星への所属が決まった。早速来週からは訓練も始まる。本格的に、そして着実に影人の秘密を探っていくことになるだろう。……その際、あからさまに実力を隠すのはやめた。オレはこの先、異能『檻』を出し惜しみするつもりはない。基本的には本気でいく」
この場で一人口角を上げる。だが顔は笑っていないだろう。
「自分が中途半端な意識で他人と触れ合ったせいで中途半端に人が死んだ。そういう経験はもう懲りた。……確かにオレはまだ言うほど名を知られてはいない。だが裏ではそうはいかない。有り余るほどいるエリートや実力者の一角に少しずつだが確実にオレの名が広まっている。……それでも。自分の立場を守るために誰かが命を落とすくらいなら、オレは正面から敵を駆逐する。全ての敵を殺すまで進み続けたいと思う」
鈴音はそんなオレを応援してくれるだろうか。
きっと大丈夫ですよ。頑張ってください。などと言われる気がする。
静かに眠る彼女を見やる。
「……君はもしかして…………いや、そんなわけないか……。でも仮にもしその可能性があるのなら―――」
君の異能は雷電の特殊能力『雷』。しかし、体質としての「雷の加護」は実数域ではなかった。オレの浄眼がそう告げていた。
何かの虚構電荷をエクスパンド――展開or拡張するイメージ。
異能の「能力域」とは能力の及ぼす現実・物理世界への干渉領域とその度合いのこと。
通常の異能は実数領域という現実世界への直接干渉「実数域」。概ねがこれ。というかほぼ99.999%がこれ。
でも例外がある。
異能界ではそれをこう呼ぶ――――――「虚数域」と。
いわゆる虚数―――想像上の複素数と同じく、想像上の概念として虚構を現実にできる。異能能力域の拡張。
オレの、空間を虚数掛けし何もなかったことにする「異能無効化の虚数術式・虚空」、仮想の青い空間を押し出す複合式「勿忘」。
師である伏見旬が戦闘時常用している黒く燃えるマナエネルギー「イザナミ」。
など。
自然界に存在している科学的な式や法則に反する事象、原則、性質、それらを仮想原理的に強制する能力域。
その虚数域という虚構の作業を特定の演算規模で現実という実数世界へ現出させる異能式を「虚数術式」と呼んでいるだけ。
これほどの実力に、これほどの謎を内包している少女もまあ珍しい。
虚数域まで扱えるとはな。
彼女の場合は「クーロンの法則における同符号電荷を強制」する術式。
そのせいで彼女に近付くものは一般的にクーロン斥力を生じる。よって他を弾く。他を反発する。
「君は一体何者なんだか……」
本当に謎だ。何故凛以外の雷電一族が生き残っているのか。
最初に出会った彼女。オレにとって何か意味があるはずなのだがその意味を理解できない。
「確か『雷の加護』の規則は君が許したものだけが君に触れられる、だったよな?」
形式上尋ねながら再び彼女の頬を撫でる。可憐で汚しがたい白い肌。つるつるしていてとても可愛らしい。
「てことは、オレは君に許されたのか」
この加護電流は自動で、接近する物体の危険度を選別可能に設定してある。加護の異能式にそういった細工が含有していると浄眼で分かる。
だが心象的な引継ぎが大きく、おそらく生物の中でも人などは心を許した存在だけその接触を許されている、といったところか。
オレはベッドのそばの椅子から立ち上がり、窓際の花瓶に「スズラン」という白花を挿す。
ここへ来る前に用意していた物だ。特に深い意味があってこの花を選んだわけじゃない。
スズラン。可憐な姿に反して高い毒性がある。
まるで君に似ている。可愛い見た目に反して強い電気を纏うところが。しかも紫という毒々しい色の電気で。
「鈴音、また来る」
そう言ってオレは部屋に監視用の呪詛を仕掛け、その部屋から離れた。
雷電鈴音
身長:151cm
血液:B型
誕生:5月1日
性格:繊細な部分もありつつ純潔な性格で心優しい。また他人を評価するあまり謙遜的態度も目立つが、自分が見下げた人物には果てしなく冷淡な一面も。
異能:雷電家に相伝される『雷』の特殊変化「素戔嗚」で「紫」因子を持つ固有電子「ε」による紫電を操るが名前は未登場。特異体質「雷の加護」由来の虚数術式をも有しておりその術式が……。
流行:遷延性意識障害により眠っている。
印象:ツインテールの美少女で、現在はSE「雷電白化」により白髪。
―――参考―――
:クーロンの法則とは、荷電粒子間に働く反発し、または引き合う力がそれぞれの電荷の積に比例し、距離の2乗に反比例すること(逆2乗の法則)を示した電磁気学の基本法則。
同符号の電荷のあいだには斥力、異なる符号の電荷のあいだには引力が働く。この力のことをクーロン力という(引用、Wikipedia)。
鈴音はこの『斥力』を誘発する虚数術式を持ってるわけです。
なので電荷を持たない波は加護のガードを通すんですね。
また距離の二乗に反比例―――すなわち鈴音に近づけば近づくほど斥力は大きくなると分かる。
∵「r²→0」の時「斥力→∞」
近づけば近づくほど電気による反発が大きくなり結局鈴音に攻撃は届かないといわけです。




