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告白



  *



 8月25日。


 夏休みも終わり、高校や異能士学校も再開した。

 高校の始業式放課後。珍しく森嶋(みこと)はアイドルの練習がない様で、東川(こう)、木下(しおり)と並んで帰った。



 オレは自分のスマホを見る。

 

 統也 13:21「今日 学校帰り ミコトはオレが送るから護衛や使用人 呼ばなくていい」

 玲奈 13:30「OK あなたのことだから何か考えがあるんでしょ? じゃあ(みこと)のことよろしくね」

 統也 13:31「考え? オレをなんだと思ってる」

 玲奈 13:31「策士」

 統也 13:31「??」


 オレはここでいったんメッセ送信を止め、(こう)と栞、(みこと)が成す会話を耳に入れる。


「んでもスゲェよ! (みこと)、この間テレビに出てたもんな! もうすっかりアイドル!」


 興奮気味の(こう)。今日の最初は何故か少し疲労が溜まっているというか疲れている様に見えたので、元気な姿が見れて良かった。


「ふふーん、凄いでしょ!」


 だからなんで栞が偉そうなんだか。

 栞はメガネをくいっと上げたのち、エッヘンと両手に腰を据える。


「もういいよ……恥ずかしい」


 (みこと)はそう言いながらも喜びを噛みしめる。喜びから来る恥じらいかもしれない。


「なにも恥ずかしがることじゃねーよ。な?」

「うんうん。さっきまで学校の生徒からいっぱいサイン要求されてたし」

「ふ……ありがとう、みんな」


 そう微笑んだ(みこと)は隣で歩くオレをチラリと見てくる。


「しっかりアイドルやってて凄いな。正直ここまで有名になると思わなかった」


 オレも何かを喋る感じの雰囲気だったので実直な感想を述べた。


 でも事実、ここまでのアイドルになるとは思っていなかった。

 彼女は「森嶋命」という本名改め「森島ミコ」と名乗りアイドル活動をしていた。

 それも、恐ろしいくらいに莫大な人気とファンを集めた。オレが異能関連で忙しくしている間、彼女はとんでもない急成長を遂げていた。 

 

 確かに歌唱力、タレントとしての素質は有った。

 特に彼女の、可愛いを超した尊い「笑顔」。これはオレにも耐えがたい殺戮兵器であり、シンプルにこれを向けられればオレでも鼓動を鳴らすほど。


 さらに彼女のデビューソング『私の笑顔』は、ある想い人を連想しつつ、その人物が徐々に遠くなっていく切なさ、それでも最後まで笑顔を貫いたという片思いのセンチメンタルな心情を書いた一曲で、この世に感動を呼んだ。


「そんなことないよ。私のそばには皆が居てくれたから。だから私はやってこられた。ありがと。―――そしてこれからも、よろしくねっ?」


 長めの黒髪を風に乗せながらそう言ってウインクする(みこと)。手を後ろで組み、色っぽいポーズを取る。

 手慣れたものだな。元はこういう大胆な性格ではなかった気がする。気がするだけ。


「うあ、ヤバい……!!」


 栞は心臓を押さえ、緊張感ある声を出す。


「う、俺もだ……!」


 似たような仕草をする香。


「今本気でキュンときてしまった。キュンってなった、キュンって!! ミコはうちのもんだぁー! 誰にも渡さないぃーー!!」


 などと叫ぶ栞はご乱心。(みこと)に抱き着く。


「ちょっ!? 道端で私の名前、大声で言わないで……!」

「いやぁー! ミコが……ミコが……可愛いよぉぉぉ!」

「だから、私の名前!!」


 香とオレは彼女らを挟みながら、目を合わせる。


 今日のはじめ。久しぶりに皆と対面した際、栞だけは何故か若干怯えたような様子でオレから離れる仕草が目立ったので心配していた。

 だが今こうして活力ある姿が見られて安心した所存だ。


 それにしれも数日前――舞の誕生日パーティーで起こった「影人災害」の前――栞の家で遊んだ時は何ともなかったのだが、オレは気づかぬうちに何か壁でも作ってしまったのか。


「くぅぅぅぅ可愛すぎる! うち、ミコと結婚するよぉぉぉぉ!」

「はははっ………栞ったら。でも、ダメー」

「えっ……もしやもう相手が!?」


 焦る栞と何か意味深な表情をする(みこと)


「――いないよ。アイドル制約。恋愛禁止。分かるでしょ」


 栞はそう聞かされ安堵を露わにする。


「ふはははは。よし、うちと結婚しよう。そうすれば全て丸く収まる!」

「何言ってんのさー。私そういうサービスは担当しておりません」


 (かしこ)まった口調で事務的返答を。


「じゃあこの際、うちの兄ちゃんと結婚して! 兄ちゃん超イケメンだから! そうすれば私は必然的にミコの家族にぃぃっひっひっひっひっひー」


 途中から欲望が漏れ、悪魔の笑いが聞こえたが。


 だがこの時、オレは小さな違和感を見逃さなかった。

 香が親のような目線で栞を見たあと目を伏せた。その表情は気まずさと悲しさのような複数感情が入り交じったものだ。


「ん?」

「え、何。急にどうしたのとーや」

「あ、いやなんでもない。気のせいだ」

「ふーん」


 以前(あかね)に特殊権限アーカイブで「木下栞」を調べてもらった。髪の好みについて知っているのはおかしいと思い調べてもらったわけだが、実際は(みこと)が三年も昔に出会ったオレのことを覚えていただけだった。

 その時茜から聞いたが、栞の実の兄は事故死していて今は義兄さんがいるのだとか。多分その人のことか?

 

 その義兄の名前は確か木下(きょう)で、32歳。

 だが、何か不自然だ。

 32歳と17歳のミコを結婚させるという提案は妙だ。冗談でも少し度が過ぎている。



 訳も分からない嫌な予感と変な不快感だけが脳内に広がった。


 その後も彼女らは同じような会話を続けた。



  *



 19時21分。


 (みこと)にとって今日は唯一取れた休暇だそうで、皆で色々な場所へ出かけた。命のアイドル祝賀会と称して札駅(さつえき)内をはしごした。

 最終的に夕食をセイゼリアで済ませ、オレらは帰路についた。

 その帰り。


「みんなと話してたらこんな時間になっちゃったね」

「そうだな」


 オレと(みこと)は二人きりになっていた。

 つまり、閑散とした人気のない夜の道をオレはアイドルと並んで歩いてるのわけだ。


「でも、今日はどういう風の吹き回し? 統也が私を家まで送ってくれるなんて」


 いつの間にかオレのことを君付けするのはやめたようだ。

 マフラーを直しつつ隣を歩く命を見る。


「送りたかったから送っているだけだ。別に他意はない」

「……それホントかな?」


 疑うような目を向けられるが、やはり可愛い。その動作だけで()()()を付与してくる。

 こりゃ売れるわけだ。


(みこと)、急な質問で悪いんだが何か変わった家庭だったりしたか? 家族とか親族的な……」

「え? えっと……あ、え、うん……本当に急だね。んー、けどどうだろ……普通の家庭だったと思うよ? 父は雅也(まさや)、広告代理店で働いてた人。母は実里(みさと)、専業主婦……? みたいな感じだった。まぁその母は四年前に亡くなったけど……」

「なんか悪いな」

「ううん全然。気にしないで。四年も前のことだし」


 茜に調べてもらった時もそんなこと言ってたな。


「そう言えば三年前、統也と初めて会った時はぐれてたなー私。懐かしい」

「そうなのか?」

「うん。母が影人に殺されて、一年以上ぐれてた。そのあと統也と出会えて、改心するきっかけができた。アイドルにだって成れた。だから統也には感謝してるんだ!」

「いや、オレは何もしてない。改心したのも、アイドルになったのも全て(みこと)自身の力だ」

「……ありがとっ。やっぱり優しいね」



 想像通りだった。何の変哲もない家系。そりゃそうだ。一般人の家系で、本当にごく普通の女子なのだから。

 だが瑠璃曰く(みこと)は「九神」の一人だという。その話が真実であるならば、彼女は何かしらの『権能』を持つことになる。

 かくいう『権能』と『異能』は別物。つまり()()()()()()()()も存在する……というかむしろ、瑠璃に言わせればこちらの方が多いらしい。


 しかし―――やはり駄目か。

 (みこと)の持つ『権能』とは神の領域なのか、オレの浄眼()でも読み取れない。

 大体、この浄眼()もあまり使い慣れていないのが正直なところだ。三月などはマナの詳細どころか白黒だったくらい。

 開眼時から徐々に性能が上がっていることを鑑みるに、おそらく発展途上。

 この眼を使いこなすのが今の目標か。


 そんなことを考えていると次第に顔が赤くなっていく(みこと)。少し縮こまる。


「あ、あのさ……そんなに私を見つめないで……」


 恥じらいを見せつつも言う。

 確かに浄眼()で見ていたが。


「すまない。別に変な意味はない」

「うん……さすがに分かってるよ、そのくらいは……。けど、恥ずかしくなっちゃって……」

「何千人を前にして歌えるのに、オレに見られると恥ずかしいのか?」

「そ、そうだよ……! だって恥ずかしんだもん!!」


 そっぽを向き、プイとする。


「なら(うし)ろに立とうか? 背後霊みたく。そうすれば恥ずかしくないだろ」


 言いながら154cmの彼女の後ろへ行こうとすると。


「ねぇ、だめ」


 (みこと)はオレの左手を掴んで、自らの隣で固定する。


「スカートめくれるかもしれないから……」


 なんだその即興でこじつけた感満載な理由は。


「そんなに風強くないし大丈夫だろ」

「でも……隣にいてほしいの」

「恥ずかしいんだろ?」

「けど、隣にいてほしい。安心するから。……というか車道側に無意識で立つのとか反則だよね」

「ん、何の話だ?」


 単純に車道は危ないのでそちらに立っているだけだが。


「なんでもなーい!」


 そう言って可愛すぎる殺戮の笑顔を見せたのち、表情を戻す。

 

「統也って霞流(かする)さんと玲奈(れな)さんならどちらを取るの?」

 

 唐突、とんでもない質問なのに、それを聞く(みこと)は一ミリも笑っていない。


「いや、質問の意図が分からないが」

「恋人にするのならどっちがいい? ってことなんだけど」

「どの観点で? それによるだろ」

「観点? そんなこと考えて恋愛してるの? おっかし!」


 クスクスと笑い、その間にオレのマフラーに触れてくる。


「やっぱり霞流さん?」


 そう聞いてくる表情は真顔だった。


「このマフラーは貰い物だから付けてるんだ」

「じゃあこの後、明日にでも玲奈さんが統也に別のマフラーをあげたら、どうするの?」

「いや、そんなことはあり得ない」

「あり得ないんじゃなくて、過程の話。じゃあいいや、仮に体育館で霞流さんが黒いマフラー巻いてた、その時間その瞬間に玲奈さんも同じこと考えてて、白いマフラーを渡してきたらどうする? そうだったとしたら、どうする?」


 ふざけて話しているのかと思ったが、(みこと)の顔が真面目だと語っていた。


「それは、黒いマフラーを取る」

「……そう。……やっぱりそうなんだ」

「まあな」

「じゃあさ……私が今、白いマフラーを渡したら統也はどうする?」

「さあ、どうするだろうな。だが、単純にオレは白より黒い色の方が好きなんだ」

「……あ、そうだよね……」


 言いながら俯く。


「だが勘違いはしないでくれ。オレは(みこと)と里緒なら、即答で(みこと)を選ぶ」


「へ――――――――――!? ほ、ほんとっ!?」


 嘘じゃなかった。

 だが、独善的で最低な理由だった。


 多分里緒は、認めてくれるオレという存在に依存しているだけ。

 そこに恋心がないとか偉そうなことを言うつもりはない。

 しかしながら里緒がオレを選んでいる最大の理由はその「依存度」に起因する。


 一方で左にいる(みこと)にはそれがない。

 里緒と同様に他の男を弾いてまでオレを選んでくれているという光栄には変わりない。

 しかし大きく違うのは、(みこと)は純粋にオレを好いてくれている。そこに軸がある。



「こんなオレのどこがいいのか」


 つい心の声が漏れた。


「えっ。どこって。それは――――全部だよ」


 普通の会話と勘違いするほどさらっと言ってくる。


「全部?」

「うん……全部。私にとっては全部が愛しい。統也が冷たい目線なのも。クールなのも。無意識に道路側立つのも」

「そんなことは誰にだって出来る」

「できないよ。統也がやんないと意味ないもん。統也がやるからいいの。ドキドキするの」

「オレは(みこと)の想像してるような人間じゃない」

「知ってるよ、そんなの。ちょっと打算的で卑劣なとこも。ちょっぴりエッチで(たま)に私の脚を見てるのも。本当は何か隠してるミステリアスなとこも。全部全部知ってる。それでも好き」


 アイドルとして成功を納め始めた、このタイミングで何故告白してきたのかは分からないが、こうしてきちんと告白を受けたのは生まれて初めてだった。

 他の何人かからは受けたが、どれもLIMEや手紙。


「オレは、本当にどうしようもないクズなんだ。オレは――」

「――知ってる」




 バサッ。




 は?




 蒸し暑さが消え去った夜。オレの身体の全面、制服のワイシャツ越しにも分かる女子の凹凸を感じる。温もりまでしっかりと。

 オレと(みこと)との間にはワイシャツが二枚あるだけ。




(みこと)?」




 ―――彼女はオレに抱き着いていた。



 

「もう我慢できない。ごめん、勝手に抱き着いて」



 そう囁きながら、守りたくなるような小さめの体で、華奢な腕をオレの背に回した。



天霧(あまぎり)(あかね)


身長:163cm(ハイヒールかさましで170強)

血液:O型

誕生:9月16日

性格:荒ぶらない、冷静沈着。思考的分析が得意であまり派手な行動を好まない自称「省エネ主義」。

異能:国家機密の特級指定を受ける実力。異能『(イカズチ)』の特殊変化「天照(アマテラス)」を扱う。「(アカ)」因子の固有電子「δ(デルタ)」により構成される赤い電気を操る。そして虚数術式をも有しておりその術式が何故か、す……。

流行:統也に会いたくて会いたくて震える(冗談)。

印象:凛曰く嫉妬するほどの美人でスタイルもいいとのこと。特に胸が自分より大きいことが気に食わないそう。

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