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脱却


「その決闘の審判は私がやりますよ」


 挙手しつつ、向かい合うオレと進藤に歩み寄ってくる翠蘭(かぐや)


「ありがとうございます、懲罰委員長」


 ダルそうに言いながら、進藤はこちらを睨んでくる。

 一応翠蘭には敬語を使っているようだ。


「進藤君、統也さん。それでは早速始めたいと思いますが、ルールは基本的な異能決闘に順守します。それでいいですね?」

 

 進藤もオレもほぼ同時に頷く。


「では――――構え」


 翠蘭の声に反応する進藤は戦闘体勢を取る。

 一方こちらは何も変えない。ポケットに両手を入れつっ立っているだけ。



 さて、どう来る進藤? 

 異能『作用反射(リフレクト)』を持つお前になら自ら作った撃力作用を反射し、オレにぶつけることなど造作もないだろう。

 だが、それだと攻撃が効かないのは明白。名瀬の『檻』は空間ごと分断しているのだから。

 檻で割られた空間は作用が伝わる空間と、伝わらない別の空間に形式上切り分けられている。

 結果、攻撃を防御したり侵入を阻んだりできる。


 いや、この進藤のことだ。もしかしたら威力さえあれば『檻』を破壊できるなんて思っているかもしれない。



 まあ、どちらにせよ、オレはこいつを負かすだけ。



「―――試合開始!」



 瞬間、進藤は素早く地面を蹴り、その衝撃を異界術で増幅、それを反射させこちらに仕掛けてくる。

 対するオレは青い『檻』の障壁を正面に展開。その反射攻撃を防ぐ。


 鈍い衝突音に加え、激しい衝撃と風が一帯を巻くが俺も進藤も気にすることはない。

 

「はぁ!」


 進藤は角度を変えて再び同じ攻撃、同じ作用反射(リフレクト)の衝撃を繰り出す。

 もちろんこちらは、その衝撃が身体へ届く前に『檻』の障壁で防御するだけ。


 流石に作用反射を異界術だけで相手するのは無理がある。撃力を反射すると言っても一定方向に流す力の波のような物だ。

 それをかわすのは速度的に不可能……ではないが面倒くさい。

 なら異能で手っ取り早く防ぐ方が効率がいい。


「はぁ!」


 また同じ攻撃。床を蹴り、その衝撃をこちらへ流す。


「はぁぁぁ!!」


 今度も強く床を蹴り付け、その衝撃力を増幅し反射する。

 同様にこちらはそれを『檻』で防ぐだけ。


 これが異能決闘第三位の実態なのか。随分とふざけている。

 ただ呆れてしまう。こんな粗末な異能で三位を取れてしまうというレベルの低さに。


「お前、()()しかできないのか?」


 オレは冷たい目線で語り掛ける。


「これで十分なんだよ! 御三家で生まれただけで強いお前には分かんないだろうな、俺の異能の事なんて!」

「その攻撃だけで十分なら、どうして今その攻撃はオレへ届いていない?」

「名瀬統也。お前そうやって、なんでもかんでも正論で語って、自分が正しいと思ってんだろ!鈴音(りんね)さんに近づけたのだってそうさ! 自分が名家の名瀬だと自慢したからだろ? 御三家の何が偉い? そんなに血統に恵まれているだけの人間のどこが凄い?」


 どうでもいいような不満を吐いてくる。


「たとえそれが事実だったとしても、お前はただ御三家や有名な異能家に嫉妬しているだけだ。進藤、お前は自分の愚かさに気付いていない。お前のせいで何人の生徒が死んだ? 今、鈴音(りんね)が意識不明の重体なのは誰のせいだ?」


 実は鈴音(すずね)、現在意識不明の重体で既に五日間も眠り込んでいる。異能医師曰く植物人間状態でいつ起きるかさえ分からない状況だという。

 あの時、鈴音の生体的な機能から身体の細胞に至るまで再構築で完璧に修復したものの、意識的な部分がまだ暗く沈んでおり、この現状に至るのではと医師は言っていた。


「だからそうやってカッコつけて、クールぶって正論言えばいいと思ってんのかよ」

「お前こそ、そうやって他人を貶めることで自らを正当化することしかできないのか?」


 オレは突き放すように言いながら青い光波を帯びる右手を前へ出し、瞬く間に進藤を立方体の『檻』で監禁する。


「なんだっ……!?」


 青い『檻』に囲まれ、かなり慌てる進藤へ一言告げる。


「―――チェックメイトだ」


 呆気ない終わり。つまらない決闘。くだらない戦術。意味のない時間。

 雪華の方が余程善戦した。


 そのまま翠蘭の「オレが勝利したとの宣告」決闘終了の合図さえ聞かずコートから下りる。その後で右手を握り、『檻』を解除する。


「檻が強いだけのくせに……。クソぉぉぉ!!!」


 仮に形式上、決闘失格でもどうでもいい。こいつに負けようが勝とうが心底どうでもいい。

 何も感じない。無関心。さらさら興味がない。


「きゃー『チェックメイトぉ』だってー!! かっこいいー!」

「名瀬くんが勝ったぁぁ!」


 などと元気にはしゃいでいるホワイト女子生徒。

 そういう意味で言ったわけじゃないんだが。


「待ってくれ! 名瀬統也!」


 コートから下りた際、まだ何か言いたげな進藤。

 オレは彼を背に歩みを止め、仕方なく立ち止まる。

 この感じは、秋田県で初めて進藤(こいつ)に会った時と同じだ。


「お前……OW(アウターワールド)のことを考えたことはあるのか……?」


 ゆっくりと振り返る。


「OW? それがどうした?」

「全員が知るように、世界は三年前まで広かった。南国諸島やハワイだってあった。その領域を影人に奪われて、後退させられた人類は今やIW(インナーワールド)という北緯40度以北の地で生きている。俺はそのOWの領域を取り戻すのが夢なんだ。OW()に居るとされている幾千万の影人を全て駆逐し、世界の平和を保っている神聖な「青の境界」を消し去る。そしてこの世界を元の姿に戻す。それが俺の夢だ!」


「そうか、良かったな」


 オレは適当に返す。


 こいつの夢の話なんて尚どうでもいいが。皮肉だな。

 オレも似たような目標を持っている。理想を持っている。



 ―――「青の境界」の脱却―――。



 この世から忌々しい()()を取り去る。それがオレの理想。

 だが根本的な所が違う。帰結も異なる。言っている意味も違う。


 杏姉が言ったように、実現するのは簡単だが現実はそうではない。

 言うは易く行うは難し、というやつだ。


「俺は、名瀬で余裕をぶっこいてるお前とは違う。力を持て余したりなんかしない! 俺にはその夢がありその夢のために異能を使うんだ! だから俺はお前より優れている!!」


 そう叫ぶ。

 この男は、どこまでも己が優れていると信じたいらしい。

 思考回路もよく理解できないが、こいつと話すことは二度とないだろう。気にする必要もない。


「そうか。……良かったな」


 

  *



 翠蘭達を演習場に置いたまま、オレは帰路につく。淡々と異学内の廊下を進んでいく。

 今脳内にある要らぬ雑念と、くだらない思考を払拭するように。



 その思考に、その行動に意味などない。


 ただ、普遍的に世界が崩壊する。


 そう理解しているだけ。


 

 オレは廊下の真ん中で一人、立ち止まる。

 自らの右手を開き、青いオーラを生じさせた。濃くも淡くもないその青色は緑がかっている。

 その手を握るか握らないかの寸前で、その行動を()める。


「オレは今すぐにでも、この世界を地獄に変えることが出来る」


 自分がスパイとして侵入しているORIGIN(オリジン)軍、そのトップ陣や異能士協会本部の上層部へ届くわけもない脅しを告げた。



 オレは今更何を馬鹿げた事を言っているのか。


 ずっと前から知っていた。


 オレがこの世で一番の「地雷」であると。如何(いか)に恐ろしい存在であるかを。

 

 北緯40度以北(インナーワールド)がオレに依存する不安定さを。


 

「この世界は―――狂っている」



名瀬(なせ)統也(とうや)


身長:175cm

血液:AB型

誕生:12月12日

性格:自身が認める人間以外には冷淡。基本的には冷徹だが戦闘の際は極力格下異能者を遠ざけ犠牲を出さないよう努めたり優しさが垣間見える。

異能:御三家・名瀬が相伝する異能『檻』の「(あお)」因子を有する固有の空間制御式を持つ。権能『再構築』をも使用可能。

流行:浄眼をさらに上手に扱えるようにしたいと奮闘中。

印象:茜曰く、実は優しくクールでかっこいい、大好き(そこまでは言っていないが思っている。何故かはいずれ分かる)。


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