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青の境界 ~世界に六人しか存在しない特級異能者の一人、実力を隠し暗躍する~  作者: 蒼アオイ
第一章 プロローグ「二つに分かたれた世界で」
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「奴ら」【2】



「はぁはぁ………すーっはーっ」


 胸に手を当てて大きく深呼吸する。

 そのおかげか少しずつ冷静さを取り戻していく。

 取り戻すしかない。

 目の前のこの現実を無視するなんて私にはできない。

 それでも私は落ち着きを取り戻すのが早い方だろう。

 鼓動が徐々に通常の速度で動き出す。

 眼前にいる倒れた人たちに対し、大丈夫ですか、なんて言葉をかけることは出来ないし、その必要もない。

 私の視界の大半には鮮明で真っ赤な色により埋め尽くされていた。


 これは、血だ。


 目の前には数人の死体と共に血があちらこちらに散乱していた。

 私は両手を合わせて目をつぶり、黙祷(もくとう)を捧げる。

 全員の様子を見るが例外なく傷は深く、誰一人として息はしていないでしょう。

 病院の中でこのようなことが起こるなんて、なんとも皮肉です。

 私は申し訳ない気持ちになりながら、それらを避け奥へと進む。

 左側に階段があるので、おそらく二階三階へと直結しているのでしょう。

 前へ進むと、白いスライド式の(とびら)のある部屋に続く廊下へと(つな)がっていた。


 私はその扉の奥で少なからず何者かの気配を察知した。

 こんな(むご)い死体の奥にある部屋なのだから、その中に居るのはまともな人たちではないでしょう。


 腕に装着している腕時計で時間を確認する。

 扉を開ける前から中に数人が潜んでいることを察知できたことは(さいわ)いだった。

 事前に時間を(はか)っておけるからです。

 私が扉の取手(とって)に手をかけたその時――――――――。

 真後ろから高速に、そして直進的に私に向かってナイフを突き立てて来る存在が出現する。


(あっ……速い!)


 けれど私はその気配を感じつつも(どう)じず、それを()けようとしない。

 ()けようとしない、というより()ける必要がない。

 とはカッコつけたことを言っていますが、実際には()けられない速度であり、到底(とうてい)この攻撃をかわせたりはしません。

 後ろの存在が、とんでもない高速度で私と接触しようとする。


 ナイフの先が私の背中の数センチ手前――――――。


 このままでは背中から刺されてしまう――――――普通ならそう考えるでしょうね。


 その時、突如背中付近で激しい電撃が走る。


「バチッ!」


 黒いナイフと私の背中付近で強力な電撃の反作用を受け、後ろにいた存在は私から大きく距離をとる。私の方はビクともしません。

 私の周りを一周するように瞬間的に電光が煌めく。

 奴が攻撃を仕掛けてきた直後である今でも、私の背後では電気がバチバチと青白い火花を上げていた。

 私は振り返り、奴の方をむく。そこには1人の男性のようなものが立っていた。手には黒いサバイバルナイフが握られている。先程、私を攻撃しようとしてきた物だろう。

 彼の外形だけは20代近くの人間そのもの。

 「両目の瞳が血のごとく赤く、全身の肌が黒く染まっていることを除けば」――――ですが。


 どうやら、この広場の外にあった複数の死体はこいつにやられたと考えて間違いないでしょう。

 そんな彼を見ていると、後ろの閉まったままのドアから貫通して少し長めの刃のナイフが私の背中を貫通しそうになる。


(ドアごと貫通して私を刺す気ですか……なるほど、考えましたね)


 もちろん無駄な行為です。同様に背中でバチンと電撃が走り、電流が私の体を守る。

 これは、私の身体(からだ)(じゅう)の皮膚から一定距離以内に存在するもの全てを、私の意思に関係なく電流により強制的に弾き出すことが出来るという技。その名も雷電(らいでん)乖離(かいり)。読み方はスパークという。雷電乖離と書いてスパークという()()

 この効果距離は操作可能で、最低2センチ最高20センチまでの有効範囲を持つ。

 私が奴の攻撃と、公園でのサッカーボールを()ける必要がなかった理由がこれです。


「あなた達の物理攻撃は私には聞きませんよ」


「……」

 彼らは喋ることが出来ないのか、それとも黙っているだけなのかは知らないけれど、一言も喋ることはなかった。

 そもそも私が話している言葉を理解できたかすら不確かなことです。


「私がどうやってあなた達の攻撃を防げたのか不思議ですか? 簡単ですよ。私に物理的な攻撃を当てたいならば、私の周りの電磁場を取り除くか、もしくは外観魔素(オーラ)を除去するか、そのどちらでも私の防御は突破できますよ」

 私は、簡単でしょ、とでも言うように首を右に(かし)げる。


「まあーそんなことは出来ないんですけどね」


 電磁場を取り除くということは電子の(まと)う電場、磁場の座標を変更するということ。もちろんそんなことは現代科学でも未来科学でも不可能です。

 それに、外観魔素(オーラ)というものは保有しているマナが大きく関係していて、外観魔素を除くということは、すなわち人体のマナを空っぽにするという事。それは異能力者にとっては脱死(だっし)を意味する。(*脱死(だっし)……人体中の魔素(スト)回路(ラダ)に存在するマナが欠乏し、生命力を失うことが原因で発生する死)


 私は彼らを馬鹿にするようにわざとらしく笑う。

 その表情を戻した瞬間、地面を強く踏み込む。私はその踏み込みで前にいる男性型の奴に一瞬で近づき、右手に溜めた青や紫に発光する電流で攻撃を仕掛けます。

 彼は私の速度について来られず抵抗も出来なかったため私の手が彼の心臓近くを貫通する。

 けれど、あまり手応えがない。

 それでも彼の体から大量の出血があり、吹き出るように胸部から血が溢れ出る。

 私は彼の体から右手を引き抜くとともに、後退し距離を置く。

 一瞬にして床が血だらけになったかと思われましたが、床に散らばる血が光る煙のように散っていく。蒸発していく。

 そんな様子が目の前で実際、現象として起こる。


「これが、いわゆるプラチナダスト……」

 そんな頃、後ろのドアが開き奥から2人の「同族」が出現した。さっき、ドアごと私を刺そうとしてきた奴もこいつ等のどちらかだろう。


(これで合計3人ですか……)


 「同族」とは「人型であり両目の瞳が赤く、全身の肌が真っ黒い者たち」のことです。 

 そう。彼らは人間ではない。人間の形をした化け物。

 かつての人々は、人類の六割を蹂躙し絶滅させた彼らを「奴ら」と呼び畏怖(いふ)した。

 青の境界の外側にしか存在しないはずの「奴ら」は現在、こう呼ばれている。

  


  *


 

「『影人(かげびと)』もしくは単に『(かげ)』と─────」


『奴らは、青の境界の外でしか存在しないとされる。いえ正しくは、されていた、と言うべきかもしれないね』


「ああ、そうだな……。現状ではIWにも生息しているわけだから」


『そのためにあなたたち、異能士がいるんでしょ。境界内の影人を適時討伐するために』


「それはそうだ。だがその影の戦闘力と生命力は桁外れで、人間とは比べ物にならないほどの差がある。単純に力もそうだが、速度や運動能力といった動き自体も強力すぎることが知られている。知識やコミュニケーション能力については未知数とされており、未だに解明されていない。この状況でオレたちに出来ることは限られているんだがな」


『心臓の近くにある(コア)を破壊しなければ死んでくれないのも厄介な点の一つ』


「そのコアを壊せば影人の体中から光る煙のようなもの、通称プラチナダストと呼ばれているものが蒸発しながら、まるでそこには何も存在しなかったかのように跡形もなく消えていく」


 オレは目の前のシーンを観察しながらKと共に影人について会話していた。

 眼前にある建物の中の様子をオレは特殊な「眼」を使って透視する。

 今、進行形で鈴音さんが影人達と戦闘を繰り広げていることもしっかりと見えている。

 ただしっかり見えていると言っても、アニメのように上手く透視が出来る訳ではなく、多少ぼやけてしまう。

 簡単に説明すればメガネを掛けていない低視力な人間の視界のようなものだ。


(あれが影……)


 オレは現実で初めて見るその影の容姿に少なからず違和感を覚えた。

 あれほど化け物、化け物と言われていたから、どんな怪物かと思ったが。実際は人型で、肌の色と瞳の色以外で人間と区別できる部分はほとんど確認できない。

 ただどこの国の黒人(こくじん)でも、あれほどの真っ黒な肌の種族はいないだろうな。


「相手の影は数人。1人は胸部に大きな損傷があるが、(コア)が破壊されていないから意味がないな」


『ね、統也……。彼女、影人を3人も倒せるかな』


 彼女、とは言うまでもなく鈴音さんのことだろう。

 それにしても、影が手前に3人いるのを事実として知っているということは、Kの持っているレーダーで影の捕捉(ほそく)が可能らしい。()()()()、の話だが。


 このKの発言で影の実態が少しだけ分かってきた。

 こいつら影は「知性が無いふり」をしているのか。

 何のためかは理解できないが、肉体的な能力以外の部分もかなり(すぐ)れていると見える。例えば奴らの攻撃タイミングが合致していることなどからは集団的な統率や人間的理解などが想定できる。

 これは、オレが思っていたよりも厄介な存在かもしれない。

 さすがは未知の生命体。


「正直難しいだろうとは思う。鈴音さんが普通の異能士なら……な」


『でも、そう答えるってことは……やっぱり彼女なら殺れると思ってるの?』


「ああ、まあな。だって彼女は普通の異能力者じゃない」



 数分前のことだ。

 走っていたオレは煙がもくもくと出ている建物である工事現場の様なこの場所に到着する。

 だがオレはすぐに、目の前の建物に入ることはせず、隣接するマンションの五階に行くことにした。

 マンションのエレベーターで五階に到着し、あたりを見渡せる廊下の窓付近に来る。

 この窓は大きく、屈んでも隣の工事現場が観察できる。


「ここからなら見えるか……」


 これはオレの特異能力の一つである透視のことに関して言った独り言なんだが……。


『一体、何が見えるの?』

 Kが興味を持ったようだった。


「気にするな。こっちの話だ」

 オレが何も話さなかったこともあるが、Kも何やら考え事をしているようだった。沈黙の間がある。


『もしかして、あの「眼」を使うつもり?』


「ああ……。最近調子が悪かったが、流石にもう大丈夫だろう」

 この街に来る前、オレを襲撃してきた黒いフードの敵。

 あいつの顔を透視する(見る)ことが出来なかったからな。リベンジだ。

 実はあの時、あの敵の素顔を透視で確認しようとしても、上手く見られなかったというアクシデントが発生していた。

 これが奴に逃げられた原因の一つでもある。


『統也のその眼はいわば諸刃(もろは)(つるぎ)。まだその眼がどんな能力を持っているのか、詳細が分からない。そのことは理解してるんでしょ? 使い方を(あやま)れば危険かもしれないし可能なら回数多く使うのは(ひか)えた方がいいよ。これは私からの注意もあるけど、それ以前に心配だから』


 Kが、オレのことを心配……か。

 これが彼女の本心かどうかはオレには到底分からない。

 Kのいつも通りの冷静な声……そう、言い表すなら氷のように冷たい声を聞いていると、それがどんな内容の言葉、セリフであろうとオレには感情のある声としては聞こえない。 

 そもそもオレの眼がどうなろうとKには関係ない。


「ああ……分かってる。金輪際(こんりんざい)使わないなんて約束はできないが、せめて今回だけは使わせくれないか?」


『統也は、彼女……鈴音さんに随分とご執心(しゅうしん)なようだけど、その子に(なに)かあるっていうの?』


「彼女とは知り合いなんだ」


『……え? それは、わかってるけど』


「知り合いが危ないかもしれないんだ。ほっとけないだろ。単純にそれだけだ」


『……』


「彼女とオレは知り合ってしまった……。本来、出会うはずの存在じゃなかったとしても、彼女はオレとあの高架下で出会い、そしてオレと知り合ってしまった。その時点でオレと彼女は関係者だからな。自分の関係者が危ないなら、それはオレ自身の問題でもある………違うか?」


『すぅー……はぁー』

 彼女は大きく息を吸い込み、(あき)れたようなため息をつく。

 おそらく深呼吸ではないだろうな。


 それから数分間、オレの特異的な「眼」を使って鈴音さんの動きを監視していた。

 もちろん、中に複数の死体があること。影人が建物の中で潜伏していること。

 これらの事柄(ことがら)はオレの透視能力で明らかになっている事だった。

 当然のことだが、透けて建物の(かべ)(おく)が見えているだけで、音声などは一切聞こえてこない。

 そのため鈴音さんの口がパクパクと開かれたり閉じたりしているのは確認できるが話声(はなしごえ)までは聞こえない。

 そんな時、オレは鈴音さんと影との戦闘が始まる瞬間を目撃することになる。


(なんだ、あの技は……? 見たことないな……。(りん)があれに似た技を使えた気がするがあまり覚えていない。しかもあの技が凛の技と大きく違う点は異能電気の軸が体の(ずい)の部分、つまり体中から発生していること。まるで雷神が成せる加護のようだ。しかもあの電撃は彼女の意思に関係なく奴らの攻撃を弾いている。つまり意識的には相手の攻撃に反応できなくとも防御可能なのか。とんでもなく強力な異能技だ。しかもかなりの練度)


 その戦闘内容を見て、オレは確信することができた。

 体全体に少し力が入る。窓に映る自分の顔が険悪(けんあく)なものになっていることに気付き、体の力を抜く。


 Kは正しかった。

 はっきりとは見えなくとも、鈴音さんの背後で確実に電撃のようなものが素早く走っているのが見える。

 この世で電気の異能を扱える血脈(けつみゃく)を持った人間は、とある一族の(もの)だけだ。


 ここまで見れば、もうオレも疑ったりしない。

 オレは数十分前のKとのやり取りを思い出す。

 その時彼女が話したことは、とても衝撃的でオレにとっては理解し難いことだった。



『その人は統也に嘘をついてるかもしれない。彼女はなんて名乗ったの?』


小坂(こさか)鈴音(すずね)だと聞いている」


『やっぱりね。その人は小坂なんかじゃない』


「なに?」



『その人は全く小坂なんかじゃない。その人は─────雷電(らいでん)鈴音(すずね)、という名前よ……』



Kにしては珍しいような震えた声がオレの耳にしっかりと刻み込まれた。



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