黒幕
オレの足元に色の濃い紫紺石が転がり落ちる。地面にぶつかる「コツン」という虚しい響き。
刀果とリアを殺めた影をこの世から駆除した――――。
だが、あるべき達成感や充足感はオレの心にはなかった。
復讐紛いのことをした。なのに、心には何も感じない。何も生まれない。
刀果が向けてくれたオレへの笑顔も。リアとした約束も。何も返ってこない。
彼女らは何故死んだのか。本当に影のせいか? 間に合わなかったオレのせいか?
分からない。
もう過去へは戻れない。
知っている。
オレは―――。
いや。
そんなことは今、どうでもいい。
討伐したCSSの紫紺石を拾い上げ、発動を続けていた浄眼で解析してみる。
紫水晶に含有するマナの密度が異常に高いことは分かったが、詳しいことはオレの眼でも分からないな、と結論付ける。
次に女子生徒らを仕切っていた特大の『檻』壁を解除。
「凄い……たった一人で……あの影人を……CSSを倒した……」
「あの人何者なの? 普通にヤバすぎる……」
「御三家の名瀬の人だよ……多分。じゃないと納得できない」
皆、隠す気もなくこちらを見つつ噂に花を咲かせる。
さすがに名瀬家の人間だと気付かれたか。檻に関して想像している色が違えど異能系統は同じ。異能学の教科書にも載っているからな。
「あなた……信じられないくらい強いんだね。ちょっとまだ興奮が抜け切れてないほどだよ……。今更だけど、名前を聞いてもいい?」
クレーターから出たこちらに近寄ってくる工藤美央。
「名瀬統也だ」
どうせこの学園にはいられない。偽名を提示する意味もない。
「名瀬……やっぱりね。本当にこの隊の救世主だよ。色々ありがとう。全部あなたのおかげ。本当に」
「礼には及ばない」
「それに……鈴音さんの完治不可能な程の傷が一瞬で治癒された……。ドレスも直ってた。あれも、あなたがやったんだよね?」
「まあな。白くなった髪は治せなかったが」
「うん……あれってどうして白くなったか知ってる?」
「彼女の髪が白くなった理由か?」
「うん……」
「さあ、技の代償なんじゃないのか」
なんとなく凛が隠していた事と一致したがここではテキトーに答える。
「異能副作用、SEみたいなものかも」
オレは頷く。
「……話を変えるが、この舞花の誕生パーティーは理事長も公認しているのか?」
「えっ……いきなり何の話?」
「次の現場に行かなくてはいけない。あまり余計な会話に時間を割きたくない」
「あ……えっと、白夜理事長は当然のように知っていると思うよ。去年は出席していたくらいだし……」
「そうか。ありがとう」
「うん……」
やはり、か。
「ちなみに、翠蘭はどこの隊にいる?」
「えっ……懲罰委員長? 呼び捨てにする人、刀果さんくらいだと思ってた……。ううんと、多分『西の隊』かな」
余計な話をしてしまったと思ったのか首を振りすぐさま教えてくれる。
ここで考えるべきは「首謀者」の存在だが……おそらくオレの知る人物だろう。逆にオレのことも詳しく知られている。
オレの脅威度・弊害性を知り、その上で鈴音に排斥させた。自身の実力をある程度知っている人物。
翠蘭や雪華、リカには少なからず知られているだろうが、それでもオレが当代随一の名瀬一族であるということを知らない。
知っている可能性があるとすれば、もう「アイツ」しかいない。
「分かった。ありがとう」
そのまま翠蘭が交戦しているであろう西に向かおうとすると。
「ブラックの無能……!? なんで……こんな所にいる?」
満身創痍な様子の進藤が足を引きずりやって来た。
スーツも破れ、随分と怪我をしているようだ。
「いつも鈴音さんに付きまといやがって。気持ち悪いんだよ」
などと言われる。
「いきなりなんだ? 自分の意気地のなさに悲嘆し、それをオレでストレス解消でもする気か?」
「チッ……うるせーんだよ、無能が!」
「無能はお前だろ?」
「なに……!? てめぇ!」
「冷静に周りを見てみろ。この無造作に広がる死体の山を」
進藤は唇を噛み、悔しそうにしながら地面を拳で叩く。
「俺が悪いって言いたいのか? ああ!?」
謎に逆ギレされる。
「ああ、そうだ。初め、皆を守ると息巻いていたらしいが、結果はどうだ? ただ徒に生徒を死なせた。終いには、鈴音に命がけで守ってもらったと聞いた。お前は真に何もしていないだろ。ただ弱り、寝そべっていただけだ。それが『無能』でなくて何という? なあ、答えてみろ?」
周りの女子達ももはや進藤を庇ったり、慰めたりしない。
こちらが言っていることは究極の正論であり、この場を収めたのは他の誰でもないオレだ。
「異能が使えない無能がぁ!! いい加減にしろよ!!」
進藤が叫ぶ中、オレは工藤美央へ視線を送る。
「工藤、本物の無能にオレがしたことを教えてやってくれ。オレは西に向かう」
「待て! 逃げるな無能!」
「黙れ無能。お前みたいな愚か者を見ていると無性に腹が立つんだよ」
オレは今、どうしようもなく気が立っているのだろう。このまま勝手に動く口に喋らせれば、刀果とリアが死んだ理由さえ進藤のせいにしてしまうだろう。編制をミスった……いや、鈴音と一緒に行動したいという独り善がりな独断による編制が………。
―――もういい。こんなゴミを相手にする時間さえ惜しい。
「樹君……あまり言いたくはないけど……ここに居るみんなが名瀬統也さんと同意見だよ……」
「『名瀬』……だと……!?」
「彼が、誰も敵わなかったCSSとここにいた数百の影を一人で始末してくれた。全部彼がやってくれたことなの。だから……樹君は何もしていない。統也さんの言う通り……。本当にただ、徒に生徒を死なせただけ……」
オレは振り返ることもせず西へ走り始めた。
「はぁ……」
*
数分前。
「ほら言わんこっちゃない。統也とは戦うなとあれ程言っておいたのに」
円山内にある札幌中央異能士学校・理事長室から遠くの「青き爆発」を見物する雹理が不意に開口する。
その淡い青の空間エネルギーによる噴火のような爆発を眺める。
「それにしても彼は、相変わらず規格外という他ないね。さすが旬の弟子で、惟司の息子だ」
「あの離れ業が脅威『名瀬統也』により起こされた爆発とでも言うのですか?」
とある女性が雹理に尋ねる。
「ん? ああそうさ。あれは檻の空間発散『青玉』だね。一応、空間を好き放題弄るのは異能法で禁止されている。故にあれは禁能なはずだが……あの様子なら離人はもう帰ってこないだろうね。厄介だが、六番紫紺石も回収しないといけなくなったな」
「そもそも彼は、鈴音という特異存在の技術で排斥できるはずだったのでは?」
「うん……『斥電の檻』でね。おそらく破られたのだろう。空間収束『蒼玉』かな? おおかた。でもこれでネメにも分かっただろう? 次の『王の器』名瀬統也の危険度が」
「ええ。ですが、逆に興味も湧いてしまいました」
「いけない子だね、ネメは。彼はやめておきなさい。本気で死ぬよ」
笑顔で優しく忠告する雹理。
「雹理様がそこまで危険視する存在……そそられます」
「いいねぇ。君も人らしくなってきた」
「元々人ですが……」
「ごめんごめん、冗談だよ。四年前まではまだ人間だったもんね」
「そうです。あの頃は大変でしたが……この年代も大変ですね」
この言葉を雹理は理解していた。年代の継承。
「旬の代は本当に別格ばかり居た。私的にはむしろそっちの方が気になるけどね。三宮桜子に雷電楓花、エミリア・ホワイト。風間章に功刀舞彩。そして『菫の花弁』である名瀬惟司に付随する『純黒蝶』伏見旬」
菫の蜜に寄り添う烏アゲハ蝶、などと考える雹理。
「その中にあなた様、雹理様もいたのですね?」
「ああ、もちろん。白夜家の枠でね。まあほとんどが四年前、三年前の第一次防衛戦争で亡くなったけど……みんな仲良くていい人たちだった。四年前の『あの日』までは。まあ今更それを言ったって意味はないけどね。とにかくその戦争で強者やエリートの大半が失われた。世界は絶望の時代を迎える。青の境界を築いてIWに逃げ込んだ四割の人類。しかし、境界内にも影がいた。さあいよいよ絶体絶命。でも世界はそんなに簡単に滅んだりしないさ。現に世界にはあの別格達の子の世代が残っている。天才たちの子もまた天才というわけだ」
「名瀬統也もその一人……ということですか? あの名瀬惟司の子供なのですよね?」
「ああ、けど彼は中の起源宝石のせいで幼少時代は異能が使えなかったからね。おそらく楓花と晴馬の一人娘・雷電凛の起源宝石でも移植したのだろう。あのひねくれものの旬がやりそうなことだよ」
「世界の異物。黒い蝶。黒欠陥。最強の失敗作。色々な通り名がある伏見旬と、脅威・名瀬統也が戦えばどちらが勝つと思いますか?」
気になり尋ねるネメ。
「んん? 難しいことを言うね。……けど、おそらくその前に統也の強さと旬の強さは路線が異なると教えておこう。それを無視して両者が本気で勝負なんかしたらそれは、考えるだけで恐ろしいよ。旬は世界の均衡を崩すほどの歴代最強異能者。単純な戦闘力だけならば今回の標的である『かぐや』の全力さえもしのぐかもね。一方で名瀬統也は完全に前人未踏な領域だ。王の権能『再構築』と最上級の異能『檻』を併せ持つ二限異能力者。そもそも異能は二つ以上持てないからね。彼はただ権能を持っているだけだよ」
「ええ。さすがにそれは存じています」
「流石に知っていたか。まあそうだよね。で、その上で考えれば、名瀬統也という青年は全くの未知だよ。身体能力や異能とその性能、熟練度における水準の高さはもちろん、頭の回転が早く、状況判断も的確、堅実な行動。高校生ながら達観した視点、思想を持ち、自身が認める者以外には冷たく冷淡。開眼までに時間を要したが、宿命的な遺伝であり王の証であるレアな先天的才能『浄眼』まで備えている。そんな彼は弱点という弱点がまるでない。唯一あるとすれば案外メンタルが脆いところかな。まあ弱点と言えるかは怪しいところだね。……ああ、それと。本来三つまで発動できる異能『檻』を彼の場合は二つが限度ってくらいかな」
そう言いながら微笑み、ネメを見る。水色の髪が揺れた。
結局、旬と統也が戦闘した際の結果を明確に述べなかったがネメは気にしていないようだった。
一連の会話を終えると。
「それでは、脳内波長で全軍撤退を命令します。構いませんよね?」
「ああ、無論だよ。名瀬統也がいる時点で任務は遂行できない。荒唐無稽と言い切れる。彼は旬が作った化物なんだ。統也一人で世界を滅ぼすくらい造作もない事。今彼に勝てる人間はいないだろう。名瀬統也という異能者は、周りに人が少ないこういった森などでは文字通り『最強』なんだ。今の駒だけではどう頑張っても勝てない。撤退する。同時に――――私は理事長を辞める」
「雲隠れ、ですか?」
「まあね。しばらくは。伏見家などはもはや統也に懐柔されているだろうから」
あー、もう早くあの人を出したい……。と思うこの頃です。




