今度こそ【2】
――――まずい。進藤くんが殺られる。
瞬刻の中、考える。
致し方ない。
あの技は苦手だし、体内電荷量も心許ないけど……やるしかない。
じゃないと間に合わない。
仮想電源――――電荷第三放出。
鬼人化「紫」・第三霹靂――――――「雷霆」
一瞬にして私の身体中から溢れ出る紫電。アーク放電による大量の電気が紫として身体を覆う。凄まじい電気エネルギーの放出。
それが肉体の限界を超越し、ライト二ングスピードを実現するための負荷電圧となる。
自分の生体筋肉に電気の負荷をかけることで、限界を超える反射速度、運動速度を強制する技術。
全身に電気を纏っている状態なことも相まって、この際の攻撃は全て電撃性質を併せ持つ。すなわち最速移動と電撃攻撃を絶対とする最強の技。鬼人化。
ただし―――SE「雷電白化」と「鬼人化」というリスク&デメリットがある禁能。
私の額。右側にだけ一本、紫の角が生えているはず。鬼のように。
また犬歯が異常に発達し牙も備えている。まさに鬼。
角の生えた、牙を持つ存在。傍から見れば私は紫電をまとう「鬼」に見えるだろう。
「“ふっ―――――!!!”」
私の超速は離人がした攻撃速度をほぼ完全に見切れるほどのものだった。
瞬刻の中。異次元的な速度歩行を実現している今。全てがスローの減速世界。
私が速いため、相対的に周りの時間が遅くなる「相対性理論」。
雷電による裁きの鉄槌『雷の制裁』。衝撃波というマッハを超えた際に生じる爆風が紫の迅雷を押し出す。
森の木々をなぎ倒し、一直線に進んでいく。とてつもない轟音と共に。
数秒後。周囲から上がる土煙が落ち着いた頃。
「えぇ……? 今、僕に……何が起こった……?」
その一直線上の末端。位置にして数百メートル離れた場所。
進藤くんに向かって行った離人は途中、想像を超えるほど遠くへと吹き飛ばされ、何が起こったと疑問に感じている様子。
私の、鬼の如き力と迅雷のような一撃により撃力を受けた結果だった。
ここなら邪魔も入らないでしょう。
「“あなたは今、私の鉄槌を受けました”」
雷電一族・秘技「鬼人化」のせいで、喉から発する音声にマナが含まれる。いわば鬼の声。
「全身に電気を纏っている鬼! 君もその技使えんのぉ!? ちょー懐かしんだけどぉ!! 三年ぶり! きゅーに楽しくなってきたぁ」
「“はい? 何を言っているんです?”」
「雷電楓花とか晴馬とかも使ってたよ、最後の方に。その技をぉ!」
「“そうですか。良かったですね”」
もう一度、超速で接近し、彼に電撃の正拳突きをお見舞いする。
「ぐぅぅぅあ!」
さすがの離人も吐血する。
「“まだですよ”」
もう一度。今度は横蹴りで顔面付近を蹴り飛ばす。疾風迅雷の一撃を受け、さらに奥へ吹き飛ぶ。多くの樹木を巻き込み、紫の電撃を受けるがままに。
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
同じような攻撃を数度、すると。私の頭上や後頭部がジリジリと音を鳴らし始める。
――――始まったようですね。「雷電白化」――雷電一族の異能副作用――電気によるメラニン色素欠乏。メラニン色素による瞳孔と髪の色素欠乏。ゆえの赤瞳。ゆえの白髪。
私の黒い髪はツインテールの先から白くなり始める。厳密には見えないので、成り始めているだろう。
そろそろ鬼人化の限界ですか……。
私は電光石火の動きで近寄り、離人の前に立つ。
「“波動と電気は物凄く相性が悪い。そろそろ殺られてください”」
「君……白い髪になってる……!? そんなところまで楓花と同じだぁ!!」
「“遺言はそれだけですか?”」
「もちろん――――――――――――――――――違うよぉぉお!」
その場で素早く立ち上がり、蹴りを入れてくる。電撃歩行で二歩下がり、避ける。
「速い速いぃ! すげぇ!」
「“はっ――――――!!”」
蹴り、拳による打撃……一切に電撃性質を加え、繰り出していく。
離人は大部分の攻撃をかわせず、受けるが。影人の再生能力のせいですぐさま再生していく。
正直きりがない。かといって心臓部――弱点――核に穴を開けるだけの必殺的一撃がない。少なくとも今の全力では。
「“くっ……”」
一端距離を取る。その動作も電撃由来の超速。
紫の電気が尾を引く。
「君、もうそろ消耗するでしょ? それだけの超人的怪力を出せば、肉体もいずれ悲鳴を上げ始めるんじゃないのぉ。さすがにねぇ」
「“それが何です?”」
「実はね僕、まだ全然――――」
にやりと不気味に笑む。
暗闇の中、私が発する紫の電気発光が辺りを照らす。
彼の赤い瞳もギラリと。
「――――本気出してないんだぁぁ!」
言いながら迅速に足を踏みつける。瞬間、レイリー波動による揺れで地震を発生させる。激しい揺れ。
「“なっ……!”」
地面が踊り、多少バランス崩した隙、離人は変形した手の剣による斬撃を繰り出してくる。その剣には高周波がまとっていた。
実は、この攻撃も防御できません。
「貰ったぁぁ!!」
咄嗟の判断、コンマの世界、その斬撃によるダメージを減らすために脚へ電圧負担をかけて致命傷は避けることに成功。
そう―――――――――致命傷は。
私の左腕は超高周波を付与された剣による切断を受け、血を吹き出す。
血しぶきの直後、左腕が落下する。
「“う………”」
とてつもない痛みが左肩付近を襲う。
耐えがたいほどに痛い。痛い。
でも、それだけ。
「ん……? 君、まだなんかする気ぃ?」
「“虚電「藤・球電極小」”」
私は死ぬ前に最後の力を振り絞る。右手で作り出した紫電の塊。紫の極小球体。その圧縮体を離人に放つ。
紫性質を持つ虚数電荷で作り上げる超高密度電子集合体。
「“紫電の制裁……!”」
私は死ぬのだろう。これだけの大量出血。もう助からない。
意識が段々と遠くなっていく。
思考さえ不自由で、上手く回らない。
最後に、最後に言いたいことがある。
謝って済むことではないと分かっているけれど、本当に本当にごめんなさい。
私のせいでみんなが死んだも同義。
世界を正すために来たのに、その使命を持ってここにいるのに。私はこの世界をめちゃくちゃにしてしまった。
「“……ごめん……なさい……”」
意識はここで止まった。
*
雷のような轟音。まるで迅雷の如き連続的な音がオレの耳に届く。
「ん?」
まるで凛が「鬼人化」で暴走した時のような音……向こうか。
しかも何故か、北にまとまる生徒の方角と若干のズレがある。
多分、鈴音だな。何か秘技でも出したか。
だが、鈴音が起こしたこの状況で鈴音が自ら戦うのか?
オレは無心で走る速度を速めた。
刀果や舞らの顔を思い浮かべながら。無心で。
*
数分後のこと。
ん、なんだ? 鈴音のマナ気配が異常に弱まった?
衰弱、気絶……? いや、瀕死って感じか。だが、死んではいないな。
結構まずい、か。
雷電乖離という電気的斥力作用である「あの加護」を持った上での瀕死なら、相手はほぼ確定で『振』異能者の影。
そう推測できる理由も明確に存在する。
そんなことを思考していると「生徒の大群」と「影の大群」がぶつかり合う戦場エリアを見つける。
状況を結論から言うなら「壊滅的」。ほとんどの生徒は死体となっている。
オレは走っていた木の間から降り立つ。その場にも、三人の女子生徒。
一人は体が上半身下半身で横断され出血性ショック、激しく痙攣していた。
一人は永遠のように吐血している。身体からは大量の出血。
一人は発狂したか、縮こまって繰り返し頭を地面に打ち付けている。
「何があった?」
聞くと、地面に頭を打ち付けていたやつが死んだような目、震えた唇でこちらを見る。
「……進藤……指揮……放棄……みんな……死亡……全滅」
お経でも唱えるように、そう伝えてくる。
「進藤樹がこの場の指揮を放棄して、指揮系統が崩れたのか」
「……もう……終わりよ……私たち……助からない……」
「そんなことはない」
オレは身につけていた黒いスーツを脱ぎ、彼女に着せる。というより被せる。
「檻『蒼』」
直後、青のオーラを纏う右手を前に出す――と、影の大群と生徒の隊の間に極大の『檻』壁を展開する。青い透明バリアが空間を隔てる。
「えっ……な、なにこれ!?」
もっと前線で戦闘中だった女子生徒が驚嘆の声を上げる。
「あ、青い壁? 結界?」
「でっ…でも! 私いま危なった。この壁が無かったら影人に殺られて確実に死んでた……」
「増援……? けど一体誰が。うちの学校、こんな『檻』みたいな異能保有者いたっけ?」
そんな会話を耳に流し込みながら、オレはそう会話する女子達をも越え、その特大『檻』に歩み寄る。
高さ、長さ共にスケールの大きいその青い壁を、影の大群を囲うようにさらに複数展開する。結果、巨大な青い立方体が影の集団を監禁する。
「す、すごい……この人、一瞬でこの数の影人を封じ込めた……」
「これは……!? 御三家・名瀬の『檻』じゃないの??」
右横にいる女子らが声を上げるが、オレは無視して続ける。
「さあ影ども……眠る時間だ」
―――――収束式『蒼玉』。
顎を突き出し、内部の影へ冷たい視線を送る。
右手を強く握り潰す。その手に怒りを乗せる。
オレに今ある怒りは舞や式夜、刀果、リアを守れなかったという悔恨の念じゃない。ただの八つ当たり。
あとは淡々とした作業。
特大だったはずの檻籠は、その中心部で急激に収束を受ける。
中の影は押し潰し合い、圧縮し合い、「無」へ返る。プラチナダストという光に返る。
瞬間、空中で飛び散る大量の紫紺石が落下。月明りに照らされ煌めきながら落ちてゆく。何個あるか数えるのさえ億劫そうだ。
「終わりだ。介抱やらなんやらは自分達でやるといい」
主に女子生徒らにそう告げる。大多数の生徒が一瞬の出来事に放心状態ではあるが状況判断などは女性の方が向いている。
そのままこの場を去ろうとすると。
「ちょっ、ちょっと待って! あなた……その黒いバッジ……異界術部? あり得ない……」
「そうだよ! こんなに強い人がいるならどうして今まで……!」
自分で言っていて気付いたか、その子はそれ以上何も言わなかった。
差別し続けていた存在に今更助けを乞うなど言語道断。人としてあり得ない。
「オレの異能は殺傷能力が高すぎるという理由から、異界術部に配属されたんだ」
「へぇ……そう……だったんだ……。でも、私を助けてくれてありがとう」
前線に居た一人から感謝を受けるが。
「別にオレはお前を助けたわけじゃない」
「えっ……?」
困惑する名も知らない女子生徒。
「だから礼なんてしなくていい」
「そっか……それでも、私はあなたのおかげで助かったよ。本当に危なかったから……ありがとう。あなたが何者かは分からないけど、心から感謝を」
「構わない。影を一か所に集めて討伐機動を有利に進めようとしたのは君だろ?」
「えっ……どうしてそれを?」
「一番前線で影の動きを上手く誘導していたからな。場所を限定してくれた君のおかげで一気に片付けられた」




