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今度こそ【1】



  *



 状況を瑠璃と照らし合わせつつ考えをまとめたのち、別荘付近に着くとそれぞれ反対方角に走る。オレは北、瑠璃は南に行くことになった。ここまで走っていた中では影が見当たらない上、浄眼での透視も百メートルほどが限界だと考えれば妥当な判断だった。


 おそらく(キー)は―――翠蘭。本名は「かぐや」というらしいが。未だに信じられない。彼女が不老不死で二千年を生きる人間であるなど。

 だが異様に落ち着き払っている姿勢や何事にも謙虚な様子は、今思えば精神年齢が高いとうかがえた。その上、彼女と接している時に感じた「年上感」の正体にも説明がつく。


 翠蘭が伏見一族の先祖、か



  *



 一方――『北部隊』――雷電鈴音。



「隊全体、第三森林まで後退!! 反対側のカバーを名波(なみ)さん……お願いできますか!」

「はい! 分かりました!」


 影人の大群を何とか抑えている現在、これ以上の被害は出せない……。

 既に10数名の生徒が影に殺された。


 全部私のせいだ。

 私が「あの人」を信用したから。

 だから絶望(こんなこと)になっている。

 私が。私が……。

 


「――鈴音さん、影人の数が多すぎる。戦闘員だけではもう持ち堪えられない」


 他の生徒たちが影と戦闘している最中、進藤くんが近寄ってくる。


「駄目です。非戦闘員は戦闘できないから非戦闘員なんです。索敵など戦闘員の補助を続けさせてください」

「でも……」


「お願いしますっ!!」


 珍しく大声を出したからか、驚く進藤くん。


「これ以上、人を死なせたくないんです。私のせいで誰かが死ぬのは、もう嫌なんです……」

「? 鈴音さんは何も悪くないだろ。悪いのは全部影人だ」


 進藤くんは私の犯した罪を知らない。

 この電波妨害――電磁波排斥能力が私の「紫」因子拡張能力だとも知らない。

 全部、私が招いたことなんです。全て私が悪いんです。


 私があの人を信用さえしなければ死なずに済んだ人だっていたかもしれないのに。


 でも。どうすればいいんです。じゃあ、どうすれば良かったんです?



 そんなことを考えていた時。




「あっ―――――――――」




 唐突。私はこの場で動けなくなった。足がすくんだ。

 とんでもない殺気と迫力が私の背を押した瞬間、とてつもない恐怖と戦慄。鳥肌が立った。


 直後、うしろに何かが降り立つ気配を感じる。

 電磁波感覚から影人だと分かる。しかも特級クラスのA級影人……もしかしてCSS(シーズ)


 向かい合っていた進藤くんが私の後ろを凝視する。

 その彼も動けなくなっていた。硬直し、何かに怯える目線。口元がブルブルと震えていた。


「あれぇ……おかしいなぁ。全然うちの影人(ザコども)減ってないじゃん! 君らさぁ、こんだけ大人数いてこれしか倒せないってマジ? 引くわー」


 背後から呪いのような声が聞こえた。

 脳に直接響くような気持ち悪い声。


「影人が………言葉を……発した!?」


 向かい、数メートル先に居た名波(なみ)さんがかろうじて声に出す。その声は震えていた。

 当然だ。

 私でも足がすくんで振り返れない。怖い。

 この影人、これだけの圧力に殺気……一体何?

 もしかして十二の一人……!? どうしてこんな所に……?


「みんな(おんな)じ反応……正直つまんないんだよねぇ。ねぇ分かる? 僕のこの気持ち? どいつもこいつも僕を見た瞬間『喋った喋った』ってうるさいんだよ。そんなん見りゃ誰でも分かるだろっつー話。ねぇ、みんなもそう思うよね?」


 誰も返事をしなかった。というより返事ができなかった。誰も反論や意見もしない。

 理由は単純明快、誰もがこの男性型影人の殺気に押され、動くことさえできなかったからだ。


「えぇ? 僕今、皆に質問したよねぇ? 聞いてた? またしてもこの僕を冒涜するわけぇ? いい加減にしてほしいんだよ、そーいうの。今人類に必要なのは間引きと持続可能な社会づくり。そうでしょ?? その一歩に貢献してる僕をそうやって冒涜するとか脳みそ腐ってるねぇ」


 最も面倒なタイプの影人が来てしまった。これはいよいよ誰も助からないかもしれない。


「何を……言っているんです……」


 恐怖と恐ろしさによる寒気を猛烈に押し殺して振り返る。

 見ると、声からの想像通り若めの男性形をした黒い肌の怪物がそこには立っていた。 

 細マッチョくらいの発達した筋肉、長めの髪を後ろで束ねている。

 私と同じ赤い瞳がギラリと闇の中で一際光った。気味悪いほど真っ赤な瞳が。

 同じ赤い瞳でも「私は負けている」と自覚してしまうほどの威圧。


「やっと僕と会話してくれた。いいねぇツインテールの君、嫌いじゃない。可愛いし。眼も僕とお揃いだし。なんていうんだっけ、赤鬼眼(ラギアサイト)だっけ? 雷電の赤い瞳の能力。あ、これはここでは言っちゃダメなんだったかぁ? まーどうでもいいか。それよりさぁ君、僕の配下に加わる? そーしたら、命は見逃してあげてもいいけど」


 そんな戯言じみた提案をしてくる。

 無口で睨みつけていると。


「ふざけるのもいい加減にしろ、黒い怪物が」


 そう言ったのは進藤くん。意外にも歯向かった。


「はぁ? 何その口の利き方。死にたいわけ? いいよぉ、折角だし痛くないように殺してあげる」


 もはや会話の一環とでも言うように、マッハの速度で、背後に回りこみ進藤くんを襲う。

 しかし。


「ぐっ……! どうなってる!? 影人が喋るなんてなぁ!」


 進藤くんは素早く振り返り、相手の攻撃を防御した。爆風の嵐が巻き上がる。

 異能『作用反射(リフレクト)』により発生させた反作用で対抗していた。


「えぇ? 僕の攻撃を防いだ? いっちょ前に何してくれてんのぉ?」


 反射の防御に苛立ったのか物凄い剣幕で次々と連続攻撃を入れていく。プラチナダストの光粒子で変形させた剣状の手が、複数の高速攻撃を入れていく。


「おらっおらっ! こんなもんかぁ人間! 反撃しなくていいのかぁ!」

「っ……!!」


 完全に舐められているようで、次々に進藤くんを後ずさりさせる剣の攻撃。斬撃というよりむしろ打撃に近い、ぞんざいな腕回し。

 私達から見れば速すぎる攻撃でも、おそらく遊び程度に手を振り回しているだけ。


「おまえ、いい加減にしろよ!」


 進藤くんは言いながら足を踏み込み、その衝撃波を反射。このCSS(影人)にヒットさせたけど。


「え、なに? もしかしてこれだけぇ? 全然痛くも痒くもないんだけどぉ? どうなってるわけ? ちょっと弱すぎないぃ? 再生能力使うまでもないじゃん。……三年前のあの高揚感をもう一度味わわせてくれる奴いねぇかなー」


 三年前? 青の境界が設立された時期……。


「俺の衝撃反射を真正面から受けた!? 怪物め……」

「酷いなぁ。僕を怪物呼ばわりするなんて。まあでもそっか、こんなに弱かったら、僕のことが怪物に見えても仕方ないよね。うんうん」


 嫌味な口調で言って頷く。


「鈴音さん、どうする!? こいつ全然攻撃が効いてないみたいだ」

「このCSSは私に任せてください。進藤くんを含め、他の生徒は影人の大群の方を()ってください。進藤くんが向こうの指揮をお願いします。それと、名波さんが副指揮を、と伝えておいてください」


 敵のいる前へ歩み寄る。慣れてきたか、敵が発する殺気の圧にも耐性が付いてきた。 


「駄目だよそれは。鈴音さんが危険だ」

「放っておいてください」

「何を言ってるんだ!?」

「いいから!!」


 久しぶりにこんな大声を上げました。いい加減ストレスの、我慢の限界でした。今は進藤くんのナルシストごっこに付き合っている余裕(ひま)はないんです。

 正面を向き、覚悟と共にCSSと目を合わせる。


「やっと僕の方を見た。あのさぁ、内輪もめすんのは構わないけど、それって僕へ侮辱だよね。つまりさぁ、冒涜だよねぇ」

「違います。単純に彼が私の言う事を聞いてくれないだけです。いつもいつも私に迷惑をかけてきます」

「っ…………」


 流石にこのセリフを食らい、多少なりともショックを受けた様子で進藤くんは影の大群の方の戦闘の加勢に向かった。

 大きくこの場は二つの戦場が構成されていた。

 一つは「影の大群」対「私以外の生徒」。

 二つは「眼前のCSS」対「私」。

 互いの戦場は干渉できないほどに離れつつあった。意図的か偶然か分からないけどCSSが離れる動きを取ったからです。


「さて、影さん。あなた、お名前は?」


 にわか雨が止み始めたので開口してみる。


「ん? 僕? 離人(リヒト)って呼んでよ」

「では離人さん、影なのに普通に会話が出来るんですね。不思議です」

「まあねぇ、僕程度に影人体(かげびとたい)の扱いに慣れるとこのくらいはお茶の子さいさいさ」

「へぇ凄いですね」


 心を込めずに棒読みする。


「でもごめんなさい。私はあなたを殺さなくてはいけません」

「ふーん。まあしょうがないよねぇ、君可愛いけど」


 この怪物に可愛いと言われても1ピコメートルほども嬉しくない。


「じゃあもういいや。死んで」


 瞬間。離人は私に超高速の突き技を入れてくる。

 見えない攻撃。早すぎる突き。でも、もちろん意味などありません。



 バチィィィィィ――――――――――――!!!



 突き出された彼の手にある剣と私の接触部分20cm手前。紫の電撃と青白っぽい火花が私を取り巻く。


「生憎様、私は電気の絶対防御を持っているんです。すぐには殺せませんよ?」

「え」


 初めて驚いたような顔を見せる。


「どうしたんです?」

「面白いね、その防御。三年前のあの人みたい。本質は違うけどぉ」


 普通の会話をしながら今度は背後に回り、背中を攻撃してくる。

 しかしながら当然、同様に紫の電気が私を守る。接触面で電撃が走る。


「へぇ……でも君戦闘つまんないでしょ」


 背後から数度腕を使って叩きつけてくる。もちろん全ての攻撃を電気が弾く。


「はい?」

「だってそんな風に何でもかんでも防御出来るって、戦いが防御主体のただの消耗戦になって面白くないじゃん? 防御自体が面白くても戦いが面白くないんじゃねぇ」

「戦闘や争い、暴力が楽しいなどと考えたことは生まれてこの(かた)一度もありませんよ。ただ人を傷つけるだけの行為に何の楽しみがあるのです?」

「心底つまんないねぇ、人間は。全員腐った脳みそしてるよ」

「あなたも人のこと言えないでしょう?」

「あ?」


 背後から渾身に振り下げた右手を私の頭上に振り下ろす。

 当然意味のない攻撃。物理攻撃など全ての接近対象をクーロン力と静電気の「虚数電荷」が排斥する。虚数域の特異体質「雷の加護(スパーク)」。


「だって、あなたも本体は人間」


 ……なはず。


「あーあ、君も僕を冒涜するわけ? 君ら一体どんなけ僕を冒涜したら気が済むんだ? えぇ?」

「私は事実を言っているだけです。それを勝手に被害妄想して言いがかりをつけているのはあなたの方でしょう」

「はぁ? 君さぁ―――」

 

 そこまで言った時。



 電界設定―――虚電(こでん)・拡張「二の段」



 彼が立っている場所を円状に展開した電界領域。そこに虚数電荷の斥力最大電気を流し込む。

 紫の電気エネルギーが激しく煌めく中、彼の体はそれでもなお傷が付かない。


「ねぇ、最後まで僕の話を聞けよ。だからこれってただの冒涜なんだよねぇ」


 おかしい。あれだけの高電圧を食らって傷一つできないなんて。

 異界術を使用している? それで生体強化を…………ううん、多分違う。

 十中八九、何かしらの異能を使用しているはず。


「あーもう気付いた? 僕の異能はさ、『(ふるえ)』―――つまりは『波動』なんだ」


 なるほどです。里緒ちゃんの『波動振(パルスブレイク)』と同じ系統の血統異能。

 よりによって雷電一族「唯一の弱点」――『(ふるえ)』が来てしまった。


 体に低周波電磁界を纏いそれで逆共鳴。簡単に言えば、波動で電気を防ぎきっている。

 これは……まずい。私は雷電一族、言うまでもなく電気以外の攻撃手段がない。かといって進藤くんや名波(なみ)さんがいても足手まといになるだけ。

 しかもしかも。まだ問題はある。私自身、まだ6割以上の能力を発揮できない。ここの医療ではそんなに簡単に「弱体化」は治療できないからです。


「てか、君さぁ、今更だけどなんで生きてるわけ? 雷電一族って『(りん)』って人しか生きてないんじゃなかったのぉ?」

「……詳しいですね」

「まあね。協力者? 知り合い? なんでもいいけど、そいつが雷電一族LOVE(ラヴ)なんだよ。マジキモイ」


 そこまで言っていた時―――。


「鈴音さん! 大丈夫か!」

「ん? 進藤くんの声……なぜ? 向こうで指揮を取ってとお願いしたのに!」


 振り返ると、走ってこちらに向かってくる進藤くんと名波さん。


「心配で来たんだ!」


 私は呆れ、もう怒りさえ湧かなかった。


「向こうの指揮はどうしたんです!?」

「そんなの決闘15位の生徒に任せたさ」


 さも当然とでもいうように、とんでもないことを口にする。

 もう何を言っても意味がないでしょう。


「お、さっきの暴言厨じゃん。続きしようよ。この電気のツインテールさぁ、防御強くてつまんないんだよねぇ。てなわけで!」


 

 はっ――――――――――!?



 その瞬間。私も彼の動きを捉えることが出来なかった。それ程に速い動きで進藤くんを突き刺しに行く。

 厳密には血吹雪が飛び散ってから「攻撃した」という事実を知った。なんせ、速すぎた。



「―――――がっ!」


 勢いよく吐血する名波さん。


「っ……!! 名波(なみ)!! おまえ……!」


 進藤くんに向かって行った一直線の突き攻撃を防ぐかのように、守るように肉壁となった名波さんは、大量出血のままどんどん生気が失われていくような表情変化を見せる。

 数度口パクするが、喋る気力も残っていない様子。

 離人の剣が言い訳できないほどにしっかり貫通し、そこから次々溢れる血液。

 直後距離を取る離人。


「名波さん、何を!?」

「そうだよ、名波、おまえ嘘だよな? しっかりしろ! 名波!!」

「し…どうくん……す………き、だった……」

「うん、もう分かった……。何も言わなくていいぞ……頼むから……」


 しかし、そんなことを言っている暇はなかった。

 一端下がっていた離人は休むことなく、進藤くんに向けて斬撃を仕掛ける。

 その手の剣には()()()()()が見えていた。

 進藤くんは死にかけの名波さんに夢中でそれどころではなかった。


「危ないっ!!」


 私は進藤くんの前に立ち、急いでその攻撃を受けるが、実は―――――――これは電気で防御出来ない。加護で防御不可能。

 けど体が勝手に動いた。

 瞬間、私の脇腹は難なく全体的に大きく切られた。大量の赤い液体が生温かさと共に床に落ちる。ぽたぽたと。


「いった……」

「えっ鈴音さん!? どうして……! 加護は!?」


「意味不明だよね。どうして人を助けるわけ? 理解不能、予測不能、意味不明、頭おかしい。脳みそ腐ってる。影人は再生するから他人を守るなんて無駄で、意味のない気持ち悪い行為しないけどねぇ」

「あなた……最低です!」

「最低?? うわ、また僕を冒涜するわけぇ? 意味不明なんだよねぇ。脳みそ腐ってる奴の考えなんて知るわけないだろ?」

「やりたくて、死にたくて守ってるわけじゃありません。勝手に……身体が動くんです。人は助け合う生き物だから!」

「うわ、ひくわー。だいたいさぁ、名波(その女)だって無駄死にじゃん。どうせ僕に殺されて皆死ぬんだし」


 そう言った離人のその言葉。それを聞き、居ても立っても居られなくなったのか、進藤くんは抱えていた血だらけの名波さんを床に寝かせ、立ち上がる。

 名波さんはもう息をしていなかった。


「てめえ!! ぜってぇ殺す!!」


 言いながら何も考えず突っ込む進藤くん。


「進藤くん、冷静に! 考えなしの行動は―――」


 離人は(あり)んこを吹き飛ばすような雰囲気で進藤くんを軽く蹴飛ばすが、その蹴りを受け、あり得ないくらいに遠くへ吹き飛ぶ。


「ぐあぁぁ!」


 まほ――じゃなかった――異界術「瞬速」のような高速度で再び、吹き飛んだ進藤くんの元へ。殺す気満々の離人が向かう。


「ははっ! 死ねっ!」



 ――――まずい。進藤くんが()られる。





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