Faker
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別荘の外へ出たあと、ブラックである式夜、舞、オレの三人は再び円山を降りることになった。
目的地は円山の麓にあるコンビニエンスストア。そこでメモ帳に書かれたジュースやお菓子などの買い出しをする。
一度登った道を下りるので億劫と思う人もいるかもしれないが、案外気楽だった。
人の誕生日パーティーなのであまり悪く言えないが、正直オレからするとあのホワイト生徒に囲まれた劣等感の塊に居る時間は苦痛でしかなかった。
鈴音と話すのはいいが他となるとすぐに実力がどうとか言い始める。
確かに異能界は実力至上主義で、その上ほとんどが血統や才能で決まる。
以前石橋翼という紙飛行機を空気抵抗でいじくる男子に努力がどうとか言いくるめたが、「異能」に関して言えば「才能五割:努力五割」が妥当だろう。
御三家はその例外だが。
そもそも御三家の異能は会得に才能もクソもない。
能力自体は他の異能と格が違うような特級クラスのものばかりだが、逆にその分、会得するために命がけで練習するしかない。
制御に失敗して命を落とすリスクと隣り合わせで訓練することを考えれば、御三家に生まれたから強くなれるというわけではない。その資格は得るだろうが必ずサクセスロードを歩めるという話でもない。
「あー、買い出しめんどくせーな」
式夜は歩みながらも、文句を垂れる。いつもよりヤンキーのような風格で言う。
「ホワイトの命令は絶対だもんねー。ホントにめんどいー」
「舞の誕生日でもあるのにな」
オレも同調すると、明らかに誇張するようにメガネのブリッジをくいっと上げる舞はなんだか楽しそう。
「へへ。でもー、今回はとーちんから一生の宝物貰っちゃったしー」
言わずもがな伊達メガネのことだろう。
「本当に喜んでもらえて良かった」
「これ貰って喜ばない人とかいないでしょ。だって、自分にとっての『人生』を取り戻せたと同時に、今まで見えていた当たり前の未来が、今は何一つ見えないんだよー? だから人がどう動くのか、これから先何が起こるのか……想像もできない。予測もできない。本当に新鮮で、この上なく楽しい。だから“人生サイコー”ってね」
ふざけて言っているが、本心が多いだろう。
君はこれから先、未知の世界を体感していく。先の読めない未開拓地を歩んでいく。
それが本来の『人生』というものだと知れるだろう。気付けるだろう。
彼女のどこか冷めている性格は、おそらく今まで当たり前のように先の出来事を予知できたから。
だが今の彼女にはそれがない。その伊達メガネが君を「普通」にする。
因果律に基づいた未来の決定性において仮想される超越的存在。全知の超人間的知性「ラプラスの悪魔」なんて物理学上のおとぎ話。
提唱された「空想」だから議論できるんだ。
それを舞のように現実へ持ってくる「悪魔」は――――オレと旬さんだけでいい。
*
数分後、目的のコンビニまで到着し、そこでメモ通りの買い物を済ませる。
「これで全部か。いうほど量はないのに、重いものだな」
コンビニ袋を両手に持ち、わざとらしく重そうな素振りを見せる式夜。
「飲み物が多いんだろ」
オレはあえて見てない振りをするが。
「統也はこっちの持ってくれるか? 重い方を頼む」
「どうしてオレが重い方なのか全く理解できないが……」
断る理由もない……。しかたない、重い方を持つか。
その袋に手を伸ばし実際持ってみるが、そんなに重くはなかった。
「んが、一番悪いのは何も持ってない舞だ」
「悪いかは分からないが、初めから舞はオレたちに荷物を押し付ける算段だったろ」
「そうそう。こいつ本当は力強いくせに、力仕事は昔から俺に押し付けてくる。子供の頃からこうなんだ」
「えー、なんか急に非難されてるけどー、今うちが悪い流れだった?」
オレは「さあな」という顔で首を傾げる。
「まいいや。ごめんねー、とーちん」
何故かオレにだけ謝る。ちなみにその表情は最上に二ヤけており、全くもって反省していないようだが、舞の誕生日でもあるので今日のところは甘くみよう。
「構わんさ。それより少し連絡しなけばならない事を思いだした。別荘には先に戻っててくれるか」
「連絡って誰に? 彼女とかー?」
「あ、統也おまえ彼女いるのか?」
「いるわけないだろ。オレなんか地味すぎて、誰も近寄ってこない」
割と事実に近いことを言ったつもりだったが舞が反論してくる。
「地味な人に近寄るほどうちの姉ちゃんはマヌケじゃないし、節穴じゃないけどねー」
この舞の発言から感じたことだが、もしかしたら大まかな正体はもう暴かれているかもしれない。少なくともオレが異能を使えることには気付いていそうだ。
やはり最初に姉・舞花から目を付けられたのは多角度的に大きな趣旨を持つみたいだな。
功刀一族で数百年に一度発症するかどうかの特異体質「妖精眼」「観測眼」―――双子共に特殊な能力域を発症している、か。
姉の方はこの眼が「反重力、Anti-Gravity」を可能とするほど。
舞花、もしかしたら異能の「虚数域」さえも扱える潜在能力を秘めているか――――オレはそんな雑念を払い、二人と別れてからコンビニの裏側へと周った。
*
『……はい、茜です』
普段と同じくして神経に一定の刺激を受け、痛みのような音を内耳神経がキャッチする。
その直後、彼女の声が脳内を流れ出す。
「敬語?」
『あ、ごめん。普通に癖。……たった今、暗殺部「N」の主力部隊を撃滅したところだったから、意識が散漫としてる』
「ん? お前今なんて言った?」
一瞬わけの分からないようなセリフをいつもの透き通った声で言われた気がする。
『だから、統也が前に警告してくれた私を狙う刺客……暗殺部隊『N』総勢120名全主力部隊の撃滅完了』
疲れているのか、少しだけ気怠そうな雰囲気だった。
「Kって本当に強かったんだな」
実は内心かなり驚いていた。
暗殺部隊『N』は暗殺に特化した精鋭部隊で、異能機動隊もいる。オレなら数十人相手するだけでも疲れるだろう。
それを120人全員無力化したとなると……現実にオレと張り合える可能性がある。
以前茜からオレと同じくらいに強いと言われたとき、冗談半分に聞いていたがこれはどうも事実かもしれない。
『あれ、もしかして私のこと見直してくれた?』
「いや、元々Kのことは評価しているが」
『そうなんだ。普通に初めて聞いたけど』
少し嬉しそうにしているところが可愛かった。
「そんなことより、無傷なのか?」
『うん、ほとんどね。外傷とかはゼロ。流石に精鋭ばかりだったから難渋しなかったとは言い切れないけど……。んと、ごめん、私の話しすぎた。今度は統也の話聞くよ。用件は何?』
◇◇◇
とある施設の無機質な廊下。ハイヒールのリズムに身を乗せつつ私は、気絶し横たわる暗殺部隊「N」数人に近寄り、その所持物を調べてゆく。無論、私が気絶させた敵兵。
身分証などから見ても「名瀬杏子」と所縁のある所属の者が大部分だと確認できた。
やぱっり統也の読みが当たったみたい。さすが。
彼の警告を受けていなければ、詰んでいたかもしれない。
『鈴音曰く「ある場所」に少なからず情報が眠ってるらしい。こちらも向かうが、Kにも派遣調査をしてもらいたい』
「ある場所に、ね。その話自体は信用できるんでしょうね」
どういうわけか統也は鈴音をやけに信用しがちな面がある。
『そんなに心配ならオレだけで行く。そっち側はあとで凛にでも行かせる』
むっ……。
「私が行く」
『……いいのか?』
何この余裕な態度の男、腹立つ。年下のくせに。完全に私のこと遊んでる。
統也が私ではなく雷電凛を頼るのは嫌だ。統也もどうせ私の心理を分かってて煽ってきている。
本当に腹立ってきた。
「じゃ、行かなくていい?」
『ん、いや、それは困るが』
あーもう腹立つ。なんかかっこいいのがより腹立つ。
「冗談よ。ちゃんと行く」
『ありがとう。いつも負担掛けてすまないと思ってる。でも、Kならやってくれるという期待もあるからな』
はいはい。
「それで、その『場所』とやらはどこなの?」
『ああ。鈴音曰く、その場所は北緯40度に位置している、ダークテリトリーの内部だそうだ』
「え? 北緯40度って言ったら、ちょうど青の境界があるけど」
自分で言っていながら、統也がこんな単純なことに気づかないはずはないとも思った。
『まあ、つまりはそういうことだ』
抽象的表現で語り、明言しない彼。
「んと、結局どういうこと?」
『オレさっき、そっちにもって言ったろ』
「……確かに」
『つまり……「雷電本家」がある雷鳴村。そこにすべての答えがあると、鈴音はそう言っていた』
北緯40度緯線が通過する旧岩手県には雷電一族の先祖地域、村群「雷鳴村」というのがある。もちろん今は廃墟地域であることは言うまでもない。ダークテリトリー内なのだから。
そんな廃墟でも、そこに答えがあると鈴音さんは主張しているらしく……。
でもなるほどね。だから鈴音は「場所」を教えたの。なら納得できる。
統也には無理かもと鈴音は分かっていた。だから教えた。
きっと彼はまだそのことを知らないんでしょうけど。
私は“贋者”だから、既に知っているのだけれどね。
いつもお読み頂きありがとうございます。
意外と口調や何気ない一言とかにも伏線を入れているので、注意深く口調などを観察すると面白い発見があるかもしれないですね。




