同意
*
オレが鈴音との談合を終え、別荘二階のフロアに戻ってみるとちょっとした事件が発生していた。
「ブラックは買い出しに行けって言ってるんだ。なんでこんなに簡単なことが分からない」
式夜と舞に向かって、堂々と説教つける彼は進藤樹だった。
やはり鈴音を探していたようで、この辺に居るとの情報を嗅ぎつけたのだろう。
「いやだから、どうしてうちらが行かなきゃいけいわけ? イミフだって言ってんのー」
「ブラックがこの場に居ること自体許されない事なんだぞ」
「おまえな、さっきから聞いてれば、好き勝手言ってるが、ここは舞の別荘だ」
式夜がそこまで言った時。
「進藤くん……?」
何をしているの?という顔で鈴音は進藤に尋ねる。
「こいつら、ブラックのくせにここにいる上、ホワイトと並んで食事してたから。しっかりと区別は付けるべきだって言ったんだ」
「ちょっと意味が分かりません。なぜ本科生と補欠生が並んで食事をしたらダメなんですか? 私には理解できないですが」
「区別だよ区別。必要な線引きだ。鈴音さんもこんなやつらと接してたらロクなことない」
「えと、意味が分かりません。補欠生と接したらロクなことないんですか? もしそれが正しいなら、私はもうすでに何十回とロクでもないことになっているはずです」
少し苛立っているか、強めに進藤に言い返す。むしろ正論を突き付ける。
「鈴音さん、さっきからどうしてこいつらの肩を持つようなことを言うんだ」
「彼らが買い出しに行かなければいけない正当な理由がないからですよ」
進藤を説得しようとしているようだが、ここで改心するようなら初めからブラックに対し差別などしない。
「もういいよー。うちらが買い出し行ってくればいいんでしょ? 円山のふもとにコンビニあったよね、シッキー」
「あるにはあるけど、結構な距離あるぞ。いいんか?」
「全部シッキ―に持たせるからいいや」
「おい」
思わずオレがツッコミを入れてしまった。
「あ、もち、とーちんも来てね」
「ああ、分かった」
「んじゃ、行くか」
式夜は意外にも行く気満々だった。
思いつめたような表情で目を逸らす鈴音は「ごめんなさい」と誰にも聞こえないような小声で発する。
まあ、仕方ないだろ。この条件で鈴音が思いつめるのも変な話だ。
とはいえ、彼女が赤い瞳を持った雷電一族である以上「差別」やそれに近い行動には敏感に反応する、か。
オレは螺旋階段を下りながら、鈴音と進藤の会話の一部を耳に入れる。
「鈴音さん、何か変な事されてないか?」
「……はい?」
明らかに不快感を示しつつ聞き返す鈴音。
「あのブラックの男にだよ。またあいつ鈴音さんに近づいて―――」
「―――近づいて、なんですか?」
「……あ、だから、近づいて変なこと考えてたんだきっと」
「そんなわけないじゃないですか」
「どうしてそう言い切れる? 彼は君と……」
「見苦しいですよ進藤くん。彼はそんなことする人じゃありません。彼は私にとって大切な友人ですので、蔑まないでください。私が傷付くので。舞さんや式夜さんにも謝ってほしいくらいです……」
オレが下りる階段で聞き取れたのはここまでだったが、鈴音は本当にいい子だなという感想しか出なかった。それほどに深い仁愛を持っている女子だと。
進藤は学校内でも男子アイドル的に人気な存在だと聞いた。そんな彼を容赦なく説き伏せる質実剛健さ。精神的には高校生を優に超えていそうだ。
どんな経験をすればああなるのか……両親は若くして亡くなっているという話だったが……。
オレは階段を下りていく中で全く違うことを考える。彼女が教えてくれた、答えがある場所。
彼女がバルコニーで述べた「場所」。
おそらくそこに、すべての答えがある。真実がある。
*
「あー! 統也さん!! 来てくれたんですねっ!」
「同意」
式夜と舞と並び、階段を下りきった矢先、正面の女子二人から声をかけられる。千本木刀果とハン・リアで間違いないだろう。
「刀果、ハン……楽しんでるか?」
特に話す内容もなく、近寄ってきた彼女らに適当な質問を投げかける。
「ええ、まあまあですっ。……隣に居るお友達は?」
「クラスメイトで、優秀な分析屋とヒーラーだ」
「すごっ! ヒーラーなんていたんですか。異界術ってやっぱり奥深いですね。想像の斜め上を行くというか」
刀果は何の問題もなく舞や式夜を見る。差別的な視線の一つない。
これだからオレはこの子に好感を抱ける。
普通のホワイト生徒はブラック相手に基本差別する。どんな形だろうとこの原理的視点は変わらず、必ずともえるほどにブラックを蔑む意識が根幹にある。
もちろん異能者からすれば異能の使えない相手は無能者ということになり、あながち「無能」は誤認じゃないともいえる。
実際最初は刀果もオレをブラックなんて、と思ってはいたみたいだ。しかしながら彼女は助けれた経験からオレに嫉妬心を抱くどころか、現在は真正面から実力を認め、慕ってくれている。
人の弱さ、強さをそれぞれ正しく認識し、理解してあげられる。
「意外か?」
隣で放心している舞に聞いてみる。
「うん……まあねー。千本木刀果さん、だよね? 懲罰委員幹部の。……もっと差別されると思ってた」
「私そんなことしませんよ。統也さんが優秀と言っているんですから、凄い方達なんだと分かってますし」
「……凄いねとーちん、いつの間にこんなに尊敬されちゃったのー」
「尊敬……されているかは分から……」
そう言っている最中、刀果が「うんうん」とあからさまに頷きかけてくる。
「されているみたいだな」
「はい、もちろん尊敬していますよっ! 剣も使えて、私の師匠になってほしいくらいです」
「弟子にはしないぞ。第一オレは他人に何かを教えれるほど出来た人間じゃない」
「そんなことないですって!」
「そんなことしかないんだ」
「同意」
もはや何に同意したかさえ分からないタイミングで同意するハン。
「仲良くやってそうで良かったよー。とーちんが懲罰委員に入るって噂で聞いた時はホントに愕然としたけど」
「確かになぁ。俺も統也が上手くやってるのか心配してたんだが、まるで笑いものだ。ここまで溶け込めているようなら何の問題もなかったって話だな」
それからもしばらく、五人で他愛もない会話をして親交を深めた。
意外にも舞はコミュニケーション能力が高く、比較的誰とでも仲良くできそうな態度や会話形式を取る。おそらく相手の性格などを観察し、巧妙にその場を支配してるのだろう。
と、そんな時。意味もないような動作で、少し距離を取ったハン・リアはオレの方を見て、手招きしてくる。
「ん? 来いってこと?」
「同意」
「悪い。舞と刀果、少し行ってくる」
式夜達にはそう告げ、ハンについていくと、離れた人気のない場へ連れてこられた。
何か深い意図があるのか。率直に言えば何一つ分からなかった。せいぜい告白されることでも祈ろうか。
オレは一応警戒態勢を取るが、これも一種の癖であり彼女を疑っているという意味ではない。
「で、ハン。何か用か?」
「統也……多分……異能持ってるですよね?」
小さく控えめな声でだが物凄くインパクトの強いセリフを言われた。
しかも韓国からの留学生だからか日本語が正しく言えていない。
「ん、どうしてそうなったか分からんが」
「刀果から聞いたです。『千斬』をマフラーで防いだって。普通……『千斬』を防げるのは『千斬』か異能『三種の神器』だけ」
彼女の言う「三種の神器」とは森羅万象を支配している物理法則の頂点を操作する御三家の異能『檻』『衣』『糸』のこと。まとめて呼称する際、御三家異能やこの呼び名を使う。
「そうか。だから異界術じゃ防げないってことか?」
「同意」
「なるほどな。確かに言っていることは間違っていないが、世界の異界術もまだ解明されていない領域が多い。実際に防げるかどうかは判断できないと思うが?」
「……ない。マナの作用力……異界術と異能では桁違いです。あり得ない」
へー、意外と賢いな。マナの理論をある程度正しく認識できている。
マナの作用力から考えて異界術では『千斬』を防げない、と。
異能の強度は基本的にその人が持つマナの作用力によって決定される。
「分かった。じゃあ仮にオレが異能者だったとしよう。それで君はどうするつもりなんだ? この事実をみんなにバラすか?」
「……ない。そんなこと……しない、です」
「何故? オレは異界術士だと嘘をついていることになる。みんなを騙してるんだ」
「同意。……でも……他人に迷惑……かけてないです」
他の人にとって不利益はないため問題ないということか。
「そのかわり……メンバーが影人調査部隊に配属されたとき……正直に言ってほしいです」
まあ、影人調査部隊に配属されれば否応でもバレてしまうがな。オレが空間を操る異能体『檻』を展開できる名瀬一族だと。異能力者であると。
「メンバー」と言い切っているところから察するに、恐らく「光の剣」メンバーは全員等しく『矛星』に入ろうと志願している。そのための懲罰委員所属でもあるしな。
そしてハン・リア、表情一つ変わらない不思議な子だが、悪い子じゃなさそうだ。
「いいだろう。みんなが無事『矛星』に入ったときには、自分から正体を明かす。楽しみにしていてくれ。きっとみんなオレの正体に驚くだろうからな」
「同意」
彼女は普段通り同意しながら、少しだけ表情を緩めた。




