彼女の正体
*
オレは二時間前まで滞在していた樹海公園で鈴音さんとの会話を済ませ、互いの「雷電さん探しの作戦」を立て終えたところだった。
今は捜査をしている最中であり、目立たないよう人気を避けながら街を歩き回っていた。
作戦といっても、オレたちのようなガキには大きなことは出来ないのが現状だ。
「これは思ったよりもキツイかもしれないな」
『統也が先に音を上げてどうするんですか。……あ。また約束を忘れて敬語を使っちゃった……。私、敬語を使うのが癖なんですね。あ………』
相変わらずKが敬語とタメ口を混同していた。
「ふっ。そこまでいくと、もはやギャグだな」
耐えきれず笑いが込み上げてくる。
オレはチューニレイダーを使用しKと会話していた。
オレの常備しているマフラーにより首元が隠れるのでチユーニレイダーが周りから見られることはない。
『全く笑えないよ』
文句でも言うかのような口調でKはそう言う。
鈴音さんと互いに作戦を考案し合った時に出た案は「手分けする」というものだった。
すごく簡単な話だが、見つける「目」の数が増えた方が尋ね人は早く発見出来る可能性がある、ということにより決定した。
オレたちは二手に分かれ雷電さんの捜索を開始した。
既に手分けして行動しておりオレはオレ。彼女は彼女の探し方をするだろう。
問題は探し方だ。
道端にいる一般人に「雷電さんという方を知りませんか」などと聞いて回る訳にはいかない。そんなことをしていれば不審者だろう。
オレは2時間前に鈴音さんと話した時に、当てがあるからそれを利用して探すと伝えたのだが、想像よりKはこの捜査では役に立たないかもしれない。
当然、当てがあるというのはKのことだ。Kの捜査能力を借りる。
朝にもKとは連絡を取っていただけに謎の親近感がある。
「そんなことより、この辺りはどうだ? 電気系統のマナは見つかったか?」
オレは当たりを見渡しながらKに確認する。
『青の境界内では磁気変化が激しすぎて電気系魔素をキャッチするだけでも難しいみたい。私もこの道の専門家ではないから、正しいことは分からないけど、おそらく少量でもキャッチすればここの数値が上がるはず……』
Kの言う「ここ」とは、彼女が見ているモニターの中のとある数値のことのようだ。
『……あれ? 待って。私が見ているこのデータ、見間違ってたかもしれない……』
「……と言うと?」
『いや、でも……』
彼女は何やら随分考え込んでいる様子だ。当たり前のように顔は見えないが。
「どうかしたのか?」
『うーんと。もしかすると元々その辺、つまり仙台代市周辺にエレクトロンコンケスティングを持った人がいるかもしれない』
は? 彼女は当然のように衝撃的なことを述べる。
今なんて?
「……この都市に……いる?」
『ええ、元々この数値が動いてなかったから、マナの規定値に変化がないと思い込んでた。けど多分、それは違ったんだと思う。元々統也のいるその場所にはエレクトロンコンケスティングの持ち主がいた。だけど、その人はここから遠くへ離れたりしていない。だからそのまま数値が変動せず、私も気づかなかった」
つまりこの都市に潜伏していたということか。
雷電と呼ばれるその人は、元々この街に居ると踏んでいたが、やはりな。
「そのマナの現在の座標を割り出せたりしないのか?」
『そんなアニメみたいなことは無理だけど?』
「……だよな」
『でも……』
「ん?」
『奇跡みたいな話だけど。さっきまで統也の近くにいたみたいだよ。えーと樹海公園……って公園がある所』
おいおい。なにがどうなってる。さすがに、それは理解に苦しむ。
「さっきオレがいた公園?」
『うん……だと思うけど』
Kとオレはレーダーのようなもので繋がれているため逆探知も探知も可能だ。
とはいえ、PCなどを持っていないのでオレ側からは彼女の情報は一切得られないが。
その探知を使いオレの居た場所は割り出せる、というわけだが、Kはそれでオレが先ほど樹海公園にいることを知ったのだろう。
「その位置をもっと正確に割り出せるのか?」
『位置座標は無理だけど、統也との相対距離なら推定出来るよ』
「お願いしていいか?」
『少し待ってね、今計算してみる』
「ああ、頼む」
オレはKに計算してもらっている間、人気の少ない街中の歩道で、相変わらず辺りを見渡していた。
Kからの音声が聞こえたのは、それから数分後だった。
『統也……』
「ん?」
『私に……嘘ついてる?』
開口一番にそんなことを言ってくる。
「嘘? なんのことだ?」
さっぱり分からない。
「それより計算は……」
『誤魔化さないでくれる?』
冷静な口調で彼女はオレの言葉を遮る。相当誤魔化されたくなかったのだろう。
だが実際、嘘をついた覚えはない。
「誤魔化すも何も、オレは一度も嘘はついてない」
『そう。でも、その例の公園で誰かと話してたんじゃ?』
彼女になぜそんなことがわかる?
確かに樹海公園では鈴音さんと会話していた。だが……。
オレは電気系統のマナ、エレクトロンコンケスティングの持ち主を探すとしか伝えていないが、なかなかどうしてオレの行動を把握している。
当然のように、オレがどこに居たかまではソナーの探知能力で賄えるかもしれないが、オレがどんなことをしていたか、という具体的な行動範囲まではKには把握できない。
「……いや、確かに知り合った人と話してたが、それがどうかしたか?」
『どんなの容姿の人?』
彼女は何故か少し怒ったかのように聞いてくる。彼女らしくない珍しい様子だ。
「低身長で、黒髪ツインテールの女子高生だが」
隠すことでもないと思ったので、オレは正直に鈴音さんの容姿を説明した。
この際、鈴音さんの瞳が若干赤みがかっていることは伏せておいた。
『そう……。統也はその人とはもう一度会えるの?』
「3時に樹海公園で一旦落ち合う予定だ。互いにケータイの類を持っていなかった」
現在オレはスマホを所持していないため、連絡ツールはゼロに等しい。
よってこんな方法でしか鈴音さんとは約束が出来なかった。
それにしても何故そんな質問をKはするんだろうか。
『なら今すぐその人を探して』
「いや、なんでだ?」
その指示の意図がまるで分からない。急にそんなことを言われても状況を理解できない。
『その人は統也に嘘をついてるかもしれない。彼女はなんて名乗ったの?』
「小坂鈴音だと聞いてる」
『やっぱりね。その人は小坂なんかじゃない』
「なに?」
だから、なんでそんなことがKにわかる?
思い返してみれば、樹海公園の近くに小坂町という町への案内看板があった。
そんなどうでもいいことがオレの頭の中でやけに強調されてくる。
それにしても、Kはそんなことですら分かるのか? そんなはずはないんだがな。
(オペレーション室様様、というわけか)
オレは心の中で皮肉を言う。
そんなとき彼女は口を開く。
『その人は全く小坂なんかじゃない。その人は─────』
なんだと……?
脳内に、その名の通り電撃を浴びたような感覚に陥る。
オレはそれを聞くや否や、来た道を全速力で走り出した。
*
成瀬さんを騙すのは少し心が痛むけれど、本当のことを話すわけにはいかないんです。
私が初めてここを訪れたとき思ったことは、間違ったかも、だった。
けど間違ってなんかいなかった。
現在の仙台代市の街並みや樹海公園の様子。そこから考えるに、私は間違っていたわけではないらしい。
樹海公園の中央広場に噴水がなかったので、おそらくその考えは当たっているだろうと思います。
それにしても成瀬さん、彼は人工川を創作するのはどうか、と訊いてきました。
正直寒気が走りました。
来年に配備されるはずの人工川をなぜ彼は知っていたのでしょうか。
だけど、おそらく気のせいでしょう。そう考えることにした。
いや。そう考えるしかありません。そう考えることでしか、自分を納得させることが出来ません。
加えて、成瀬統也さんの姓が雷電じゃないことにはとても驚きました。
てっきり彼が雷電であると、そう思ったのだけれど。
数少ない情報を手掛かりにしてきたけど、なにせ高架下で待っていることしか分からなかったのだから。
それと傘を持っていくべきだということも。でも事実、雨は降っていた。
すごいです。母の言う通りでした。
母が最期、私に言い残した言葉が頭の中で反響するように再生されます。
「鈴音……。二つの傘を持っていって。きっと、そこでは雨が降っているだろうから。もう一つの傘は私の折り畳みのやつを用意しておく。それを彼に渡してくれたら…………いつか、その『彼』に伝わるはずだから」
母は長い髪を揺らしながら少し微笑み、そう言っていました。
そんなことで、傘を2つ持って行って良かった。
でも……その高架下に私の思っていた人物はいなかった。
マフラーをしていたから、てっきり彼がそうだと思ったけれど、この季節にマフラーをするのは別に特段珍しいことじゃないのも事実なのだ。
そして。
私の苗字を聞かれた時は少し慌ててしまった。
まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった。
探してる人といい、私の姓といい、他人に気安く話せることではない。
だから、不本意ではあるけれど、その辺の看板に書いてあった小坂町から取り、偽名を使わせてもらいました。
私は少なからず面倒なことになっている。そういう自覚があります。
私自身の活動の時間制限やマナの制限、壊れたチューニレイダー。
成瀬くんも探してくれている「彼」を探さなければいけないこと。
成瀬くんには悪いことをしたと思っています。嘘をついたこと。あなたがマナ持ちの異能力者であることを確かめたこと。
彼の青い異能を見てしまった時にとぼけてみましたが、うまく誤魔化せてはいないでしょう。
その確認で彼が本当は強いのだろうと分かった。
あの時、公園のベンチで私の目の前に来たサッカーボールを簡単に防いでくれた。
近くや後ろに遊んでいる子供たちがいることも視野に入れて、周囲の人に衝突しないよう、受け流すのではなく受け止めてくれました。
彼の善意でしてくれた優しい行動。
あの時の温かさと、そのとき私が感じた「満たされていく感覚」。これを忘れることはないでしょう。
あれほどの精密な異能を早く展開できる才能があれば「奴ら」との戦闘にも苦労はしないでしょう。
私は、彼が私の顔の目の前で発動した異能を思い出す。
でも、確かあの異能は……。
蒼く光り輝くガラスのような障壁の展開……。
あれは……。
ううん、記憶違いかもしれない。
私は歩道を歩きながら首を振る。
そんな凄い異能力者がこんなところに居るはずがない。そう考えることにしました。
私は、歩道沿いの右側にある機械修理店の入口ドアの前で止まる。
壊れたチユーニレイダーをセーラー服のポケットから取り出し、その場で再び確認する。
そのボタンを押してみるも装置は反応してくれない。
「やっぱりダメか……」
私がこの都市に訪れた時点で、このチューニレイダーは神経安定装置が不良を起こし、うまく駆動してくれなかった。
(これを修理するのが先ですね)
とはいっても、これが簡単に修理できる物ではないことも確かなことです。
ここの技術が追い付いているか……。
そんなことを考えている時でした。
「ッドン!」
大きな爆発音と共に数百メートル先で黒い煙が立ち込めるのを確認する。
ずっと向こうのこととはいえ、私は一瞬身構える。
「何事だ!」
目の前の機械修理店で働いていると思われる50代くらいの男性店員が店から急いで出てきて私と顔を合わせる。
「分かりません。今すごい爆発があっちで……」
私は煙の立つ方向を指差す。
「なんじゃ、ありゃ。火事か?」
「さあ……私にはさっぱり分かりません」
「爆弾とか、テロじゃないといいんだけどなー。にしても、この近くじゃなくてよかったべ」
そう彼は言いますが、ただの火事ではないのは確かでした。
変な胸騒ぎがする。
私は嫌な予感を感じ取る。この予感は異能力者特有の勘のようなもので、大抵当たります。
私はそっちの方角に向かって走り出す。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! そっち行くのは危ないぞー!」
私の背中に店員さんが声を掛けてくれるが、私は止まることも振り返ることもない。
黒い煙が上がる方に向かって走り続けるだけ。
私のツインテが激しく揺れる。
ただ、出来ることなら、なんでもする。
私はあの時にそう決意したのだから。
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