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悪夢の前。



  *



 日付をまたぎそうな時間帯。あたしのギア統也がホテル部屋のシャワーに入っている最中、歯磨き粉を取りに洗面所へ行ったときだった。

 別に統也の何かを(さぐ)りたかったわけじゃない。けど、魔が差した。

 統也は何かを隠していると知っていたし、それが本人にとって暴かれたくない事なのも理解していた。

 疑わしきは罰せず。

 でも―――。


「これは……」


 思わず声を出してしまった。冷静さをどこかへ飛ばしてしまった。

 小さい声だったのでシャワー室内でシャワーを浴びる統也には気付かれていない……よね? 

 水流音が干渉して聞こえないはず。

 って言っても統也は本当に鋭いから、もしかしたらこれも想定済み? かもしれない。


 彼の脱ぎ捨てられた服の下に隠すかのように置かれていた「謎の装置」を見る。

 見た目だけで言えば腕時計のベルトがないような形状でどこかに身体に接着する機器に見えた。

 黒い塗装のある外装、中心はスケルトンで、内部は見たこともない無数の歯車が回転していた。

 あたしはこれでも理系で、物理学、化学、工学は得意分野。だから分かるんだよね。

 この機械はおかしいって。

 

 この機器、充電コードを差すプラグレシーバーや電池を入れるカバーがない。まるで原動力となる電源無しで無尽蔵に動き続けてるみたい?

 しかもこの機器から読み取れる磁気波動、異常に体内神経を乱される。触れてるだけで神経を逆なでされるような……この感覚……何。

 しかもこの違和感……どこから来てる? 耳の奥? 


 この装置は、一体何?

 そして統也って本当は、何者?


 

  *



 オレはシャワーを浴びつつも洗面所にいる里緒を見る。浄眼で透視しているため彼女の行動は丸見え。気配を感じ、確認してみたらこの通り。

 チューニレイダーを見られた――か。

 本当は軍規定により処分しなければいけないが、オレの不手際として見逃そう。第一オレは彼女を殺したくない。


 数分経ってシャワーから上がった後、存外にも里緒は何も言ってこなかった。

 しかし明らかに何かを考えている様子で、それがオレの持っている得体の知れないデバイス……チューニレイダーのことなのは明白事項だった。


「里緒、そろそろ寝るぞ」


 二人ともご飯はシャワー前、適当に済ませていた。


「うん……寝る」

「どうかしたか。何か思いつめているようだが」

「ふと疑問に思ったんだけど、統也ってさ、どうやって『檻』をこの歳でも使えるようになったの?」

「というと?」

「『檻』って、平たく言えば時空間を支配する異能なわけで、楓さんの異能『(ゆがみ)』の派生「歪曲」と同様の空間制御方式。でもそれって三次元空間に干渉するから難易度や危険性が高く、会得に20年以上かかるって言われてるんだよね。実際『檻』で空間を制御するための精密なマナコントロールとかって相当難しいんでしょ?」


 てっきりチューニレイダーのことを遠回しにでも聞いてくると想定したが、的外れだったらしい。

 里緒の話通り、御三家の異能はどれも使いこなすために二十年を要すといわれている。

 檻の場合は「空間」、衣は「エネルギー」、糸は「光」。難易度の高い各制御を上手く行わないと異能演算やその負担に耐えられなくなって脳細胞が焼き切れることは有名。

 つまりその難関を早期に完成しているオレや玲奈は例外的であり、御三家異能者のほとんどが成人してからそれらを使えるようになる。


「そうだな。異能の訓練時期はすごく長かった。その間、死ぬようなキツイ訓練を続けたんだ。厳密にはある人に()()()()()()んだが……。さらにオレは一人の女子から異能因子を借りて、異能の才能を底上げしてる。だからこそ会得できたのかもしれないな」


 才能を底上げ、と言っても才能を増やせるわけではない。あくまで会得までは努力あるのみ。

 オレが「青電」由来の檻「蒼」なのは、明らかに凛から貰った異能因子「蒼電(サファイア)」の影響が濃い。


「でも凄いよね統也、この若さでそんな難しい異能を使いこなせるなんて」

「オレ的には『波動振(パルスブレイク)』も大概だと思う。波動操作は無意識的にコントロールミスが多くなるらしいからな」

「ううん、謙遜しなくていいよ。100%どっからどう考えても『檻』の方が凄い」


 そんな異能の会話を暗闇で続けながら、オレ達はそれぞれのベッドにつく。

 里緒が何故(なぜ)いきなりそんなことを聞いて来たのか、オレには分からなかった。


 この後は驚くほどに何もなかった。



  *



 それからというもの、夏休みは物凄いスピードで加速していく。そう錯覚できるほどに日々の経過は早く、このままではあっという間に夏休みが終わりそうだった。

 相変わらず蝉は鳴き続け、蒸し暑い日が続いた。

 青の境界で密閉されたIWは暑さをより増すらしく、三年前の夏と比べても不快指数が高いらしい。


 昼間は(こう)、栞、(みこと)の三人と遊んだり、出かけたり。

 夕方からは異能士学校に通い、式夜、舞と会う。その授業の放課後には懲罰委員の活動として見回りや委員会に出席。その際に「光の剣」メンバーにも会う。

 最近仲いいのは刀果(とうか)だ。

 気さくに話しかけてくれる心優しい性格と、天然でおっとりした感じが一緒にいて割と気楽。

 なぜか雪華も日に日にオレに対し話しかけてくれるようになっていた。



「統也さん、統也さん!!」


 刀果に呼び止められ振り返る。

 8月16日、21時頃。当然空は暗く、開放された窓から吹きつける風は少しだけ涼しかった。

 懲罰委員会が終わり、みんな帰宅しようと準備していた。

 オレもマフラー巻き直し、委員会室から去るところだった。

 

「ん、どうかしたか」

「あの、19日に開催される誕生パーティに一緒に行きませんか?」


 なぜかパーティーに誘われる。

 近くにいた椎名リカや他の委員メンバーもこちらに意識を向ける。

 委員のメンバーは幹部の「光の剣」だけではなく他にもいるが、基本彼らはブラックながら懲罰委員というオレの存在を煙たく思っているようで、あたりも強い。


「誕生日のパーティ? 誰の?」


 面白いことにその日はちょうど(まい)に誘われていた日だった。

 舞が誕生日会を開くので来てほしいとのことだった。

 あ、いや待てよ。舞が誕生日ということは……。


「異能決闘順位(ランク)第2位で有名な功刀(くとう)舞花さんです。知ってますよね?」

「ああ、一応な」


 舞が誕生日であるということは双子の舞花も同じく誕生日であるということを意味する。

 誕生会もおそらく同一の場所か。

 なんて答えようか迷っていると、近くにいた他の男性メンバーが口を開く。志波(しば)健斗(けんと)という男子生徒だった。


「千本木さん、こいつはブラックですよ。しっかりとした区別は付けるべきです。こんな無能を会場に連れていくなど、正気とは思えません」


 すると何故(なぜ)か少し怖い顔を作る刀果。彼女にしてはレアだった。


「人の誕生を祝う会に無能も有能もありません。そんなことも分からないあなたの方が必要ないと思います」

「はい? 僕はただ、このマフラー男に来てほしくないだけです。異能を使えないような無能は影人と戦うべきではない。僕らのような選ばれた異能者と肩を並べるべきではない」

「さっきから無能無能って。統也さんは私を――――」


 その先のセリフはリカに止められる。


「刀果、まあ落ち着け。志波は統也の実力を知らない。無理もねえさ。あたいだって最初はブラックなんてって思ってた側だしな」

「それは、私もそうでしたが……」

「もとより統也はあまり気にしてないみたいだし。な、どうなんだ?」


 他人事のように静かに傍観していたオレだが急に話を振られ、慌てて答える。


「え、ああ。別に気にしていない。オレがブラックなのは事実。だから否定する必要もない」


 言うと悔しそうに(うつむ)く刀果が横目に見えた。

 オレの実力が否定され、無能認定を受けたことで相当立腹してくれている様子。

 なんとなく刀果のために口を開きたくなった。


「だがな志波、オレは異界術のみであんたを倒せる。だから、無能というのは少し違うかもしれない」

「は? 何言ってんだおまえ。そういう妄想か?」

 

 オレはそれを無視して続ける。


「それと、誕生日パーティーには元から招待を受けてたんだ。どちらにしても行くことになるだろうな」

「あっそうかよ」


 ぶっきらぼうに言い放ち、つまらなそうに委員会室から出ていく志波。

 彼が教室を出て、気配が消えた。よって教室内にはリカと刀果、オレが残った。


「ていうか、統也も誕生会に来るのか?」


 リカは開口一番に尋ねてくる。


「一応な。みんなも招待されてるのか?」

「あたいらは学内でも結構有名どころだから招待されて当然だが、統也は意外だった。でもあのお嬢様、舞花がお前を招待したとは思えないから……したのは妹の舞か?」

「鋭いな。正解だ」

「やっぱなー。舞花はブラックをあんまり嫌ってない側だからワンチャンとは思ってたけど流石に接点なさすぎるんもんなー」

「舞花があまりブラックを嫌ってない? そうなのか」


 舞花は異界術部・ブラックを嫌っていると認識していたが、どうやらそんなことはなかったらしい。


「妹の舞が脳に負荷をかけすぎる眼を持ってるとかで寿命が縮んでて、それを治すための手術代を稼ぐのに異能士になる予定だって言ってた。だから本当は黒とか白とか興味ないんだろ」

「なるほど」


 いいことを聞けた。

 舞は自分語りをしないので詳しい境遇などを知れずにいたが、思わぬところで収穫があった。

 以前里緒が言及していた舞花の「双子のために頑張っている」とは、手術代のことだったと点が繋がった。

 また、記憶が欠落するほど脳を過剰に稼働させる人が長生きできるはずもない。今思えばかなり当たり前だった。



 オレは舞にLIMEを送ると数秒後すぐにリプライが来た。


統也 21:23「明日、異学の校門で待ってる。案内よろしく」


 誕生日パーティーが開かれる功刀家所有の別荘まで案内してもらう手はずだった。


まい 21:23「うんうん 誕生日プレゼント期待してるねー」


 プレゼントくれって圧が凄いな。


統也 21:24「分かった」




 こうしてオレは彼女らの誕生日パーティーに行くのだが―――――――。

 




いつもお読み頂きありがとうございます。


興味を持ってくれた方、早く続きが見たいと感じてくださった方がいれば、評価、ブックマークなど是非お願いします。


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