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青の境界 ~世界に六人しか存在しない特級異能者の一人、実力を隠し暗躍する~  作者: 蒼アオイ
第一章 プロローグ「二つに分かたれた世界で」
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始まりの公園

  

  * 


 木々の集まりで緑に包まれる大きな公園の一角(いっかく)。向こう側には遊具やグラウンドなどがあり、子連れの親子や学生などの人々で(にぎ)わっている。

 木々の間から微かに照らす陽光が暖かく心地いい。


 オレは周辺を確認した後、右側にいる鈴音さんに視線を向ける。

 彼女は黒髪のツインテールを穏やかな春風に乗せながら、どこか遠くを見つめていた。


 オレたちは端っこにある屋根付きのベンチに二人腰を掛けていた。当然おれたち二人の間には40cmほどの空間、「間」がある。

 出会って間もないのだから当たり前のことだろう。


「どうですかね、ここ。森みたいで好きなんです」

 彼女は周りを見渡しながらそんなことを言う。

 確かに自然を感じられる。彼女はこういう自然がある場所が(この)みなのだろうか。


「あの場所に噴水なんかあったらどうですか? いい雰囲気になると思いません?」

 彼女は公園内の一部を指さし、唐突にそんなことを言い始める。

 その示唆した場所はただの平地で周りに花壇が少々ある程度。他には何もないように見えるが。

「……噴水?」


「はい。噴水です」

 彼女がこれを(かん)で言っているのなら驚くことだが、そういうわけでもないだろう。


 オレの「()」は彼女が指差(ゆびさ)した部分の真下、平地の地下にある水道管をしっかりと捉えた。

 もちろん地面を貫通して視界が通った、という意味だ。

 至極当たり前のことだが、これは他の人には見えないものだ。

 当然彼女にもその一端すら視認することは出来ないだろう。


「鈴音さん、面白いことを言うんですね」


「え、そうでしょうか?」

 彼女の方を(うかが)うとキョトンとしている様子だが、色々な意味で面白いことを述べる人だなと感じるのは事実だ。


 彼女はオレなんかに興味はないと思っていたので、こういう会話をすること自体想定さえもしていなかった。

 実際、彼女はオレに対し興味の欠片(かけら)もないだろう。だが、彼女はそんな薄情(はくじょう)な人ではないということだ。

 きちんとオレとコミュニケーションをとり、オレがどんな存在なのか、どんな人間なのか。そういった沢山の要素をオレから観察することで人間関係をしっかり構築しようとしている。


 オレは昨日の段階から彼女の接触が罠や企てではないかと勘繰っていた。もちろん可能性は低いと考えていたが、不自然な言動が多々あることなどを含めるとあまり安全圏確定とは言いがたかった。

 だが今日、こうして対面し話すことでほぼ確信することが出来た。彼女は見た目通りの優しい子であると。

 ただし「マナを持っている」という特異な事情を除けば、の話だが。


「オレからすれば、鈴音さんはかなりユーモアな思想ではないかと思います」


「はははっ……。そうですかー? そんなこと言われたことないです」

 首を右のほうに(かし)げて、笑いながらオレの方を軽く見る。

 首を傾げた際にツインテール状に結ばれた黒髪が揺れる。

 こういうところは可愛さというより少しあざとさすら感じるくらいだ。


「だって噴水を想像で置いてみる人なんていないですよ」


「えーそうですかね?」


 その時のオレは地下に見えた水道配管の仕組みを軽く理解し終わる頃だった。

 おそらくここは子供たちが遊べる程度の小さな人工(じんこう)(がわ)を作る予定だった場所。または保留した場所だと考えられる。つまりこれから作られる可能性もあるということだ。


(オレも少しふざけたことを言ってみるか)


「その噴水に川なんか繋げてみたら(なお)いいかもしれませんね。人工の川です。子供たちが水遊びを楽しめるように」


 三秒ほどの()があった。


「え……今なんて?」


 彼女の表情から徐々に笑いが消えていく。


 先ほどまでの笑顔はすでに消え失せていて真面目な横顔がうかがえる。

 オレはそんなに不思議なことを言っただろうか。もしくは気に止まるようなことを。

「その噴水に川を繋げたらもっと良くなるのでは……と。ダメでしたか?」


「……いえ。成瀬さんも変わったことを言う人だなと。そう思っただけです」


「ほんとに深い意味はないんですよ。ただのオレの妄言(もうげん)です」


「だとしたら、少し怖いくらいです」


 怖い? 何がだろう。

 オレは彼女を怖がらせるようなことを口にした覚えはないのだが。


 オレが黙っていると、彼女はもう一度口を開いた。

「成瀬さんは預言者ですね」

 今度は先の真面目な表情とは変わって、冗談っぽくそんなことを口にするが果たしてどういう意味なのか。


 預言者とはその名の通りこれから起こる事、すなわち事象を予言する者のことを言う。

 オレは、川を作るのも悪くはないと彼女に伝えたに過ぎず、そうなるだろうと伝えた覚えはない。

 つまり彼女は何の疑いもなく、ここに川が作られると認識していることになる。

 ここに川が作られる可能性に気付いたのはオレの特殊すぎる目のお陰だ。だが彼女は可能性どころか、川ができる前提で話を進めている。

 それはもう彼女のほうが預言者ではないか。


 そんなことを考えていると彼女の方から話しかけてきた。

「そう言えば、成瀬(なるせ)さんって下の名前はなんていうんですか? 教えたくなかったら無理強(むりじ)いはしませんけど」


「オレは成瀬(なるせ)統也です。統一の『(とう)』に『(なり)』と書いて『とうや』って読みます」


「とうや……。いい名前ですね」


「そうですか?」

 実際のところ、オレは名瀬という本当の苗字も統也という名前もあまり好きではない。


「はい。かっこいい名前だと思います。私は……小坂(こさか)鈴音といって、『(ちい)』さい

(さか)』と書いて小坂に(すず)(おと)です。単純な字面(じづら)ですよね」


 この近くに小坂(こさか)町(秋田県(あきたけん)鹿角(かづの)(ぐん)の町)と書いてある看板を見つけたがこんな偶然もあるんだな。


「いや、オレは鈴音という名前はかなりいいと思うよ。綺麗な響きだから」

 これはオレが本心から思っていることだ。この「すずね」という響きは綺麗だと、出会った当初から感じていた。


「えー。ありがとうございます。あまりそういうこと言われないので嬉しいです」

 見たところほんとに彼女は喜んでくれているようだ。


「じゃあ今度はオレからも質問良いですか?」


「いいですけど……」

 彼女は頭に疑問符を浮かべたような表情をする。


「君何年生? ずっと聞きたかったんですけど、聞く機会を逃してたんだ」


「うんと、じゃあ逆に……私。何年生に見えます?」

 彼女はいたずらっぽく笑いながらオレにそんなことを問いかけてくる。


(質問したのはオレのはずなんだが……)


「高一くらいかな?」

 もしも彼女が本当は中学生だったとしても高校生だったとしても問題が生じないようにしておいた。

 150センチ(きょう)という低めの身長から察するに本当は中三か中二くらいに見えるのだが、だとすると言葉遣いが綺麗で行儀が良すぎる気もした。

 実際彼女はセーラー服を着ているので大体は当たっているだろう。


「正解です! やっぱり成瀬さんは預言者か何かですか?」


「いや、なんとなくです」

 適当に中間を選んだことが功を奏した。危ない危ない……。


「でも今期からは心機一転、高校二年になります」


「え、なら新高二か。あー……じゃあオレたち同学年だな。ずっと敬語を使っていたが、その必要はないらしい」


「そうみたいです」

 そうみたいです、という割には敬語を使ったままだ。

 これはではまるでKとのやり取りのようだ。Kもしばらく敬語を使っていた。


 オレは敬語が嫌いだが、みんなは大好きなようだな。

 そんな皮肉を考えた。


「それで、そろそろ本題に入ってもいいか?」


「……はい。雷電さんを探してくれるんですよね?」


「ああ。それは構わない。でも探し方にも効率というものがある。むやみに探すんじゃ、半日で大きな効果は望めない」


「全くその通りです。色々説明しますから、それを探すヒントにしてください」

 そっちから説明してくれるのか。いや、でもそれだと効率が悪いな。


「いや……。オレが質問するから、答えられるものだけ回答してくれないか?」


「はあ……。それは全然いいんですけど」

 とりわけ彼女からすれば不思議な申し出だろう。


「じゃあそれで頼む」


「はい、わかりました。では質問をどうぞ?」


「まず雷電さんの名は?」


「さあ……残念ですが不明なんです」

 歯切れが悪そうに口を開く。


「そうか。次に年齢は分かるか?」


「私と同い年なはずです」


「性別は男性?」


「そうです……」


「顔や外見、恰好(かっこう)は?」

 彼女は下を向きながら何も言わず首を振った。

 つまり分からない、ということか。


 なるほどな。同い年で男性で姓が雷電。これだけで、その人は簡単に見つかりそうなもんだがな。

 そう簡単に事は進んではくれないだろう。

 そんなことを考えていた時。


「あの……やっぱり探すのは止めますか?」

 突然そんなことを聞いてくる。

 オレはゆっくり彼女の方を向く。


「どうして?」


「だって、具体的に知りもしない。名前も知らない。顔やどんな恰好(かっこう)をしているかも分からない。そんな人を探すなんて、なんかめちゃくちゃな要求な気がして……。いくら成瀬さんが優しいからといって、それに甘えるのはどうかと思うんです」


「いいんだよ。気にすることじゃない」

 そうオレは声をかけるが彼女はまだ下を向いていた。


 そんなに気に病む必要はないんだけどな。



 すると、近くから少年たちの声が聞こえ始めた。


「おまえずりーぞー。俺のほうが先だったー」


「へへへー。遅い方が悪いんだよー。これは俺のボールだ」

 オレはそちらを向いて少年たちを確認すると、前方に中学生くらいの男子が四人見えた。

 どうやらサッカーを楽しんでいるようだ。


 その内、サッカーボールを足でコントロールしていた一人の男子が力を込めてボールを一蹴(ひとけ)りした――――――。


 問題はこの男子が後ろを見て、よそ()をしていたということだ。

 当然のようにあのボールはコントロールを離れ、こちらに直進してきた。具体的にはオレの隣に座っている鈴音さんに向かって……。

 ボールは音もほとんど立てずに高速で、鈴音さんの顔に目掛(めが)けて向かってくる。

 ボールのバックには「やばい」というような顔をしている四人の男子が見えた。

 わざとではないのだろう。よそ見による過失。だがこれで彼女がケガでもすれば一大事だ。

 確実にボールと彼女の距離は短くなっていく。


 10メートル。5メートル。3メートル。1メートル。50センチ。10センチ……。


 もうすでにサッカーボールは目の前だ。


「まずい」


 思わずオレは声をあげた。


「バチンッ!」


 それの直後、オレの手とサッカーボールが弾き合う際に大きな音が鳴った。

 オレの手は鈴音さんの前に出され、ボールを押し返すために手のひらにはマナを溜めて異能を使用していた。

 ただのサッカーボールとはいえ、寸前(すんぜん)でこのボールの加速度を指数的に減少させ、かつ撃力(げきりょく)を受け止めなければならない。これを生身(なまみ)で実行するのは不可能に近い。


 だがそんなことはどうでもいい。

 こちら側でのみ視認できる射角なため、遠くの男子たちには異能の展開が見えなかったかもしれないが、鈴音さんの視界にはしっかりと映っていただろう。

 オレは急いで異能を切り、展開を終了させる。


(まずいな。この段階でオレが異能使いだとバレるのは喜ばしくない)


「……すみませーん。大丈夫でしたかー?」

 少年達は心配そうな顔をしながらこちら側に走って向かってくる。

「私は大丈夫ですよ。それより成瀬さんの手、怪我はありませんか?」

 彼女はしばらく見ていたはずのオレの異能には一切触れることはなく、屈託のない笑顔でこちらを向く。


(ん? どういうことだ……。彼女はオレの異能を目の前で見たはずだ……。まさか……スルーする気か……?)


 オレの手には受け取ったサッカーボールが載せられていた。

「問題ない。大丈夫だ」

 オレはベンチから立ち上がり、そのボールを少年の一人に渡す。


「本当にすみません」

 少年の一人がオレに頭を下げる。彼は先ほどサッカーボールを蹴った張本人だった。

次は気を付けて遊ぶようにとオレは軽く注意して彼らを帰した。


「成瀬さん。私を助けてくれてありがとうございます。危なくボールが顔面に直撃するところでした」

 彼女は似合わないような苦笑いをしていた。


「ん……。ああ、それはいいんだが……」

 オレは彼女から顔を背ける。


 つい反応が遅れてしまったが、それもそのはずだ。今のオレはちょっとした混乱状態にある。

 問題は、彼女がオレの異能に気付かない振りをしていることではない。

 オレは彼女がどうやってサッカーボールを止めるのかを見物(けんぶつ)させてもらうつもりだった。

 彼女の異界術または異能力の詳細について探るためだ。

 どんな異能を使ってサッカーボールの加速を減量させるのか見物(みもの)だとすら考えていた。

 だが、彼女はボールを自分で受け止めるどころか、まるっきり抑える様子がなかった。

 あのままではボールが鈴音さんの顔面に直撃するのは明白だった。

 彼女が異能を使ってボールを受け止めれば、そこから「なぜ君は異能を持っているのか」という話題を持ち出すつもりだった。

 だが彼女は異能を使うどころかボールを止める気配すらなかった。

 最初からオレが異能持ちで、これを止められるだけの反射神経と異能を持っていることを見抜いていたことになる。


 それだけじゃない。

 オレがこの動体視力を使うことも、鈴音さんを助けるために手で(かば)うことも、全て計算し尽くしていたということか。

 もしそうなら彼女は一体どれだけ……。


 いや、それだけなはずがない。


 彼女はサッカーボールが10センチ目の前に近づいて来ても、それを見ようとはしていなかった。というよりも視界に入れる必要がないといった様子だった。

 つまり、対象を見る必要もなくそれを止められる手段を持っていたことになる。


 想定よりも彼女は強いかもしれない……。異能力者として。

 この思考だけがオレの頭の中を駆け巡った。

 

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