報復の時 二の篇
林奥。別荘の車庫内。暗がり、静かな空間。そのまま数分が経過したころ雪華が提案を試みる。
「ねぇ『糸』の拘束はひとまず置いておいて、ここから出る方法はないかな?」
ここからとは、車庫からという意味。
リカが即答する。
「そんなことしても意味ないだろうさ。仮にここから出れたとして、拘束が解かれるわけじゃない。この別荘に他の人の気配がある以上は余計なことしない方がいい。さっきの不審者の仲間かもしれん。もし荒事になったとして『糸』の拘束をご丁寧に付けたまま戦闘するのか? ……無理だろ。大人しくミスタマフラー君を待て」
「……どうしてリカ? どうして彼を信用するの? 男嫌いは何も私だけじゃない。リカも同じはずでしょ?」
リカも男は嫌いでしょ、と問う雪華。同じ人種だと思っていただけに見捨てられたような、裏切られたような疎外感を感じていた。
「珍しく感情的だな、雪華。翠蘭も言ってたように今は情に流されるべきじゃないだろー」
「分かってるけどさ……」
「嫌いでもなんでも、『あの場で状況を切り抜けられない』と嘘をついていた彼にすべてをかける方がいい。そもそも雪華の瞬間凍結能力『白極』でも『糸』の破壊に対して効果が無かった。あれじゃあ何をしたって意味がなかったと、あたいは思うけどな」
確かにそうだけど、と脳内ではきちんと理解していた雪華。
拉致監禁を受けていることに対する恐怖はなかった。まともに異能者相手に犯罪を働くとなれば、異能士協会暗部・代行者が黙っていないことも。
でも……三宮家ほどの上流異能権力家が相手なら、いとも簡単にもみ消されるかもな、と直感的に感じるリカ。
「同意」
「ええ、今は統也さんを信じる翠蘭さんを信じましょうよっ! わたくし達にできることなど先より限られてますゆえ」
刀果はあくまで前向き。
「……そう言う刀果はあの場で、影人が苦手だからって緊張してたろー」
雪華の『霜』氷結能力で氷漬けになった影人。三宮拓海を守った影人を見て緊張していた刀果のことを、今頃正面のリカが悪戯な気持ちで揶揄う。
「仕方ないのよ。刀果の影人嫌いは筋金入り。でも異学を卒業するまでには直さないと、異能士なんてやっていけないよ」
優しながら説教じみた口調で語る雪華。いつもならメガネのブリッジを整える仕草をしている場面だろうが、手に巻かれる拘束のせいでそうはならない。
「だ、だってー! なんかGに似てません?」
刀果はそのGを想像してしまったのか、苦笑いをする。
「黒いのは認めるけどー。……ゴキブリには似てないだろ。てか北海道ゴキブリなんているのか? あたい出身が東京だったから分からんけど」
「同意」
見かねた翠蘭が真剣な眼差しと、冷静な口調で話しかける。
「――皆さん流石に浮かれすぎでは? 現状この場を打開するだけの策は……確かにありません。けれどこれは遊びじゃないんですよ」
顔を見合わせる皆。
「まあな、少し気が抜けていたのは認める。悪かったよ、委員長」
「いいのですリカさん。分かっていただければ」
翠蘭がそこまで言ったとき、その瞬間。
明らかにプチンと何かが切断される爽快音と共に女子五人すべての束縛が解ける。急に『糸』が緩み、拘束が無くなる。
「えっ! 解けましたよっ! ほら!」
見せびらかす刀果。
「やったのか、統也とかいう男子!」
「のようですね」
リカ、翠蘭も喜びを表情に浮かばせる。




