報復の時【6】
前回の場面のそのまま続きです。
三宮拓海
異能『糸』を使用する三宮家当主、三宮拓真の弟。
白夜雪華
異能『霜』を使用するメガネの水色髪ショートヘア。
千本木刀果
異能『千斬』を使用する二刀流アタッカー。
椎名リカ
異能『虚実の識』を持ち、嘘を見抜く。小柄でポニーテール。
「―――確かに君は強い。恐ろしいほどにね。はっきり言って、これほど強い人間には出会ったことがないよ。僕の年代は、君の姉や瑠璃と同じだからね。学生時代に相当数の強敵と出会ってきた。それこそ『碧い閃光』『蒼翼の蝶』『歪みの魔女』など。それと比較しても君は異次元的だよ。どこかおかしい。ぶっ壊れている。……異能だけだじゃない。動きと技数、他にもね……」
数秒時間を置き、落ち着いてきたのか、オレのことを再び「君」と呼び始める三宮拓海。
「随分と饒舌だな」
見下ろしつつ、言う。
「そうかい? 元々僕はお喋りな方だよ」
「奇遇だな。……オレもだ」
「待て待て。僕の話にはまだ続きがある。それほどの強者でも、やはり穴はある。つまり君にも隙はある」
「隙?」
「……僕の方が年上なのだよ。経験の差、とでも言おうか。……現在僕の方が劣勢なのは認めるよ。間違っていないと思う。しかし君はミスを犯した」
「は……?」
「ちなみに教えてあげるよ。殺したくても君は僕を殺せない」
そもそもオレは三宮拓海……こいつを殺す気はない。
殺す殺さないをオレが独断するのは、世界の命運が関わってる時か、影のみ。
だから元からこの男を殺す権利はオレにはないのだが、意味くらい尋ねてもいいだろう。
「どういう意味だ」
「気付いていたかい? 僕をこうやって追い詰めても、あまり意味はないのだよ? なんせ僕は未だに彼女ら五人を人質としてキープしているのだから。……もし君が僕を殺そうとするなら、彼女らの安全は保障しない」
不気味に光るメガネ。
彼女らとは隔離されている異学の懲罰委員会メンバー「光の剣」のことだろう。
「何言ってる? オレは彼女らに繋がる拘束『糸』すべてを切り裂いた。人質どころかお前には何もできない」
三宮一族『糸』は異能発動者本体と接続していなければマナ的動作が起こらない。操作不可能。
拓海が接続していた彼女らを拘束する『糸』は全て切り、周囲にいた影も全て殺った。今のこいつには何もできない。
「確かに僕には何もできないね。それはそうだよ。………君は僕を傲慢な奴と思っているかもしれないが、それこそ傲慢というものだと思うね。僕は異能士。君に、ギア里緒のような存在がいたように、僕にもギアがいる。向こうでは僕のギアが彼女らの生殺与奪を握っているのさ」
なんだと……? こいつのギア?
初めは最後の悪あがきかとも思えたが、こいつの目。その奥に宿る不気味な不遜さが、本当に自分の方が優位だと自覚していることを物語っていた。
オレはマフラーを引きつつ、急いで拓海を包囲するように立方体の青い『檻』を展開し、彼を監禁する。
その後、素早く体の向きを転換して走り出す。彼女らのいる雑木林の中へ入るため、高く飛ぶことで塀を越え、そのまま駆けだす。
蝉がうるさい林の中、彼女ら五人が『糸』で引かれていった方角へ走っている途中。両目にマナを溜め浄眼を展開しようとすると、当然じみて目の痛みが訪れる。
激痛。眼の奥が刺されるような眼痛。オレは走るのやめ、木の幹にもたれかかるほど。
「……いって………」
『大丈夫? どこか痛いの?』
脳内に反響するかのように茜の声が。
「ん、ああ。おそらく大丈夫だ。以前もこのような痛みがあった……」
『痛み?』
少なからず心配してくれている様子。彼女がオレごときを心配してくれるなんて何とも光栄だが。……こんな冗談を考えている場合ではないな。
オレは体勢と気持ちを整えて、再び走り出す。
数秒経ったあと。
『私の脳内予想なんだけど、あの椎名リカって子を利用したんでしょ?』
「……ああ、そうだ。だが、音声だけでよく分かったな」
素直に驚いた。
彼女にとっては視界が無い音声だけの状況情報。それでこの事実に気付くとは常識ではあり得ない。瑠璃同様に茜の思考センスも並々ならぬものを感じると言わざるを得ない。
確かに「光の剣」のメンバーも茜同様、遅めながら理解してくれたようだった。そこには流石と感じたが。
『リカさんの態度の変貌ぶりが妙だったからね。いきなり三宮拓海に従うと言い始めて従順な姿勢を見せたようだったから、統也の意図を汲んだんだなって勝手に解釈してたんだけど』
「全くその通りだ。K、凄いな。状況を見ていたわけでもないのに。今言ったことは何も間違っていない。……リカの「嘘を見抜く」という第三級異能を利用することで、オレの本心が彼女らを分離させて三宮の奴に勝つ、という部分にあることを示した。彼女の目をしばらく見つめることで、オレの言っていることが嘘だと気付いただろうからな。奴の指示に従うという嘘、すなわち従わず抗うというのがオレの本心になる」
『一方で、三宮拓海に解放条件を話させ、それさえも嘘と見抜かせる、と。……流石ね』
静かにオレを賛辞する茜だが。オレはあまり穏やかではなかった。
もしこれで翠蘭らが傷付けば、全てはオレが招いた不手際。よしんば彼女らが命を落としたとなれば、それらは全てオレの責任だ。
*
数分前。
「あのさぁ、どうしてリカはあの男を信用したの? あんな名演技までして」
三宮の異能、極細の白い『糸』により強引という文字通り強く引かれた五人は、林内の奥深く……別荘の車庫のような場所に隔絶されていた。
依然として彼女らの身体には強く拘束する糸が巻かれている。その状態で皆、体育座りをして体力を温存していた。
アクアブルーの短い髪を揺らし、メガネを光らせる白夜雪華の言う「あの男」とは、三宮拓海ではなく名瀬統也のこと。
「どうしてって、それは雪華にも少しは分かるんじゃないの?」
問い返す椎名リカ。
「そんなことないよ……」
言いつつ目を逸らした雪華を見て、リカは確信することができた。「目を逸らす」という行為は嘘がバレたくない……異能『虚実の識』を持つリカの前ではそう解釈される事項。
見つめ合えば、その時点で嘘を見抜かれるからだ。
「男嫌いの雪華が初めて自分から男の統也に話しかけたのは、彼に何か特別なものを感じたからでしょ?」
「別にそんなんじゃないけど……。でもこれで良かったんだよね? リカには成瀬の言ってた『お前の指示に従う。……確かにオレの負けだな。お前に勝てる気もしない』って言葉が嘘だと分かったんでしょ?」
確認する雪華だが、ここにいる他の四人もそのことは言うまでもなく知っていた。
突然、成瀬つまり名瀬とリカが三宮拓海相手に従順になり、不審感を抱いた者も多かったようだが。最終的には皆理解し、状況を把握した。
「そそ。だって『勝てる気がしない』って言ってた彼、嘘ついてたんだ。つまり勝てるってことだろ? あたいは統也って人を信じる。委員長もやたら目配せしてきてたし、そういう意味だろ?」
翠蘭の方を見て確認を取る。
「はい、そういう意味です。彼に任せればひとまずは問題ないはずですよ。おそらく私の言っている意味がすぐに分かると思います」
と翠蘭委員長。冷静な口調で皆を落ち着かせる意図も含めて諭す。
「でも……本当にブラックの彼があいつに勝てるのかな? それだけがいまだ心配なの。そもそも彼、私たちを自分から遠ざけたいって思ってたみたいだし」
「見られたくない秘技でもあるんだろ。別に珍しくないじゃんか」
とリカ。
すると刀果もこれに賛同する。
「そうですよ! わたくしだって見せたくない異能技の一つや二つありますしね! 実際、殺傷能力の観点から使用禁止にされている異能技などのせいで、戦闘力が異能決闘順位に正しく反映されないなんて、ざらにある話です! わたくしが9位、ハンさんが7位、翠蘭ちゃんが6位、雪華が4位……でも実際の実力ではもっと上の順位ですし。他にも見せたくない異能技を使えば、上位に食い込めるという人は多いと感じます」
「同意」
とハン・リア。
「どうしてみんな、そこまで彼を信用できるの? ………男を……信用できるの?」
「雪華、まだそんなこと言ってんのか?」
「だってさ……」
「―――いいか? よく聞けよ。あたいの異能は絶対だ。嘘はどんなものだろうと見抜けるんだ。そこに嘘はない。……ま、確かに彼の目が語る色……その全てが嘘だった。不審者のあいつの件とは別に、統也は初めから何か重大な嘘を持っていた」
真実を隠している、命と引き換えでも隠したいのだろうと感じるほどの嘘を。
「えっ……?」
刀果が驚く口調で声を漏らす。
「ほらやっぱり、男なんてみんな嘘つきじゃない」
雪華は過去の経験から男などは皆、嘘をつく生き物だと思い込む節があった。
今回だって彼に……名瀬統也に巻き込まれたのは明白。こんな目に遭わされて。拘束されて。自由を奪われて。
だから男は信用できないと、再認識していた。
「けどあれは、不思議と悪い嘘じゃない気がする。彼の目に映るその嘘の色は……無垢。言い表すなら、そうだな……純粋な嘘とでも言おうか。とても信念が強く、揺らがない何かを持っていた」
リカは今述べた通りの風に統也への考察としていた。彼は純粋な嘘をついていると、保持していると。大きな嘘をつき続けていると。そう考えていた。
経験則上、あそこまで嘘の色が強い人は見たことがなく、リカ自身も困惑しているというのが本音ではあった。彼の外観マナを巻き込むほどの嘘を。
それほどに彼がついている嘘が大きいのか。隠している真実が、重大かつ深刻なものであるのか。リカには判断しきれなかった。
それに……と思うリカ。
彼女は李翠蘭委員長も、嘘をついているのを知っていた。異能『虚実の識』で嘘の判別は簡単に可能。
自分が17歳だと年齢を自己申告した時、翠蘭委員長は嘘をついていた。本当は16歳なのか、詳しいことは知らない。
懲罰委員を仕切るリーダー的存在である彼女の信頼と人望を失墜させないために、リカはその事実を光の剣にも黙っていた。
隠したいことがあるのは何も彼、彼女だけではない。人は何かしらの秘密を抱えて生きているものだから、と。リカは脳内で不断の思考をしていた。
続けて発言するリカ。
「本来『嘘』とは、言っている最中に少なからず心が揺らぐ。自責の念のようなものかもしれんな。しかし統也にはそれが無かった。何の迷いもなく嘘をついていた」
「根っからの嘘つきってことですかっ!?」
天然なのか刀果が合わない雰囲気の発言を繰り出す。
「同意」
「いや、だからそれは同意しちゃダメね」
いつも通りのツッコミを入れる雪華。
雪華には同じ家に住む白夜雪葵という口を開けばギャグを言うような男を義弟に持つため、ツッコミにはなれていた。
「………なんて冗談を話すのはやめようか。真面目な話をすると、あたいは大きく二つの疑問を持っている」
「はいはい、何?」
「まずはこの襲撃自体が意味不明であること。二つ目は昼に影人が活動していたこと」
言いつつリカはメンバーの顔を見ていく。
「あの……あたくし、襲撃された理由は分かりませんが、初めから思っていたことがあります。あの不審者の出していた異能は『糸』ではないでしょうか?」
統也もいた最初の現場で刀果は糸モドキと発言していたが、実は察しがついていた様子。不審者、三宮拓海の怒りを買わないために控えめに言いつつも、皆にこの可能性を示唆した。
「異能『糸』? 三宮家の人ってこと? そんな人がどうして私たちを?」
「理由は分かりませんが……それ以外考えられませんよ。影人は昼にはほとんど活動できないと聞きます。実態はお耳に入れませんが、そのくらいしか……」
考えられない、と。
刀果はそう勘定していた。
「同意」
「それにわたくし、噂で小耳に挟んだのですが三宮家は、生きた影人を実験体用で保管しているとか。その数、数百と聞きました」
「数百、ですか?」
あまり発言しない翠蘭がここで口を挟む。
「えっ、あ、はい」
「仮にそうであっても、とにかく今は彼を待ちましょう」
「統也さんを、ですか?」
黒い髪を揺らし、翠蘭に尋ねる刀果。その声色には「嘘つきでも?」というニュアンスを含んでいた。
それを感じ取りつつも、自信をもって口にする翠蘭。
「ええ。例え彼が嘘つきでも。彼は私たちを絶対に助けに来ます。……今に分かりますよ。私がどうして彼をそんなに信用しているのか。何故彼にここまでの信頼を置いているのか」
翠蘭は一人思う。
彼は来る。彼はそういう人だから。
彼は―――。何かの罪に負け、何かの罪を受け入れきれず、人を助ける。人を守ろうとする。
たとえ相手が私でも、里緒さんでも、きっとそうなのでしょう。
何の罪かは分からない。どんな罪かも分からない。もしかしたら自分の使命に罪悪感を抱き、良心の呵責に囚われているのかもしれない。
それでも。
彼は、必ず助けに来る。
あのとき。人を傷付けてしまうことを躊躇い、恐れていた私を、呪縛から解放してくれたように。
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