報復の時【5】
その後の事。三宮は彼女らを『糸』で引き、歩かせて、別荘があるのか雑木林の奥深くへと向かわせた。
その間、まるで魔法にでもかかったみたいに「光の剣」五人ともしおらしくなる。すべて三宮の指示通りになる。一見するとオレに不利に見える状況。
「女子達に見捨てられて可哀想だな。可哀想すぎて泣きそうだよ」
彼女らの移動が終わったであろうタイミング、くだらない戯言でオレを煽ってくる三宮。
「そうか? 今日会ったばかりの関係だしな。別に普通だと思うが」
「光の剣」のメンバーを円山内部の雑木林内へと隔離したのち、オレと三宮だけが対峙するこの状態。全部三宮の指示従順の内容。
一方オレは、流石懲罰委員の幹部だけはある。と密かに思う。
「で、オレの身体を拘束するこの『糸』は、いつになったら解いてくれるんだ?」
オレは三宮に話しかける。
「ああ、そのことで一つ言い忘れていたんだが、君の拘束は解かない」
とても愉快そうに、そう口にする。すべて上手くいったと考えている様子。
やっぱりな。そんなことだろうと思った。
里緒一人を潰すのにあんな姑息な手を使っていた奴が、いきなりオレ相手に一騎打ちを所望するわけがない。不自然だった。
「理由は?」
一応聞くか。
「理由? 理由は簡単だよ。前回の戦いで僕は学んだ。強い者が勝つ、というこの世の真理をね。あの時は僕の方が弱く、君の方が強者だった……それだけのことだ。だが今のこの状況では僕の方が強い」
「じゃあ彼女らは解放しないのか?」
「うーん。どうだろうね。彼女ら、みんな可愛いJKじゃないか。肉付きがいいのもいた。刀くらいの棒ケースを背負った子も色香があった。へそを出している水色髪のメガネっ子や、黒のチャイナドレスを着ていた彼女なんか、色気を隠しきれていなかった……そう思わないか?」
「何が言いたい?」
「そのまま帰すには惜しい体じゃないかな?」
要は犯す、と。こいつはそう言っている。
クズが。さすがにそこまで非道だとは思っていなかった。
「あんたの異能力で彼女らを本当に封じ込めると思っているのか?」
「ああ、できるとも。あの『糸』には僕の兄が付けた準辺獄器の作用が付与されている。とは言え、へそ出しのメガネちゃんはその封印作用を受けてもあの氷を発生させた……。いやはや驚いたよ。今頃はほぼ完全に抑え込んでいるはずさ」
準型辺獄器は確か異能発動をほんの一時的に抑制する呪詛体。それに触れている間は、物理・化学的な法則現象を書き換える第二級異能を扱えないんだったな。
もしこれが本当なら、雪華の異能作用と現象干渉力の強さが推察できる。弱い呪力とはいえ呪詛を無効化したのは事実。
「呪詛か。凄いな、そこまで準備していたとは。……でも残念だったな」
「なに……?」
彼の表情に微かに不穏が入る。
「辺獄器は第二級異能にしか効果がない呪詛だ。そんな常識、異能士学校で習うはずだが?」
「100%、苦し紛れの発言だな。もしそれが本当なら、君は今すぐにでも第一級異能『檻』の空間断裂能力で僕の『白蜘糸』を切り裂いて脱出しているはず。しかしそうしていないということは、君にそんなことは出来ない。作り話だということ。――――それにしても。三か月前、君に完敗してから、ずっとこの日を夢見てきた。君をこうやって、一方的になぶり倒すこの日をね」
意図的かオレの体に巻かれる『糸』の拘束力を高め、圧迫してくる。これ以上強く縛られれば圧死の可能性もある。
『……愚かね』
脳内で語る茜の声。三宮に対しての評価だろう。
相対的にオレのことを信頼してくれているのが分かる。オレが負けることはない、と。
それを知り、なんとなく嬉しい気持ちになる。
檻の空間断裂の力は三次元エネルギーを制御し、空間を分裂させる能力。確かにそれを使えば、この『糸』を切ることも可能。だが、他作用の必要がある。
簡単に言えばこの世の「物体」は、空気以外何もない「空間」と異なり、エネルギー密度が高すぎる。そんな高エネルギー体をマナ標準だけで切断することは出来ない。
オレが物体を空間ごと切り取れるのは、マフラーや剣、刀、指……なんでもいいが、『檻』を付与した物体でだけ。
空間を瞬時に切り取る『檻』――――。
空間上では無作為に展開できるが、物体上に切断用途で展開することはできない。
《「物体」を空間ごと切り取るには、『檻』を付与した「物体」が必要》エネルギー保存環境の世界では絶対的摂理。これは異能科学的に変わることのない現象性。
その「物体」がオレの場合はマフラーである、というだけ。
『確かに「檻」という能力は、異能体障壁の展開で空間を切り取る。けどそれはマナ標準でのみの話。物体を空間ごと切り裂くには他の物体がいる……そうでしょ?』
茜の言う通り。
もしそうでないなら、そもそもマフラーなんか使わず、影の心臓部を切断するよう空間上に檻を展開すればいい、ということになる。そんなことはあり得ない。
もし檻の空間展開だけで物体が切り取れるなら『檻』は勝ち目のない最強の異能になってしまう。まあ元々強いんだが。七瀬の一族家系は。
『統也、解析が終わった。白蜘糸は、異能「糸」に第三煌絲術式と彼の光密度の変化形「蜘蛛糸」を混ぜた合成術式』
ああ、実は知っていた。名前までは知らなかったが、どのような術式工程かはオレの浄眼がはっきりと捉えていた。詳細を見切っていた。
そもそも彼はその異能的プロセスとマナ変換を術式として認識していたわけでもないだろう。その概念は本来あってはいけない。
オレは強く噛み、歯で一度音を鳴らす。了解の意。
「もういい。お前はオレに報復しに来た、それでいいか?」
「ん、なんだそのいい加減な言い草は? 雪辱を果たしに来た、そう言ってほしいね」
目つきを変え、睨みつけてくる。鋭い眼光でオレの目を射抜く。
「いや。知りたいのは、あんたがオレを尾行していた理由だ」
ここまで長い間、よくオレを尾行していたな。素直に感心する。三宮家は暇なのだろうか。
オレは彼の尾行の存在に感知していながら、あえて泳がせていた。今まではあえて人が多い場所を通るように心掛け、攻撃されないように誘導。
そして今度はこの人気のない場に誘い、戦うように仕向けた。
三宮の奇襲? ……違う。オレがここで戦闘する流れを作った。
彼は完全にオレを嵌めれたと思っているだろうがな。
「200%、そんなことを君が知る必要はないよ」
「そうか」
オレは彼を睨みながら、それだけをぶっきらぼうに言う。
「なんだその態度? 君さ、自分の立場分かってる? 逃げられない『糸』で固定され、束縛を受け、もう君に勝ち目はないんだよ!?」
勝ち目がないかは別として、今の状況を熱烈に説明する三宮。
言い終わり際、力の限りにオレの顔面を殴りつけてくる。
瞬間、左頬に痛みが広がる。ジンジンと火傷のような痛みが拡散していく感覚。
「ははっ」
彼は愉悦に浸った顔で嘲笑した。
「楽しそうだな」
そう言うと、オレの右腕に個別で巻かれる『糸』が急速にプレスを始める。オレの態度が気に入らなかったようだ。
「まだ余裕を保てるのかい。……君の余裕は一体どこからくる? 一体なぜそんなにも平静としていられる? クールを気取れる?」
「……さあな」
「相変わらずの態度か……。言っておくけどね、僕はこれから君を殺すつもりだよ?」
傲慢、横柄。なんでもいいが、不遜な態度でもう一度オレの頬を殴る。再び右頬に熱く広がる痛み。
「……そうか」
「もういい。痛みを知れば、少しはその冷静な仮面が剥がれるか。手始めに君の右腕を落とそう。こんな風に―――」
直後、ただでさえ食い込んでいた『糸』の強烈なプレスに耐えきれず、右腕が切断される。
大量の鮮血が傷口から噴出するこのタイミング。
「『檻』を―――舐めるなよ」
オレは迅速に異能の同時発動を行う。
まずは『再構築』――自分の浄眼で記憶している生体情報構造を基に右腕を再生させる。次に左手で『檻』の術式を発動。
この術式は、術式を破壊するための物。それだけのためにある。『檻』の構成情報を正確に認識し、術式という式の系統概念に空間的亀裂をいれ、異能術式を解体する技。術式解体。
術式空間を切り取り、分解する――――。
第一監獄術式――――解――――。
瞬間的に、青い異能光波、青い光の欠片がオレの身体を纏い、オレの体を束縛する『糸』の異能体をマナ構成要素ごと分解。
オレは瞬時に解放された身体を動かし、いち早くマフラーをはずして林の中へと連結する『糸』のみを部分的に切り裂く。
浄眼で、彼女ら五人に繋がれている『糸』だけは見分けていた。……右手中指と人差指。それらに結合する『糸』すべてを切断することに成功する。
「なに!? 右手が一瞬で再生しただと……!? どうなってる!!」
彼はオレの右手について言及しながらも素早く後退し、距離を取りつつ左側の指を動かす。
直後、周囲から、隠れていた影人が襲ってくるが、オレは高くジャンプしながら回転し、周りの十体の影を心臓部ごと横に切断する。マフラーで。同時に。
そいつらの紫紺石が十個転がる落ちる時には既に、奥の影五体に同時に切りかかっていた。蒼き閃光の如く。
そして討伐していく。さらに十体、二十体と。
「はぁぁっ!」
普通の影より動きが遅い。五十体もいれば強そうに見えるとでも思ったのか。気の毒だが、糸操術は術の対象を増やすと操作感覚が鈍り、傀儡の全体動作が遅くなる。名瀬家のオレでも知っていることだ。釈迦に説法の逆バージョン。
「貴様、どうやって『糸』を破壊した……!?」
焦燥感を露わにしつつ急いで後退。相当に焦っているらしく、逃げ足さえもたつき始めている。
焦りや怒り。どうして、なぜ、と。そういった感情を浮かばせる三宮。余裕がなくなったのかオレのことを「君」ではなく「貴様」と呼ぶ始末。だがもう遅い。
お前は――大事な里緒を傷付けた。それだけでオレの敵になる。
「貴様……速すぎる!!」
オレは素早く移動し、三宮の前に来る。盾にしてきた幾つもの影を倒して。
いつの間にか五十体を倒しきっていた模様。大量の紫紺石が落下する。
そのまま体勢を崩した彼の首元に、檻が特殊付与されたマフラーを突き付ける。
「ひっ……!!」
ビビりすぎて情けない声を出す三宮。その場で尻もちをつく。
オレは目の前の彼を見下ろしながら、こいつの首にマフラーの刃で牽制する形を継続。
「さて……まず、聞きたいことが山ほどある。お前の名は?」
「誰が貴様なんかに……」
オレは無言ながら彼を睨むことで殺気という牙を向け、突きつけるマフラーを若干動かす。
「さ……三宮拓海だ!」
殺すぞと脅せば思ったよりも素直に暴露した。
三宮一族なのは知っていたが、拓真に似た名前………兄弟か?
『多分嘘じゃない。異能情報などがダイヤデータに完全一致している』
オレは一度だけ歯で噛む音を鳴らす。
「お前はさっき痛みを知れば、と言ったな。だがそのセリフ自体が痛みを知らない人間の言葉だ。痛みを知っている人間はそんなこと言ったりしない」
話してる最中オレの脳裏に、長い黒髪と真紅の瞳がちらつく。
「な、なんだ? い、いきなり説教かい?」
ビビりながらも反論口調。
「いや……」
ただオレの中にいる幼い凛、成長した凛が言いかけてくる。どうしてあなたはそんなに強いの、と。オレの何倍も強かった少女が。
夢、希望、家族、人望、期待、自由、力。全てを失った少女が。
その彼女の痛みを。その彼女の苦しみを。闇を。
――知れば知るほど。オレはいつも思う。
オレが異能を手に入れた後も、オレの見える世界は何も変わっていない。
――――――世界は不自由だと。理不尽だと。
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