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20年越しの想い

作者: 満月

━━━突然ですが、私は今、人生で最大級に困惑する羽目になってます。


目の前の初対面のはずの方のせいで。


私は神田(こうだ)優希(ゆうき)と申します。


そして目の前の私を困惑させた方。

日本人らしく黒髪黒目ですが、ものすごく整った容姿をしていらっしゃいます。


さて、私の困惑の原因をお話致しますね。


*****


数分前。


私はとあるビルに仕事の面接に来ました。

ちなみに派遣社員としてなので、営業さん(女性)も一緒に来てくださってました。


一先ず面接も終わり、営業さんとビルの入り口付近で現地解散のため、挨拶が終わった直後のことでした。


「好きです!俺と付き合ってください!!」


そんな声が聞こえました。


わりと近くから声が聞こえたので、「こんなところで勇気ある人だな~」と声がした方をまだ側にいた営業さんと見た時でした。


「「「‥‥‥」」」


なんと、今の公開告白は私達のすぐ側でした。

むしろ、周りの視線やさっき告白していたっぽい方の様子からして、私達のどちらかに言ったものと思われる状況でした。

ですが、一応確認からかなと混乱しそうな頭をなんとか働かせて口を開きました。


「‥‥あ、あの‥‥」


「! はい!」


「い、今の告白はあなたが‥‥?」


「はい!」


「‥‥その、今の告白、私達の方を向いて仰った様にお見受けしますが‥‥?」


「はい!むしろあなたに申し上げました。」


「‥‥‥私‥‥ですか?」


「はい。」


「彼女(営業さん)ではなく?」


「はい。あなたです。」


*****


困惑の原因がこれです。

私、この方存じ上げないのです。

つまり、初対面のはず。


ちなみに私はギリ30手前です。

営業さんと目の前の麗しい御仁は見た目年齢20代後半。


私ではなく、営業さんに一目惚れしたというなら納得する状況なのです。

営業さんも見た目がかなりの美女さんなので、2人が並んだ方が絵になりそうです。


‥‥私、どうしたらいいんでしょうか?

正直に言っていいものでしょうか?


私が黙ってしまったことからなにかを感じとってくださった様で‥‥


「あ、えっと、突然言われても迷惑ですよね。‥‥すみません。」


「え?‥‥えっと、確かにものすごく戸惑ってます。」


「ですよね‥‥」


と言って彼は一瞬肩を落としたが‥‥


「えっと‥‥では、思わず告白してしまいましたが、嫌悪感とかはなかったですか?」


「え?‥‥ええ、嫌悪感はないですね。ただただ困惑しただけです。」


「え?困惑?」


「はい。その‥‥初対面のはずの方に突然告白されたら困惑とか戸惑ったりはするものでは‥‥?」


「え?初対面?」


「? 初対面ですよね?‥‥私、ここには今日初めて来ましたし、あなたのことも存じ上げないはずですが?」


「!!」


何故かショックを受けたらしい彼と、ざわつく周囲。


「こ、神田さん。この方、知らないんですか!?」


「え?須藤さん(営業さん)はご存知なんですか?」


「!! このビルの最上階にある、常磐コーポレーションの若社長ですよ!常磐(ときわ)一希(いつき)。‥‥ですよね!?」


「!! は、はい!」


「え!?‥‥社長さんなんですか?」


「はい。」


「!! し、失礼しました!」


と頭を下げると、常磐さんが慌てた様に


「!! そ、そんな頭を上げてください!神田先輩(・・・・)!」


『!!』


‥‥‥ん?今神田「先輩」って言った?


と思って頭を上げて、改めてまじまじと常磐さんを見るが、一向に分からない。

なので聞いてみることにした。


「‥‥先輩?」


「!! あ、えっと‥‥マジで覚えてないんすか?先輩。」


「えっ‥‥と‥‥ごめんなさい。」


「!!‥‥‥マジか~‥‥」


がっくりと肩を落としてしまった常磐さん。

そこに常磐さんの後ろから現れた人物。その人は常磐さんを慰める様に肩に手を置いた。

その人は私も見覚えのある人だった。


「もしかして‥‥藤堂君?」


「! 俺のことは覚えてくれてたんですね!先輩!」


「!! な、なんで先輩、直樹は覚えてて俺は覚えてないんすか‥‥?」


「え?いや‥‥」


私が覚えていた藤堂直樹君は高校生の時の部活(バドミントン)の後輩だ。ちなみに一つ下。


「一希、仕方ないと思うぞ?」


「何故だ!」


「いや、当時から言ってるだろ。部活も学年も違う。会って直接話したのは文化祭の時とかだけ。‥‥無理じゃね?」


「!!!」


「しかもお前、当時と髪型とか変えてるし。さすがにそんな少ない情報で思い出せって言う方が先輩に酷だろ。」


「うっ‥‥」


グサッときたようで、項垂れた常磐さんから視線を私に向けた藤堂君。


「とりあえず、先輩。これから時間あります?」


「え?‥‥あ、うん。この後は買い物して帰ろうと思ってただけだから用事はないよ。」


「なら俺達に付き合ってくれません?」


「うん。いいよ。」


「ありがとうございます。‥‥良かったな、一希。」


「‥‥そうだな。」


意気消沈したまま力なく答えた常磐さん。


これは早々に思い出してあげないと可哀想な感じかな‥‥


そう思いつつ、須藤さんに視線を移した。


「では、須藤さん。これで失礼しますね。」


「! は、はい!‥‥‥(営業じゃなければな~‥‥)」


須藤さんが何か呟いた気がしたけど、藤堂君に促されてついて行くことにしたら、須藤さんとは別のエレベーターの方に向かった。


「え?と、藤堂君。どこ行くの?」


「すみません、先輩。俺達、一応社長と副社長なんでその辺のカフェとか遠慮したくて‥‥」


「聞かれたらまずい話でもするの?」


「正しく。」


「‥‥やっぱり帰っていい?」


「駄目です。こいつのためにも来て下さい。」


「こいつ」呼ばわりされた常磐さんを見ると、ちょうど目が合った。


「お願いします。先輩。行き先は俺の会社の社長室。機密性は保証します。」


保証されても‥‥


とは思ったが、2人の話が気になるのも、結局告白してくれたことに明確に答えてない後ろめたさがあるのも本当なので、大人しくついて行くことにした。


エレベーター内では。


「一希。一旦、社長の顔に戻れよ。」


「ああ。大丈夫。‥‥やっと先輩と話せるって思ったら復活できたから。」


常磐さんがそう答えると、ちょっとだけ笑った藤堂君。


「そうか。なら良かったよ。‥‥先輩。」


「ん?なに?」


「多分、いや確実に視線を大いに感じるかと思いますが、なるべく気にせず頑張ってついてきてくださいね。」


「は!?な、なんでそんな事、今言うの!?先に言ってよ!逃げ場ないじゃない!」


「ええ。逃げられない様にですから。」


「は!?」


更に抗議しようと思ったが、無情にも着いてしまった。


「さあ、先輩。行きますよ~。」


と言ってさっさと歩き始めた2人。

私も仕方なくついて行くべく歩き始めたのだが‥‥


た、確かに視線を感じる‥‥


歩いているのはもちろん廊下。

その左右にデスクが複数ならんだ部屋があるのだが、腰ぐらいの高さから上がガラス張りだった。

つまり、中で働いている人から廊下もお互いの中の様子もよく見える状態。そして左右から廊下の私達は見られている状態。

‥‥なのだが。


視線は確かに感じる。

けど、よくある「社長と一緒になんて!」みたいな嫉妬とかは感じない。

むしろ生暖かい感じがするのは気のせいだろうか‥‥?


と、ある意味居心地悪く歩いていると、到着した様で中に入れてくれた。

そして、常磐さんは一人掛け、私と藤堂君はその前にあるソファーに向かい合わせで座った。

間もなく秘書の方なのか、3人分のお茶をそれぞれの前に出してくれた。すぐに去ってしまったが。


「さて、先輩。外で話し辛いこと。‥‥分かりますよね?」


「‥‥さ、さっきの公開告白‥‥?」


「もですね。‥‥返事は一希の話を聞いてからにしてあげてください。」


「わ、分かった。」


「‥‥先輩。話す前に聞いておきたいことがあるんですが、いいですか?」


「? なんでしょうか?」


常磐さんは少し躊躇いを見せたあと、私の目を見て告げた。


「先輩が忘れてる過去、直樹に聞かせてもいいですか?」


「「え?」」


私が忘れてる過去?


「えっと‥‥‥まあ、藤堂君なら構いませんよ。」


「分かりました。ありがとうございます。‥‥直樹。」


「ん?」


「悪い。今まで黙ってたことがある。‥‥俺は小さい頃、先輩に会ったことがあるんだ。」


「「え!?」」


私が忘れてる過去がそれなんだろうけど‥‥


「あの、いつ‥‥?」


「先輩が小一の時なんで、20年前っすね。」


小一ってことは‥‥

あの時か‥‥


「最初から話しますね。」


そう言って話してくれたことは確かに私が忘れてることなんだろうなと思った。


*****


20年前。


優希6歳、一希6歳。

優希はまだ誕生日がきてなかっただけ。


2人の両親が友人で、家も近所だったため優希と一希はよく一緒に遊んでいた。


━優希の両親は社交的だった為、他にも友人がいて、その娘が優希と同い年だったため、今も幼なじみの親友もいる。━


ところがある日、それは不意に起こった。


優希の両親が産婦人科から帰ってくる途中、事故で帰らぬ人となってしまった。

産婦人科からで分かるだろうが、母親のお腹には優希の弟か妹がいた。

━━この時、優希は小学校で授業を受けていた。


そして帰ってきたら‥‥


優希の両親はお互いに孤児だったらしく、親戚がいなかった。なので、友人の一人である優希の親友(田辺真菜)の両親が代わりに葬儀を行った。


優希は当然、両親がいない現実をすぐには受け入れられなかった。


葬儀には一希の両親も来ていたので、優希をどちらかの家で引き取ろうかと話し合った。結果、同い年で女の子同士がいいだろうと、真菜の家に迎え入れようと決まった。

それでも、一応本人の意思も確認しようということでそれぞれの家に招き、話そうとした。

ところが、優希自身がそれぞれの家に行くと泣き出し、涙が止まらなかったため、外に連れ出して落ち着かせてから問いかけると、「おとうさんとおかあさんがいない‥‥」とそれだけ答えた。


思い出すのか‥‥


両親の面影を追ってしまうと判断した両家は仕方なく、優希を施設に預けることにした。

それでも真菜と一緒の小学校に通える様にと同じ学区内のところで。

優希の両親の遺産は一旦真菜の家で預り、優希にお金が必要になったら言う様にと施設長に頼んだ上で。


そして、数ヶ月が経った。


一希が小学校に入学する時だった。

近所ではあるものの、優希と学区が区切られて同じ小学校に通えないと一希も知ることとなった。


この時まで一希は何も聞かされてなかった。

優希が突然遊びに来なくなった理由も、小学校が別になることも。

ただ、両親に「優希ちゃんはしばらく、うちには来れないんだ」と聞かされていただけ。

当然「いつ会える様になるのか」など両親に度々聞いていたし、優希の家にも行こうと言った。

ただ、優希の現状は6歳児に話しても理解は難しいだろう。

だから話さない選択をし続けていた。


それに業を煮やした一希は優希がかつて描いた絵を半分に破いた。

何をするのかと両親が怒る前に、一希は半分を裏返し、自分の「いつき」と名前と共にこう書いた。


一やくそく、わすれないでねー


それを両親に差し出し、こう言った。


「もうきかないから、これだけあげてきて。」


両親は驚いたが、「分かった」と受け取り、翌日すぐに優希のいる施設に届けた。


このあと、一希と優希は会うことはなかった。

中学校も学区が違ったから。


一希は中学3年の時、改めて優希のことを両親に聞いた。

そろそろ教えてくれてもいいだろうと。

まず、一希が優希を覚えていたことに両親は驚いたが、今度はしっかり伝えた。


突然遊びに来なくなったのは優希の両親が亡くなったから。

優希の家は真菜の両親と話して売りに出した為、行っても会えなかったし、優希自身が既に施設にいたからだと。包み隠さず全て。


最後に一希が優希はどこの高校に行ったのかを聞くと、それも教えた。

だから、一希はそこに優希がいると知っていて同じ高校を受験したし、通うことにした。


ただ、予想外だったのは優希に忘れられていたこと。

友達になった直樹を通して会った時、「初めまして」と言われたのだ。

優希の隣には真菜がいて、同じ部活だった。

真菜とはお互いに名前を聞いた瞬間、分かった。


そして真菜と一希は別で会い、お互いにどれぐらいのことを知っているかと今後の相談もした。


真菜の方はもちろん、幼なじみとして小、中も含めて優希とずっと一緒だった。

でも、優希の両親が亡くなったことなどは中学生になってから聞いたと。

そして、優希は両親が亡くなったことのショックで当時の記憶が小学生の時でも曖昧だったと、そう話してくれた。


ここで改めて、優希の中で一希の存在が曖昧になっていることが分かった。


*****


「‥‥だからあの時の一希、気落ちしてたんだな‥‥」


「ああ。‥‥田辺先輩に話を聞いて、神田先輩が俺のことを覚えてないなら無理に思い出してもらわなくてもいいかなって思った。思い出したら両親が亡くなった時のことまで思い出すだろ?」


「だろうな‥‥。先輩。改めて、俺、聞いて良かったんですか?」


「うん。‥‥言い振らすような人じゃないって信じてるし、友人の不利益になる様なこともしないでしょ?」


「はい。それはもちろんです。」


「ならいいよ。」


そうして話していると、常磐さんが自分のデスクに向かい、クリアファイルを持って戻ってきた。

そして、そのクリアファイルを私に差し出した。

とりあえず受け取り、中に入っている物を見ると‥‥


「あ‥‥」


それは左半分だけになった絵。

そこには女の子が書かれていて、誰かと手を繋いでいたはずの‥‥


「あ‥‥」


私は片手で口元を覆い、その絵を凝視していた。

破かれた右半分。それに心当たりがある。


確かに私が小学校から帰ってきたら施設長がくれた。

男の子が誰かと手を繋いでいたはずの絵。その絵を裏返すと確かに「やくそく、わすれないでね」って書いてあった。その時はなんのことか分からず、施設長に持っててもらった。

そして私が高校を卒業して施設を出る時に、施設長が「忘れ物だよ」と言って私に返してくれた絵。


その絵とこの絵は並べたらぴったり合うだろう。

私が持ってる右半分も含めて私が昔、書いた絵。

私の頭の中で一枚の絵が完成した。


━━絵は私といっくんが手を繋いだ様子を書いていた。ー


だから私は口元を手で覆いながら声を溢していた。

ゆっくり、思い出したから。


『ねぇねぇ、ゆうちゃん。』


『なに?』


『ぼく、おおきくなったらしゃちょうになる!』


『え?‥‥いっくんはむりだよ~。』


『むりじゃないもん!』


『だっていっくん、じぶんのなまえもちゃんとかけてないじゃん。しゃちょうはあたまがよくないとなれないんだよ?』


『むぅ‥‥じゃあ、ゆうちゃん。ぼくがしゃちょうになれたらどうするの?』


『どうするって?』


『ぼくのおよめさんになってくれる?』


『!‥‥‥いいよ。』


『!! ほんと!?ほんとにぼくのおよめさんになってくれるの!?』


『しゃちょうになれたらだよ!?』


『!! うん!ぼくがんばる!!』



しばらく無言で絵を見ていた私は、口元を覆っていた手を離し、常磐さんの方に視線を移した。


「‥‥いっくん‥‥?」


「!!!‥‥‥うん。そうだよ、ゆうちゃん。」


「!!‥‥ごめん‥‥なさい‥‥」


「いいよ。‥‥思い出した?」


「うん‥‥」


すると、常磐さんは胸ポケットに入れていたハンカチを私に差し出した。


「ゆうちゃん。泣かなくていいよ。」


そう言われてようやく、自分が涙を流していたことに気付いた。

ありがたくハンカチを借りて涙を拭うと‥‥


「ゆうちゃん。」


「な‥‥なに‥‥?」


「約束も思い出したってことで合ってる?」


「!!!」


お‥‥思い出してしまったけど‥‥

ど、どうしよう‥‥


「俺、社長だよ?」


「!!!」


ど、どどどどどどどどどうしよう!?


とさっきまで泣いてたのが嘘の様に内心、焦りまくる私。

それを見て藤堂君が聞いてきた。


「大丈夫っすか?先輩。」


「だ、だだだだ大丈夫。大丈夫よ?」


「大丈夫じゃなさそうっすけど‥‥?」


「どうやら約束まで思い出してくれたっぽいな。」


「‥‥なあ、一希。その約束ってなんだ?」


「‥‥ゆうちゃん。答えてあげたら?可愛い後輩からの質問だよ?」


くっ‥‥私に振るか!!


「‥‥先輩に聞いていいんすか?」


「‥‥‥」


「まあ、無理にとは言いませんけど‥‥」


気になるよね~!ここまで聞くと。


と思いつつチラッと私に振りやがったヤツの顔を見ると‥‥


それはもう嬉しそうな顔をしていた。


「ほら、俺の顔を睨まず直樹に答えてあげなって。ゆうちゃん。」


「ゆうちゃん。」だけ満面の笑みで言った。


「‥‥いっくん、性格悪くなったね。前はあんなに可愛かったのに‥‥」


「ゆうちゃんに忘れられてショックだったからね~。」


「うっ‥‥」


「‥‥一希、先輩。俺、邪魔なら出ますけど‥‥」


「!! 駄目!藤堂君、お願いだからいて!!」


「‥‥‥分かりました。」


よし。これで2人きり回避成功だ。

‥‥‥‥‥‥言うか。


「‥‥藤堂君。」


「はい?」


「その‥‥いっくんとの約束ね‥‥」


「はい。」


「いっくんが社長になったら私をお嫁さんにするって‥‥」


「‥‥‥‥は?」


「やっぱり思い出してくれてた。」


「は?‥‥え?ちょっと待て、一希。お前が社長になりたいって言ったのはこのためか!?」


「おう!」


「おう!じゃねぇだろ!‥‥あ!田辺先輩もグルか!?」


「正解♪」


「!!‥‥マジか‥‥してやられた‥‥」


「まあ、だからこそ直樹を副社長にしたんだよ。‥‥これでも巻き込んで悪いって気持ちはあるし、実際楽しいだろ?」


「うっ‥‥まあな‥‥」


「‥‥ん?ちょっと待って。なんでそこで真菜が出るの?」


「ああ、この会社にいるんすよ、田辺先輩。」


「は!?聞いてないよ!?私。」


「言ってないって言ってました。」


「くっ‥‥まさか真菜まで‥‥」


と呟いていると、ふと先程の廊下での視線を思い出した。


「‥‥いっくん、藤堂君、つかぬことを伺いますが‥‥」


「ん?」「はい?」


「まさか、会社の人全員‥‥」


「ああ、全員一希が集めた人達ですが、最初の挨拶の時に田辺先輩が言ったんすよ。」


「なんて!?」


「常磐社長には長年の想い人がいるから、狙っても無駄だ。って。」


「!!!‥‥真菜ぁ‥‥」


私は一気に力が抜けた気分だった。


「あ、やっぱり何か感じました?」


「うん。‥‥普通さ、独身、彼女なし、顔よし、スタイルよし、何より社長と副社長。‥‥そんな人達と歩いてたら嫉妬とかの鋭い視線が来るものでしょ?」


「そうですね。」


「さっき廊下を通った時、それを覚悟してたんだけど、予想に反してそんな事なかったのよ。むしろ生暖かいっていうか‥‥」


「ああ、やっぱりそうでしたか。‥‥田辺先輩のおかげっすよ。」


「そうみたいね‥‥」


なんかこう‥‥このちょっとの時間で色々あったせいか、精神的に疲れてきた‥‥


と思いながら項垂れていると‥‥


「それで、ゆうちゃん。さっきの答えは?」


「え?」


「俺、告白したでしょ?」


「!!!」


そうだった‥‥!!


と、私が答えあぐねていると‥‥


「ゆうちゃん。」


優しく名前を呼ばれていっくんを見ると、苦笑いを浮かべていた。


「ごめん。一気に話したし、気持ちの整理とかしたいよね?急かさないからゆっくり考えてくれないかな?」


「!‥‥いいの?」


「ん?」


「私に考える時間、くれるの?」


「うん。‥‥20年も想い続けたんだ。今更諦めるつもりはないし、あと少しぐらい待つよ。」


「うん?」


少しだけなの?


「ゆうちゃん。俺は約束通り社長になった。‥‥ゆうちゃんも約束守ってくれるよね?」


「!!!」


逃げ道はないっぽい‥‥?


「‥‥ちなみにいっくん。」


「ん?」


「私がいっくんが社長になる前に結婚してたらどうするつもりだったの?」


「ん?もちろん、籍を入れる前に妨害したよ?」


「え?」


「先輩。先輩の情報は田辺先輩経由で入ってたんすよ。」


「!!!‥‥真菜はそこまで共犯だったの!?」


「共犯なんて人聞き悪いこと言っちゃ駄目だろ~?ゆうちゃん。協力者と言うべきだ。」


「一緒じゃない!!‥‥もしかして、高校の時から‥‥?」


「正解♪」


「!!!‥‥‥‥藤堂君。」


「はい?」


「真菜、今日出勤してる?」


「いるはずっすよ。‥‥呼びます?」


「お願い。」


「了解。」


と言って携帯を取り出した藤堂君が電話すると、真菜はすぐに来てくれた。


「真~菜~?」


「ちょ、ちょっと優希、一旦落ち着こ?ね?‥‥どこまで話したの?」


「‥‥‥」


入ってきた真菜に詰め寄ったが、かわされた。

なのでとりあえず、さっき座ってたソファーに真菜と並んで座った。


ここで話した内容をある程度話すと、真菜から生暖かい視線を向けられた。

そしてニヤニヤしながら聞いてきた。


「で?どうするの~?優希。」


「考える時間くれるって。」


「え?考えるの?」


「え?普通考えない?今、私の頭の中ごちゃごちゃだよ?」


「あ‥‥そう、だよね‥‥」


「とりあえず、一希。俺達の名刺渡しとこうぜ。」


「ああ。そうだな。」


と、いっくんと藤堂君、ついでに真菜まで名刺をくれた。

真菜の連絡先は知ってるのにだ。「記念にあげる」と言ってくれた。


なんの記念よ? と思いつつ、3人の名刺を見ると‥‥


「‥‥本当に社長なんだ‥‥」


と私が呟くと、3人がガクッとなっていた。


「「「信じてなかったんだ‥‥」」」


「うん。」


「「「‥‥‥」」」


「‥‥でも‥‥」


「「「でも?」」」


「私に社長夫人は無理じゃない?」


「「「‥‥‥」」」


何故か3人に呆れ顔を向けられた。


「‥‥先輩、直樹。これからも協力よろしく。」


「みたいね。」「ああ。」


そして、この日はここまでで帰らせてくれた。

真菜付きで。

真菜が車で送ってくれたんだけど、折角だからと甘えてスーパーに寄ってもらった。

元々買い物して帰るつもりだったから。


**



さて、その後の私達はというと‥‥



まず、私はやっぱりいっくんにまんまと捕まった。

ゆっくり考える時間はくれた。

でも、それは2週間だけだった。


名刺に連絡先が記載されてるのに、一向に私が連絡を取らないもんだから、いっくんが痺れを切らして真菜経由でまたいっくんの会社に呼び出された。


それで、私が拒否を示さなかったことをいいことに外堀から固められて、逃げられなくされた。

具体的には社員に一斉に結婚発表。それと真菜の両親やいっくんの両親、施設長にまで結婚すると報告することになったからだ。

この報告、私は事前に話を聞かされておらず、「施設長に久しぶりに会いたくないか?」とそれっぽい誘われ方して到着すると、なんと真菜の両親といっくんの両親もいて、突然いっくんが「俺達結婚することになった」と報告しだした。


そこで全員が喜んだため、否定もできず‥‥


これは式までに気持ちを固めるしかないなと諦めた私。

実際、いっくんが嫌なんじゃなくて、社長夫人という立場が重いだけだから。


ということで、私はあの時採用が決まった派遣先に期間満了まで勤めたあと、いっくんと結婚した。


そして、驚いたのは真菜と藤堂君が結婚したことかな。

式にも夫婦で呼んでもらった。

私といっくんの結婚式以来になる真菜の両親ともまた色々話した。


**


あとから聞いた話だけど、あの日、いっくん達は私に会えるとは思ってなかったそうだ。

真菜には面接があるぐらいで正確な場所は伝えてなかった。だから3人共、周辺には来てるんだろうなぐらいだったらしい。


それでも、ようやく会社が軌道に乗ってきたところで「そろそろ呼ぶか」とは話していたらしい。そんな時に私を見つけたいっくんが思わず私に駆け寄り、気付いたら告白していたと。

そして、元々呼ぶつもりだったのを早めるだけだと私を社長室に連れていったそうだ。


本当に、いっくんの行動力どうなってんだ‥‥



そして、幼い時の約束を事情があったとはいえ、一旦は忘れていた薄情者の私を許してくれたいっくん。

私はその20年分の想いを一身に受け、愛されてます。


私には両親も親戚もいないけれど、幼い頃から見守ってくれた親友やその家族。施設の人達。優しい後輩に今や夫となった人やその家族がいてくれた。

それだけで十分、私は恵まれてる。


━━お父さん、お母さん。私は今、幸せだよ。


念のために申し上げますが、この話は作者の実話でもないですし、モデルがいるわけでもありません。

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