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カ〇リミットなだけのお話

 午前十時まであと十分の駅前。雑踏を行き交い人々が足早に歩を進める師走の喧騒の中、俺は文庫本片手に人を待っていた。

 雪こそ降っていないが、昨日の気温が氷点下を下回ったため路面は凍り、気温が上がった日中に氷が溶けだし、早歩きの通行人たちが歩き辛そうにしている。目の前で「おっと」と滑りそうになったサラリーマンが肝を冷やしていた。

 視線は通り過ぎる人を追いかけて、本を読む気にはなれない。ペラペラとページを捲るも、視線は文字の上を先程のサラリーマンの様にツルツルと滑る。

 まあ何度も読み返した小説なので問題はないが。

 問題があるとすればこの落ち着かない心の方だろう。何度繰り返しても慣れないのは、俺の心臓が目の前で転んだ子供よりも小さいからだろうか。

 まったく、たかがデートで何故こうも緊張するのか。

「大丈夫か?」

 そんなことを考えながら、子供の視線に合わせて腰をかがめてその子を抱え起してやる。

 起き上がったその子は存外ケロリとした様子で、覗き込んだ俺を覗き返し、コクリと頷いて何処かへ駆けて行った。

 あんなに走るとまたこけるんじゃないのか?

 そう思っていたら、俺の心配に気付いた訳ではないだろうが、その男の子は足を緩め、てくてくと歩いていく。

 その姿を目で追った先、俺を見つけて駆けてくる彼女の姿があった。

「おーい!」

 こちらに向かって呼び掛けてくる彼女は、少し慌てて白い息を吐きながら走ってくる。暖かそうなニットに動きやすそうなオーバーオール、羽織ったダウンコートとニット帽から零れるふわふわとした栗毛が、トントンと跳ねるブーツに合わせて揺れている。

「ごめん、待った?」

 息を切らしながら訊いてくる彼女に、ありふれた様式美だと思いながらいつものようにこう答える。

「いや、今来たとこだよ」

 息を整えた彼女は背筋を正したかと思えば、

「嘘つき」

「…嘘じゃないぞ?」

 嘘だ、本当は三十分以上前には着いていたが、できるだけ顔には出さないようにする。

 彼女はそんなちっぽけな意地っ張りを見透かすように俺の目を覗き込んだかと思えば、吐息を零して、

「まあ、そういうことにしておこうか」

 なんて言って、そこでくるりと回る。

「どう?何か言うことない?」

「似合ってる」

「食い気味でつまんない」

「我が儘だな、、」

 お茶目と少しの理不尽が混ざった不貞腐れた顔で唇を尖らせている彼女に気付かれないように、そっと息を吐いてこの気持ちが漏れないように整える。照れてるところなんて見せたくないからな。

「いつもくくってるのに降ろしてる髪がふわふわして可愛いし、凝ってるネイルが大人っぽい。ブーツは新しく降ろしたやつでしょ?左耳に着けてるイヤリングは前に俺が上げたやつだな、付けてくれて有難う。あとは、、、そうだ、いつもはしないけど今日は薄く口紅を引いてて、可愛い」

「…え、ちょっと見すぎ、ではないですか?」

 思いっ切り引かれた。というか敬語になった。そして二、三歩後ろに下がられた。何故だ。まあ今のは自分でもやり過ぎて気持ち悪いと思った。

「でも、ありがと」

 彼女はそう言って、少しはにかみながら手を差し出す。

「ほら、行こ?早くしないとお店に入れなくなっちゃう」

 俺が彼女の手を取ると、そのまま速足でてくてくと進んでいく。でも、俺と彼女では歩幅が違うので置いて行かれることはない。

 ちょっと強引な彼女に引かれながら、心地よいペースで目的地に向かうのだった。


 今日のデートのメインは、今話題のレストランに行くこと。そこのオムライスが特に絶品で、テレビでも特集が組まれたほどらしい。

「君は本当にそういうのに興味がないね」

 少し呆れ気味に言う彼女を見るに、相当大きく取り上げられた店なのだろう。

 彼女曰く、その店は一度で火事で店舗が焼けてしまい、閉業寸前にまで追い込まれたらしい。

 その店のオムライスは代々受け継いだ秘伝のソースが絶品で、多くの著名人が足しげく通うほどらしく、店が火事で一度全焼した時もそのソースだけは店主が必死で持ち出したそう。

 それゆえ店の再建を望む人々が有志で寄付を募り、その様子がニュースでも大々的に取り上げられているらしい。

 彼女はその店の凄さを語るため様々な有名人の名を上げていったが、どれもピンとこなかった。

「大丈夫?ちゃんと喋れる友達いる?」

「その心配はやめろ」

 ちゃんといるよ。

 別に最近のはやりなんか知らなくても生きていけるし、読書仲間だっているし。

「あー、あの文芸部の先輩か。そうだね、あの人背が高くて美人だもんね。趣味も合うしね」

「あの人以外にもいるけどな、何?ちょっと拗ねてない?」

「別に~」

 ちなみに彼女は本をあまり読まない。でも、

「勧めた本なら読んでくれるでしょ?なら俺は一緒に話せて楽しい。もちろん、こうやって出かけるのも」

「…そりゃあ、本はあんまり興味ないけど、、、君の勧めてくれる小説はまあ、面白いし?」

 彼女は少し俯いて、髪を指でくるくると弄っている。照れてて可愛いな。

「…何?」

「いや、なんでも」

 そんなことはおくびにも出さずに他愛ない会話を続けていれば、駅から少し距離のあったそのレストランにもあっと言う間に辿り着いた。

「新しいな」

「改装したばっかなんだから当たり前でしょ」

 何その感想、と彼女は苦笑する。

 昼時にはまだ早い時刻に着いたため、並んでいる人もそこまで多くはない。

 すぐに順番が回ってきたので、カランカランとドアベルを鳴らしながら扉を開けると、店内の暖かい空気とおいしそうな匂いが外に漏れだした。

「いらっしゃいませ、二名様でよろしいでしょうか?」

 店員に案内されたテーブル席で向かい合って広げたメニューを眺める。そこにはこの店の一番人気と銘打ったオムライスの他にも、カレーやチキンなどの定番から温かそうなポトフに加え、何故かかつ丼がお美味しそうに載せられている。

 レストランでかつ丼を頼むやつがいるのだろうかと、周りに目を向ければ、横を通り過ぎたウェイターの持つお盆には、大きな丼茶碗が乗っていた。頼む奴、いるのか、、、

「どうする、何頼む?」

「ん~」

 そう尋ねると、気のない返事が返ってきた。

 正面に目線を戻せば、食い入るようにメニューを凝視する彼女の姿が目に映った。その姿を見て俺は苦笑する。

 そう言えば彼女は食べることが大好きだったな。

「…ん?何?」

 見ていることに気付いたのか、怪訝そうにこちらを見る。よく分からないと言った風の彼女に俺は苦笑したままこう返す。

「別に、何でもないよ」


 運ばれてきた料理は、プロがとったであろうメニューの写真と同じくらい美味しそうだった。

 「その例え何?」と言ってきそうな彼女も、今は目の前に運ばれたかつ丼に釘付けで、突っ込む暇もなさそうだ。というか頼むやつ目の前にいたよ。そして話題のオムライスじゃなくてカツ丼を食べるんかい。

 彼女の目の前にはカツ丼があって、俺の目の前にはオムライスがあった。運んできたウェイターが料理を逆に置いたのは言うまでもない。

 目を輝かす彼女を横目に見つつ目の前に運ばれたオムライスを口に運ぶ。卵はとろとろで、かかっているデミグラスソースは流石秘伝というだけあって濃厚で且つコクがある。

「それもいいね」

「そっちのカツ丼は珍しいよな」

「そうだね」

 淡白に返すその目は運ばれてきたオムライスに注がれていて、かつ丼に注がれているそれと同じくキラキラと輝いている。

「…一口いる?」

「ちょうだい!」

 即答だった。じゃあ、

「はい、どうぞ」

「…っへ?」

 スプーンですくったオムライスを差し出せば、予想外と言った風な顔をした。あれ、欲しいんじゃないのか?

「…わざとやってる?」

「何が?それよりいらないの?」

「いる、いります。いりますけど、、、」

 彼女は何故か納得いかなさそうにしていたが、諦めたように差し出したオムライスを食べた。

 そしてすべてどうでもよくなったかのように目をキラキラさせた。

「美味しい!」

 それを見て俺はまた自然と苦笑してしまった。

 それを見た彼女は少しむっとして不信がった。

「さっきから何?」

「いや、何でも」

「絶対なんかあるでしょ。怒んないから言ってみなって」

「なんで怒られるの前提何だよ。…すごくおいしそうに食べるなって思っただけだよ」

 俺は渋々そう感想を告げる。彼女は不思議そうに続きを促してくる。

「いつもは大人っぽいのに、美味しそうなものを見るといつも子供みたいに目をキラキラさせてるなって、美味しそうにいっぱい食べるなってそう思っただけだよ」

 彼女は一口ご飯を口に運んで顔を伏せがちに食べた後、

「そんなに子供っぽい?」

 と聞いた。

「まあちょっとは」

「やだなーもう!恥ずかしいじゃんか!・・・やっぱり、たくさん食べる女の子って変かな?」

 笑い飛ばしたかと思えば、少し不安げにこちらを伺ってくる。だから俺はこう答える。

「いや、いっぱい食べる君が好きだよ」

「・・・ありがと」

 そう言って珍しく照れた顔を見せた彼女は、最高に可愛かった。

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