暗黙
「話は変わりますが……東モスレムの夜間外出禁止令。あれはいつまで続けるおつもりですか?」
「いきなり内政干渉ですか?」
重基の言葉にイヤミで応える武。だが重基は気にする調子でなく話を続けた。
「人は引き締めればいいというものではありませんよ。本国で動きが取れないとなれば国外に出た人間が騒ぎを起こす。うちの東モスレム難民の問題もありましてね」
「それこそ内政干渉ではないですの?国外に出た人間に国の運営に口出しをする資格などありません」
凛とした調子の武に重基は黙り込んだ。
「いま轡を緩めれば東モスレムは西モスレムの裏庭になる。遼北の社会主義者へ睨みを効かせるためにも東モスレムでの反政府活動の取締は続けなければならないんだ」
バラダはそう言うと酒を満たしたグラスを傾けた。
「しかし……強硬姿勢は感心しませんな。地球の連中も遼州は未開野蛮だと誤解される」
「誤解もなにも事実なんだから仕方がないでしょ?」
悠然とそう言うと武は笑顔を浮かべた。その冷たい笑みに献はいつものように身震いを覚えた。
「確かに地球に劣る部分があるとは認めますが……うちの貴族制も未開野蛮なるが故というところですからね」
自虐的に重基は笑った。隣でこれもまた裏のない笑みを康子が浮かべている。
「それと忠告を一つ」
急に真面目な顔をした重基に武が表情を引き締める。
「軍をあまり信用なさらないほうがいい。力を持つ者が暴走を始めると手がつけられなくなる」
「これはいらぬご心配を。高官の身元は割れていますのよ。クーデターを起こすような分子は入れていません」
「それならば良いのですが……」
重基の言葉に献は違和感を感じていた。
「私も軍人はあまり好きではありません」
搾り出すように献がつぶやく。
「そうみたいですね。献ちゃんには争いが似合いませんから」
康子の言葉に献は笑みを浮かべて返した。
「康子はそう言うが彼等を使いこなさんかぎり政治の実権は握れんよ。要は使い方次第だ」
そう言って重基はグラスを再び空ける。バラダはこれみよがしに襟の大将の階級章を見せつけるように弄った。
「そう言えばカグラーヌバ将軍」
わざとらしく重基はそう言って目をやる。
「央都に前回行かれてからどれくらいになりますかな」
「帝に同行して三日になります」
「三日ですか……」
重基の言葉にバラダは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「くれぐれも身辺にはお気を付けなさいませ」
「ほう、そこまで言うとは何か掴んでらっしゃるのですかな?」
苦々しげなバラダの問いに重基は首を横に振る。
「それならばこの話はおしまいにしましょう。お酒が不味くなるわ」
武の一言で場が再び沈黙に包まれた。
献は食べ終えた主菜の皿を給仕が片付ける様をじっと見ていた。
「東宮。ジロジロと人を見るのは王者の風ではないわよ」
「はい」
いつものようにトゲのある言葉が武から放たれ、それに突き動かされるように献は背筋を伸ばした。
「武帝……あまり子供を縛りすぎるのは良くないことですわよ」
「康子さん。これが……遼帝室のやり方です。口を挟まないでくださいな」
武の言葉に康子も黙り込んだ。
こうして献と武の孫と祖母の会見は終了した。