恩と恨み
「隊長、安城中佐と初めて会ったのはいつなんだ?」
ランは鼻の頭を掻きながら上目遣いに嵯峨を見つめてそう言った。
「妙なことに興味を持つんだな」
「いーだろ!アタシにも心があるんだからな!」
嵯峨の冷やかすような調子の一言に、ランはそう言ってふくれっ面をした。
「ああ、そうだな。あれは……前の戦争が終わってから東和に来た時だから……十七年前か」
そう言って嵯峨はタバコをふかす。
「一介の弁護士が公安の凄腕と知り合いになったのか?」
「まあね、元々俺は戦争犯罪人のリストから外れたばかりだったからな。その関係で監視されてたの。その担当者がたまたま秀美さんだったわけ」
「ふーん」
ランは感心したようにそう言うと窓の外に目をやった。
「アタシはまだ……自分のしていることが分かってなかったころだな」
「なんだよ、お前さんまで昔話か?」
嵯峨はそう言うと部屋の中に視線を戻した。
「こんな天気だ。昔のことを思い出すこともあんだ」
「そうかい。俺も思い出していた」
そう言いながら嵯峨は灰皿にタバコの燃えさしを押し付けた。
「いつのことかな?」
少し照れながらランはそう言って嵯峨の大きな背中を眺めた。
「俺がこの『戦い』を始めるきっかけに出会ったとき……そん時の話だ」
「そうか」
ランはがっかりしたようにうつむくと応接セットに置かれた冷えていないマックスコーヒーに手を伸ばした。
「まーいいよ。隊長には返しきれねー恩があるからな」
「恩なんて言うなよ。俺だってお前さんに頼りっぱなしだ。返したいのはこっちの方だ」
振り返った嵯峨はコーヒーを飲むランをまるでわが子を見守る親のような視線で見守っていた。
「そう言えばアタシが隊長の前に現れたのも……」
「そう、35年前の6月。お前さんの『誕生日』となってる日だ」
嵯峨はやさしい口調でランにそう言った。
「あの日。たくさんの人が死んだ」
「そうだな。アタシもうんざりするほど人を殺した」
嵯峨とランは静かに驟雨の様子を眺めていた。
「人が死ぬのは悲しいことだな」
「悲しくなくなったらおしまいだな」
二人はそう言うと静かに見つめあう。
「あの日……まだ十二歳の俺、『遼献がすべてを失った日……あの日の遼の兼州地方は晴れてたのを覚えているよ……」
嵯峨はそう言うとタバコを口にくわえた。
雨は途切れることなく降り続いていた。