06 第一の刺客、三澄翼
その後は屋敷の探索を全員で行い、いくつかのことが判明した。
まず、食料は一週間分程度しか用意されていないこと。米や小麦粉など保存の効くものは二カ月なら困らないほど大量にあったが、野菜や魚、肉などはやはり駄目らしい。これによって、探索組が食料調達を兼ねることになった。
次いで屋敷の敷地内、そして間取りについて。屋敷内には小さな寝室が九部屋あり、先ほどまで私たちが居た食堂のほか、使い勝手の良さそうなキッチン、ランドリールーム、ボードゲームが用意された談話室、広々とした書斎、ジャグジーなども完備されている大浴場、そして露骨に告白イベントが起こりそうなバルコニーなんかもあった。屋外にはプールと、家庭菜園と言うにはやや規模の大きい畑がある。
「畑と家事は、あたしたちで分担してやんなきゃねー」
ブレザーを脱ぎ、燈子がシャツの袖を捲りながら言った。この子、袖まくりが世界一似合う。
「でも桜、あんた非力なのに探索組で大丈夫?」
燈子に尋ねられた桜は、やや気まずそうに頷く。……不安なのだろう。
すると、気を利かせた祥がメインヒーローの貫録を見せ、桜の肩に手を置いた。
「無理しなくていいよ。待機組に変える?」
「い、いいえ! それに、私だけわがままで変えるのはおかしいですし……し、島の中も見てみたいですから!」
「そっか。……あっ、じゃあ早乙女さんは、毎朝どっちの組と合流するか自分で決める?」
祥の提案に、燈子は本人よりも早く「いいじゃん!」と賛成意見を示した。他の面々も不満げな者は誰一人いないので、私も笑顔でうんうんと頷いている。正直桜と同じ画角に入る機会が増えるという懸念はあるが、祥が休息日で屋敷に居る時に桜が探索に出ているという嫌な展開は避けられそうなので、メリットがない訳じゃない。ていうかこれは桜が毎朝自分の取る行動を決めるシステムっぽいので、そういうゲームの根幹的なところに突っかかってたらどう考えても反感を買う。
……そういうやり取りがあって、午後からは早速行動を始めることになった。
桜は祥と一緒に島内の探索へ出かけ、残りの六人は屋敷内に待機している。どう考えても待機が多すぎるような気がするが、スケジュール制のアドベンチャーゲームにしている故の弊害だろう。大人しく選択肢オンリーにしておけばよかったのに。まあそういうゲームなんだし、私のようにこの状況に疑問を持つような人間はいないだろうけど――
「てかさ、流石に待機の人数多くない?」
「マ゛!?!?!?」
「えっ何、ま?」
完全に油断していたところに翼が地雷を埋め、私は軽やかにその地雷を踏みぬいてしまった。急にデカい声を出したせいで翼はやや面食らっている。ていうか翼だけじゃない、さっきまで当たり障りのないキャラクターだった私が完全に浮いている。
「い、いや、ちょっと顔の前を大きいハエが……! 話の腰を折ってすみません、どうぞ続けてください!」
「あ、そう? じゃあ続けるね。えっと……なんだった?」
「待機が多すぎる、という話でしょう。それについては僕も同感ですね。今ここに残っている探索組は鬼門さん、三澄さん、そして僕ですから……体力の面でも、島の中を見て回っても問題ないでしょう。一週間後からは食料調達も僕たちの仕事ですし、探索組の中でも、今後は探索班と食料調達班を作って動いた方が良さそうですね」
(あ~、なるほどそういう……)
どうやら一週間後からは正式に食料調達も行動の選択肢に入るらしい。私がいちいち心配する必要などどこにもなくて、しっかり予定通りに事は進んでいる様だ。ほんと、びっくりして損した。
「では、僕たちも早速――」
「あっ、俺は今日探索パスで~。行くなら龍司と翼で行ってきてよ」
「はァ? 待機が多すぎって言いだしたのはテメェ……ああ、そういうことかよ」
苛立って拳を握りそうになった龍司が、部屋の中に居るメンバーを確認して溜息を吐く。怒りを通り越して呆れた、といった雰囲気だ。……まあ、私もなんとなく察しはつく。
翼は女好き。そしてここで龍司と伊月を追い出してしまえば、屋敷の中は桜を除く女三人と翼でハーレム状態になる。だからライバル令嬢もいないくせに男女比おかしいでしょこの乙女ゲーム。
「さ~て、それじゃあ各自かいさーん! ……って言いたいところなんだけど」
ぱん! と手を叩き、翼が陽気な調子で言う。そして意味深な言葉の後で、その緑色の目がぎらりと光り、……私は、その両の目と、しっかり目が合った。
「アリサちゃんさあ、ちょっと俺と話さない? 二人っきりで」
「えええ……」
黙って様子を見守っていた千鶴が「手が早いわね」と呆れた様子で呟いた。龍司と伊月はとっとと出て行ってしまったので、部屋には私と、翼と千鶴、そして燈子しかいない。誰か助けて欲しい、切実に。
シミュレーションしてみよう。まず、『いきなり見ず知らずの男の人と二人っきりなんて無理です!』と言った場合、十中八九アンチスレが立つ。『令和にもなっておもしれー女?』『こういう女ほんとキツい』と書き込まれて私は多分泣く。
では次に、『忙しいから無理です』と言った場合。この状況下で忙しいとか言うのは普通に不和を生みかねないし、そうして攻略対象との間に不仲と言う特殊な関係性が生まれてしまうのは不味い。運が悪いとフラグに発展するし、これで本当に翼とバチバチすれば『翼ってこんなキャラじゃなかったよね?』『アニオリのせいでキャラ改悪とかいい加減にして欲しい』と書き込まれて私はやっぱり泣く。
となれば。
「いいですよ。どこで話しますか?」
――無意識を装い、全て翼の勘違いということにしよう。
大方二人で話したいなどという頓珍漢なことを言いだしたのは、先ほどの話し合いでガン見した挙句目が合い、そして目を逸らすなどという意味深な行動を取ってしまったからだろう。あの時ゲームオーバーにならなかったのは、おそらく放映時の画角が翼のアップで、気付かれて目を逸らしてしまった瞬間には次の発言者である祥へとカメラが移動していたからだ。
だから無駄に話を広げない方がいい。「んー、じゃあ談話室で!」と言いながらウインクを飛ばしてくる翼に対し、私はあくまで従順に振る舞った。反抗すると目立つ。今はとにかく、大人しく、大人しくだ。