05 分担、天下分け目のあみだくじ
「手紙って、これのことだよね?」
開封済みの白い封筒をブレザーのポケットから取り出して、燈子が言う。
……そうだ、そう言えば部屋の机の上に手紙があった。
「みんな、読んだ?」
祥が尋ねる。みんな頷くので、私も頷いた。
(いや読んでないけど……)
我ながらバカだった。二回やって二回ともスルーした。だってそれどころじゃないし。
しかし目立つわけにはいかない、ここからは知ったかぶるターンである。今こそ火を吹け、私の知ったかスキル。流行に敏感じゃない私みたいな女子高生はこういうスキルが異常に発達しているのだ。
「じゃあ、俺たちの状況は分かってるよね。俺たちはこれから二カ月の間、ここで共同生活を送りながら、この島を脱出しないといけない。……その条件は、何もわかってないけど」
内容を説明してくれた。その内容なら既に知ってるんだけど、助かる。
しかし、乙女ゲームなのかサバイバルなのか本当によく分からない設定だ。私の気持ちとしては自分がアリサではなく有紗として実際に置かれている状況を踏まえてもサバイバルなのだが。
「でも、もし二カ月の間に脱出できなかったらどうなるのかしら。……手紙には、その場合の話は書いていなかったでしょう」
千鶴の言葉に、祥は俯いた。……そういえば、私もそれは知らない。
「それに、ここにいる全員が、なぜこの島に来たのか全く覚えていないまま、各自に宛がわれた部屋で目を覚ましている――気味の悪い話ですね」
……そうか、みんな何故自分がここにいるのか知らないのか。
私は分かっているから特に何とも思わなかったけど、伊月の言う通り、みんな気味悪がっているに決まっている。だって訳も分からずここに居るだけでなく、家族もいなくて、それどころか自分は行方不明のような扱いになっている可能性があるのだから、当然のことだろう。
途端に食堂の中は重たい空気に包まれる。みんな暗い表情を浮かべ、俯いたり、窓の外を見つめたりしていて、とても話し合いが進みそうな空気ではない。
しかし、そんな空気を、明るく陽気な男の声が真正面からぶち破った。
「まあまあ、悩んでてもどうにもなんないじゃん? とりあえず、役割分担しよーよ。家事とかも自分たちでやんなきゃいけないし、加えて脱出するために島の探索もしなきゃでしょ?」
いかにもチャラ男ですと言わんばかりの、軽薄そうな見目の男――三澄翼は、人好きのする笑みを浮かべて言った。しなきゃでしょ、と同時に首を傾けたせいで、オレンジの髪の隙間から露出している左耳にジャラジャラ付けられたピアスが、揺れたり音を立てたりした。前髪の左側を留めているカラフルなヘアピンといい、アクセサリーが好きなのだろうか。それとも量産型のチャラ男を懸命に気取っているのだろうか。イケメンなんだしそんなことしなくてもいいのに。
「……ん?」
(っ、マズい!!)
私は慌てて翼から目を離す。多分、まじまじと見つめていたことに気付かれた。頼むから反応するな、スルーしてくれ、頼む頼むまだ終わりたくない……!!
心臓が止まりそうになりながらひたすら神に祈っていると、そんな思いも虚しく翼は口を開き――
「確かに、まずは役割分担からだな。男女四人ずつで分かれる?」
そして、閉じた。祥が話を本題に戻したからだ。
(ナイス!! 多々良祥ナイス!!! 延命!!!!)
興奮を抑えきれず拳を握り、心の中でガッツポーズをする。神はここにいた。
祥の言葉で私にまじまじと見つめられていたことは忘れてくれたのか、翼は私の件について詮索することはやめたようで、祥の提案に口をとがらせブーイングを入れる。
「え~、普通にクジとかで決めればよくない? 待機組が三人、探索組が五人くらいでさあ。男女で分かれちゃつまんないし?」
うーん、やっぱり見た目の通りナンパ大好きというか女大好き系のキャラクターっぽい。千鶴はやや不愉快そうに翼を見ているし、燈子と伊月も同様だ。もっとも、燈子に関しては、桜に手を出したら容赦しないとかそういうアレっぽいけど。
しかし祥はそんな空気など気にも留めず、翼の意見に好意的な反応を示した。
「確かにそうかもな。……うん、探索組を五人にして、その中でローテーションを組んで動こうか。疲労の面から考えても、その中で毎日ペアを組んで動けば、連続で探索に出ることはなくなるし」
いかにもな理由で、くじ引き案は通った。実際、私も祥の言うことは正しいと思う。……しかし。
一難去ってまた一難。祥と同じチームにだけはなりたくない。理由は簡単、多分このアニメは祥ルートだからだ。マジで本編に関わりたくなさすぎる。ごめん神、今日二回目の仕事をして欲しい。いやでも一回目は神じゃなくて多々良祥神だったし、実質一発目じゃないか? じゃあ良くない? 神、一回くらいは仕事してくれない?
内心冷や汗ダラダラのまま神に祈っていると、いつの間にか作っていたらしいあみだくじが私のところまで回ってきた。名前を書くところ以外はしっかり折られているのでゴールは見えない。多々良祥はどっち? 私、どこに名前書けば多々良祥を回避できる?
……いや、考えている時間はない。長考は目立つ。勢いで進め、名前を書け、私が名前を書いたところに神は宿る――!!
私は右端に藤吉と書いて次へ回した。中川と書きそうになって一角目で気付き、ミスした部分には藤の字の草冠になって頂いた。徳が落ちた気がして泣きたかった。
それからすぐに、あみだくじはこの合コンの幹事である祥の元へ戻った。そして祥が、折られた用紙を開いていく――そして。
「待機組が……桐島さん、藤吉さん、五十嵐さん。それ以外は探索組ね」
――神、いたわ。
考えうる限り最高の組み合わせに、泣きそうになった。なんならもう昇天寸前なのでガッツポーズも歓喜の叫びも出なかった。世界は明るい。勝った。