03 幕間、メビウスとの反省会
全くもってついていけない。意味が分からない。にもかかわらず、メビウスは淡々と説明を続ける。
「今度、そのゲームを元にしたアニメが地上波で放映される。そこへお前の行動はリアルタイムに反映されていくが、お前はできるだけ上手く振る舞って、アンチスレを立てられないようにするんだ。それで最終回まで見事完走すればミッションクリア、生き返らせてお前を元の世界に戻してやる。逆に失敗してアンチスレが立った瞬間、進行度を問わずここへ戻され、やり直しだ。分かったか?」
「無理、無理無理無理ムリ!! ただでさえ女キャラ三人って多い方なのに役割無いヤツが追加されて計四人とか絶対叩かれるじゃん!!! しかも原作に居ないアニオリキャラでしょ!? そんなん駄目な振る舞いしなくても叩かれるわ!!!」
「なんとかしろ」
できるかよ。できるならじゃあお前やってみろよ。
そう言いそうになって唇を噛む。生き返らせて元の世界に戻してくれるのは、はっきり言って魅力的だ。だって明日文化祭だし。
でもさすがに条件が無理すぎる。無理寄りの不可能だ。ギブ。
「誰だ……誰だよ、私をここに送ったやつ……! だっておかしいじゃん、私なんにも悪いことしてないじゃん! 今の聞いた限りじゃ、私絶対に元の世界になんて帰れない……!!」
「だからトライ&エラーするんだろ。諦めるな、いずれ道は開ける。俺も協力する」
「白々しいやつだな……協力って具体的に何してくれんの?」
「叩かれそうなお前の行動を確認したらすぐに『有紗のあの行動には多分こういう意味があった説』をフォロワー四桁のSNSアカウントで呟いて拡散してもらう」
「メビウスさんの口からその台詞聞きたくなかったわ……いやでもめちゃくちゃ助かるなそれ……」
しかし、どうしてこうも協力的なのだろうか。私がここへ連れてこられた理由に、メビウスは絡んでいないのか? だとしたら、本当に理由がわからない。
深々とため息を吐くと、流石のメビウスも私を気の毒に思ったのか、ここへ来て初めて本気で気遣うような声音で告げた。
「……放映されると言っても全部じゃない。早乙女桜――このゲームの主人公と一緒に居る時は気を付けろ、そこは確実に切り取られるから。それ以外は、ほどほどに気を抜いてもいいと思う」
「そういうことじゃ……はあ、まあ、うん。そーね、それは助かるわ……」
やるしかない。消極的な直感だった。
そして私が覚悟を決めたその瞬間、見渡す限りの白にヒビが入り、まるでハサミか何かで切り取られたかのように扉が開いた。周囲が一面の白なので正直なところ扉らしさは皆無だったが、確かにそれは扉だった。
扉は、小さな部屋へと繋がっている。シングルベッドがあって、一通の手紙が置かれた机と椅子、クローゼット、そして窓があるだけの小さな部屋だ。
「『少女と願いの箱庭で』は、夕凪島という謎の島に集まった主人公含むそれぞれのキャラクターが、屋敷の中にある自室で目を覚ますところから始まる。要するに、あれはお前のスタート位置であり、リスポーンだ」
メビウスは顎をクイッと前にやった。とっとと行けということだろう。
……え、お茶は? 私、お茶するだけの余裕もないの? と一瞬思ったが、多分お茶をしたらしたで始め時が分からなくなって嫌になるだけだろうし、今が最適なのだろう。
小部屋へ繋がる扉へと一歩一歩進みながら、どういう風に振る舞うべきか考える。乙女ゲームの世界で、特に役割のない女キャラが、プレイヤーにウザがられない振る舞い……
(そっか、男に興味ないです可愛い女の子が大好きです系のキャラで行けばいいのか! そしたら色目使ってるとも思われないし主人公のことが大好きなキャラってことで好感度もアップするんじゃ……!? ヤバイ初手でクリアするかも!)
素晴らしい閃きを得た私は勝利を確信し、一回目の挑戦にして見事ミッションをクリア――
***
することはかなわず、一言目でアンチスレが立った。爆速でのゲームオーバーであった。
そして話は冒頭へ戻る。
「しっかしリザルトで自分のアンチスレ見せられるのは中々キツいものがあるね……」
「いや、これはいいデータだ。指摘された部分を治していけばいいだけだからな」
今度は私の分のティーカップにもミルクティーが注がれている。茶菓子は未だワゴンの上なので、勝手に取って食べるほど無作法でもない私は単調な甘さと香りを、しかし噛み締めるようにして楽しんでいた。多分、私は今「シャバの空気はうめえなあ」の気持ちになっている。気持ち的にはこっちがシャバだ、正直もう行きたくない。
そんな私の気持ちを他所に、メビウスは平気で改善点について話してくる。
「まず、アニメからのオリジナルキャラクターということでそもそもが否定的に見られがちだということを理解しろ。序盤、早乙女桜の物語が始まるまでは大人しく、無難に振る舞った方がいい。極力余計なことはするな、我を出すな。ただ、物語が動き始めたら多少は行動を起こした方がいい。こいついらなかったじゃんって言われるからな」
「なぁるほどねぇ……」
だいぶ的を射たアドバイスだった。一応ちゃんと耳を傾けつつ、自分でもリザルトを思い出しながら改善点を考えていく。
――そこで私は、とあるレスを思い出した。
『苗字が一人だけクソ普通で草生える』
そう、苗字。他のキャラクターはみんなかっこよくて個性的な苗字だったから、私だけが浮いていた。だって、私の名前はいたって普通、中川有紗なのだ。
これじゃあ自己紹介の時点で浮いてしまう。……駄目だ、ほどほどに強そうな名前に変えよう。せめて苗字だけでも。
「うーん、伊達……織田、武田、今川、徳川、豊臣……」
「な、なんだそれ、呪いの呪文か?」
メビウスが若干引いたような目で私を見た。……こいつ、戦国武将知らないのか。ていうか、そもそも日本人じゃなさそうだし、当たり前と言えば当たり前か。
しかし、どれもいまいちピンと来ない。と言うか、そもそも戦国武将と同じ苗字を使うこと自体、おこがましいって叩かれてしまうかもしれない。いやでも、それ以外に強そうな苗字なんて思い当たらないしなあ。
モヤモヤ一人で考えながら梅昆布茶を啜るような気持ちでミルクティーを飲んでいると、頭にとあるワードが――ちょうどいい苗字が一つ浮かんだ。
「藤吉でいくわ」
「は?」
「苗字だよ。ほら、クソ普通って書かれてたじゃん? かっこいいでしょ、藤吉」
「あんまり関係ないような……いや、ゲン担ぎだな。好きにしろ」
なんでゲン担ぎっていう言葉を知ってて戦国武将が分からないのかと突っ込んでしまいそうになったが、黙った。素人の突っ込みほどうざいものはないので、今のうちから咄嗟に突っ込まないよう訓練しておかなければいけない。
丁度そのタイミングでミルクティーを飲み干した。私は席を立ち、先ほど扉が生まれた辺りを見据える。そんな私の声のない呼びかけに気付いて、再び世界に亀裂が走った。
「ぜっっっっったい、今度こそクリアするから。一桁台でクリアするから、見ててよね」
「そうだな」
メビウスはやっぱりこっちを見ていなかった。その適当さにちょっと腹が立った。