02 幕間、死んだら謎の男に出会った
文化祭を翌日に控えたとある晩のこと。早めに寝ようと思った私は、決して外には出ず、十時過ぎには大人しく自分のベッドへ横になり、眠った。寝つきは珍しく良かったと思う。
そしてその三十分後、――部屋の窓から強盗が入ってきた。私は殺された。そりゃもうあっさりと殺された。親がどうなったのかは、よく知らない。というかそこまで考える余裕は正直なかった。
とある言葉が、私の頭の中でぐるぐると螺旋状に繰り返し回っている。……そんなの一つしかない、「回避できっかそんなもん」である。しかし現実は非常で、且つ理不尽だった。だから私は死んだのだ。
しかし、そんな私をあんまりにもかわいそうに思ったのだろう。……神様は、私にチャンスをくれた。
死んだな、と思ってから数分後、私は先程述べた例の白い空間で目を覚ました。床が硬くて背中が痛かったのを覚えている。そしてその場にのろのろと立ち上がると、ガーデンチェアに腰かけて優雅に紅茶を嗜む男の姿が見えた。
「……誰」
男はこちらを見もせずに、表情一つ変えず答える。
「メビウス」
「……」
名乗っているらしかった。
私はメビウスの姿をまじまじと見つめる。おそろしく容姿の整った、浮世離れした見目の男だった。銀色の指通りの良さそうな美しい髪に、青色の目。人形のように整った顔立ち――。
そう、まさに人形だった。高級な青年のドール。身に纏うマッドハッターのような衣装がより一層人形っぽさを引き立てている。私は思わず見とれそうになって、慌てて目を逸らした。今はそれどころじゃない。
「ここ、どこ?」
尋ねると、メビウスはようやくカップを置いた。
「死後の世界……と言いたいところだが、正確には次元の狭間だな」
次元の狭間。
……なんだろう、こういうの、知っている気がする。理不尽な死に方をして、なんかよく分からない場所で目覚めて、目の前には強そうな人間っぽくない人がいて――
「回りくどいのは嫌いだ」
不意にメビウスが呟いて、椅子を引き立ち上がる。そして、つかつかとこちらへ歩み寄ってきた。
「ミッションをクリアしたら、生き返らせた上で元の世界に返してやる。ほら、これを見ろ」
そう言ってメビウスは、何やらゲームのパッケージらしきものを手渡してきた。
どこかで聞いたような『少女と願いの箱庭で』というタイトル、そして見覚えのあるイラストに、私はとあるゲームを思い出す。そう、確か半年ほど前、友達に貸してもらって、序盤だけプレイした――
「これ、確か乙女ゲームだよね?」
「ああ」
……なるほど、見えてきた。
これは多分、アレだ。私はこれから、このゲームの世界に転生する。で、年齢が一桁台後半に差し掛かったあたりで今現在までのすべての記憶を取り戻し、悪役令嬢の運命から逃れるべく奮闘するのだ。……いやでも、ちょっと待てよ。
今手渡されたゲームは、確かに乙女ゲームだが中世ヨーロッパを舞台にした作品ではない。序盤をプレイした感じでは、剣も魔法も存在しなかったはずだ。疑問に思った私は、パッケージを注視したままメビウスに問う。
「これ、悪役令嬢いんの?」
「いない」
即答だった。眉を顰め、私は顔を上げる。
「えっ、じゃあ私、何に転生すんの? まさかヒロイ――」
「転生は否定しないが、お前に役柄とかないぞ」
またも即答。思わず「は?」と声が出る。
「じゃあモブ?」
「お前含め九人で共同生活するんだぞ。モブになれるならむしろすごいな」
「……」
そうだ、そう言えばそうだった。このゲームは、夕凪島という謎の島に集められた男女八人が、共同生活を通して絆を――主にヒロインと攻略対象たちの絆を深めながら島の謎を解き明かし、脱出を目指すという一風変わったシナリオだったはずだ。
つまり、私は決してモブにはなれない。十人にも満たない人数の中でモブに徹することなんて、はっきり言って不可能だ。かと言って成り代わりでもない以上、これは――
「ねじ込みだ。原作にはお前に対応するキャラクターはいない」
まあ、いちばん聞こえの悪い言い方をすれば、そうなるんだろう。私は実際にプレイした時の記憶を呼び起こしながら、ケースを裏返して立ち絵を確認していく。
「主人公、サポートしてくれる女友達、隠しキャラ解放のための女友達、あとは攻略対象が隠しキャラ含め五人で計八人……この無駄のないメンバーに私がねじ込まれるの?」
同年代の女キャラクターがヒロインの他に二人というのは、恐らくかなり珍しい方だろう。そこに更に一人追加で、しかも何もすることがないなんて、そんなの……
「叩かれるじゃん」
言いながら、目が死んでいたような気がする。乙女ゲームなんて数本しか遊んだことがないけど、それでも分かる。絶対に叩かれる。そしてメビウスも、こくりと頷いて私の言葉を肯定し、続けた。
「それを回避するのがお前のミッションだ」
「……は?」
絶望感たっぷりの「は?」が、そのまま声に出た。