01 八人の男女、共同生活の始まり
――広々とした食堂にて、アンティーク調の大きな机を囲み、八人の男女が話し合っている。
「じゃあ全員、なぜここに来たのかは覚えていない――と」
いわゆる誕生日席に腰かけた男が、困ったように眉を八の字にして言った。それでも男の顔は彫刻のように整っていて、うまくときめけなかった私はついげんなりしてしまう。茶色の短い癖っ毛に、柔らかさを感じさせる眦。制服らしき青いブレザーを着用しているが、胸のワッペンを見てもどこの学校なのかはさっぱり分からなかった。
男は両手を机につき、その場に立ち上がると、一転して重苦しい空気を払拭するような明るい笑みを浮かべ、提案する。
「とにかく、自己紹介をしよう。俺たち、しばらく一緒に暮らすんだからさ!」
すると、そのすぐ左側に座っていた別の男が、じろりとその顔を睨み上げた。
「よく知りもしねえヤツらに名前なんか名乗れっかよ。俺はテメエらと馴れ合う気なんてさらさらないぜ」
吐き捨てるように言い、男は足を組む。
この男も誕生日席同様、かなり見目は整っていた。肩よりやや上の長さの青い髪をハーフアップでまとめていて、目つきは悪いがワインレッドの瞳にはどこか品がある。なおこちらも制服を着用しており――というか、全員制服を着用している。それも、ある二人を除いて全員デザインは違っているから、みんな別の学校の生徒なのだろう。
……話を粗野な男に戻すと、その口調と顔つきの通り、制服はしっかり気崩している。ブレザーは辛うじて着ているがワイシャツのボタンは上二つを外しており、ネクタイなんてもちろんしていない。正直、イケメンとはいえ道端でぶつかったりしたら肝が冷えるタイプだ。
しかしそんな彼が微塵も怖くないのか、向かいに座っている可愛らしい女の子が「あ、あの……!」とか細い声を上げた。薄茶色のゆるくウェーブがかかったおさげを揺らし、立ち上がる。くりりと丸く、あどけなさを感じさせる桃色の瞳は、決して可愛いだけではない。確かに、どこか芯の強さを感じさせる。
全員が一瞬にしてそちらを注視した。女の子はゆっくりと口を開く。
「わ、私、早乙女桜です。高校二年生で……あの、えっと、こんな状況ですし、みんなで助け合わないと……!」
拳を握り、緊張に震えながらも桜は必死に言葉を紡いでいた。
……確かに、この状況で四の五の言っている余裕はない。ばつが悪そうに青髪の男は桜から目を逸らし、誕生日席はふっと笑った。
「ありがと、早乙女さん。……俺は多々良祥、彼女と同じで高校二年。よろしく!」
簡潔な自己紹介を終え、祥は青髪の方をちらりと見やる。席順的に、次はお前の番だぞと言いたいのだろう。桜もじっと彼のことを見つめている。
しばらくして、青髪は深い溜息と共にダンッ! と音を立て、勢いよく立ち上がった。
「鬼門龍司。そいつらと同じで高二」
それだけ言うと、あいさつも無く龍司は再び椅子に座った。顔と名前があまりにも一致しているので、個人的には大変助かる。
さて、龍司が折れたことで円滑に自己紹介を進められる空気が出来上がり、それぞれが手短に自己紹介とあいさつを済ませていく。そして桜以外の二人の女の子を残し、私の順番が回ってきた。
私はふう、と息を吸い、ゆっくりと吐く。……大丈夫、立ち振る舞いはある程度決めてきた。それを完璧にやればいい。だから大丈夫、大丈夫……
キィ、と椅子を引いて立ち上がる。そして私は、両の眼をカッと見開き――
「中川アリサです!! はあ桜たんかわいい!! あとの二人もかわいい!! 女の子かわいいペロペロペ――」
プツン。
『キッッッッツこの女』
『アニオリって聞いた時点で嫌な予感はしてた』
『そういうのほんといらない てか祥が露骨に引いててワロタ』
『設定も容姿も何もかも無理 こいついる?』
『苗字が一人だけクソ普通で草生える』
『乙女ゲー原作なのにこんな女ねじ込んだら叩かれるに決まってるじゃん』
***
「これが今回のリザルトだ」
「キツいのは私だよ……つか自己紹介最後の人まで回せなかったのが辛い……」
「流石に自己紹介までは一発でクリアしてくれると思ってたが、まさかの一言目でアウトか。ていうか駄目に決まってるだろ今のは」
「うるさいよ」
果てしなく続く、無。そして白。
そんな空間の中に、ガーデンテーブルが一つと、それを囲むようにしてガーデンチェアが向き合った状態で二脚置かれている。その脇には茶菓子と紅茶の入ったポット、そしてカップとソーサーが載せられたワゴン。たった、それだけの空間。
そこで、不愛想な銀髪の男と――先ほど最後まで自己紹介をさせてもらえなかった私、中川有紗は、たった二人で静かなお茶会、もとい反省会を開いていた。
その前に、まずどうしてこうなったかについて説明しておこうと思う。
――遡ること、私の体感で二時間ほど前のことだ。
名前の表記をカタカナから漢字へ変更しました。