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夜行鬼  作者: 参望
7話/破業の鬼・血の巻(7話完結編)
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破業の鬼・血の巻(10/11)

 渓谷の近く。業火で燃える森。

 皆が狼狽える中、夜光はまだ目覚めない。


 その隣で緋寒は、仰向けの元実の両肩や腿に尖った丸太で串刺しにした所だった。

 「今回ばかりは大人しく寝てて欲しい。兄上……。」

 両者とも酷い噛み傷や爪痕から出血と回復を繰り返し、皮膚のあちこちが赤いおがくずのようになっていた。それでいて骨が辛うじて無事なのは彼らが天鬼の中でも丈夫な固体だからである。


 緋寒は失った片腕の切り口を噛んで止血しながら、夜光に歩み寄る。

 負傷して殺気が弱まるどころか、鋭くなっていた。

 

 


 成す術もなく、珠を背負って離れた場所から見守っていたいろはが叫ぶ。

 「頼光殿!後ろから酒呑童子が!」

 百之助達を助けようとするが、呪縛のせいでやはり近寄れない。

 「八重、俺にかけた術を解け!早く!」




 八重は血を多量に失ったせいで目眩を起こし、立てないでいた。

 「駄目!術を解くには、私がいろはの首のお守りに直接触れないといけない……!

 百之助様だけでも逃げて……!」

 

 しかし、百之助は八重達を庇うように剣を構えた。

 「これ以上、私の部下に近寄るな……!」

 木次郎も腰の刀を杖にしながら、鳳凰札を手に隣に立つ。

 「同じ赤鬼の、それも兄弟喧嘩でボロボロとは……へっ、笑い過ぎて傷まで響くぜ……。」


 緋寒に百之助達は眼中になかった。

 「待たせたな。我が子……。」

 周りの炎の明かりのせいで影を纏い、白銀の鬼火の粉を舞わせながら迫る巨体。冷たい黄金の瞳。

間合いが2メートルまで接近する。




 その時、角や五感を研ぎ澄ませて夜光の様子を見ていた珠が叫ぶ。

 「心の腑(心臓)の音が聞こえ始めた……!兄上が目を覚ました!!」




 夜光の目が白く濁る。黒水晶のような半透明の皮膚からは、先程まであった朱色の光沢はほんの僅かにまで消えていた。体から多量の水蒸気が出た後、体色が薄くなり皮膚がひび割れる。


 緋寒は百之助達を飛び越えた。

 片足を振り上げ、雷の如く鋭く下降。踵落としの体勢。

 辺りの炎が暴風の中の稲穂のように薙ぎ倒される。


 岩が砕けた時の轟音。

 

 しゃがみ体勢の緋寒。赤銅に輝く皮膚に、再び燃え上がる炎の穂先が揺らめく。


 その隣に黒い影と黄金の眼差し。


 夜光だった。気絶寸前の八重を横抱きにしている。

 周りには割れて落ちた鉄クズのような皮膚が落ちていた。今までの皮膚が剥がれ落ち、黒い体の光沢は輝安鉱のようなより鋭く美しい輝きを放っていた。

 熱風でなびく銀の鬣の周りを青い火の粉が舞い、また、その火の粉が皮膚に映り天の河の星屑や星雲のような模様を作り上げる。


 (我が子め、昼寝から覚めるように普通に起き上がって、女を抱きかかえたか……。

 俺の動きや速さを見ながら、それを冷静にやってのけた……。

 俺など眼中にないとでも言うように。)


 両者は視線を互いに違う方に向けながら立ち上がった。


 「夜光……、お前……。

 全く、寝坊助め……。」

 カムナは夜光の足元で、嬉しそうに声を上げた。

 「カムナ……、みんな、本当にすまなかった……。」

 夜光は一瞬潤んだ瞳を細める。

 

 そして八重を抱いたまま、いきなり身を屈めた。


 頭上に大太刀か大鎌の薙ぎ払いのような蹴り。

 緋寒が先に仕掛け、夜光は今それを回避したのである。


 緋寒が攻撃を止めて、沈黙という圧を送っても尚、夜光は堂々と立っていた。最初、緋寒への恐れから威嚇行動を取っていた彼とは思えなかった。

 銀の鬣をなびかせ、胸に抱いた八重の寝顔を安らかな表情で覗き見ている。


 「お前は俺の前に立ち上がる度、良い顔になる。

だからこれ程までに狂おしく、愛おしい……。」

 そう言うと、緋寒は自ら動き始めた。

 夜光に鞭より速く鋭い蹴りを放つ。

 夜光は舞踏の如く、短く律動的に後ろへ三拍、軽やかに跳んで避けた。

 怒りも憎しみも消え去った無垢の表情は、戦っている事を忘れているかのようだ。


 緋寒は続けて嵐の如く蹴りや、突きで斬撃のような体術を繰り出す。

 夜光はギリギリではあったが、それらを全部かわした。

 絡んで関節技をかけようにも、まずどういう事か捕まえられない。

 

 ニヤリと笑う緋寒。細めた瞳は笑っておらずは鋭利な光を放つ。

 (我が子め……風になって遊んでいるな?

 しかし、唯そよ風の真似をした所で俺に追い付けるものでも無い。

 考えられる事はあの人間達……。何をしたかは知らんが、俺の血の中の亡者どもだけを消して、飲んだ血の有益な力だけを体に残させたようだな……。だから、俺の速さが分かり、自分も速く動ける。


 一つ分からんのは殺意も殆ど感じられない事……。それをどうやって消した?我が子よ……。)


 


 緋寒の攻撃から放たれる尖ったような風圧や振動、火の粉、熱。その恐怖が何度も波のように夜光を襲うが、引き潮を見て避けるような冷静な気持ちになり、あまり動かずに避ける事が出来た。

 (最初、俺はどうにか隙を見つけてそこに食い付く事だけを考えていた。

 大きな火の中では火は取り込まれてしまう。

 だからまず、八重達を守る為に風になる事を考える。

 どんな大きな炎でも風のあるあの空までは届かないから。)


 夜光は攻撃の合間を見て百之助に叫ぶ。

 「百之助!!巻き込む心配がなければ上手くいく!

 俺を信じてなるべく遠くに離れてくれ!」




 「よし、分かった!

 ……信じるさ。」

 百之助は快く頷いて木次郎を支えながら、いろはの方へ移動する。

 「待て!八重は置いていけ!」

 いろはが叫ぶ。

 



 緋寒は手を着き、伸ばした足で半円を刻む。足元をすくう、緋寒の下段蹴り。

 夜光はそれを同じように下段の蹴りで半円を刻んで、ギリギリの距離を取って避ける。

 「すまない、いろは……!八重を置いていく隙を作れそうにない……!

 でも大丈夫……このまま守り切る!これが俺の『誓い』の形でもあるから……。」


 まだ何か言っているいろはを置いて、そのまま交戦を続ける。

 夜光のその言葉は、失血で意識を失いそうな八重にも聞こえていた。




 夜光は跳ぶ。

 緋寒も跳ぶ。

 夜光は首だけ後方を見る。

 睨み合う赤鬼と黒鬼。

 二人は咆哮する。感情の爆発を伝える原始的な情報伝達方法。

 同時に角に力を滾らせ、鬼火を飛ばす。夜光の方は青く、緋寒は白銀だった。

 二つの多量の炎がぶつかり合い、行き場を無くして二人の側面や後方に洪水のように流れて巨大の龍の胴のようにうねる。

 

 (ただアイツにぶつけるだけじゃ駄目だ……。読み合いはアイツの方が上手い……。でもこれまでの中でアイツの弱点が必ず一つはあったはず……!)

 着地する夜光。

 そこは元実が磔にされている場所であった。


 人間形態の東雲が自分の胴の倍ある丸太を懸命に引き抜こうとしていた。薬の影響で暴走中のはずの元実であるが、彼女が黙々と作業するのを大人しく見ていた。


 夜光は東雲に軽い飛び蹴りを放つ。

 東雲は即座に反応して回し蹴りを放つが、夜光はそれをかわす。

 代わりに元実に刺さった丸太の一本に当てて破壊する。


 破壊されて短くなった丸太から無理矢理手を外して呻く元実。片手が自由になり、自分でもう片方の肩から丸太を抜く。


 「ああ……っ。元実様のお痛みを和らげる為にゆっくり抜こうとしたのに……!」

 東雲が文句を言っている内に、元実が夜光の姿を捉えた。

 上から叩き潰そうと、正拳突きの構え。


 夜光は動かない。八重を肩に担いだのみである。


 「!!」

 緋寒はそれを不審に感じた。


 (所詮、我が子はこの程度だった。ここで終わる……。

 これがどんな策かも大体分かる。)


 弱さ、敗者にくれてやるものは何一つ無い。それが血を分けた自分の子供であっても。それが緋寒の信条である。

 しかし彼は動じない夜光の姿を見、今までにない程に元実への深い嫉妬を感じ、焦がれる気持ちを抑えられなくなった。


 (あぁ、駄目だ……。これから先、もっと強く成長した我が子と戦い狂いたい……。


 ここで、兄上だけには……我が子の命をやれぬっっっ!!!!!)


 緋寒は笑い面を崩して初めて眉間に皺を寄る。怒りの牙を剥く。

 瞬く間に元実に間合いを詰め、角を突き上げる。

 咄嗟に角の中心で鬼火を爆発させ、衝撃を和らげる。

 吹き飛ぶ元実の手の指。 


 爆発の最中、夜光の落ち着いた声が緋寒の耳に入った。

 「アンタがそういう所でブレない奴だって、信じて良かったと思う……。」

 

 突如、緋寒は頭部に熱と激しい衝撃を感じる。

 夜光が直線の突きを放ったのだ。足腰の捻りの遠心力と全身の体重が乗った重い一撃。

 鬼火を纏わせ、ガラス細工の様に青く発光する拳。緋寒の頬から脳を揺さぶる。


 間髪入れず夜光の回し蹴り。それに丁度元実の直線突きが合わさる。

 それぞれ頬と顎下に命中。


 緋寒は皮膚や突起物の破片を飛び散らせながら、渓流の方へ吹っ飛ばされる。


 霞む視界の中で緋寒は静かに悟る。

 (成る程。ここが俺の弱さか……。)

 満たされたように穏やかな笑みを浮かべる。




 渓流の近くの木の枝に飛び乗る夜光。

 枝の反動力を利用して、そのまま下肢の筋肉を収縮。しゃがみ状態から空めがけて跳躍する。

 重力に任せ、逆さまに落ちて行く。

 角は炉のように熱くなり、赤く発光した。

 暴れる風の爆音の中、角の熱が水蒸気と結びつき、直線の白煙を走らせて上空に流れ、渦巻く光の天柱となる。

 

 緋寒は激流の中にある狭い岩の足場に上がり、同じく角を炉のように発光させる。発せられた熱で川の水が沸騰し、赤い水蒸気が上がる。

 身体までも炉の色に染めて輝き、跳躍。

 「来いぃっ、俺の子ぉおっっっ!!!!!」

 頭部に夜光と元実、二人分の衝撃を受け、いまだに目の焦点が定まっていない。されど彼は笑い、呼びかける。


 下から接近する緋寒を定めながら、八重が燃えないように腕で包み込む夜光。

 八重は気を失いそうなのに抗い、手探りで夜光の頬を探り当てて摩る。

 弱々しく、震えた声。

 「お願い……!今度は、死なないで……。」

 と、聞こえた気がした。


 夜光は目をカッと見開いた。下から迫る父を見据える。

 

 「あんたに感謝しないとな……。半分人間に生まれたお陰で、胸の中が何で熱くて苦しいのかわかる……!

 そしてそれをこの手で形にだって出来る……!

 これだけは、あんたには理解できないし、出来ない事だ!

 そして、あんたはそれに負けるっ!!」


 「ならば炎海さえも喰らって常闇にしてみせよっっっ!!!!!!

 夜を運ぶ鬼よっっっ!!!!!」

 怒声を轟かせて吠える緋寒。巨大な蓮が花開いたように緋寒の背から白金の爆炎が花弁の如く広がって夜光を包む。


 金属と金属がぶつかったような高い衝撃音。

 交差した角と角。

 下から跳んで来て不利であるはずの緋寒。その力は重力がかかったように凄まじかった。

 雲母より眩しい火花を散らし、緋寒の角の側面中央に切り込む夜光の角。

 互いの角の接着面が高温で溶け合い変形し始める。


 夜光の角にたぎらせた青い炎が白に変わる。

 桜吹雪のような白い火の粉の渦の中、夜光の緋寒と接している方の角が異様に伸びていく。

 その太さ、長さ、鋭さは大太刀のようだった。

 熱した金属のような輝きが、朱刀の赤を彷彿とさせる。


 (八重の大太刀……!百之助や射貫達の……角狩の刀!!)


 夜光は銀の鬣を振り乱し、体を後ろに反る。

 そして、刀を振り下ろすように、全身の体重を乗せて緋寒の角に太刀の角を叩き付けた。




 「断ち斬れろっっっ!!!」




 咆哮の最中、緋寒の角に一筋の亀裂が入る。

 緋寒の片角が割れ、赤い月のような円い断面が見えた。


 赤銅色の体が、首の付根から腹へ斜め下に切り裂かれる。


 硬い皮膚の下、裂かれた紅蓮色の肉と血が半透明な白に染まる。八重の血の作用によるものだった。


 自分の肩周りから噴き出る赤や白の液体にまみれながら、高笑いを止めない緋寒。

「お前は……、俺の思った形の強さにはならなんだが、俺を、天命までも、全てをひっくり返す力を得た……!

 我が子は俺を殺す運に愛されている…!」

 

 「運なんかじゃ無い……!この子が出会いの中で積み重ねてきた力よ!!」

 八重が夜光の腕の中から這い出て言い放った。




 重力がやっと働き出したかのように、緋寒の裂けた体が大の字で落下する。

 夜光は衝撃に備え、八重の頭と背中を腕で包んで丸くなる。


 3人は爆発のような水飛沫を上げながら着水した。


 日食の闇の中央。星程の大きさの太陽の光が一筋溢れ、空と大地を照らす。茜色の空に、澄んだ空色が滲んで広がった。




 「夜光!」

 いろはと珠、カムナが崖下を覗き込むが、二人は激流に飲まれて姿が見えなくなっていた。

 



 夜光が落ちた着水地点近くの木陰。

 そこで大きな影がムクっと動いた。黄金の瞳が輝く。


 「そのままその黒鬼と流れてゆけ。そうすればお前は助かり、俺の顔を見なくて済む……。

 娘よ……。」




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