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夜行鬼  作者: 参望
7話/破業の鬼・血の巻(7話完結編)
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破業の鬼・血の巻(5/11)

 カムナ達は絶句していた。

 八重は口を手で覆い、珠は首を振り、いろはとカムナ唖然としたままだった。 

 「夜光……っ!」




 緋寒は無表情になり、やや悲しげに呟く。

 「やはり……、越えられなかったか……。

 また最初から始め、新たな我が子を、破壊の鬼を芽吹かせよう。」


 瞼を閉じ、踵を返す。


 しかし、数歩進んだ時、再び開眼した。


 緋寒の背後に、黒い癖毛の少年鬼が立っていた。

 変化を解いた夜光ー。

 口から血を垂れ流したまま荒く息をし、背中を丸めて胸を押さえ、虎のような鋭い瞳で緋寒の背中を睨んでいた。




 「夜光!」

 「兄上!」

 声を上げる八重と珠。


 「夜光!!お前、背骨を折られたってのに!!

 ……まさか!」

 カムナはある事を思い出す。


 「冠羽との初戦でやったあれか!

 変化を解いて体を縮める事で、節約した体力を回復に回したんだな?!」


 そこへ、いろはが異論を唱える。

 「だが折れたのは急所とも言える背骨だ。回復出来たとしてもこんな短時間じゃ、くっ付けたばっかでまだフニャフニャだろうよ!それに、激痛や痺れでまともに体が動かないはず。

 見ろ、あんなにフラフラしやがって!立ってるのもやっとだ!」


 それでも夜光は緋寒に向かって一歩一歩ゆっくり進んでいる。


 「兄上!起き上がっちゃ駄目っー!!」

 「無理よ!変化無しでは今度こそ死んでしまうわ!」


 八重は駆け出そうとするが、夜光が鬼の形相で叫ぶ。


 「来るなっ!!

 ……俺が倒さなきゃいけない相手だ!」


 カムナは奥歯を噛み締めて、叱りたいのを我慢した。

 (お前の決めた事だ。もう止やしねえ……。

 でもよ……。犬死にだけは、あんまりだぜ!)




 「生きてたか……。」

 緋寒は静かに呟く。


 「お前は、俺の悪夢だ……!

 ……殺してやる、殺してやるっ!」

 腹の奥の重い痛みを堪えて、声を絞り出している。




 数分後。夜光はやっとの思いで緋寒の目の前まで来る。

 それまで無表情で黙って見ていた緋寒。


 「……っはあぁ!!!」

 夜光は足を前に出して、緋寒に向かって下から拳を突き上げる。瀕死にも関わらず鋭い動きだった。

 しかし悲しい事に、その渾身の一撃は緋寒のいる高みには程遠かった。


 緋寒は非情にも、足を突き出して彼を蹴飛ばした。

 

 夜光は吹っ飛ばされ、歩き出した地点まで地面を転がった。


 「背骨に響くのを恐れて咄嗟に両手だけで受けたようだが、今ので手の骨の何本かと、同じく癒着中の肋骨も折れたはずだ。」


 夜光は歯を食い縛り、ブルブルと震えながらまた立ち上がる。


 「もう一度会いたかった母さん、冠羽、珠までも……悲しませた!

 こ、ろして、やる……っっっ!」


 また緋寒の方まで歩み寄る。

 緋寒は夜光を蹴飛ばした。


 「お前が、俺を産ませたから……!俺はこんなに、悲しくて、苦しい……!俺なんか、本当は、生まれちゃいけなかったのに……!

 だから、お前、だけは!お、れが……!」

 夜光は肩で自然に流れた涙を血と共に拭う。

 

 また歩み寄る夜光。

 緋寒は夜光を蹴飛ばした。


 八重や珠達の止める声や叫び声を何度も聞きながら、夜光は何度も何度も立ち上がった。

 身体は着物が破れ、あちこち擦り剥いた出血やアザだらけになり、手は骨が複雑に折れてダランとしていた。


 夜光が通った道は、口や傷からの血が滴って、一本の線となっていた。

 



 そして数十回の起き上がりと蹴りの後ー。


 緋寒は大声で笑い出した。

 腹の底から出す豪快な笑い声。乾いていて、咽び泣いてるような声にも聞こえる声。

 変化した硬い鬼の顔に、一筋。何か流れる。

 彼はそれを何滴も落としながら、我が子に向かって叫んだ。


 「まだ立つか……!

 嬉しいぞ。俺の、我が子よ……!」




 天下最悪の鬼が見せたその異様な姿は、八重達だけでなく、同胞の赭達も震撼させた。

 

 「あの酒呑童子が、泣いている……?」

 自分の目を疑い、目を凝らす赭。

 「迷惑な親馬鹿ですねえ……。同じ鬼にすら嫌われる化け物のくせに。」

 蔑むように言う赤鐘。 




 何度目の蹴りか分からなくなった時、夜光は遂に地面に伏せたまま動かなくなった。完全に意識を失っていた。


 止めを刺そうと自ら歩み寄る緋寒。

 そこへ何者かが立ち塞がった。

 

 カムナを投げ捨て、八重の腕をすり抜けて跳び出した珠であった。

 

 「あっ!駄目よ!」

 「珠、よせ!」



 動じず、地面を砕きながら歩む緋寒。

 その進行方向で小さな両腕を広げる珠。足は小刻みに震えているが、父から顔を背けなかった。

 

 「待って、父上!!

 殺したら、大好きな兄上と二度と戦えなくなっちゃうんだよ?!」


 「俺との戦いの時が、思うより早く来てしまった……。

 そして、我が子は若さ・未熟と言う逆境に抗えなかった。だから俺に殺される。それだけの事……。」

 緋寒は珠の横をすり抜けようとする。


 「父上は、本当は兄上の母上なんか殺してないくせに……!

 兄上が怒って本気になれば、父上を倒せるだろうって思ってあんな嘘付いたんでしょ?!

 つまり、強くなった兄上に倒されたいんであって、本当は兄上を殺したくないんだよ!」


 緋寒は手を振り下ろす。

 「邪魔だ……!」

 少しだけ苛立ったような声を出す。

 

 珠はそれをかわし、涙を流しながら父をキッと睨んで夜光の前から退かなかった。

 「わらわを娘だと思わなくても、好きじゃなくていい、殺したっていい……、でも兄上は殺しちゃ駄目!

 いや、殺させない……!」


 珠は黒鬼の夜光の姿に化けた。


 「父上は今、たかが小娘のわらわにムキになってる。つまり敵だって認めた。そうでしょ?!

 父上、かかって来い!!」

 父に夢を抱き、愛して欲しいと焦がれる少女はもうそこにはいなかった。


 「……それでも、今は……お前の事は目当てじゃない……!」

 緋寒はいつもの余裕そうな態度を忘れ、半ば無感情、半ば苛立った声で娘をしっかりと視界に収めていた。




 「童子の大馬鹿野郎……。奪還する相手に手出すとか本末転倒ものでしょ……!

 東雲、行きますよ。」

 赤鐘はかなり苛立ったのか、顔を引きつらせて舌打ちをする。

 茂みから、珠の救出に向かおうとする。




 また、別の茂みにいる八重達も既に動いていた。様子を見ながら大回りで駆け出すいろは。

 「いろは!私が注意を引くから、頑張って近寄って。」

 「言われなくても、姫は本作戦の肝だ。妖気が重いが何とか突っ切る!」




 ***




一方、父と妹が火花を散らしていた時、夜光は朦朧とした意識の中を一人彷徨っていた。


 (立たないと、死ぬ!なのに手足が動かない……!目の前が真っ白で何も見えない……!


 こんな奴にだけには負けたくない!

 ……勝ちたい、何が何でも勝ちたい!


 死んだ奴らの痛みも願いも分からないで、ただ笑っているアイツに、今の俺のような苦しくておかしくなる程の痛みを沢山、沢山与えて分からせてやりたい!

 今まで倒した赤鬼のように、悲鳴を上げさせてやるっっ!!!

殺してやる……!コ、ロシテ、ヤル!!!!)


 そう強く念じた時、速まる鼓動の音と共に、視界がドロドロの炉のような色に染まった気がした。




***




 緋寒にギリギリ接近したいろはの背から手を伸ばす八重。

 しかし、それを払い除ける東雲の飛び蹴り。 

 「くそっ!」

 緊急旋回して避けるいろは。


 その隙に赤鐘が珠の首と胴体を両腕で締めて拘束する。

 「童子、姫を回収する邪魔するのは元実様への命令違反です。

 いいですね?」

 「いいだろう……。連れて行け。」

 緋寒は腕を組んで、姿勢を楽にする。


 珠は元の姿に戻ってしまうが、未だ動かない夜光の手を掴んだ。

 「兄上、立って!逃げてっ!」


 離れまいとする珠に業を煮やし、赤鐘が珠の細い腕を折ろうとする。


 大混戦の場に、更に何者かが飛び込んで来る。

 紅鳶だ。

 「それには及びませぬ赤鐘様ぁ!!

 この紅鳶めが黒鬼の腕を切って離します故!」

 (ついでに黒鬼にトドメを刺して大出世だぁあ!)


 紅鳶は意気揚々と爪を立てた手を振り上げる。


 「紅鳶の馬鹿っ!なんて事を!」

 正気か、とでも言うような赤鐘の顔。

 

 「んへ?

 ブニャぁぁーーっ!!」

 紅鳶の腕が輪切りになって吹っ飛ぶ。

 一瞬の事で目視出来なかったが、手を下したのは緋寒だった。


 「下郎が……、俺と我が子の邪魔するな……!」

 開眼し、殺気まみれの表情で見下す緋寒。

 紅鳶は喚いて地面を這って逃げた。


 緋寒は意識を夜光に戻し、ある事に気が付いた。

 紅鳶に気を取られた間に夜光が消えたと。


 夜光が移動した先は緋寒の足元ー。


 「兄上……!?」

 八重と交戦する赤鐘の腕の中で、珠は叫ぶ。


 夜光は人が変わったような笑い方をしていた。

 「ケッケッケ……!まだお前に勝つ方法があったんだよ……!

 笑えるのは、その手がかりを寄こしたのはお前自身だって事だ……!」

 夜光は口を大きく開け、歯や歯茎を硬化させる。

 黒光りする歯と下顎で、緋寒の脛に噛り付いた。

 歯が通った部分から流れる鮮血を、吸い付くように飲み込む。


 「!!」

 緋寒は足を振って、夜光を振り解いた。


 夜光は地面に転がりながら、食い千切って持ってきた脛の皮と肉をバリバリと噛み砕いて飲み込む。

 

 「そうか、分かったぞ!

 俺の力を得る気だな?我が子よ……!」

 緋寒は目を細め、愛おしむような声で笑った。


 夜光もまた狂ったように笑っていた。

 

 (何だ、頭や胸の奥で何かが爆発するような……!

 それから沢山の呻き声、叫び声!

 

 ……でも、今そんなのはどうでもいい。

 アイツを……ブッッッコロしてやるっっっ!!!!)


 夜光の瞳が、両目とも黄金色に輝く。

 黒い髪は一房だけ緋寒と同じ朱色に変わる。


 皮膚や骨が回復すると同時に立ち上がり、引きつった笑みのまま青い炎を纏った。


 夜光は再び黒い鬼に変化した。

 その黒光りする皮膚に朱色の光沢が一筋―、闇夜に燃え盛る炎のように揺らめいていた。




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