破業の鬼・血の巻(2/11)
しゃがみ込んだ黒い鬼が、青い火の粉を纏いながらすっと立ち上がる。
クセのある銀の髪を雲のようになびかせ、同じく銀色の立派な二本の角と五爪を持ち、黄金の目を虎目石のように鋭く輝かせる。
力強い身体を覆う、鎧のように硬く黒光りする皮膚は、歩く度に月夜の海や、深い森のような色に輝き揺らめいていた。
緋寒は闘う姿となった夜光を見つめ、その眩さに目を細める。
(ほお……。夜の皮を纏い、月や星の如く光る鬼……、か。)
夜光は手の平を突き出し、強張らせた指の爪の先を緋寒に向けて構える。
彼は構えと言うものを知らず、普段はこのような事はしない。
しかし、今回は酒呑童子の変を起こした相手であり、冠羽を追い詰めた相手であると言う先入観があるせいか、このような威嚇行動を取らずにはいられなかった。
爪を向けた先ー、緋寒は動かない。
腕を組んで堂々と大地に立ち、不敵に笑みを浮かべているのみだ。
夜光は手の平に力を込めて睨んだ。
(ずっと笑ってこっちを見て、そんなに何がおかしい……!何処までも腹が立つ奴!)
「さっさとお前も変化しろ……!馬鹿にしてるのか?!」
苛立ったように叫ぶ。
「俺は極限まで追い込まれるのが好きでな。
最初から変化したのではお前の成長ぶりを味わえん。」
「……後悔するな、よっ!!」
走り出す夜光。
肘から斧のような突起を生やす。刃先は炉のように赤く半透明に光っている。
緋寒は動かない。
変化した夜光と変化してない緋寒では、夜光の方が一回り大きい。
その自分より大きな相手が虎のように飛び掛かって来るにも関わらず、動かない。
間合いまで接近した時、横蹴りを放つ夜光。
しかしそれは囮。
夜光は蹴りを中断して、下から拳を天に向かって突き上げる。
拳が顎を砕き、肘の突起が胸を切り裂くー。
普通ならそうなる筈だった。
しかし、緋寒はそれを見てフッと笑うだけ。
夜光の攻撃は当たっていなかった。
緋寒は軸足を中心に体を横に捻っただけである。
「!!」
夜光は追撃を恐れて一旦距離を取る。
夜光が攻撃を外した際に、追撃をしてこなかった事、退避の際に追撃を放って来なかった事も、夜光の恐怖を煽った。
(今さっき俺が攻撃を外した時に、俺を殺せたとでも言いたいのか……?自分はまだ全然本気を出してないと言いたいのか……?!)
一方、森の入り口付近から夜光の戦いを見守る八重達。
「鬼門省の記録に残ってる通りだわ……!『酒呑童子の鬼』では変化もせずに、都の兵や角狩の人達、2000人近くをいとも簡単に殺したって……。」
八重は冷や汗を流す。
珠に抱かれてるカムナがカタカタっと顎を開く。
「だが、そいつは相手が人間だったからだ。
余裕ブッこいてはいるが、皮膚の硬化してない人間形態の奴なんて、変化した鬼の硬い爪や角を当てちまえば簡単に肌を裂ける筈だ……!」
一方、反対側の茂みにいる赤鐘達。
「ああ、いつもの童子の悪い癖ですねぇ。後の予定考えず長丁場にしてくれそうですよ、これは。」
赤鐘は笑顔を崩さずにいるが、袖の下で指いじりして少し苛立っていた。
「元実様の許可で拘束用の札を外しいつでも変化出来るのに、童子はそれをあえて望んでしない、と……。」
赤鐘を気遣って、自分で考えて納得する赭。
「奴の事だ。戦いの感触をまず生肌で感じたいのだろう。
……ど変態が。」
東雲が怠そうな声で吐き捨てる。
夜光は再び緋寒へ斬撃を繰り出す。
今度は避けられても怯まず、追撃を続けた。
相変わらず緋寒は攻めて来ない。
しゃがみ込みや、側転で夜光の攻撃を避けながら後方に後退りする。
(こいつ!俺が反撃を警戒して近寄らないのを読んで、ワザとおお振りな動きで避けるようになった!!
ビビってないで、もっと攻めて来いって言ってるのか?……嫌な奴!)
夜光の猛攻を観察していた、いろはが何かに気がつく。
「よく見ろ……!夜光は肘の刃に鬼術を仕込んで斬撃を放ってるが、酒呑童子の奴、それも揉み消してやがる。
普通の人間なら夜光の周りにいるだけで火の粉を浴びて火傷だらけになってるが……、どうりで涼しい顔してやがる訳だ。
変化なんかしなくても、こんだけ動いて、鬼術の扱いも、敵に悟られず戦略を練るのも余裕ってか……。」
そうこうしている内に、緋寒は崖付近まで追い詰められる。下は滝で勢いのついた激流だ。
(何を考えてる?何かを待ってるのか?)
夜光は反撃を警戒したまま崖から離れる。
カムナは夜光に向かって叫ぶ。
「そうだ、夜光!それでいい、深追いせず慎重に行け!
何て言っても、そいつは変化って言う切り札を残してんだからな!」
「んっ……、あぁ……。
先程、木の上で寝てたせいか肩から変な音がする。」
緋寒は踵が崖からはみ出ているにも関わらず、気分が良さそうに背伸びをした。
(そんなにつまらないなら、死ぬ程驚かしてやる!)
夜光は岩と岩の隙間に手を入れて砂利を掴む。
そして、それを投げ付けた。
唯の砂利と思ったそれは、緋寒の眼前でドロドロに溶け、炉の中の鉄のように赤く輝いて飛び散った。
「おっ?」
目を見開き、それを横跳びで避ける緋寒。
「どこ見て安心してやがる!クソ親父!」
夜光の罵声。
見ると、夜光は炉のように輝く球を両手で持って膨らませていた。
砂利を熱でドロドロに溶かしたものを、ガラス細工を作る要領で息を吹き込んで球にしたのである。
中からの高熱によって鞠より大きな大玉へと膨張し続けるガラス玉。
(冠羽の空気弾を見て思い付いた!空気の力で押し付ける事で、外に向かって跳ね返る力になる!)
夜光は爆発寸前のそれを更に熱で圧縮する。
そして肘の突起で打ち、思いっ切り飛ばす。
「ほお、あの風の青鬼の鬼術が、お前だとそうなるのか……!」
緋寒は無垢な子供のように瞳を輝かせる。
ガラス玉は溶岩のようにボコボコと沸騰しながら膨張を続け、緋寒の目の前で爆発した。
広範囲に飛び散る緋色の水。
皮膚を硬化してないその肌では、醜い火膨れになるのは容易だ。
しかし、緋寒はそこを突っ切って来た。
「馬鹿か?!当たったら溶けるってのに突っ込んで来やがる!」
叫ぶカムナ。
そして、飛び込む緋寒が完全な生身でない事に気付く。
緋寒は薄く全身に青い炎を纏い、それによって溶岩を搔き消す。
顔の前で交差して防御体勢になった腕だけ皮膚が少しだけ硬化し、赤褐色になっていた。
溶岩を突っ切って、夜光に伸びる腕。
「!!」
太陽を背にして黒い影に見える緋寒。
見開いた黄金の隻眼と目が合い、一瞬硬直する夜光。
「今抱き締めてやろう、わが子よ……。」
瞬きは無く、口角の上がった口元には八重歯が見えた。
(捕まる……!
切り裂き、いや関節技が来る!
自分より体の大きい奴も相手にして来たから分かる!体が小さい分、弱い部分を徹底的に叩くしかない。そして今は真逆の立場……!)
焦りの中、秋風が夜光の頬を撫でる。
その感触の中、自然と冠羽との記憶が頭の中に駆け巡った。
(そうだ、冠羽を捕まえようとした時の感覚……!)
夜光も前に出た。
岩を蹴飛ばして溶岩に変え、それで隙を作って、緋寒の横を通り抜けようとする。
しかし、目的は逃げる事では無かった。
「同じ長い髪でも……、お前のだけは大嫌いだっ!!」
夜光は緋寒の髪の毛の先を掴んでいた。
それを思い切り引っ張って、横薙ぎに振り回して寄せ、緋寒の体を抱きかかえた。
後ろから緋寒を組み伏せ、自分の四肢を相手の四肢に絡め、しっかりと固める。
「凄い!反対に酒呑童子を捕まえたわ!」
「でかした!変化する前にそのまま手足潰すか、焼き殺しちまえ!」
八重達が安心する中、緋寒は関節が軋む痛みで呻くどころか、声を殺して笑っていた。
そこまで可笑しいからと言って、大声を出すのは流石に下品だろうかと遠慮したかのように。




