破業の鬼・天の巻(8/8)
一方、東雲と戦闘を繰り広げている三ツ葉。
彼は残った武器を駆使して八重達が逃げる時間稼ぎをしていた。
茂みの中で伏せ、鬼隠れの布を纏って姿を隠し、弩の照準を東雲に合わせる。
痛みで喘ぎそうなのを歯を喰い縛り、堪えている。
最初の時より腹や腿の内側などに深い傷が増えており、全身血塗れだった。
血が鬼隠れの布に染み込まないように、ボロ切れと化した上着の残りを裂いて血と汗を拭く。布が濡れると、表面の鬼隠れの塗料が剥がれて姿を隠すの効果を失ってしまうからだ。
「っぁ……!っっ!」
その際、傷に染みて声を上げそうになる。
森の木は東雲の蹴りで殆ど倒され、無事な木と茂みは三ツ葉が居る場所のみだった。
「もう終わり?
使える主人がいながら、その程度の傷を我慢できないで、おまけに不利な状況を打開出来ずに追い詰められるなんて……。
何て無能……。何て人間らしい……。」
東雲は無感情に言いながら、茂みに歩み寄る。
その時、森の鳥が飛び立つ。
そして、咆哮が遠くに聞こえた。
(聞いた事もない獣……、いや、鬼だ……!)
三ツ葉が思案していると、東雲は急に膝を着いた。
「元実様が、泣いておられる……。繋がったこの血に伝わって来る……。
元実様が泣くのなら……。」
口調は淡々と無感情のまま、悲しみに喘ぐように震え、目から涙を垂れ流す。
異様な光景であったが、三ツ葉はその隙を逃さなかった。
鬼隠れを纏い、後方に駆け出す。
後方には丁度崖があった。
高さ10mの崖の下は渓流―。
(『奴』をこの目に焼き付けて、この刃を突き立てるまで……。死ぬかよ……絶対に!)
「その前に、まずテメエを……殺してやる。」
そう言って、泥のように暗い瞳で東雲を睨み、自ら谷に落ちた。
高くて着水音は聞こえなかった。飛沫も激流のせいで分からない。
東雲は崖下を覗き込む。
「骨折に、多量の失血。生きていたとしても弱いから好きな時に殺せる……。
今の優先順位はあっち。」
人間形態になった時、先程の涙はもう無かった。いつもの無表情で何処かへ去って行った。
***
一方、紅鳶の追跡から逃れながら、夜光のいる方を目指す八重達。
いろはが全力疾走する進行方向。四方八方から飛び掛かる獄鬼達。
それを見据え、髪や瞳を発光させながら大太刀を上段の火の構えで迎える。
「たぁああああああっ!!!」
険しい顔と掛け声と共に、絶え間無く遅い来る獄鬼の頭や腕に大太刀を叩き付ける。
いろはの後方に転がり過ぎ去る、両断された獄鬼の足・頭。仕留めきれなかった獄鬼も、骨を砕かれた上に吹き飛ばされて地面にゴロゴロと転がって障害物にぶつかる。
力任せで鬼の硬い皮膚を突き通したり、骨を折る事が出来るのは彼女も半鬼だからである。
更に前方。獄鬼より巨大な、虎のような鬼が両手を広げて立ち塞がる。
変化した紅鳶である。
「はっはっはっはぁーー!!
通りゃん……させんわぁああボケナスがぁっーーー!」
「いろは!」
「おう!」
八重に促され、コーンと鳴き声を上げる。すると、森一帯の赤や橙の枯葉達が一斉に舞い落ちた。
八重は懐から桜色の大きな絹布を取り出して、自分といろはの体に被せる。
(九尾の術!
ふん、口当たりのいい幻で騙す寸法かぁ?有能な俺に何と無謀なぁあ!)
いろはと八重の姿がフッと消えたかと思うと、落ちた木の葉が一斉に珠の姿に変わった。
紅鳶の足元で、騒ぎながら逃げ惑う数百人の珠。
「きゃー!」
「うぃ〜ん!」
「はふー!」
「やーい、すけべー、ヘンターイ!加齢臭ー!
ここまでおいで〜!」
動じずそれらを踏み潰して枯葉に戻す紅鳶。
そして、彼の脇。八重が武器もなくカムナを抱えながらコソコソと走り抜けるのを感じ取る。
(馬鹿め!姫の姿をあの女に化かして逃がしたつもりか?!そんなの匂いで分かるわあぁ!)
「そんな愚策にハマるかぁ!無能どもぉ!
クソ姫を取り返して任務完了だぁー!」
八重を両手で捕まえる紅鳶。
「残念ね。私は私よ。」
「な、こいつは怪力女ぁ?!」
紅鳶の頭上から落ちる巨大な毛玉。丸まったいろはである。
「で、誰が無能だって?」
桜色の絹布を剥いで巴型に回転するいろは。
9つの尻尾を脳天に叩きつける。
頭から、首、尻と、背骨に響く衝撃。
ぐらついて、膝を着く紅鳶。
その隙に手をこじ開けて脱出する八重。
「狐めえ!その布で匂いを消したかあ!?」
「ああ、そうだ。気配もな。」
「それじゃ珠姫は!?」
珠はカムナの姿から元の姿に戻る。
「ここじゃ!」
「ちなみに私自身の匂いはさっき香の粉で消したわ。
それで貴方は私が珠ちゃんだと錯覚したのよ。」
「クソおぉ、こんな手にぃ!」
「鬼が九尾に勝つなんざ、一万年早えんだよ。」
紅鳶が立ち上がる前に八重達を乗せて走り出すいろは。
夜光のいる場所まであと少しだった。
ちなみに本物のカムナだが、ずっといろはの首に噛んで掴まっていたようである。
「ふん!俺様を過小評価して何処に行ったか気に留めて無かった事!テメエの敗因はそこさ!そこで後悔しやがれってんだ!ペッ、ペッ!」
***
そして、その八重達から僅か1キロメートル先。
森から抜けた先には、夜光と赭がいた。
回復が追いつかず、血塗れで身体の肉が所々抉れた赭。
触手に埋め込まれた火薬も底を突き、残った攻撃手段は己の肉体と人間時代の形見である小刀だけ。
一方、夜光は傷一つ付いておらず動きのキレに衰えがなかった。
赭を後ろから組み伏せ、唸り声を上げながら肩に噛み付いている。妖力の回復の為に赭の血をすすっているのだ。
「ガゥゥゥッ!」
「ぅうっ、がはっ!」
夜光の頭を掴み、力づくで引き剥がそうとする赭。
(酒呑童子が確実に倒せるように、回復を許してはならない!肩をくれてやってでも、血を飲まれないようにせねば……!)
その時、雲に日が陰る。
冷色になった岩肌。
近くにある、木や岩などのあらゆる影が墨のように濃くなった気がした。そこでうごめく、ムカデや水子、蜘蛛などの小さな魑魅魍魎達。
夜光は顔を上げて周囲を見る。
(何だ、普段は夜とか洞窟とか全く日が当たらない場所で見かけるはずの妖怪が近くに沢山いる……!
昼間なのに、なんだ!この寒さ!)
そして角にある感覚を感じ取った時、雷が落ちたかのような衝撃を感じ、頭の中が真っ白になった。
「んん〜……。んー……んー……。」
近くの森から聞こえてくる妖艶な男の歌声。絡脈も言葉も無い、彼が感じたまま発する音の羅列。
獅子のような朱の髪と、中性的な顔。
袖や裾の無い、薄地の着物から見える張りのある筋肉。
太い2本角。黄金の隻眼。怠そうな目は夜光にそっくりだった。
「そのような死にかけている奴になど熱くなるな。なあ、『我が子よ』?」
酒呑童子・緋寒だった。
「夜光!はっ……、あれは……!」
同時に到着する八重達。
対峙する親子を見て戦慄する。
夜光は赭を離し、父の姿に釘付けになっていた。
彼の妖しく憂いのある表情を見て、歌声を聞くうちに、不思議な事に怒りの炎は弱くなっていた。
そして、喜び、憎しみ、いずれとも言い難い、説明のできない感情で手が、瞳が、震え出した。
(俺の……。俺の……!)
「待たせたな。愛しい、歪な我が子よ……。」
いつもよりも柔らかく、不敵な笑みを作る。
夜光は青い炎に身を包み、人間の姿に戻る。
人の姿に戻った彼が浮かべた表情ー。それは戸惑いだった。
『我が子』と呼ばれ、胸が締め付けられ、感情が昂ぶって震えた。
しかし、これまでに自分と大切な者に降りかかった、悲劇の光景が彼の脳裏に蘇り、拳を握る。
「……や……こう。
っ……『夜光』!それが、俺の名だ!
俺を受け入れくれた数少ない人間達がその名を呼んで、笑ってくれる!俺の、大切な名前だ!」
一気に叫んで息が上がる。
睨みつける夜光の瞳を、自分の瞳に映し、目を細める緋寒。
「……名前など無意味。
そして、鬼として容姿がどんなに醜いか、お前が強く生き残るのにどのような事をしてきたか、そんな事に興味はない。
俺の子だと分かる理由など、俺の子だと愛しむ理由など、お前の体に流れる俺の血と俺を殺そうと立ち塞がるその闘志ー、それだけで十分だ。
我が子よ……。」
(破業の鬼・天の巻/完)




