破業の鬼・天の巻(6/8)
一方、角狩衆及び近隣諸国の連合軍が、鬼兵の大軍団との大防衛戦を繰り広げた都ー。
都のすぐ近くの開けた野原。
早朝まで草が茂っていたそれは、全てが焼け焦げて黒いススだらけの大地となっていた。
その大地に足の踏み場がなく転がる無数の死体。
鬼、人間、区別が付かなくなった死体。
まばらに生きてる人間が後始末の作業をしている。
追儺面を被り、厄払いの松明や塩を持った卜部の隊員である。鬼は執念深い為、残留思念が悪さをしないよう清めているのである。
そんな穢れた大地をやんわりと日の光が照らす。
見ての通り攻めてきた鬼は全滅し、戦いは終わったのだった。
しかし、未だに三叉槍を構えたまま城門付近で仁王立ちしている男がいる。
射貫だ。
彼は、大江曽山のある方角を睨んだままだ。
そこへ斗貴次郎がやって来る。
「射貫、どうした?まだ残党がいるのか?」
射貫は横目で斗貴次郎をチラッと見て、また視線を山の方に戻す。
「……いや、向こうに行った大将の帰りを待ってるだけさ。
お前こそ一日中神経使いっ放しでダレただろ。ちょっと休め。」
「……いや、いい。
僕も一緒にお爺様の帰りを待つ。」
斗貴次郎は射貫の隣でしゃがむ。
射貫は足元に落ちている器の形に割れた鬼の鎧の破片を拾う。
破片には雨水が溜まっていた。
「こっちはやったぞ……。百之助、後はお前だ。」
そう呟くと、それを盃に見立てて掲げた。
***
渓流の流れる音が響く岩場。
対峙する百之助と元実。
二人の距離は3メートル程。
百之助は角狩衆の大将専用馬である白馬・白嶺に跨り、少し緊張気味なのを背首を撫でて落ち着かせている。
兜の下ー。視線は外さず、下段で片手持ちした剣を煌めかせる。
元実は余裕そうに百之助に背を向け、鎧の上に纏っていた外套を捨てる。
通り風で大きく舞い上がって広がる外套。
騒めいて岩場の外側にある森に退避する鬼兵達。
茂みに身を潜ませ、畏怖の眼差しを向けて元実達を見守る。
赤鐘もニコニコ顔で姿勢を正して木の上から見守っているのみである。
百之助の後方にある森の茂みには、瑠璃の壺や葛籠の周りで木次郎と卜部隊員数人が待機している。
辺りを見回す木次郎。
(今の所は手下がちょっかい出す気配は無し。和平は御破算になったが、公言通りちゃんと決闘してくれるようだな……。)
ふと、唸り始める元実。
片腕の脇を締め、もう片方の腕を反対側の肩に向かって曲げる。
「ぁは…………ー。」
角を中心に薄く赤く発光する空気と、金属の軋む音。
強張らせた手を握る。同時に野太く凄みのある掛け声。
「ヌゥンッ!!!」
火の粉や熱蒸気を纏いながら、浮き上がった筋肉の曲面に沿って膨張して変形する元実の鎧。
「!!」
百之助は咄嗟に手綱を引く。
金属が擦れ合う高音と、爆破音。
炉の色に発光しながら弾け飛ぶ、鎧の破片。
巻き上がった土煙と熱蒸気が混ざって辺りを隠す。
百之助は後方に馬を走らせ退避した後、再び馬を元実に向けさせる。
辺りは隕石群が降った後のように、鎧の破片が溶けて散らばって煙を上げていた。
風に流されていく白煙に浮かび上がる黄金の眼差し。
鎧を脱ぎ捨て、上半身裸の軽装になった元実が立っていた。
どっしりと重みのある強靭な筋肉に覆われた体。太く盛り上がった肩や腕。古い大木のように頑丈そうな太い胴。
何より、足がすくんで目を背けたくなる程の覇気ー。
元実は怠そうに呻きながら、腰に両手を置いて首や肩を回す。
そして蔑すんだ目を向ける。
「どうした、頼光?
私は鎧を脱ぎ捨てただけだ。何をそんなに怯えている?」
茂みの鬼兵達が百之助を指さしてどっと笑い出す。
「あはは。なんだ、そうか。
ならばこちらも。」
百之助は剣を真正面から両手持ちで構える。
背後で幽体のオミナが水鳥のようにフワリと袖を広げる。
彼の周りを薄く漂っていた粉雪のような粒子の光沢が増し、濃くなる。
先程の爆発の火が粒子の粉に変わって消え、周りは薄く霧に包まれる。
今度は浄化の霧を怖がるように騒めく鬼兵達。
それを見て袖下に隠れて吹き出す木次郎。
「勿体ぶってないで始めようか?
元実殿。」
余裕そうな百之助の口調に、眉間を僅かにヒクつかせる元実。
「……調子付くな、人間。」
「セエェイッ!!!!」
地面に正拳突きする元実。
激突音と共に大量の割れた石が跳ね上がり、揺れる大地。
彼の地面前方に放射状の亀裂が入り割れる。
「来るぞ!白嶺!」
百之助は馬を操り、全面から広範囲に襲い来る亀裂から退避する。
亀裂の少ない、安定した部分に跳ぶ。
「逃がさん!」
元実の角先が赤く発光する。
地面に着けたままの拳に力を込めた時、亀裂の奥からカッと閃光が放たれる。
「百之助!亀裂から離れろ!」
木次郎が叫んだ時、亀裂から黒煙と共に溶岩が噴き出す。
津波のような溶岩の壁が百之助達を飲み込もうとする。
「オミナ!」
百之助が剣を盾に叫ぶと、彼の周りの霧や粒子が瞬間的に濃くなる。
そして、溶岩は彼の頭上ギリギリで、湾曲した石に変わった。
浄化の力で熱を失い、固まったのである。
「大丈夫か、白嶺?!」
白嶺は小さくいななく。
割れた部分が地ずれを起こし、窪んだ層と隆起した層で、辺りの地形は移動しにくくなった。
しかし、白嶺は多少の高低差に怯むことなく、鹿のように軽やかに進んでいた。
この『白嶺』は、神社に奉納される白馬、すなわち神馬の中から選ばれ、鬼との戦闘で騎乗出来るように特殊訓練を受けた特別な馬であった。
選ばれる馬は特に足腰の強い丈夫な個体である為、険しい山道でも怯まず、また獄鬼程度なら蹴飛ばして怯ませるだけの力もあった。
そして、元々は奉納馬で穢れの少ない存在である為、クシナダの鎧の浄化の力に影響されにくい。
どうにか溶岩や火の粉を浴びず、茂みの近くまで脱出する百々助。
茂みから木次郎が身を乗り出し叫ぶ。
「百之助、大丈夫か?!」
「ええ!白嶺も無事です。」
(咄嗟に、浄化の力を濃くして消費してしまった……。毎回こうして回避する訳にはいかん……。)
休む暇もなく、飛んで来る火炎球。
隕石の如く煌めき、燃え盛る。
「わっ!」
一同は身を低くする。
それは後方の大木に大穴を開け、引火した火で木を燃やした。
「つまらぬ。早速逃げる準備か?」
足元に転がっていた大きな石を片手で掴む元実。
握り締められた石は溶ける鉄のように赤く発光し、火の粉が漂う炎を纏う。
元実は土煙を巻き上げながら大きく振りかぶり、その燃え盛る火球を再び投げた。
百之助は剣を横構えにする。
「慌てなさる、なっ!」
横薙ぎに振って火炎球を跳ね返す。
火炎が消えた球は、明後日の方向に飛び、茂みに隠れていた獄鬼の頭にスコーンと当たる。
「イデッー!イヤン、馬鹿ぁん!酷いんだから!」
「ウヒ〜!腕がジーンとする……!」
腕を抑えて悲鳴を上げる百之助。
「鬼の飛ばした物だから重くて硬えんだから当たり前だ!
……庇ってくれたのは嬉しいが。」
「す、すいません。咄嗟に、つい……。」
「それより元実の奴、クシナダの浄化の力を警戒して接近戦を避けてやがる!
恐らく遠距離から削って、万が一倒し切れなくても、こっちの持久力が切れるのを待つ寸法だ。」
「ええ。
私と白嶺の体力もそうですが、この攻撃の嵐の中じゃ、まず先にクシナダの鎧の効果が切れる……。
それならば……。」
百之助が戻って来るのを睨む元実。
「ふん。尻尾巻いて帰ったかと思ったが?」
「いいえ。これから、そちらに参ります故。
お覚悟を。」
ハキハキと答える百之助。
「フフフフッ……!
……良かろう!何発目で消し炭になるだろうか?!」
(その何処から来るのか分からぬ自信が、緋寒を思わせて実に腹立たしい……!
それも人間如きが……!)
「熱いと思うが我慢してくれ、白嶺……。」
腹を蹴って白嶺を勢いよく走らせる。
前方の地面が隆起して乱れた区間を避けるべく、外周の森との境を沿って全速力で駆ける。
(馬鹿め!平らな地面を通りたくて、そこを通るか!)
元実は路線を先読みし、百之助の進路に向かって先程の正拳突きの衝撃波を放つ。
すかさず火炎球を投げる態勢に入る。
そこへ弩を構えて射る百之助。
朱矢でなく、硝子のように半透明の矢だ。
クシナダの鎧を漬け込んでいた晶洞の水槽の水に浸して作った破魔の矢である。
「!」
元実は空いてる手を水平に凪いで叩き落とす。
貫通はしないが、同じ浄化の力だったからだ。
その間、亀裂から溶岩が噴き出すギリギリの瞬間まで全力疾走する百々助。
「避けられまい!」
足元から盾程の大きさの岩を引っぺがし、それを特大の火炎球に変えて、投げ付ける元実。
溶岩が噴き上がった時、百之助は馬の上で立ち上がり、その燃える壁に跳び込んだ。
外周より更に外に駆け抜けて退避する白嶺。
すり抜けて、獄鬼数匹同時を粉砕する火炎球。
百之助は受け身から立ち上がる。
「はっはっはっ……!富士の氷製で無ければ消し炭だった……!」
背を低くし、止まらず進む。
不幸中の幸いか、先程の攻撃で競り上がった地面の層や空いた穴は身を隠したり火炎球の嵐から逃れるのに役に立った。
再び、溶岩が天高く噴き上がる。
剣をかざし、臆せず溶岩の壁を突き破る百之助。
氷の鎧に触れ、金属の粉に変わって煌めく溶岩。
目と鼻の先の元実に向けた刃先。霞の構え。
「オミナ、力を一気に二段階解放だ!!」
『ええ!』
幽体のオミナが袖を振って回ると、クシナダの鎧は周りの粒子と共に青白く輝きを増し、周囲の浄化の霧は白く濃くなる。
(ここまで来れば、鎧の浄化の力で押し切れる!)
しかしその時、元実の姿が消えたように見えた。
突然真っ暗になる百之助の視界。
「近寄ってしまえば、その穢らわしい力で私を封じれると……!?
思い上がるなっ!」
元実は百之助の顔面を片手で掴み、大きく前に跳んでいた。
龍の尾のように熱風を背面から噴射しながら、突風の如く猛進する。
そのまま競り上がった地面の層に百之助の頭部を叩き付け突き破り、更に地面に叩き付る。
衝撃で抉れた岩の破片が飛び散る。
仕上げに、仰向けの腹に足を踏み降ろす。
百之助は地面に深く埋まった。
<おまけ・元実の衣装デザインラフ 普段の鎧姿&軽装備>




