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夜行鬼  作者: 参望
7話/破業の鬼・天の巻
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破業の鬼・天の巻(5/8)

 一方、三ツ葉に東雲を任せて先に進んだ八重といろはー。


 「八重……!こいつは火を吐いて後々厄介だ。

 山火事を起こして、三ツ葉殿や頼光殿の退路を塞ぎかねない。

 人鬼達より劣る程度なら倒しておいた方がいい!」

 

 「……分かったわ。珠ちゃん!いろはにしっかり掴まって!」

 険しい表情で、背中に背負った大太刀を肩紐から外す。

 「う、うん!」

 珠はカムナを抱きながら、いろはの首の巻き毛にしがみ付く。


 尻尾を波のように揺らしながら地面を駆け続けるいろは。


 進行方向にいるのは岳鬼だ。

 大人20人を縦に連ねた程の全長。満月のような2つの目でギョロッと見下ろして来る。

 

 大きく息を吸い込み、火を吐く態勢に入っている。

 ゴーっという風の音共に、木の葉や小枝が大きな口に吸い込まれる。


 「百之助様からは許可を貰ってるわ。

 いろは、いい?」

 八重はいろはの首の巻き毛の奥に片手を入れ、括り付けてあった紫色の小さな巾着を取り外す。

 中に特殊な札が入った封印の呪具である。


 八重は目を閉じ、先程の巾着を懐に収めながら、いろはの耳元で何か唱え始める。

 「玉藻狐(たまもきつね)の一族、紅繭(あかまゆ)玉響(たまゆら)の子、いろは。そなたと使い魔の契約を交わした我が母・『与紫乃(よしの)』の代わりに命じる……。

 この戦いが終わるまで全ての力を解放する事を許可する!」


 「待ったてたぜ、そいつをよ!」

 いろはは紅の瞳をぼんやりと発光させて、天高く吠える。




 いつもより力をたぎらせているいろはに驚くカムナ。

 (おい、玉藻って……!

 こいつ、何気にいいとこの狐じゃねえか?!)


 「八重ねえ危ない!」

 眩しさで片目を閉じる珠。

 

 岳鬼の炉のように赤くなった喉から熱い息が流れる。

 火の粉を撒き散らしながら、滝のように吐き出される炎。


 いろはは眉間に皺を寄せながら不敵に笑う。

 どっしりとした太い後ろ足で力強く大地を蹴る。

 ジグザグに走行しながら炎の滝を避け、はたき落とそうと迫る岳鬼の手を掻い潜って、膝や腕を跳んで伝い肩まで登り詰める。


 「一発かます!掴まってろ!」

 捻りながら一つに収束する9本の尾。

 その尾の先に揺らめく紅の炎が現れ、巨大な松明のようになる。狐火である。


 岳鬼は目を怒らせ、頭部に跳んで来たいろはを合掌で潰そうとする。


 「そこで寝てろ!木偶の坊がっ!!!」


 巨大な手の隙間を擦り抜け、空中で横回転。

 固く結束した尾を横薙ぎに叩きつける。


 「ォオオオンッガァアアアッー!」

 頬を殴られ、咆哮しながら仰け反りよろける岳鬼。


 更に頭部へ着地したいろはから跳び降りる女。

 八重だった。髪を群青色に、瞳を黄金に発光させている。


 大太刀を両手逆手持ちで構え、岳鬼の口元に突き刺して着地。傷が浅くとも、一時的な足場にするには十分だった。

 

 八重は刺さった大太刀に摑まりながら、岳鬼の口に向かって腕を伸ばす。

 人間を数十人一気に放り込める、黄泉比良坂や地獄の釜のような口。

 その中に血の雫を垂らす。

 1滴、2滴、3滴、それが畝る舌に染み込んで消える。

 喉を開閉させて唾液を飲み込む岳鬼。


 「八重、乗れ!」

 「ええ!」

 いろはが再び岳鬼の額に飛び乗る。八重は彼の背に乗り、すぐに退避する。


 森の木を殴り倒して暴れる岳鬼。

 地上に降りて再び進路に戻って駆けるいろは。

 

 珠は八重に抱かれながら後ろを振り返る。


 岳鬼の頭部は白くなっていた。八重の血の力で頭部の機能が停止したのである。

 魂が抜けたようにフラフラと歩いた後、前屈みに倒れて動かなくなった。

 

 「凄い!倒しちゃった!」

 「ふん!犬っコロ、たまにはやんじゃねえか!」

 流石にカムナも褒め称える。


 「犬じゃねえ、狐様だ!もっと拝んで驚きやがれ!

 それより来るぞ、もう1匹!」


 

 

 前方の茂みから飛び出す鬼。


 「まぁってたぞぉおおおおおお!

 鬼モドキのアバズレ女と疫病神の姫ぇえええ!」

 

 紅鳶だった。

 太々しい顔を見せつけながら、いろはに並走を挑んで来る。

 忍特有の両手を動かさない走法である。


 「また貴方なの?!

 さっきの酒盛りで見かけて、生きていたのに驚いたけど……!」

 キッと睨み、大太刀を上段一文字にして構える八重。

 

 「そうだぁ!テメエに仕返ししたくて地獄の底から蘇ったぜ!」

 

 「ズル賢いお前の事じゃ。主人の鹿和津の体を乗っ取ったとかそんなところじゃろう……!」

 珠は臆せず紅鳶を睨む。

 

 「当たりで御座いますよぉー!クソお姫様あぁ!本当、死んだら滅茶苦茶痛いで御座いますよぉおっ!

 姫は引っ捕まえてバレない程度にネチネチ虐めて、大太刀の怪力女は手込めにしてぇ身包み全部引っぺがしてヒーヒー泣かせてやるわぁ!」

 白目を剥いて睨みながら、親指で首を切る仕草をする紅鳶。

 

 牙剥いて吠えるいろは。

 「グアァゥルルルッ!?

 今、八重をどうするって言った?!クソ汚え山猿が、八重に触れたら手足噛みちぎってブチ転がすぞこの野郎っっっ!!!」 

 引き気味のカムナ。

 「……お、おい。犬ッコロちょっと落ち着け!」


 一方、八重はあまり相手にせず進行方向を睨む。

 「やってみなさい……化け物!

 ……今は、夜光を助けなきゃ。」


 (可能なら引き返して百之助様も助けて、元実の所に……!)




***




 ぼんやりとした視界。

 温かい日差しの下、古く大きな桜の木の下が見える。


 ーここはどこだ?酷く見覚えのある場所に感じる。


 視界一杯に女の顔が映る。大人の身体つきでありながら、無垢な少女のようにあどけない笑み。こちらを覗き込んで来る。

 女は長く黒い髪をなびかせ、大きなお腹を大事そうに撫でながら隣に座る。

 夜光の母・しきみである。


 ーああ、これは我が妻ではないか。

 名前は……、聞いてなかったな。

 まあ、物狂いで名乗る事も出来ない女だったし、俺も他者の名前を知る事に興味が無いからどの道知る事はなかった……。

 しかし、俺が自ら望んで抱きしめ我が子を宿らせた特別な女だ。『我が妻』と呼ぶ以上の呼び名があるか?


 しきみは再びこちらを向き、懐妊した腹をそっと抱いて相手の耳に押し当てる。心臓の音を聞かせようとしてくれているようだ。


 『ぅうーう。ーん。』

 

 鬼の子・夜光を宿しているにも関わらず、危機感が無く、嬉しそうなしきみ。

 子供をあやすように髪を撫でて整えてくれる。

 腹を押し当てられている相手は、特に抵抗せず、怠そうに呻く。

 

 『うんん……分かった、分かった。そこに我が子がいる事は知ってる。

だからこうして生まれるまで死なないように見てやってるのだ。』

 眠く怠そうな男の声。緋寒の声だった。

 

 ーそういえば赤鐘や村の人間に見つからぬようにしながら、餌を取ったり世話してやったな。

 最初は俺に噛み付いてばかりだったが、何度か通って顔を見せる内に俺が危険じゃ無いと分かったのか、俺に擦り寄るようになったっけ。

 こいつは鬼を恐れていたのに何故だ?何故俺に気を許した?別に好かれようが好かれまいが、目的を果たせるならどっちでも良かったが……。

 よく分からん女だった……。

 

 『あーあー。んん〜。んーんー。』


 しきみは歌を歌う。絡脈も言葉も無い、彼女が感じたまま発する音の羅列。

 

 ー我が子が生まれて以来、お前とは一度も会っていない。なのにお前は何故夢に出て来た?

 我が子を殺すなと言いたいのか?

 愛しき妻よ……実に人間らしい戯言だ。




 ***




 「…んん。……ん、……んー……。」


 巨木の上。

 緋寒は耳に残ったしきみの歌を自然と呟きながら目を開く。

 

 「待ち焦がれた我が子がこんな近くまで来ているというのに、悠長にうたた寝をしたのか?俺は……。」


 (俺は、我が子と戦いたくないのか……?

 もっと強くなって熟すのを待ちたいと願い、まだ俺を倒すには不十分だと理解しているからこそ……、俺自身が知らずの内に拒否しているのか?)


 緋寒は木の上から跳び降り、怠そうに上体を起こして振り向く。

 その方向は、今夜光と赭が戦っている滝のある方向である。


 「しかし、その絶体絶命の状態で何を生み出して俺に立ち向かってくれるのか見たいと思って出向いたのも確か……。

 そう、この俺が他者に期待をしてるのだ……。

 俺の血が半分だけであっても、それが流れる我が子が俺を倒す『奇跡』を起こせると……。」


 緋寒は無表情から不敵な笑みを作り、歩き始めた。




<おまけ 紅鳶・人間形態>

挿絵(By みてみん)

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